鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話 作:藤涙
退屈していることをおくびにも出さずに、茶ノ丸は生徒達を眺めている。子供達が砲丸投げをしているのを眺め、その記録に目を見張るとともにそっと息をついた。
入学試験もそうだが、相澤も意地が悪い。個性ありの体力テスト、最下位は除籍なんて、茶ノ丸でも焦る。こういう形式のテストと相性が悪いのは相澤も一緒だろうに……
「(見極めてるのは心の弱さかなぁ…毎年見てるに)」
それにしたって、まだ15歳の卵たちをこういった形ではかるのも酷な話だと思う。相澤には毎年“甘い”と言われるけれども。
しゃがみこんで頬杖をつく。一応、A組だけではなくヒーロー科一年全体の副担任故に、帰りのHRはB組に行かなくてはならない。生徒の
春の夢を見ているようにぼやけた空に、ふよふよとボール投げ用のソフトボールが飛んでいく。万有引力の法則に従うことなく遠く遠くへ緩やかに遠ざかっていくボールに目をやり、やがて聞こえてくる「∞?! すげぇ、∞が出たぞーー!!!」という声に思わず笑った。ちなみにそんな記録を叩き出した彼女は短距離で7:15だった。
………………………いや、こそこそとチラ見して
いや、だめや。こんなんじゃだめ、生徒と先生なんだから別にやましいことなんてないし普通に眺めるべき。あ? そういう話でもないな。
微妙に混乱する頭の中で、もう一度空に視線を戻した。
はるうらら、いい天気である。
「(なんやあの子、1回も個性使っとらんやんけ…このままやと除籍になっちゃうぞー?)」
よっこらせっと立ち上がって、生徒の方に向かった。
鳥の巣のような緑の頭の彼は、俯いてブツブツと何やら呟いている。どんな個性か思い出そうとして、確か入学試験の際に0Pロボットを一撃でぶっ倒した子だ、と気づいた。例えば瞬間的にパワーを増強する個性なら、いくらでもやりようはありそうなものだが、ここまでの成績がぱっとしないのは何か理由でもあるんだろうか。
「調整…イメージ…卵が、爆発しない、イメージ…」
「なあなあ、精神統一中やったらほんまごめんって感じなんやけど。えーーっと、緑谷クン?」
俯いた顔と目が合う。
汗腺でもブチ切れてるのか顔は汗まみれだ。どうしたんやこの子。
少なくとも、自分の役割はこれだ。
相澤がムチなら、茶ノ丸がアメになるべきだ。物事はバランスなのである。保たれた天秤のように。
「飴ちゃん食べる? 今黒飴しかないんやけど!」
◆◆◆
そう言って青年はふにゃ〜、と擬音がつきそうなほど、緩んだ笑顔で笑った。
風───というか、春の嵐と言ってもいいほどの強い風は、相変わらずぴゅーぴゅーと吹きすさび、彼の小さな穴だらけの耳が顕になっている。
「……麗日、先生」
「“茶ノ丸先生”でええよ、よく呼ばれるのはアント先生やけど。好きなほうでな。
躊躇いがちにそう呼ぶと、そんな声が返ってくる。
ややこしい、と彼はそう言った。
同じ苗字だから、ということだろうか? ちらりとお茶子を見ると、少し困ったように眉を下げている。
「ほらぁ、最近春でも秋でもけっこー暑いやん? 熱中症て夏だけ気をつけるんやなくて、春や秋こそ気をつけなあかんーって聞いてな。めっちゃ滝汗やし、緑谷くんが熱中症なってたら心配やなーって思ったんよ〜。円形タブレットもあるけど食べる? 梅味!」
「えっ、えっ、あ、あの…」
「これが自分めっっちゃ好きなんやって〜おにぎりの梅干しとか苦手なんやけどお菓子の梅は食べれるんよ。不思議やなあ…そいえば緑谷クンって黒飴好き? 好き苦手別れるよな、黒飴って。俺は好きなんやけど周りがジジくさいって言うんやで酷いと思わん?? 駄菓子好きなんやけど身内の前じゃ食えんわ〜笑われるし。駄菓子ではあの、なんやったっけ、ちっこいヨーグルトみたいなやつが好き…」
「あの!!!」
矢継ぎ早のマシンガントークに面食らっていた出久は、我に返って慌てて彼を止めた。茶ノ丸の後方にいる相澤の目がこわい。
茶ノ丸は怯えている出久を不思議そうに見て、その視線の先にいる相澤を振り返り、おー怖と短く呟いた。
内緒話をするように手を添えて出久の耳に囁く。悪戯っぽく笑う顔は大人のものとは思えない人懐っこさがあって、人好きのしそうなものだった。
「センパ…やなかった、相澤先生って怖いなあわかる。圧倒的にわかる。あ
「はあ…」
「あん人に見られると緊張するよな…緊張した時は、なにするんやったっけ。ちょっと待って、思い出せんわ…自分緊張したことないから…」
「ええ…」
