鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話   作:藤涙

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text22:Say Amen

紳士淑女の皆様、(Ladies and gents,) お待ちかねのお時間です(this is the moment you've waited for)!!!」

 

空は快晴、雲はナシ、風は微風、絶好の体育祭日和である。茶ノ丸はスタジアムの実況解説席でそう口上を述べながら腕を広げた。

スタジアムの客入りは───満杯だ。立ち見ももちろんいるが、今年は1年のほうもパンパンらしいというのを無線で聞いた。やはり先のUSJが影響しているんだろう。

 

未だ生徒入場用の扉は閉められている。茶ノ丸の合図によって開場されるそれを、少しドキドキしながら眺めて、茶ノ丸はマイクに向けて口を開いた。

 

「さあ、今年も始まるでー!!! 雄英高校体育祭、盛り上がる準備はできたー? トイレは行った? 神様にお祈りは? スタジアムの隅でガタガタ震えて熱狂する準備はOK?!」

 

「「「YEAH!!!!!!!!!」」」

 

「イイね!!! 観客達!!! そう、それだよ!!! ここは3年生会場やからな!!!

と、言うことで───実況は謎の物理の先生(おにーさん)こと俺と」

「グルル…(よろしく)」

「解説は生活指導担当のハウンドドッグ先生ー!!! お茶の間の皆さんもあんじょーよろしゅー!!!」

 

カメラに向かってキメ顔ウインク。割れんばかりの拍手と歓声に酔いしれそうになる。あ、これマイクの気持ちがちょっとわかるな…。

ある程度のコールアンドレスポンスや、会場内の諸注意なのが終わり、階下にいた先生達と目が合う。

3年生達の入場だ。

 

「さあまずは経営科から入っていくでー!!! 2年ちょっとを雄英で過ごして学んだその手腕、存分に奮ってほしい!!!

 

お次はサポート科!!! ご存知の通り、サポート科は自分が作ったサポート器具なら持ち込みOKやし、こっちの子も目を離せんわ〜!!!

バチバチと下克上を狙う普通科(※全てがそういう生徒とは限りません)!!! 普通科だからこそ知っている情報や戦術を駆使して戦ってネ!!!

 

最後に────ヒーロー科!!! ヒーローインターンだとかでお疲れでしょうが頑張ってね〜!!!

 

以上4科、総勢158名がシノギを削る年に一度の大バトル!!! 特に3年生は───雄英のトップ、ビックスリーがここで決まるでー!!! そこにも注目ヨロシク!!!」

 

「…ヒーロー科だけ労いでは? グルル」

「思いつかなかったんや…」

 

3年生が並び終わったのを確認し、見知った生徒達を見つけて口の端だけで微笑んだ。実況に偏りを見せる気はさらさらないが、慣れないことをしているので意外と緊張している。すごい、足に猫の字を書いて飲み込もうか?

 

「さーて審判は可愛い彼女!!! スペースヒーロー13号!!! 3年生は聞き飽きたかもしれへんけど、体育祭においての注意、しっかり聞くんやでー!!!」

 

会場の一部が13号に向けてラブコールを送っている。まあ彼女、災害救助活動で活躍しているヒーローで、コスチュームも可愛いので女性ファンも多い。それに律儀に振り返しているので黄色い歓声はさらに大きくなった。

 

「ええっと…では皆さんは聞き飽きていると思うので手短に……注意をひとつ、ふたつ、…みっつ」

「(増えた)」「(13号先生可愛い)」「(やっぱり増えた)」

 

諸注意を終え、選手宣誓───ちなみに天喰。遠目から見ても震えてて今にも死にそうで可哀想だった。彼の宣誓を聞こうと静かになったスタジアムの中で、茶ノ丸とは別の関西弁の笑い声が響く。

うん、そりゃ来とるわな。死にそう、あ、死んでる…南無…。

 

「それでは第1種目を始めましょう───とは言っても、第1種目は全学年共通なんですけどね。“障害物競走”です!!!」

 

◆◆◆

 

「(ど、ど、どうしよう〜…)」

 

声響あのねは、同級生達の後ろでビクリと体を震わせた。去年や一昨年だったら、この時点で棄権していたのだ。今年はミッドナイト先生が「楽しんでみたら?」と言っていたので、震える足ながら3年生の最後方にいる。つまり一番後ろでぼっち。

 

棄権していたため、全学年共通という種目もわからない。同じクラスの子の話を盗み聞いたところ、難易度が違うらしい。初めての参加で最高難易度とかなんて無理ゲー。インドア派なので太陽の光に不慣れだ。皐月の爽やかな陽の光でさえ眩しくて仕方がない。

 

どうしよう、どうしようか。

ぐるぐるとそれしか考えられない頭だ。実況席から聞き慣れた声が聴こえるのに安心する、ムカつきもするが。

 

同級生達はとても楽しそうで───いいなあ、と感じる。足を震わせる自分が情けない。自分の個性が恐ろしい。自分の個性を滞りなく使える、彼らが羨ましい。

ぎゅっと体操服を握った。思えばこれも、そんなに着たことがないのだ。体育とかはずっと保健室にいたから。

 

