花ノ言バ 作:得々命名
眠れないから書いた(八つ当たり)。
それは放課後のことだった。
その日俺はいつも通り家に帰り、さっさと宿題を済ませてソシャゲのイベントを周回する予定だった。
しかし、学校をでて数分後に宿題を解くのに必要な教科書をうっかり机の中に忘れていたことに気がついた。
せっかくクーラーという極楽浄土の教室から、人を殺せる程に暑いコンクリートジャングルに出る決意をしたというのに、あっさりトンボ帰りさせられることになるとは情けない。
あーあ、1回教室を出たのに戻ってくるとか絶対に笑い者になるやつやん。掃除してるクラスメイトが俺が帰った後、『あいつ忘れ物してやんのー、せーんせいに言ってやろ』と笑い合っている姿が想像できる。いや、俺の脳内のクラスメイト幼いな。小学生か。
まあ、とは言っても今日の掃除当番は、たしか女子のトップカースト組だ。どうせお喋りに夢中だろうから、すーとはいって入って、すーと出れば気がつかれないだろう。
マジで昼休み中すら声の声量が大きすぎて、クラスの大半の男子に迷惑がられてるのも気がつかないんだ。俺みたいなクラスにいるかどうか、信じるか信じないかはあなた次第ですレベルの人間の存在など認識するはずがない。
まじで俺空気だからな。なんなら、ゆくゆくはその存在感のなさを武器にして幻の6人目として全国優勝しちゃうまである。
特に目から汗は流れなかった。ここがプロボッチと1匹羊の違いである。
なんてくだらないことを考えていると、教室に着いた。
教室のドアを開けると、中には誰もいなかった。いや、訂正する。1人いた。
澄ました顔をしながら教室の端で床ブラシを使ってゴミを集めている女子生徒。腰の上まで伸びた黒髪に整った顔、そしてよく見る少し冷たさを感じさせる表情……クラスメイトの渋谷凛だ。
渋谷は俺が入って来てもゴミを集める手を止めなかった。
しかし、一度目があったので気がつかなかったわけではない。おそらく、俺に興味がないのだろう。
だが、向こうになくとも俺には聞きたいことがあった。
「なんで1人で掃除してるんだ?」
俺の記憶が正しく、担任が掃除制度の革命を起こしていなければ、教室の掃除は出席番号1〜10、11〜20と最低10人はいるはずである。
渋谷に割り振られた仕事だけ終わらず、他の人は仕事が終わったから帰ったという可能性もある。しかし、それなら渋谷の仕事を手伝う人がいるはずであり、そもそもゴミ捨てや黒板掃除など掃き掃除以外の作業がまったく終わっていない時点でその仮説はなし。
じゃあ、なぜなのか。
その問いに、渋谷はブラシを動かす手を止めることなく、下を見ながらも答えてくれた。
「みんな帰ったから」
「なんで帰ったんだ?」
「用事があって忙しいって言ってた」
「薄ら笑い浮かべながら?」
「大体わね。何人かは苦笑いだったかな」
「そうか」
「そうだよ」
要するに、こういうことらしい。
渋谷の掃除の班は女子が固まっている。そしてその中にトップカーストに位置するケバい女子グループがいるのだが、そいつらが渋谷に掃除を押し付けて帰ったらしい。
それくらいなら、わりとある話だ。しかし、今回はグループ外の人にまで働きかけて無理やり渋谷を1人にしたようである。
明らかに悪意があった。
「そういえばこの前王子を振ったんだっけ?」
「……あんたも知ってるんだ。その話」
王子とは、眉目秀麗、成績優秀、性格良好と三拍子揃った上にサッカー部の部長をやっているというまるで少女漫画の主人公のようなやつである。チンコモゲロ。
無論クラス内外問わず人気が高い。そして、俺的犬の糞踏んでほしいやつランキング一位を爆走しているクソ野郎である。チンコモゲロ。
「そりゃクラス中で噂になってたからな」
「うん。だから、意外だった」
「おいどういう意味だ」
なんとも失礼なことをさらりと言われたが、それ以上俺に反論する材料はなかった。
というかそう思われても仕方ないくらいクラスメイトと話した記憶がない。最後に話したのは『ちょっとどいて』『はい』である。これ会話してないな。
そもそも、その話を知ったのもクラスの男子どもが大声で笑い話にしているのを聞いたからだ。
そんな俺の交友関係(笑)はどうでもいい。
「いじめか?」
「そこまで大げさな話じゃないよ。ただ、目をつけられちゃったかな……」
面倒くさいと言いたげに渋谷はため息をつく。その姿はまるで子供の癇癪に呆れる大人のようだった。
というかまんまガキだ。要はトップカーストの女子が、自分の好きな男に告白された挙句振った渋谷に嫌がらせを始めたということだ。