頬に手を添えて考え込む茶ノ丸に、出久は困惑して───右手の指をゴキゴキと鳴らしながら近づいてくる相澤に畏怖する。これ幸い(?)なのか、茶ノ丸がそれに気づいた様子はない。
「うーん、なんやったっけなあ………ああ、せや!! 足に猫の字書いて飲み込────!!」
「それを言うなら手に人の文字を書くでは先生───!!!」
「いきなりしゃしゃり出てきて生徒の邪魔とはさすがだなあ茶ノ丸…!!!」
「あっ、やべっ!! ちょっと待ッその個性いつもずる……!! い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛…!!!?!?」
相澤の大きく開かれた掌が茶ノ丸を捉えた瞬間、茶ノ丸は素早く右手の白手袋を外して自分の体にタッチするも
「あ゛ーーーーー!!! 痛い、待って痛い?! ここ最近で一番痛い今年で一番痛い〜!!! ちょっ、勘弁して…!!!」
「俺がドライアイなの知ってるだろうが…勘弁して欲しかったらちょっとはそのよく回る舌を結んで大人しくしてろ」
「え、ムリ、それ哺乳類に息すんなって言ってるようなもんやでそれ……あ゛ぁあ関節ぅ!!!」
「ああ言えばこう言う……」
相澤の瞳がぼんやりと赤くなり、髪が逆立っている。頭部にアイアンクロー、それでも足りないのか首にかけていた布で関節を締め上げている。茶ノ丸の肩からだいぶ人の体から鳴っちゃいけない系の音がしたが大丈夫だろうか?
「虐待反対…」
「教育的指導」
「ひどい! 横暴や! 10年尽くしてきた相棒なのにひどい! 最低! 不潔男!」
「またくらいたいのか?」
「あ、もういいです。すいまっせん、今日はもういいです、はい!!」
教育的指導が外れた茶ノ丸の額にはしっかり指の跡が赤くなってついており、力の強さを物語る。涙目で恨めしそうに相澤を睨んでいた茶ノ丸は、もう一度指を鳴らされるとぱっと目を逸らした。
………それほど痛いらしい。
相澤は溜息を吐くと、気だるそうに口を開く。
「言いたいことがあるなら端的に話せ。お前の話長い、脱線しすぎ」
「逆にセンパイが話さんから俺が喋っとるんやろ!!! 逆に感謝して欲しいわ!!!」
「……」
「あ、なんでもないです!! もういいです!! だから指わきわきするの…ヤメテ…」
「“個性を消す個性”…そうか…! あのゴーグル、抹消ヒーローイレイザーヘッド!! そして彼の相棒っていうことは、茶ノ……じゃなくてアント先生は最小ヒーローのアントマンか!!」
「イレイザーヘッド…? アントマン…? 俺知らない」
「名前だけは見たことあるよ! アングラ系の二人組だよ! 二人とも変人って噂の」
イレイザーヘッド&アントマンの二人組は相当の凹凸コンビとして出久は記録していたが、それが間違いではないことを知る。人間性が真反対だ。
相澤と茶ノ丸は数瞬、アイコンタクトをするように目を合わせると、相澤が諦めるように目を瞑る。
そのことで満足そうに微笑んだ茶ノ丸は、至極楽しそうにこう言った。
「なあなあ緑谷くん、あれさ。すごかったなあ入学試験のときのあれ! 俺別会場におったけど、映像で見て痺れたわぁ」
「はあ…ありがとう、ございます」
相澤に指で「巻け」と指示されて笑顔が固まる。茶ノ丸はそのまま困ったように笑うと───その顔はやはり麗日に似ている───真面目な話は苦手なんやけどな、と独りごちた。
「なあ、なあ出久くん。あんたの“個性”、もしかしたらまだ制御できひんちゃうか? 映像で見たけどアレ、酷い怪我やったな。強いけど一発で退場、これまではよかったけど、これからはどうなる?」
「え…?」
「ヒーローとヴィランの戦い言うても、そこは戦場やで。プロはいつだって命懸け、ヴィランはあんたが倒れたとしても待ってはくれない。戦場じゃあんたが倒れたとしても顧みる余裕はない。命のやり取りの場所で木偶の坊になる? 足でまといが1番要らんやろ」
普段からヘラヘラしたやつの真面目な言葉が割と染みるのだ、と相澤は考える。普段からあの通りならいいのに…いや、あれはあれでアレだな…。
足でまといが1番要らない、つまりは足でまといにならないように考えろ、という意味である。
「じゃーあとの種目がんばりー」と相変わらずふにゃけた顔で茶ノ丸は言った。
「何点?」
「…60」
「おー5割超えとる。お気に添えたって考えてええの?」
「まあな。 ……相変わらず甘い」
「ええーーっ、けっこー真面目に言ったんやけどな」
お互い離れたところで表情すら変えずに小声で話し合う。
視線の先には緑谷出久、ぶつぶつと喋りながらボール投げの位置に向かっていた。
