鉄の意志を5ミリくらいは引き継げればいいなっていう男の話 作:藤涙
生徒より少し遅れた食事をしていた茶ノ丸は、定位置のソファでじっとスマホを見つめている。
机にはカップ麺が食いかけ。ちなみにシーフード味だ。美味しい。
「まーたカップ麺食ってるのか。ミッドナイトあたりにドヤされるぞ」
「あれ、センパイ、授業は?」
「この時間はない。お前は?」
「俺もないんや〜、一緒に見る?」
その言葉に気だるげに眉を上げた相澤は茶ノ丸の隣に座り見ているスマホを覗き込む。スマホの中には、回線が悪いのか大分画面が荒い映像が───いや、これは爆炎と衝撃のせいだ。
「なんだこれ…もしかして…」
「せやでー? A組の子ら、今日の5、6時間目、オールマイト先生の授業やん? 見させてもらお思て♪」
「……許可取ってるのか?」
「取ってないけど、俺の
相澤は溜息を吐く。こんなものがなくても最終的に報告書が上がってくるだろうに───とは思うものの相澤もちゃっかり画面に目を置いている。
この場合の小さなお友達、とは。アントマンが使役する遺伝子操作され超強化された蟻達のことだ。学校内に数百匹放たれており、その全てが茶ノ丸の目となり耳となる。彼らの頭には茶ノ丸が右手で小型化した高性能カメラが備え付けられており、学校内の監視システムのひとつになっていた。茶ノ丸が今無駄遣いしているのはこれだ。
「お前は全く…!」
「…あっ!! ほらー、緑谷クンやばいでピンチやで」
相澤の叱責混じりの声音を誤魔化すように茶ノ丸が声を上げる。確かに画面の奥ではヒーロー役とヴィラン役で別れた対戦、緑谷出久&麗日お茶子vs爆豪勝己&飯田天哉の戦いが行われている。
「いや〜〜すごいなぁ爆豪クン!! 卵とは思えへんでほんま。もしかしたら1年で一番センスあるんちゃう?」
「……」
ヴィランチームがその圧倒的火力を以てヒーローチームを追い詰める。爆豪勝己の個性───掌の汗線からニトロのようなものを分泌し爆発させる、だったか。派手だし強いが、本人の性格に難がありそうなのが少し残念だ。
全人類の約8割が“個性”という特殊な能力を持った世界。8割の中でも個性はマチマチで、彼のように自尊心の塊になってしまう子もいる。もちろん、その逆も。
茶ノ丸は茶色の巻き毛をくるくると弄ぶ。全部が全部右ならえ、出る杭は打たれるとばかりに
「(どっちもどっちやろなあ…俺は成果主義ダイスキやけど)」
トントンと薄い頬を指で叩く。
画面の奥で爆豪が吠えた。それに応じるように出久も叫ぶ。確かこの二人、同じ中学で幼なじみだったか。
いや〜いいね、青春ダナーと眺めているが、明らかにそんな雰囲気ではない。
「これ止めた方がええんちゃうの?」
「オールマイト先生に任せる」
「まあ今ここから止めに行ったところで間に合わんしな」
蟻の視界が一気にブレたのか映像がまた荒くなる。横の相澤の顔を見るが、表情は変わらない。相変わらずこういう時に察しさせてくれない薄情な先輩である。
『麗日さん、行くぞ!!!』
『はい!!!』
「あ゛?」
「おい、キレるなキレるな」
おっといけないいけない。名前を呼んだだけ、しかもチームだし。当たり前だ。過剰反応し過ぎだ。ふーーっと息を吐いて落ち着かせる。
自分のことながらちょっと引く。横の相澤はさらに引いてる。泣いた。
第1カメラ(名前はマリア)には出久と爆豪、第2カメラ(名前はサンタ)にはお茶子と飯田が写っている。
出久が爆豪の爆炎を交えた右ストレートを左手で防御しつつ、個性を使った右手で真上にアッパー。天井をぶち抜いたその衝撃で、お茶子の目の前にたくさんの瓦礫が浮かぶ。
『飯田くん! ごめんね即興必殺…!
