「困ったときは『冬優子ちゃん』を訪ねるっすよ」another   作:はちコウP

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「困ったときは『冬優子ちゃん』を訪ねるっすよ」another 【後編】

 

 

 ユメが施設の子供たちにバカにされたと聞いた時、私は少し不愉快になった。

 人が懸命に頑張る姿をバカにする事が許せなかったから。なにもこの子があさひの子供だからという理由ではない、決して。

 

 毎日練習しているという子が見せてくれるであろう――拙いながらも――最高のパフォーマンスを想像した私の目に映ったのは

「いたっ!」

 踊り出すと同時に、ビターン!と派手な音をたてて床に倒れるユメの姿だった。

「……え?」

 予想だにしていなかった光景を目にした私は唖然とした。

 近寄って助け起こすことすら出来ず目を瞬かせている私をよそに、ユメは自力で起き上がる。

「えへへ、転んじゃった」

 と、はにかんだユメはタイミングを計り直して再度踊り出す。

 しかし……

「…………」

 彼女のダンスを見て私は絶句していた。…………あまりにも下手すぎる。

 動きにキレは無く、手指は伸びきっていなくてフニャフニャな動きをしている。ステップを刻む足の動きはおぼつかず、今にも転びそうで見ている方がハラハラする。

 曲が進むにつれてダンスのテンポは一拍、二拍と遅れてゆき、完全に調和の崩れたソレは、見ている私の胸の奥をモヤモヤとさせる。

 私は堪らず曲をストップさせた。

 そして軽く咳ばらいをして

「もう一回最初から踊ってみて。今度は転ぶんじゃないわよ」

「うん!」

 ユメは元気いっぱいに返事をした。

 私は再度曲を最初から流した。

 きっと始めにコケたせいでリズムが狂ったのよ。出だしが上手くいけばきっと……

 そんな私の期待も虚しく、ユメは再び見るも無残なダンスを披露した。

 最後まで踊りきったユメは「どうだった!?」と目を輝かせて聞いてくる。

「ま……まあ、まあじゃないかしら。子供にしては……ね」

「えへへ。……やった」

 私が顔を引きつらせながら言った事を、誉め言葉として素直に受け取ったのか、ユメはとても嬉しそうにしていた。

「そ、それじゃあ次は歌よ!今の曲のカラオケバージョンを流すから唄ってみなさい」

 気を取り直して私は言う。

「うん!」

 弾むようなユメの声。それが今の私には、とても痛々しく聞こえるようになっていた。

 

「どう!?わたしのお歌!」

「……悪くは……ないわね」

 そう、悪くはない。……ダンスに比べれば。

 大きくテンポが狂うことは無かったし、特に音痴というわけでもない。

 ストレイライトの曲はテンポの速いものが多く、子供が完璧に唄うのは難しいと思う。だから私の評価も多少は甘くなるのだが、それを踏まえても……まあ普通だった。

 その辺の幼稚園児がお遊戯で歌うのと同程度の、子供として普通のレベルで。

「…………嘘でしょ?」

 自分にだけ微かに聞こえる程度の小声で私は呟く。

 この子が本当にあさひの子供?

 芹沢あさひは、その類稀なセンスと技量で周囲を魅了しトップアイドルに上り詰めた。その天才的な才能は誰もが認めている。

 けどユメからは、その片鱗が微塵も感じられない。

 子に親の才能が引き継がれないという事は、よくある話として耳にする。

 でも、ここまでの事ってある?私には信じられなかった。

「いや、まだよ。アレは確実に受け継いでいるから」

 アイドルには重要な三要素がある。

 ボーカル、ダンスそれに加えてビジュアルだ。

 たとえ歌と踊りがダメでも!ユメの容姿には確実にあさひから受け継がれたモノがある!お世辞抜きに美少女と言えるビジュアルが!それがハズレじゃない事は誰の目にも明らか!