臆病な自分が嫌いだった。

 

嫌な個性だと私をなじる、みんなが嫌いだった。

 

自分の声が嫌いだった。

 

そんな全てがみんなみんな、嫌い。

 

「(後悔したくない…!)」

 

「(もう眩しい光を見て、惨めな気持ちになりたくない…!)」

 

「(私も誰かを照らす温かい光になりたい…)」

 

あの、月明かり(ヒーロー)のような。

 

太陽の光は眩しすぎてどうにも好きになれない。月明かりは好きよ。だって夜の闇を優しく照らしてくれるから。

 

13号先生がこちらを心配そうに(まあマスクを被っているのでよくわからないのだが)こちらを見てくれている。

大丈夫、楽しむの。やりたいことをやろう。やれることをやるの。走ろう、進もう。もう泣いて、悔やんで、蹲るのは、できるだけやめようって決めたじゃないか。

 

ぐっと空を睨みつけるように見上げる。ギラギラと鬱陶しい太陽め。

 

───月明かりと太陽の光は、元は同じ光なんやで。ととあるヒーローが言っていた。昼間を眩しく照らしていた光は、夜になると月明かりとなって夜の闇を照らすのだと。

世界はすごい。ものすごいバランスで保たれている。世界は原子が手と手を取り合ってできている。

 

淡い紫陽花の花弁の色をした瞳の色彩が、太陽の光によって煌めいた。スタジアムの観客席には多くの人々、テレビで見たことのあるようなプロヒーローもいる。

本当に、空は抜けるように青い。あの向こうに宇宙があって、夜に見るような星があるだなんて信じられない。

 

世界はキラキラしている。太陽の光でチカチカ、瞬いている。息を吸う、息を吐く。どんなに奇妙な世界でも、林檎は変わらず大地に落ちる───。

 

ピストルが鋭く音を立てた。

ざわざわと狭い通路から、同級生達が競いあって飛び出していく。

 

1歩踏み出そうとして────固まる。

やはりどうしても体は震えた。精神に体がついて行かない。

同級生達は全員先に進んでいて、声響の前に誰にもいない。まるで取り残されたよう。

 

本当に、情けない。

体が震える。喉が渇く。涙が出てくる。

 

競技開始を声高々に告げた教師が、戸惑うように口を閉じた。

その時────

 

「どうしたんだい?」

「…?!」

 

いつの間にか横に────ヒーロー科の男の子が立っていた。金髪で、筋骨隆々と逞しい。なのに顔はベビーフェイスで可愛らしいので、なんだか妙な感じだ。

確かこの人…、

 

「確か君、前のマスコミ騒ぎの時に俺が送ってった子だよね! 声響さん、だったっけ」

「……」

 

この人、ヒーロー科だ。体育祭では頑張らなければいけない人だ。なのにここでもたもたしていて大丈夫なんだろうか…? 先の方を走っている人の背はもう遠いのに。

 

喉から声は出ない。ルーズリーフもペンも手元にない。自分の意思を伝える手段がないので、声響は怪訝に首を傾げた。

 

未だスタートラインにいるヒーロー科の彼と、普通科の声響に観客達が気づいたのかざわめいた。一気に視線が突き刺さる感覚にぞわりと背筋が泡立つ。

 

青ざめて俯いた目の前の少女に、ヒーロー科の青年は───通形ミリオは、にっこりと微笑んで手を差し伸べた。

 

「一緒に行こうよ! 声響さん!」

「……?!?!」

 

 

「(ええええええええええええあわわわわわ?!?! 怖い速い辛い無理ッッッ!!! 降ろして置いていってお願い…………!!!)」

「いや〜〜半分くらいは抜いたかな?」

 

「おおっと〜〜?! ここでヒーロー科通形ミリオ!!! 普通科声響あのねを背負って爆走……!!! 一気に戦列に復帰〜〜〜!!!

こういうの許されるんですかハウンドドッグ先生!!!!!!!!!」

「許される、これも 戦術」

「許されま〜〜〜すッッ!!!」

 

マイクに向かってそう叫びながら、茶ノ丸は笑いだしたいのを必死に堪えた。

 

スタートラインで何かしらあったのだろう。一歩踏み出せずに怖気付いていた声響を心配した…のかはよくわからないが、ともかく共に行動することに決めたらしい。少女を抱えて背負った青年は、見るものを驚かせる俊足っぷりで他生徒達を追い上げていく。

スタートラインで行われたボーイミーツガールに───本人たちにその気は全くないだろうが───会場は微笑ましそうな雰囲気だ。

 

やめてさしあげろ観客達。声響はそれどころでは無い。

 

そもそも運動が得意ではないというか、する気がないというか。ここ2年体育にも参加していなかったらしいので、その虚弱っぷりはわかると思う。かなりのもやしちゃんだ。そういうタイプの娘が、ガッツリ体育会系。筋骨隆々の青年に抱えられるというショックはお察しである。背の上で揺すられる声響の顔がヤバイ。

 