これはあれですね。漫画なら女子の嫌がらせに気がついた主人公(イケメン)が、ヒロインをかっこよく救い出して胸キュンするやつですわ。
しかしこれは現実だ、ノンフィクションだ。
そんな都合のいい解決方法が存在するのなら、全国でいじめが原因の自殺など存在しない。
そして俺はイケメンじゃない。
というわけで。
「大変だな」
「うわぁ、他人事のように言うね」
「実際他人事だろ。まあ、イケメンが振られたことについてはザマァと思ったけど」
「最低だ」
「中途半端は嫌いなんでね。最低か、普通なら最低の方がいい」
「最高はないんだ……」
可哀想な人を見るような視線を向けられた。泣きそう。
俺は目尻を拭うと、教室の後ろにある縦長のロッカーからチリトリとホウキを持ってきた。
渋谷は虚を突かれたように数間止まっていたが、我に返り。
「どういうつもり?」
「問題ですチリトリとホウキを使って行うこととはなんでしょう?」
「掃除?」
「そういうことだ」
そう言って俺はホウキを使って渋谷が集めていたゴミをチリトリに入れ始める。
さっきも言った通り俺はイケメンじゃない。少女漫画や主人公のようにヒロインを救うことも、くっさいセリフで首謀者を説教することも、新世界の神になり問題を解消することもできない。
そんなモブの俺。しかし、そんなモブの俺にも出来ることがあるのだ。
それが掃除を手伝うこと。明らかな悪意で仕事を押し付けられた女子を見れば、良識ある人間なら誰もが思いつくことである。
「ありがとう。でも、同情でやってるならやめて。そんな筋合いないから」
しかし、そんな俺の心遣いは渋谷には不評だった。
そこはフラグが立つところではないんですかねー。やっぱり現実ってクソだわー。
顔を上げると、渋谷の鋭い瞳が見えた。
その目には可哀想と思われたくないというプライドがありありと見えていた。鼻っ柱が強いというか、なんというか。
まあ、嫌いじゃないけど。むしろタイプだ。
「昔偉い人は言いました。恩を受けたら、恩で返しなさいと」
「私あんたに恩を売った覚えないんだけど」
「さっきも言っただろ、イケメンを振ったことをザマァと思ったって。要するにお前がイケメンを振ったことは、間接的に俺への恩となったわけだ。よって、俺はお前に恩を返すのは間違ってない」
「じゃあその恩は他で返してもらうから、今はいいよ」
どうやら俺の説得パート1は不発のようだ。
「あれだよ、あれ。1人で掃除してる女子を助ける男ってポイント高いだろ? 惚れるだろ?」
「通報していい?」
「ごめんなさい。嘘です。ごめんなさい」
携帯に手をかけた渋谷に、俺は速攻で平謝りする。
説得パートどころか、人生が終了しかけた。もう女子怖い。とかやっている内にゴミを集め終えた。
「残念。もう終わりました」
ドヤ顔で言うと、ジトっと睨まれた。
しかし、渋谷はすぐに意地を張っても仕方ないと諦めたのか、はぁとため息をついた。
「変なやつ」
「そんな褒めるなよ、照れるなぁ」
「褒めてないから」
「男にとっては、可愛い女子に言われた言葉は何でも褒め言葉なんだよ」
「変態」
「変態紳士と呼んでくれ」
「変態」
「変態(紳士)なんですね。分かります」
「……あんたと話してると頭おかしくなりそう」
「諦める? 諦めて助けられちゃう?」
「殴っていい?」
「暴力反対!」
拳を握った渋谷に、俺は焦りながら手のひらを向けて止める。
そんな姿が情けなく見えたのか、渋谷はまたもため息をついて。
「あんたを見てると意地を張るのも馬鹿らしくなってきたよ」
そう言って微かに笑みを見せた。
続いて。
「ゴミ出しに行くから手伝ってくれる?」
「まあ、そこまで言うのなら仕方ない。頼まれてやろう」
「やっぱりムカつくから1人で行く」
「ジョーク、アメリカンジョークだよ」
渋谷は2つのゴミ袋の口を閉めると、1つ俺に渡してきた。
「ほらさっさと行くよ」
「別に2つくらい待てるぞ?」
「いいの。手伝ってもらってるんだから、私も持たなきゃ不公平でしょ?」
「頑固なやつだ」
「うるさい。いいでしょ別に」
そう言って渋谷はつかつかとゴミ捨て場の方につかつかと歩き始めた。
長い黒髪がたなびいている。夏服から見え隠れするうなじがとても綺麗で、芸術作品のようだ。
眼福、眼福。
「そういえばさ」
渋谷は背中越しに聞いてきた。
「あんた名前なんて言うの?」
「名前知らなかったんかい!?」
天国から地獄に叩き落とされた俺は、悲痛に叫んだ。
名前はご自分の名前を当てはめてもらっても構いません。
当てはめた上で、俺はこんなかっこ悪くねぇ! という方はご自分で書いてください。