「それじゃあ今度は写真を撮るわ!写真集を作るくらいに気合を入れるわよ!」

 声を張り上げて、落ちたテンションを無理やりに上げる。

「はーい!」

 満面の笑顔でそれに応えるユメ。

 私はスマホを取り出して、カメラアプリを起動する。

「何でもいいからポーズをどんどん決めていきなさい!笑顔も忘れずに!バリバリ撮っていくからね!」

「うん!……え~っと、ハイっ!」

 元気な返事、勢いよくノリノリでポーズを決めていくユメの写真を撮り続けること十数枚。次第に私の心は無になっていった。

 

「ここにいたか。面倒見ててくれてありが……ってどうしたんだ?」

 仕事を終えて迎えに来たプロデューサーが見たのは、音楽にノッて楽しそうにハチャメチャなダンスをするユメと、虚ろな瞳で体育座りをしている私の姿だった。

 

 

「……ねぇ。あの子本当にあさひの娘なの?」

「ん?そうだぞ。紛れもなくな」

「そんな事って……」

 車の中でスマホの画面に目を落とす私。そこに映っているのは、ガチガチに強張った、笑顔と呼ぶにはあまりにムリがある子供の顔。

 撮影したユメの写真は全て似た様な表情で、とてもアイドルとして世に出していいような代物では無かったのだった。世界のミステリースポットを紹介する本に、モアイ像などと一緒に紹介されている方がまだしっくり来る。

 今私の隣で天使のような寝顔を見せている子供と同一人物とは思えない。

 ユメはカメラを向けられると、極度に緊張してしまう性分だったのだ。

「私、今ならユメに向かって、アイドルになれないって言った子の気持ちが分かるわ」

 さっきはユメをバカにする子らを許せないと思ったが、それを撤回したくなった。

 むしろその子らは、ユメをバカにしたのではなく憐れんで、心配してアイドルになれないと口にしたのではないか。そんな気がしてきた。

「ねえ、アンタはユメが歌ったり踊ってるの見たあるの?」

 運転席に座るプロデューサーに声をかける。

「ああ」

 プロデューサーがバックミラー越しにこっちをチラリと見て返答する。

「アレを見て何も思わなかった?」

「そうだなあ……」

 ほんの少し考えるようにして黙ってから、プロデューサーは口を開いた。

「期待していなかったと言ったらウソになる。正直言って少しガッカリもした。だけどユメはユメ、あさひはあさひだ。必ずしも同じようにアイドルになる必要は無い。この子にはこの子の道がある。まあ、本人がやりたいと言うなら可能な限りの手助けはするがな」

「そう。立派な考えをお持ちだこと」

「そんなことは無いさ。冬優子はどうなんだ?やっぱりどこか期待してたのか?」

「ふゆは……」

 プロデューサーに問われて沈黙し、自らの心の内を振り返る。

 ユメのパフォーマンスを見る前の私はどうだったろうかと。

 あの時の私は、確かにあさひの面影をあの子に重ねていた。もう一度、かつて抱いた気持ちを味わわせてくれる、思い出させてくれるのではないかと。

 でもそれは、私の身勝手な期待・理想・高望み。

 プロデューサーの言う通り、この子はあさひじゃないんだ。

 それはユメに対してもあさひに対しても失礼で……

「仕方ないよな、いきなり目の前にあさひそっくりの子が来たんだ。そうなるよ」

 私の長い沈黙を肯定と受け取ったのか、プロデューサーがそう言った。

「冬優子はあさひの事を誰よりも意識して、そして認めていたもんな。ユメに期待を寄せても無理は無いと思うよ」

「!?……ば」

 この時の私は、勝手な期待をした事に対する自責の念と、プロデューサーに心の内を見透かされたという気恥しさでおかしくなっていた。

「ばっ……かじゃないの!?どうしてふゆがそんな風に思わないといけないのよ!」

 その時の勢いに任せてとった一連の行動を、私は幾度となく後悔した。

「まあ確かに、この子がどんなパフォーマンスをするかってのに興味はあったわ。だけどあさひと比べて差があんなに、月とスッポンかってくらいあるのを見せられちゃね」

 私は横になってスヤスヤ寝息をたてているユメの顔を見下ろし、その頬を指で軽く突いた。柔らかな感触が指先に伝わってきた。

 思えば思う程あんまりな話だと感じる。遺伝子が仕事を放棄しているにも程がある。それか子供を作っておいてのうのうと旅をしているロクデナシの血が入っておかしくなったのか。

