鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話   作:藤涙

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text4:鉄と蜘蛛と言うよりは盾と翼というイメージで

はあ、と聞こえないようにため息を吐くのは癖になっていた。気づかれないように目を逸らして窓の外、遠くを見つめるのも。

 

「せんぱーい、はよ行きません? そろそろ生徒たち揃っとると思うんですけど」

「…」

「や、例年通り入学式行かないんでしたっけ? なら別に急がんくてええか…知らんけど」

 

チャイムがなりそうなのは、まあ鳴ってはいないのでよし。

 

職員室のソファ(定位置)を奪われてむすりとご立腹なのは、雄英高校物理教科担任の麗日茶ノ丸だ。プロヒーローの資格を持ち、最小ヒーローアントマンとして活躍していた男である。

対して茶ノ丸の定位置を奪って眠っている男、ぼさぼさの黒髪と無精髭、全体的に黒い服装を見ていると年齢よりもくたびれた印象を受けるが、これでも今年で30。茶ノ丸より2年先輩にあたる、雄英高校の教師 兼 プロヒーロー相澤消太。アンダーグラウンド系故に世間の認知度は低いものの、ヒーロー界隈では割と有名な男である。これでも。

 

茶色の巻き毛を耳が隠れるまで伸ばし、丸めの瞳はどこか柔らかく幼げな印象を与える優男の茶ノ丸。無造作ヘアーとかそういうレベルじゃない長髪に無精髭、街で見かけたらちょっと通報されてしまう系の青年、相澤。この2人は10年来の付き合いで、後輩と先輩の関係にあたり、さらにはサイドキックとヒーローの関係にもあたる。界隈でも凹凸コンビとして有名な2人だった。

 

「そろそろA組行きましょ? 初日から遅刻だなんて、生徒に示しがつかんやろ」

「……時間通りに行けばいい」

「5分前行動って知ってます???」

 

もう職員室に教師はほとんどいない。生徒数が多い故に教員数も多い雄英高校だ。クラス担任以外の先生は入学式の準備だろうか。

()()()()()、クラス、というか、1年ヒーロー科副担任を襲名したが、何日持つのかなあとと予想する。

 

「……なんか失礼なことを考えてないか」

「えっ。いや? 別に。今日も相変わらず小汚ねぇなあとは思いましたけど。そんな失礼なことはって痛い痛い痛い痛い痛いッ…!!!」

 

やっと起き上がった相澤からのアイアンクローが炸裂する。ヴィランを締め上げる強力な握力から繰り出される鉤爪を侮ることなかれ! 茶ノ丸の意識は飛びそうだ。

 

ソファから起き上がったままの姿で。つまりは寝袋に収まったままぴょんぴょんと。廊下を移動し始めた相澤に茶ノ丸は頭痛を堪える。なにかな、これ。新手の訓練かな。違うだろうな………合理的を求めすぎて手段と目的が入れ替わった感じ、傍から見れば面白いが、残念ながら茶ノ丸の立ち位置は“傍”ではない。

というか小汚いの気にしてるんなら髪を切る───のは難しいから、結べばいいのに。なんていうやり取りはここ10年で10000回はしてる。このやり取り10年もやっていると飽きるのである。茶ノ丸はもっと刺激がほしい。

 

のろのろと相澤に合わせて──窓の外の小鳥二羽が仲睦まじく枝で休んでいるのを見て癒されていると、「アント先生、あ。あと、イレイザー先生も、おはようございます」という可憐な声が。

 

「おー、波動。おはよう。もうチャイム鳴るけど、教室入ってなくてええんか?」

「教室にいたんですけど、アント先生が見えたので出てきちゃいました! イレイザー先生は…行っちゃった」

「まあ、追いつけるからええわ。どしたん?」

 

波動ねじれ。今年3年生になった、水色の捻れた長髪の女子生徒。1年、2年ともに選択授業は物理を選択してくれており、クラスを預かることがない茶ノ丸が割と親しい域にいる生徒の1人。

 

「えと、今年も物理選択したんだよ! 今年もよろしくお願いしますっ」

「え。今年も?! 波動が今年も物理来るってことは、通形と天喰も一緒やろ…お前ら騒がしいねん…」

「ええ!! そんなこと言わないで…私達先生の授業大スキなのに!!」

「ウソウソ、ウソやって」

 

ガーン! と後ろにそういうテロップが見えるほどショックを受ける波動に、茶ノ丸は笑いながら掌を彼女のほうに向けた。

天喰はまあともかく、波動と通形は己の個性に物理基礎が応用できるから授業には熱心だ。期末テストもほぼ満点、良き自慢の生徒である。波動達が良き先生だと思ってくれているかはわからないが。

 

「お前らも今年で進学か就職か。早いなあ…波動はどうするん?」

「うーん、どうしよっかなーって思ってるよー」

「まあヒーローになる言うても、道はいろいろあるもんな。波動は成績もええし、進学してもええと思うで」

「先生はどうだったの? 高校生だったころ」

 

そう問いかけられて一瞬考え込む。波動の大きな髪色とおなじ瞳と目が合った。もちろん男女的な甘いそれなどでは全く無く、未知の生物同士が出会ったような目線と目線で、だ。

 

「うーん、そうやなあ…」

 