「さあ全長400m走オツカレサマ雛ちゃん達!!! だいたいお察しかと思うけど次は───懐かしいなあ入試ン時の0Pロボ!!! それにちょーっとパワーローダー先生が魔改造……ンん!! ちょこーっと細工をしたもんや!! しっかり乗り越えて来ィ!!!」

「パワーローダーが改造したものがちょこっとで済むものなのだろうか…」

 

入試の時よりも少し小型化している。人間の外見に近いそのロボット群は、圧倒的数を以て3年生達になだれ込んだ。

フレアを搭載したロボット、投網で生徒を引きずり倒すロボット、水圧の強い水鉄砲で生徒を押し流すロボット………とちょっとした阿鼻叫喚だ。パワーローダー先生がダブルピースしている様が浮かぶ。

一体一体ずつ機能が微妙に違うロボット達が生徒に攻め込む様はちょっとしたホラーだ。これこそまさにエイジ・オブ・ウルトロン…!!! いやターミネーター? どっちかというとアイボーグか。

 

「むぅ…!! 邪魔…!!」

「数が多い…前に進めない…!!!」

 

生徒の5倍の数がいるロボットだ。波動は己の個性でロボットを歪め、天喰は己の手にアサリを再現して殴りつける。どちらもオイルを垂らして倒れ込んだが、次々とロボットは襲いかかってくるので焼け石に水だ。

 

「…ねえねえ天喰くん、ここは協力しない?」

「うん、そうだね波動さん。それは今考えて…いたところッ!!!」

 

ちょうど同じ場所にいた波動と天喰は、お互いの背を守り合うように攻撃をし始めた。

世界に影響を与える波のようなエネルギー衝撃波がその方向のロボット達を歪め捩じ切る、たこ足に変化した腕でロボット達を薙ぎ払う。

 

辺り一帯のロボットを屠り終わった2人は少し顔を見合わせて微笑み合うと、そのまま駆け出した。

 

「…ヒーローの基礎だな。咄嗟のチームアップができなければ、倒すものも倒せない」

「たまには基礎の反復もせんとあかんやろ。さてさて、速いコはもう突破したぞ〜? 後方はどうかな?」

 

ニヤニヤと頬杖をつきながら茶ノ丸は眼下を見やる。もちろん見ているのは普通科の少女とヒーロー科の青年の2人組。

ルミリオンくんが人一人抱えた状態でどうここを突破するのか楽しみだった。

 

 

 

 

 

────ジェットコースターに乗っているような気分だ。びゅんびゅんと景色がトんでいる。400m走っているはずなのにまったく息が切れていないこの通形ミリオ、どれだけ体力おばけなんだろう。

かなり飛んだり跳ねたりしているので揺れがひどい。気持ち悪い。目の前がクラクラしている。やばい。

 

「おおっと、もう始まっちゃってる。どうしようか!」

「(……………………………………………)」

 

なぜか声の出ない悲鳴しか出てないのに喉が痛い。声響から向けられる恨めしい視線には気づいていないのか能天気そうな明るい声で、通形はそう言う。

 

よろよろと視線をそちらに向ければ、開けた場所で人間VSロボットの戦争が───見間違いだ、うん。生徒1人に対してロボット5体の勢いで追いかけ回している。

追いかけ回されているのは普通科の生徒達が多数で、もうヒーロー科の方々はほとんど突破しているらしいことを知ると、声響は少し心配になって通形を見下ろす。

 

この人、さっさと私を置いて行けばいいのに。ここからでも棄権したい。

 

少しスピードを落として、思案するように黙り込んだ通形は、何かしら思いついたのか「よし」と声に出す。なんだか嫌な予感がする。

 

「ちょっと手荒になっちゃうけど……ごめんね。必ず助けるから」

「…………………?」

 

────────え?

 

通形は声響を横抱きに抱え直して爆走した。当然ロボット達は2人に気づき襲おうと群がってくる───ロボットの攻撃が2人の体を捉えようとしたその瞬間、通形は声響を上に放り投げた。

 

「………………………………?!?!?!?!?!」

 

「おおっと、通形?!?! ちょっとこれはレディの扱いについて補講やお前ーーーーー!!!」

 

関西弁の教師が焦る声が耳に遠く聴こえた。

 

声響の体重は軽い。身長も低い故、いつも小学生に間違えられる。通形にとっては投げやすいだろう。

 

一気に地上7mに放り出された声響は、斜方投射よろしく最到達点でつかの間の無重力感を味わったのちに物理法則に則り落ち始めた。

林檎は変わらず大地に落ちる。

 

「(────う)」

 

スローモーションになる世界で見たのは、落下地点で自分を待ち構えるロボットと、個性を扱いながら辺りのロボットを倒していく通形だ。

 

「───────う」

 

「うおわちょっと声響だいじょぶかお前──!!! あれ…?」

 

髪が後ろへ飛ぶ。

淡い紫色の髪が太陽の光に透けてキラキラ光っている。

 

太陽は嫌いだ。

喉が熱い。突っかかりを覚えるような感覚が邪魔で、鬱陶しくて、ぎゅっと目を瞑って叫ぶ。

 

「……うわああああああああああああぁぁぁ?!」

 

 

 

 

 

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