 “トンビが鷹を産む”その反対が正に起きたというわけだ。

「あさひも草葉の陰で肩を落としてるんじゃないかしら?実の娘がダンス一つ満足に踊ることも出来ないなんてね」

 実際に肩を落としたのは私だけども……

「……今……何て言ったの?」

「だから、自分の子供が満足に歌と踊りも出来ないなんて、母親のあさひはガッカリでしょうねって…………え?」

 背筋に悪寒が走った。声のした方を見る。寝転がったまま開かれていたユメの瞳と目が合った。

「あ……」

 瞬間的にマズイことを言ったと理解した。子供の、本人の目の前でそんな事を言ってしまうなんて。謝らねば。と焦る私の目の前で、ユメはガバっと跳ね起きて目を輝かせながら、明るい顔を私の目の前にグイっと近づける。

「わたしのママってあさひちゃんなの!?」

 あまりの勢いに私はたじろいだ。そしてこの子は自分の母があさひであると知らされてはいなかったのだと思い出す。

「あ、そのね。……違うのよユメ。そう!これはたとえ話で!」

 必死に取り繕う私をよそに

「やったー!わたしってあさひちゃんの子供なんだ!」

 シートの上で跳ねだすユメ。

「お、おい!ユメちょっと落ち着け!」

 たまらずプロデューサーも声をかけるが

「わーい!わーい!みんなに自慢するー!」

 有頂天のユメは聞く耳をもたない。更には車の窓を開けて外へと身を乗り出す。

 車は交差点で信号待ちの真っ最中。都会の横断歩道を多数の通行人が行きかっている。そんな人ごみへ向けてユメが声を張り上げる。

「わたしのママは―――」

 とっさに私はユメの口を押えて、その身体を車内へ引きずり戻す。

 モゴモゴと口を動かすユメ。なおも大声で叫ぼうとする彼女へ向け

「だまってなさい!」

 と私は声を張り上げた。

 それを聞いて、何事かと通行人らの目がこちらに向いた。訝しむようなその視線を受けて、私は昨日のマンションの入口での出来事を思い出す。

 マズイ……

 と思った私は無我夢中で声を出していた。

「静かに!いい子にしなさい!それは絶対に言っちゃダメ!秘密にするの!じゃないともうレッスンを見てあげないし、一緒にもいてあげないわよ!」

 その一言を聞いたユメはピタリと動きを止めた。私はゆっくりとユメの口から、よだれのまとわりついた手をどける。するとユメが再び目を輝かせて私に顔を近づける。

「本当!?じゃあいい子にして、秘密を守ってたらずっと一緒にいてレッスンもしてくれるの!?」

「え、ええ……」

 その様子を見た通行人らは何事も無かったように視線を外し、思い思いの方へと歩いていった。

 程なくして信号が変わり車が発進する。

「やったー!これからは冬優子ちゃんのウチでずっといっしょ!わーい!」

「いや、そうじゃなくって!違う!聞きなさい!聞いて!」

 慌てふためく私の姿を、バックミラー越しにプロデューサーが申し訳なさそうに、そして憐れむように見ていた。

「そんな目で見てるんじゃないわよ!」

 私は運転席のヘッドレストを思いっきり引っぱたいた。

 ユメのよだれにまみれた私の手形が、くっきりと染みになっていた。

 

 

「ここをこうして、これはこう……はい!いっちょ上がり!」

「うわ~!すごくキレイ!キラキラしてる!」

「でしょ~。良く似合ってるよユメちゃん!」

「わたしもやってみたい!」

「そっかそっか。んじゃやってみよっか。この道具と、子供用の付け爪使ってていいからね」

「うん!」

「ほんじゃ頑張ってね。ウチは冬優子ちゃんとお話してるからさ」

 作業机でユメと話していた愛依がこっちにやってきた。

「いや~マジでかわいいねユメちゃん。さすがあさひちゃんの娘だわ!」

「そうね。容姿だけはね」

「ちょ、それはヒドくない?」

 愛依はテーブルを挟んで私の向かいの席に着いて、置いていたコーヒーに口をつけた。

 