お互い人を観察する質なのだろう。じーっと見つめあっているとなんだか不思議な心地になってきて、自然に窓の外へ視線をうつした。もちろん男女的に甘く気恥ずかしくなったとかそういうものではまっっったくなく。森の中で熊と鉢合わせたから素知らぬふりをして目を逸らしながら後退る、みたいな感覚だ。

……生徒をなんだと思ってるんだろう。

 

「そうやな、どんなに寄り道しとっても、道は一つやったわ」

「…でしょー? 道は一つだよね」

「インターンシップ先は…あー、リューキュウんところやったっけ?」

「うんうん!! そうだよ!!」

 

えっっらい美人の、という言葉は飲み込んだ。相手が誰であれ女性を目の前にして他の女性を褒めるという行為自体が罪深いのだ。茶ノ丸はそれを知っている。しっかりと身をもって。

はしゃぐ波動を落ち着かせながら、そういえばと懐に入れてあった懐中時計を開く。

 

「あっ、新しい時計だ。また買ったのー?」

「あーおーオークションで落とした…………あっやべもうチャイム鳴る」

 

お前も早く教室入りや! という言葉に、波動は笑いながら頷いた。スカートを翻して教室を目指せば、背後から特徴的な音が響く。何度も聞いた、先生の個性発動の音だ。

何度かチャイムが鳴る。振り返ってみても先生はもういない。しゃがみこんで目を凝らしてみると、蟻が数匹、彼がいた場所で蠢いていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「5分前行動じゃなかったのか?」

「うるさい」

「どっから入ってきたんだ」

「網戸から…」

「チッ…閉めとけばよかった」

「酷ない…?!」

 

息を切らして、何もいなかった場所から急に現れた青年に、一同はぱちくりと瞬きを返した。担任であるという───相澤消太の登場(の仕方)のほうが衝撃的すぎてちょっとやそっとじゃ驚かなくなっている。

 

それよりも緑谷出久が気になったのはこの青年にどこか既視感を覚えたことだ。

耳を隠す茶色の巻き毛。白い肌。まあるい瞳でどこか幼げに見える顔立ち。少しやつれ気味の相澤に並ぶと彼は本当に若く見える。服装がビックシルエットのマウンテンパーカーの中に白いワイシャツ、黒スキニーに白いコンバースというのも、若く見える原因だろう。

髪が風に吹かれて揺れるたびに、耳がチラチラあらわになる。片耳にBluetoothイヤホンらしきもの、両耳にはインダストリアルピアス。

 

すごい、めちゃくちゃヤンキーみたい。というのが出久の感想だ。

 

ただ粗野な印象は抱かないのは、顔立ちは柔和そうなせいか。それともピアスのデザインが派手なものではなく、落ち着いたシックなものだったからかもしれない。

 

「えーーっと。ちょっと遅れてすんまっせん!!

───麗日茶ノ丸いいます。お茶の丸、って書いて“サノマル”ね。教科は物理を担当、皆の副担任になります。物理は選択授業なんで、ヒーロー科普通科サポート科経営科合わせての合同授業。週に2回、約30名での授業になります。選択するコはよろしゅうな〜」

 

癖のある関西弁で、青年はそうくしゃりと笑う。麗日茶ノ丸、相澤消太と同じくこちらも聞いたことがない名前だ。雄英の先生なのだからどちらもプロのヒーローなんだろうが…

 

でも…、と出久は右斜め後ろを見やる。

“麗日”、先程そう名乗ってくれた女生徒の方向だ。同じ場所でその紹介を受けた飯田も、気になるのかなんか変な顔をしている。

 

彼女は、麗日お茶子は、どこか眩しそうに茶ノ丸先生を見つめていた。

 

 

「お前本当自己紹介長い、合理的じゃない。そのよく回る舌、どうにかならないのか」

「は〜〜?? あんなん短いぐらいですぅ〜〜。そういうセンパイはなに言ったん」

「名前」

「…うっわ無愛想やわ〜」

 

表情は変えずにお互い口だけ動かして応酬し合う。

 

「というかさっきの、なんなん? 体操服着てグラウンドにでろ〜て。無愛想の極みやん、だから子供に泣かれるんやで。説明もせんでこんなとこまで連れてきて、嫌やわぁ」

「時間は有限、合理性を欠くような行動はしない…。そんなのお前が一番わかってるだろう、ここまでついてきてぶつくさ文句垂れる理由はなんだ? 気になるのか?」

 

場所は晴天のグラウンド。

A組の生徒達が立ち幅跳びに興じるのを2人は眺めている。

相澤が顎で微かにしゃくった先には、女子生徒数人が集まっている。何が言いたいかは深読みするのもあほらしいほどよくわかってるので、とりあえず体重を移動させるふりをして足を踏もうとした。避けられた、畜生。

 

「…別に、気になっとらんって言ったらちゃうけど…なんか、気まずいわ。10年って重い」

「そうだな、確かに10年は重い。だが生徒個人に深入りする理由にはならないぞ」

「ウワーーー、原因が結果になんか言ってる」

 

計測は機械がやってくれているので、正直茶ノ丸は見守ることぐらいしかやることはない。

 

大きく、なったなあと思う。面影はちゃんとある、当たり前。背が伸びて、髪も伸びて。きっと10年前のように高い高いでもしようとしたら、多分怒るんだろうなとも思う。瞳はキラキラと輝いている。

 

「…顔が気持ち悪い」

「うっさいわ」

 

今更悔いても仕方がないが。




波動さんのセリフ難しいな…?!
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