鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話 作:藤涙
ヒアリの群れはまるで波のようだ。統率が取れていて乱れる様子はない。赤い波、なんかそういう映画とかなかったっけ? と波動は考え込む。
「───あ、キャリーかな。ということはコンセプトはホラー系?」
「こんな時に何を言ってるのかな波動さん?!」
「…これ連れてきたのミリオだったんじゃなかったっけ?」
「はっはっは!!! ごめんね!!!」
暗い迷路に場違いなほど明るい声が響いた。そんな声を聞いていると気が抜けてくる───これも一種の才能だ。絶望しそうな中笑える通形も、それにつられてしまう波動達も、まだ諦めたわけではない。
諦めてたまるものか。
「───いや、ホラー系言うよりはモンスターパニックかな〜」
「いきなりどうした?」
「B級映画もたまにはええよね!」
アント先生にはこちらの細やかな会話まで聞こえているらしい。波動はむすりと眉を寄せる。なるほどよくできた蟻地獄。正直巨大蟻だけでお腹いっぱいだが、彼らが作るコロニーはとても複雑で広い。ここにヴィランが放り込まれたら泣き喚いて許しを乞い絶望するだろう。でも波動達はヒーローだ。逆にあの余裕ぶっこいてニヤニヤしながらこちらを見ている物理教師の顔に波動だの拳だのたこ足だのを叩き込んでやらねば気が済まない。獅子の子落としにもほどがある。誰が難攻不落の蟻地獄に叩き落とせと言ったんだろう。
「まあでも…!! この程度のことを乗り越えないと、ヒーローにはなれないんじゃないかな…!!!」
「…ひ、ひーろーって、しきいがたかくない…?!」
「いや、そうだ。アント先生は俺達がこの蟻地獄を突破できると踏んで仕掛けて来たのでは…?!」
「せ、せんせいにたいするきたいがおもい…?!」
対する声響は息も絶え絶えで呂律が回っていない。走り続けていても多少息が切れている程度のヒーロー科3名が恐ろしい。ヒーロー科は魔境だ、行く気はさらさらなかったが行かなくてよかった。と回らない頭で声響は思う。
「あのねちゃん…!! いける?!」
「わからない…!!」
「え、なに、何か作戦があるの?」
ヒアリを見るまではあった自信が無くなっているのを声響は感じている。すごく大きいが5匹のクロオオアリと、まだ小さいが100匹単位の群れで動くヒアリ。どちらがいいかと言えば圧倒的にクロオオアリだ。アント先生は集団恐怖症とかご存知だろうか? 頭に叩き込んでやりたい。
自分以外の誰かに影響を及ぼす個性は、自分の心持ちが必要なのよ。とは、ミッドナイトの言葉だ。ましてや自分は己の一節一言で相手を変えてしまえる個性。投げられているボールをなぞってその軌道を変えるように、雪解け水がじわじわと大地を削って川になるように。
自分が放った言葉が辿るだろう結末を、常に考えていかねばならない。
「
「うん────うん? うーん、わからない!」
「わからないならなぜ答えたミリオ…!」
「……」
“信じる”にはある程度の理由が必要だ。
それを抜きにする以上どうしても相手の思考にも違和感が残る。1小節では足りない、やはり理由付けが必要なのだ、と波動は考える。“思考誘導”、言い変えよう。“説得”の個性だ。
もしくはまだ個性を出したてで不安定であるかだ。どちらにしても、素敵な個性。波動は場に似合わずくすりと笑みを零した。
「…どうしたんだ君も、波動さん。───お、俺の知らないところで会話するのをやめてくれ…!」
「…心臓がノミ」
「ウッ」
転びかけた天喰を波動と通形は両脇から引っ張りあげて走らせる。いつだってどれだけ転ぼうが引っ張りあげてあげるが、今はやめてほしい。例え転んで蟻に飲まれても助け出すけど。絶対に。
「うん! あのねちゃん、とりあえず口撃してみよう! 実践あるのみ!」
「てきとーーーではーーー?!」
3秒ほど、にっこにこ笑っている波動と泣きそうなほど眉を下げた声響が見つめあう。程なく声響は半ば悲鳴のような深呼吸をした。