「実際どうなん? ……切るん?」
「さぁな。性懲りも無く玉砕覚悟の全力も、萎縮して最下位に収まるのも、どちらにしても見込みはない」
「ほーん、厳しねぇ…」
「……有精卵の選別も必要だろう」
少年が大きく振りかぶる。キラキラと腕が輝き始め、個性の発動を物語る。
少し残念に思って、目を瞑った。
一瞬遅れて轟音、隣から計測器の電子音。
土煙が晴れた先には───倒れる少年、ではなく。しっかりと土を踏み締め、こちらを見据える緑谷がいたことに茶ノ丸は驚いた。
「先生……! まだ動けます……!!」
「こいつ……!」
「へえ…」
よく見ると右手の人差し指が内出血で赤黒く変色している。個性を腕全体ではなく指先だけに集中させたのか…!! 記録は705.3。横から存外嬉しそうな声が聞こえて、茶ノ丸はちょっと笑う。
思ったほど鬼ではないよな、このセンパイ。と考えていたら足を踏まれた。ひどい。
その後一悶着──緑谷出久になぜか爆豪勝己が殴り掛かる──があったものの、テストはつつがなく終わった。
結果発表の場で、一部を除いて誰もが可哀想なほど緊張した面持ちでいる。
「んじゃ、パパっと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明するのは時間の無駄なので一括表示する」
ここ近年稀に見る楽しそうな姿だ。底抜けに意地が悪い、もったいぶるのもひどい。可哀想にA組、担任からして受難の日々だ。いや、B組のブラド先生は先生で……相澤よりはマシか。
空気は痛いほど張り詰めている。思わず軽口を叩きそうになるが、アイアンクローではすまなさそうなので口に手を当てた。
この状況を楽しんでいるあたり茶ノ丸は茶ノ丸で意地が悪い。
「ちなみに除籍はウソな」
「「「…………………?!」」」
「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」
は、は、は……は────?!?!?! という声がグラウンドに響き渡る。
うんうん、気持ちはわかるんやけど、ここから一番近い体育館で入学式やっとるからね…時間的にそろそろ終わるやろうけど。
「これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類があるから目ぇ通しとけ。明日からもっと過酷な試練の目白押しだ」
「あ、緑谷クン保健室行っとき〜! ばあさんに治してもらいや!」
茶ノ丸がぶんぶんと手を振り、相澤が彼や生徒達を気にすることなく歩いていく。だいぶ離れて行ってしまった相澤に気づいた茶ノ丸が、「ちょっと待ってや〜!」と追いかけていく。
なんなんだ、あれ。と。
誰かが呟いたセリフに、みんなが頷いた。
・
・
・
「相澤くんのウソつき!」
「わー! オールマイトだこんにちはサインくださ…あ、やっぱいいです。今はいいです。ちょっ、待っ、痛い!!」
「オールマイトさん…見ていたんですね…暇なんですか?」
はしゃぐ後輩の足を踏みつけて捻ってから、相澤はその男に目を向けた。
存在そのものが生ける伝説。
「“合理的虚偽”て!! エイプリルフールは1週間前に終わってるぜ!!」
ピリつく空気に、茶ノ丸は「言ってやってくださいよオールマイトさん!!」とちゃちゃを入れたいのを必死に堪えている
。
「君は、君達は去年の1年生…1クラス全員除籍処分にしている!!」
「…」
「ちょっと待って?! 俺関係ないですよ!! 君“達”はやめてや一緒にされるの嫌やぁ…!!! ……もごもご」
我が先輩殿は無言と真顔のコンボで茶ノ丸の口を塞ぐのやめてほしい。普通に怖い。
「『見込みゼロ』と判断すれば迷わず切り捨てる。そんな男が前言撤回っ! それってさ…
君も緑谷君に可能性を感じたからだろう?!」
「
捕縛布で縛られつつ──絶対わざとだろうけど鼻にもかかってるのでめちゃくちゃ息がしにくい──二人の会話をテニスの試合でも眺めるように聞いている。
この二人合わなさそうだ。大人だしどうにかするだろうけど。テンションというか価値観の差が…まあ大人だしなんとかするだろうけど。
「“ゼロ”ではなかった、それだけです。見込みがないものはいつでも切り捨てます。半端な夢を追わせることほど残酷なものはない」
「…ぶっはぁ!! さすが相澤センパイいい事言うー!!! …え、待って、このまま行くの? 首絞ま…締まって…!! えっ?! 絞めてる!! 絞めてるー!! コロサレルー!!」
捕縛布が首に引っ掛けられたまま引きずられて行く茶ノ丸と、問答無用で引きずっていく相澤。
凸凹コンビは教師になってすら健在である。