 今日私は愛依の自宅に来ていた。

 プロデューサーからは愛依にだけはユメの素性を話しても良い、と告げられていた。

 元ユニットのメンバーとして、イザという時の協力者として、愛依には事情を把握しておいてもらおうとのプロデューサーの判断だった。

 ちなみに愛依は初めてユメに対面した時、彼女に抱き付いて大声で泣きじゃくっていた。

 そんな愛依は現在、タレント業の傍らネイルアーティストとしても活動している。

 その中でも最も有名なのが、動画配信だ。

 元アンティーカの田中摩美々と一緒にやっている、ネイルを中心としたメイク講座の動画は上々の評判を得ていた。

 動画サイトのチャンネル登録者数も日に日に増えていて、芸能人の中ではかなり上位の方であるらしい。

 かつての283プロのユニットは、殆どが解散または再編・統合されていて、今でもその形を保っているのはイルミネーションスターズだけ。とは言っても三人揃っての活動は年に数える程しか無いらしいけれど。

 ちなみに私はソロでの活動が大半を占めている。

 

「アンタもあの歌とダンスを見たら納得するわよ。基礎も全然出来てないってのに、この頃は勝手にアレンジ加えようとする始末だし。あとこの写真」

 私はスマホで撮ったユメの写真を見せる。

「う……これは。…………うん……まあ、ユメちゃんはまだ子供だからね。大丈夫!今はダメでも成長すればいつか芽が出るっしょ!」

「どうだかね」

「いやいや、子供の成長はビックリするほど早いんだから!ナメちゃ駄目だよ」

 アレは成長で何とかなるような次元を超えているように私は思うのだけれど。愛依は熱っぽく話し続ける。

「ウチの話になっちゃうけどね。こないだウチの子におっぱいやってたら急に、痛い!ってなってさ。慌ててチビの口の中を見たら歯が生えてんの!いやあ、こないだ産まれたばかりだと思ってたらもうこれだからね。他にも色んな事がいっぱいあって、マジ感動の連続って感じ!」

「赤ん坊の体の成長と一緒にするんじゃないわよ。それにその話知ってるから」

「え?そうなん?」

「アンタこないだ写真付きのメッセ送って来たじゃないの」

「そうだっけ?アハハハ」

「まったく」

 愛依は数年前に結婚して、今は一児の母となっていた。

 だからだろうか、愛依は変わったように思う。

 性格や振舞い方はそのままでも、何というか肝が据わった感じ。

 実際、ストレイライト活動中には完全に克服しきれなかった舞台上でのアガリ症は、今はもう解消されているらしい。

 それは子供を身ごもったのが発覚した頃だという。正に“母は強し”というやつだろうか。

「にしてもアンタ相変わらず元気よね。初めての育児の時ってナーバスになって身も心も大変になるって聞くんだけど」

「そう?これでも結構苦労してるんだよ?だけどまあ、それ以上に楽しみの方が多いからね。忙しくて充実してて、落ち込むヒマなんて無いっての」

「ふ~ん。ま、愛依らしいわね」

「冬優子ちゃんも子供育ててみればわかるかもよ?」

「相手だっていないんだからムリよ。ムリ」

「いやいや、ユメちゃんを育ててればって話」

「は?……冗談。それこそわからないわよ。アイツのせいでどれだけふゆがストレスを抱えてると思ってんのよ。毎日相手させられてヘトヘトよ」

「そうかな?ウチ見たらから冬優子ちゃん、最近元気が出てきてるように見えるけど?前よりもずっと」

「え?」

 私が前より元気?……ありえない。

 ユメが私の所へ来て以来、イライラしっぱなしで心は落ち着かない。安らかな気分になったことなど殆ど無かった。

 なのに愛依の目には私がそう映っている?

「冬優子ちゃんってば、あさひちゃん大好きだったからね。ウチもそうだったけど」

「なっ……!?」

 その一言に狼狽する私。その時

「出来た!」

 机で黙々と集中して作業を続けていたユメが声を上げた。

「おっ?どれどれ~」

 愛依は席を立ちユメの方へと向かう。

「お~~っ!凄いじゃんユメちゃん!メチャメチャ上手くできてんじゃん!」

「えへへ~」

「マジ上出来って感じ!このまま商品化出来るわコレ」

「ほんと!?」

「ホントホント。ユメちゃんセンスあるわ~。じゃあさ、次はこっちのネイルに手加えてみる?途中までウチが作ったヤツなんだけど」

「やる!」

 盛り上がる二人の様子を尻目に

「プロデューサーといい、愛依といい、人の心を勝手に見透かすようなマネして……」

 ボソリと呟いた私は、手元のコーヒーを一気にあおった。

 それはもうすっかり冷めてしまっていた。

 