大丈夫、行ける、行くの、できる、頑張れ、等。自分を励ます言葉をぶつぶつ呟いた彼女は、意を決して振り向いた。
「────あ、あ、あ…
………キシキシと鳴くヒアリ達は、変わらない様子で行軍を続けている。
引き攣った笑顔で波動を見上げる声響。
相変わらずにこにこの笑顔でそれを見つめ返す波動。
「うえええん…!!! ───
───脇にいた数匹が怪訝そうに数秒だけ足を止めたのを、ヒーロー科の3人は見逃さなかった。
「よし! 行ける! 行けるよ声響さん…!」
「頑張ってあのねちゃん!」
「よく分からないが効いてるぞ…!」
「うわぁああん
一斉に口を噤む3人。途端に耳に入る蟻の足音に、声響は泣き喚きたい気持ちでいっぱいだ。「やっぱり喋って!」と沈黙と騒音に耐えきれなくなった声響は精一杯叫ぶ。
「ねえねえ、やっぱり“説得力”ってことは、何かを命令するとき『やってほしいこと』と、『その理由』が必要なんじゃないかなあ…!!」
「
「…あーーー、たぶん、今の感じで大丈夫、だと思うぞ。なんというか、さっきよりは、できてる…………。なんで喋ってるんだ俺は…?」
「今日はよく喋るね?」
「何故だろう…」
会話に一貫性がなくなってきている。声響の個性により、影響を受けた天喰と通形は自覚がないのか不思議そうな顔で首を捻っている。
「とりあえず、落ち着いて、集中しよう。込めたい言葉に個性を集中させるんだ。君ならできるよ!!」
「教師とヒーローはすぐそうやって無責任なことを言うーーー!!!」
もはややけくそである。
走って、走って、走って、足はもう本当に辛い。恐怖感だけで突き動かされている。
曲がって、進んで、走って、上がる。
「ていうかそろそろ中層への入口あってもいいんじゃないかな!!!」
「闇雲に走りまくっているから見つからないんじゃないか…!!!」
「ねぇ、早く撒いて落ち着こう!!!」
「それが普通科の私頼みって嘘でしょうッ!!!?」
闇雲に走って───入った部屋は行き止まりだと気づいた時には遅かった。
赤ちゃんの声が大きくなる。脱出先を探して振り向くとヒアリがキシキシとこちらを見上げて顎を鳴らしている。
足に噛み付こうとした1匹を通形は放るように蹴り上げて撃退する。自然と壁際に後退した。ヒアリは盛り上がるように体を重ね、こちらに雪崩こもうと───
「お願いだから、
その声が響いた瞬間、ヒアリが挙動を止めた。首を傾げて、仲間と話すようにキシキシシューシュー鳴き声を発する。数秒後、彼らは戸惑うように回れ右をして去っていく。
声響は自分の言葉とともに───ヒアリと共にどこかへ行こうとしたヒーロー科3人の服を引っ張って座らせた。
「せ、せいこうした?」
「───う、うん…! ありがとうあのねちゃん」
「のーーぷろぶれむ……きゅう……」
◆◆◆
「お、あの4人、中層行けそう? もう半分くらいは中層行けたんやない?」
「…中層には何を仕込んだんだ?」
「えーー特に? 下層も中層も2種類ずつ放り込んでオシマイやで?」
クロオオアリとヒアリには「赤ちゃんを取り戻せ」と「生徒を見つけ次第追い回せ」ぐらいしか命令していない。
中層の子達は───まあ自由にやらせている。具体的に害する命令を出してるのは上層の1種だけだ。
茶ノ丸は己の太ももについているレッグバッグを見やる。1本の試験官の中にはもう、何もいない。
「(うーん、どれだけやれるんだか)」
各々攻略法を導き出した生徒たちが続々と中層に突入する。
上層の蟻を思いながら、茶ノ丸は頬を指で緩く叩いた。
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波動:閉鎖空間では個性を使いにくい
通形:赤ちゃん人形
天喰:物量には対処しにくいのでは
声響:1人じゃ無理
あのねちゃんの個性は光の職業だとアナウンサーとか向いてそう。ヴィラン側だったら騙したりだとか。
強く説得力を付与させたい場合はもっとたくさんお話ししなきゃいけない話でした!
しばらく週1で更新できればいいな…