鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話 作:藤涙
真後ろから小刻みに震える羽の音が大音量で聞こえる。5匹の蟻が、彼らが同時に通るには狭い通路を無理に通ろうと土砂が削れる音がする。キシキシキシと耳障りな鳴き声を発する頭部の大顎がガチガチと追い立てるような音を立てた。
波動は己の頬を伝う汗を自覚して焦る。
「これは───ッ、心理的にも…やばいかなぁ…!!!」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ来ないで来ないで来ないで…!!!」
走り始めて3分。出鱈目に、闇雲に────暗がりを進んでいくが、同じようなところを回っているような気がする。ぐずる赤ちゃん人形。後ろから追ってくる蟻の鳴き声が不快なのか両手で耳を塞いでしまっている声響。最悪だ、最悪の競技だ。
赤ちゃん人形がいることで迂闊な攻撃や行動が出来ない。アント先生はここを「5種類の蟻が争う巨大蟻塚」だと言った。つまり───敵の数は未知数。
地下50m。どこまで広いのかはよくわからないが、3分間走り続けて他生徒と会わないのはさすがにおかしい。かなり広いと見ていいだろう。遠くから悲鳴が聞こえるものの、それは“人がいる”と安心感を与えるものではなかった。暗闇、地下、巨大蟻、響く悲鳴、全ての要素が生徒を極限まで追い詰める。
波動はぐずる赤ちゃん人形を気にかけながら───どのレベルの衝撃で大泣きモードになってしまうのかがわからないため、本当に迂闊な行動ができない───後ろに向けて個性の攻撃を放った。
スピードは出ないものの、自身の活力を糧にして放たれた衝撃波は捻れつつ蟻の手前に着弾する。土煙で足留めした蟻を後目に、波動は声響の腕を引き物陰に身を潜めた。
5匹のクロオオアリは自身の身にかかった土塊を身震いすることでふるい落とした。手加減はされていたが、波動の衝撃波をまともに食らったのにダメージを負った気配はない。鮮明になった視界で、蟻達は2人を探している。
しばらくうろちょろとした蟻達は────金属を擦り合わせるような不快な音でひと鳴きする。まるでそれは獣の咆哮のよう。獲物を追い詰め、威嚇するような声だった。
「(……!!)」
「(ダメダメ、抑えて。悲鳴を上げないで。大丈夫、あの種類の蟻なら隠れた私達を認識する手段はないハズ…!!)」
6本の脚で行軍する5匹の蟻達は名残惜しそうに顎を鳴らしたあと、そのままドタドタと迷路の暗闇に消えていった。
ひとまず───目先の恐怖が消えたことで、波動と声響はほっと息を吐いた。
「…不思議、なんで土の中なのにちょっと明るいの? あとちゃんと息ができるし…変なの」
「ほ、本当だ…」
迷路の中は前方数mがぼんやり見える程度には明るい。こんな地中だが酸素が薄いということもない。ただ人間の本能故か、息が詰まるという感覚がある。視界が不透明なせいか漠然な不安と、地中の閉塞感。閉所恐怖症だったら発狂してしまいそうだ。
「蟻の種類で…そういうの、わかるの?」
「ああ!! うん、そうだよー。あれ、アナウンスであった通り、アント先生のクロオオアリなら機動力に特化させた遺伝子操作をしててね…熱感知とか、鼻がいいとか、そういうのはないって聞いたことある!」
つまりは熱感知や嗅覚の鋭さに特化した蟻がほかの種類にいるということか? と声響は不安になる。今回出会ったのがクロオオアリだからよかったものの、これから遭遇する別種の蟻には、隠れるという手段は通用しないのでは。
息を整える2人を、小さな
そして
「「ぎゃあああああああああああぁぁぁ!!!」」
今更だが、雄英高校の体育祭の会場は敷地内にある専用の施設“体育祭会場”だ。最大収容可能人数は約12万人。延べ床面積160,000m²。こんなものが3学年分3つもぽんぽん建っているのだから、雄英高校の敷地面積の広さが伺える。