“彗星ホームラン”!!!』
『ホームランではなくないか─────?!』
個性で建物の支柱を軽くして持っているのだろう。お茶子が瓦礫の棒でフルスイング、石礫が飯田に殺到し彼は防御を余儀なくされる。その隙にお茶子は彼の上を飛び越え───勝利条件のひとつである核にタッチした。
「えっ…。可愛い…ねえ見たセンパイ、見た?」
「……」
「めちゃくちゃ可愛いんやけど…ええ…す、彗星ホームランて……なんて、かわいい、必殺…確かに必殺や、俺の心を殺しに来とる…あの技で死にたい…」
「なんでお前妹と話せないんだ??」
顔を覆ってソファの背にもたれかかる茶ノ丸に相澤は呆れ顔だ。そろそろ蟻達を通常業務に戻らせないといけないので、右耳についているBluetoothイヤホン型の通信機から「カイサン アリガトウ モウイイヨ」と蟻達に通信する。強化改造された蟻達なので、茶ノ丸の命令くらいは聞けるような知能はある…らしい。
カサカサと切り替わる視界。スマホの電源を切った茶ノ丸は、伸びきったカップ麺の残りを食べ始めた。
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「あれ、緑谷くんはともかくして、爆豪くんは?」
「先に帰っちまった」
「そか…」
帰りのHRにて、二人足りない人数。困ったように首を傾げながら切島が言い、相澤はそこまで気にかけて──気にしてはいるだろうが──いない様子だったので曖昧に頷いた。
あまり大人側からとやかく言うより、自分で考えたほうがいいという判断だろう。さすがにまだ生徒と教師でそこまでの信頼関係は築けていない。この手のことは信頼感が命なのである。
「今日もつつがなく、だ。今日の対人訓練で、己の個性を相手に振るうということの危険さ。実戦の恐ろしさが充分に理解できたと思う。訓練という名のもとではあるが、現場の緊張感も。今日の授業をしっかり反芻し、今後に活かして来い。以上だ」
「勝てた子はおめでとやし、負けた子はどんまいやな。勝った経験も、もちろん負けた経験も大事やで。これからもがんばり〜!」
連絡事項はないので、それを言った相澤はさっさと教室を出ていってしまう。まあ近々のUSJでの訓練の打ち合わせがあるんだろう。
「解散! って言いたいとこやけど、ちょっと待ってな。えーっと、ここ最近マスコミが雄英に殺到しとるのは知っとる子も多いかな? あいつらしつこいから、相手せんでも大丈夫やで」
「「「はーい!」」」
「ということで解散!」
途端ガヤガヤと騒ぎ出すA組諸君。
その様子に変なトラウマになってそうな子はいないなと安心しつつ、教室を出ようとして───
「麗日」
「…!!! は、はい!!」
「ちょっと」
なぜだかそわそわしている妹に声をかけた。
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最近よく考えるのは10年ってあまりにも長いことだ。365×10。3650日。お互いに10年で変わった、もしくは成長したものやことを知らない。
茶ノ丸はお茶子の10年間を知らないし、お茶子は茶ノ丸の10年間を知らない。なにを話せばいいのかわからないし、どんな話題を出せばいいのかわからない。いつの間にか築かれていた10年間の壁、それがこの気まずさの原因かな…と考える。
階段下のスペース、薄暗く人は来ない。空気はどこかひんやりとしていて、ぼんやりと遠くから放課後の生徒達の笑い声が聞こえてくる。
茶ノ丸は壁にもたれかかって、お茶子は俯いて目を泳がせている。最高に可愛いが最高に気まずい。
こういう場合、話さねばならないのは兄である茶ノ丸である。
「……オトンとオカン、元気?」
「えっ、あっ、うん。元気やで」
まず最初は、教師と生徒ではなく、兄として話しかけた。
その問いかけに顔をはね上げたお茶子は、続いて首を何度も振る。それがなんとも可愛くて笑ってしまう。
「たまには、帰ってこいって言ってたよ。お母さん…」
「あーーうん、ソノウチ…」
「頭引っぱたいて来いって」
「なんやそれ」
頭を引っぱたいて来い。うん、相当ご立腹だ。これ次帰れたら説教どころの話じゃない気がするな…と声を上げて笑う。
「お茶子が雄英来るーって聞いた時、びっくりしたわ。勉強頑張ったんやな、偉いな」
「ううん、えと、頑張ったんやけど、まだ現実味なくて…」
「ははっ、現実味なんて、これから嫌ってほどわかるよ」
頭を撫でようとして少し、気が引けて。首を振った時に乱れた髪を整えるだけに務めた。頬にかかった内巻きの茶髪を耳にかける。
「で、どうしたん? 物理のとき、なんか用あったんやろ?」
「あ、うん。連絡先教えてもらおかな、って思って。RINEとか、電話番号とか…」
「ええよー、電話番号は生徒分は全部登録してあるし鳴らすわ」
あいうえお順なのですぐ見つかる。スクロールした画面から指を離し、受話器のアイコンをタップした。
続いてお茶子の手の中にあるスマホが震え、彼女がそれを登録したのを見届け電話を切った。ちなみに登録名は「お兄」だった。死にそう。
RINEも登録し───お茶子が満足そうに微笑む。ほっとしたような顔、と言ってもいいかも。
「もう大丈夫? 他に聞きたいことない?」
「!! うん、大丈夫!! ありがとう、その…えっと、ちゃの兄…」
「…」
駆け足で照れた顔をしたお茶子が視界から消える。それを見届け───絶対にこちらが見えないところに行ったのを見届け───茶ノ丸は倒れた。
「えっ……………………………可愛い……………………………」
絞り出すような声でそう呟く。
茶ノ丸はそこでそのまま2時間ほど、床の冷たさを感じながら虚空を見つめていたのだった。
次あたりにオリジナル普通科生徒とか出せればいいな…
お話できたじゃん! やったな茶ノ丸!