今回3年生の第2競技で、13号によって第1競技の残骸が片付けられ、パワーローダーが無作為に地下50mまで掘られた穴は、アントマンの蟻達によって会場の地下全域に広がる蟻の巣になっていた。
────もう一度言おう。会場地下全域、160 ,000 m²の面積に広がる蟻の巣の迷路、である。
日本の一般的な蟻、つまりはクロオオアリのことだが、自分の体重の40倍の重さのものを持ち上げると言われている。海外のトゲアリの一種は自分の体重の400倍以上の物を持ち上げ、1700倍以上の物を引っ張る力があるらしい。まあトゲアリはともかく、この蟻達は遺伝子操作されたアントマンの蟻だ。しかも彼の手によって巨大化された。
たった15分で放たれた数百匹の蟻が、160,000
m²という広い面積で巣を構築した。恐ろしい蟻達である。
「……ちょっと環!!! これなんとかできない?!」
「無理だ蛸でなんとかしようとしたけど…この数は対処する前に埋もれる!!! そっちは?!」
「俺は透過して逃げられるけど赤ちゃん人形が…!! しかもこの蟻、俺じゃなくてこの人形狙ってる…!!」
敷地面積を考えたら、波動&声響に近いと言える場所。ある程度開けた一本道に、切羽詰まった男ふたりの声が響く。赤ちゃん人形はずっとぐずっているが仕方がない、なりふり構っていられない。大泣きモードに移行する衝撃や揺れとやらが、多少強くても良いことを期待している。
彼らを追い立てる大軍。凡そ小型犬程の大きさの───ヒアリ。赤黒い体の、放たれた5種の中では割と小さめな部類の蟻だ。小型だが毒針を持ち、通常種では繁殖力が高いので世界の侵略的外来種ワースト100選定種で、特定外来生物にも指定されている。
毒針の毒は微弱。人間が刺されて死ぬことは稀で、軽度なら痒みや痛みが出る程度。恐ろしいのはアレルギー反応が出た場合。アナフィラキシーショックで死亡した例もあり、そのことから“殺人アリ”とも呼ばれる。
それが、2人の後ろ、凡そ100匹。地響きを鳴らしながら2人を追いかけている。
「いや本当シャレにならない本当にシャレにならない…!!!」
「これどこまで追いかけられるんだ…?!」
迷路に落ちて5分、2人が合流して2分。上に上がったり下がったり、撒く為に全力で走っているが、諦めてくれる様子はない。たまに数匹が2人に追いついてズボンや上着に噛み付いて来るので、蹴り飛ばしたり腕を振り回したりして応戦する。蹴り飛ばされた蟻は壁に叩きつけられるが、すぐに戦列に復帰していた。タフネスが素晴らしい。
「…!! ミリオ、前方10m先に崖…!!!」
「飛び越えたら撒けるかも…?」
「やるしかない…!!」
波のような赤い蟻に追い立てられ、足音にかき消されないように大声で叫ぶように会話する2人は、開けた上下合わせて10mの広さがある空洞の部屋に飛び入った。
距離にして6m程の崖を───天喰が右腕を蛸に変え通形に巻き付け大ジャンプ。脆い岩が砕け落ちたものの、2人はなんとか崖の上に体を持ち上げた。
このヒアリに翅はない。いくらなんでも6mの崖を超えることはできないだろう。2人はそう考え恐る恐る後ろを振り返る───世間一般でこういうのを所謂フラグという。
蟻という生き物は“協力する”生き物だ。働き蟻から女王蟻まで、決定的なまでの役割を持って集団生活を行う。見つけたエサは消化吸収をせずエサの持ち運び用として使う体内組織貯め、いったん巣に持ち帰り仲間に分け与える。
南米原産、日本では外来種として忌み嫌われるヒアリには───ほかの蟻にはないある特殊な行動があった。南米にはハリケーンが多く、巣はよく水に飲まれて沈んでしまう。そういう自然災害から身を守るため、仲間が生き延びるため、彼らは“いかだ”を作って水に浮かぶのだ。
蟻の外骨格はもともと水をはじくが、それでも蟻が1匹の場合は、水に落ちれば溺れてしまう。ところがヒアリのコロニーは、洪水で巣から押し流されると群れ全体でいかだの形になり、そのまま水の流れに何週間も浮かび続けることができる。
とある学者は、ヒアリのことを「素材」だと言った。蟻は互いに繋がりあう特性を持つのだと。
「…………マジかよアント先生」
「………………………………………ッ!!!」
「ちょっと環意識飛ばさないで、走るよ!!」
崖の向こうで尻込みをしていたヒアリ達が互いに協力しあい、繋がりあい、盛り上がっていく。他のヒアリを足場として橋を構築し、そのまま向こう岸────つまりは天喰と通形の方へと橋をかけた。そのままこちら側へとなだれ込んで来るヒアリ達、固まる2人が3秒程見つめ合う。
《キシャーーーーッ!!!》
「「……………ぎゃああああああああああああぁぁぁ!!!!!」」
鬼ごっこはもうしばらく続きそうだ。
◆◆◆
「おいアント!!! 地下でやられちゃ見えへんやんけェ!!! どうせいつものアリンコ共にカメラ付けとるんやろ!!! さっさと見せェ!!!」
「うるッッッさいわさっきからファットぉ!!! 今やっとるし黙って見てろ!!!」
時折くぐもった悲鳴が聞こえるだけの3年生会場で、関西弁の怒鳴り声にこれまた関西弁の怒鳴り声が返される。客席の方の関西弁の隣に座っているリューキュウは割と迷惑そうだ。
「……さぁ、準備オッケー!! 俺の可愛い蟻ちゃん達!!! 映像投影開始ー!」
ブォン、と言う気の抜けた音とともに、スタジアムに多数の画面が投影される。その数凡そ30。
「さて、地下の様子はどうかな〜?」
「阿鼻叫喚だと思う」
そんな軽口を叩き合いながら画面を確認する。今現在カメラを持たせている小さな蟻達には「生徒を追え」という単純な命令しか下していない。
それでも映像を見る限りしっかり役目を果たしているようだ。
「さーて、No.32からNo.62のクロオオアリ(カメラ付き)に追わせている生徒達。あれ? いや、No.33からNo.63だったっけ? どっちだ」
「ヴヴヴ…(どうでもいい!!)」
「や、大丈夫。No.32からであってるはず。たぶん。確か」
映像の中で生徒達は────逃げている。もうそりゃあ逃げている。鬼気迫る顔で逃げている。競技開始から脱落者はゼロ。だが皆最下層から出られていない。
「さて、迷路製作者のひとりとして説明しよう! よーく聞くんやで?
───舞台はこのスタジアムの地下、深さは50m。広さは160,000m²。5種の蟻が蠢く3階層での鬼ごっこ!!! 最下層には2種、中層にも2種、1番上ゴール間近には1種類のかわい子ちゃんがおるでー!」
ハウンドドッグは小型犬大のヒアリに追いかけ回されている生徒達や、約200cm程のクロオオアリに襲われている生徒達を見ながら冷や汗を垂らす。
「うわ、キッッツ」とは、会場全員の心の中の言葉である。
「最下層にいる蟻は、こちら!! クロオオアリとヒアリ。
クロオオアリは元々女王蟻と雄しか翅は持たないんやけど───遺伝子操作により全個体
「適当だな…」
「測ったことないんやもん」
クロオオアリの全体図を投影すると会場に悲鳴が上がった。失礼な、可愛いだろう。黒光りする体躯とか、つぶらな瞳とか。あと触覚も可愛い。
「ヒアリは───あ、この子達に繁殖能力はないししっかり競技終わったら回収するんで許してください環境省のお偉いさん───圧倒的数任せ。100匹単位の群れのチームワークでどんな所でも移動できるとこがウリ!!」
現在進行形で通形と天喰を追いかけ回している画面を見ながら、ニコニコしている茶ノ丸。小型犬程の大きさなので、さらに可愛く見えてしまうな。なつきもよく仕草が可愛い。
敵の本拠地に潜入するときとかによく協力してもらっている。可愛い。
「さて、最下層にいるのはこの二種類。広い代わりに上層に上がれる道は多いから、しっかり探索して探してネ!!!」
「面白がってるだろうお前…」
数多の悲鳴が響き渡る。
その声を聞きながら────「コレ、クリアできるのかなあ」と、心配になる教師達だった……約1名を除く。
トムハのヴェノムちゃんとトムホのスパイディクロスオーバーで胸が踊ってしまう。デップーちゃんはえむしーゆー合流か? と言われてるの、これまで何度も報道されてきたけどいつもちょっと期待してる。
デップーちゃんはもうR指定路線でいいよ(大喜び)