 

 あれから暫くして、愛依の子供がグズりだした。

 それを頃合いとして私達は愛依の家を後にした。

 そしてユメにせがまれてレッスン場へ。

 相変わらずヘタなダンスと、上手くもない歌を唄うユメの指導をすること小一時間。勝手なアレンジを施そうとするユメを叱り、諭して、基礎トレーニングをやり込ませるも上達の気配は微塵も見られなかった。

 その後マンションへ帰宅し、ユメをお風呂に入れて夕食を済ませる。

 はしゃぎ疲れていたユメは、夕食後すぐに眠りについた。

「はぁ、これで今日はゆっくりできるわ」

 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して栓を開け、窓際のソファーに座って夜景に目を向ける。

 窓からの眺めはあの日と全く変わりない。

 ユメがうちに来てはや一週間、食事代などの諸経費は事務所やあさひの親から渡されているため、私の財布事情を圧迫したりはしない。

 しかしユメの相手をするのが、もっぱら私の仕事となっていた。

「いつまでこんな事をし続けなきゃならないのかしら」

 ポツリ呟いて水に口を付けた。

 愛依は変わった。事務所のみんなも様々な道を見つけて変わり続けている。自分はどうなのだろうかと振り返る。

 ストレイライトとして活動していた頃、私はそれ以前に比べて変わった、変わっていた。朧気ながらそんな気がする。

 対して今の私は停滞している。それはいつから?

 ストレイライトが解散してから?

 それとも…………

 そしてそれは一体いつまで……?

 こんな状態の私が子供を育てられる?自分の事ですら曖昧な私が……

 と、そこまで考えていた所でふと気が付いた。

「どうして……私が、ユメを育てる前提で考えを進めてるのよ」

 自分が変な考え事をしているのに。

 そもそも勝手に私の所に押しかけてきたからって、何で面倒を見なきゃならないのよ!ずっとあの子と一緒に暮らして育てる?冗談じゃないわ!

 未婚の身で、いくら昔同じユニットだったってよしみがあるからって、他人の子の子育てに明け暮れる人生なんて御免よ!

 うかつな事を口走った上、ユメにあさひが母親だって知られる切欠を作ってしまったのは確かに私。でもだからって、全てを押し付けられる理由にはならないでしょう!

 まあ、それでも責任をとって時々相手をする程度なら受け入れる。だけれども、それ以上の事はもうまっぴら!

「……愛依が変な事言うから影響されちゃったじゃないの、ったく」

 明日プロデューサーに電話してユメを引き取ってもらおう。

 駄々をこねるかもしれないけど知るもんか。世の中ワガママが全部通るわけじゃないし、何でも思い通りになるわけでもない。それを知るいい機会よ。

 そう決意した私は気晴らしに、ユメがやってきて以来一度も開けていなかったビールを飲もうと思い立ち、キッチンまで向かって冷蔵庫を開ける。

 キンキンに冷えた缶を取り出しプルタブを開けて窓際へ。と、そこで

「このまま缶で飲むのは味気ないわね。ちょっといいグラスを使って飲もうかしら」

 テーブルの上に缶を置いて私は食器棚へと向かう。その途中で

「ん?」

 ガサリと音がした。足元を見る。白っぽい何かを私は踏んづけていた。

「何でこんな所に落としてるのよ、もう」

 それはユメが持ってきた、あさひの手紙が入った便箋だった。

 手紙が中途半端に飛び出しており、私に踏まれたせいで少し皺がよっていた。

 便箋ごと拾い上げて手紙を広げる。ユメ宛てに、ひらがなとカタカナだけで書かれたそれを元のように折りたたんでしまい込む。

「んっ!……入らない。何か引っかかってる?」

 手紙を入れるのを途中でやめて中を覗き込む。

 すると便箋の内側に何やら剥がれかけている所があり、そこから紙がはみ出していた。

「二重構造?」

 よく見ると便箋の内側にはポケットが二つあり、片方が何らかの原因で今まで張り付いてしまっていたらしい。

 私はそこに入っていたもう一枚の手紙を取り出して広げてみた。

「………………」

 その内容に一通り目を通す。書いてある事を大まかに理解した。

 それからもう一度、今度は一字一句読み落とさないように丁寧に読み始めた。

 手紙の上に一つ二つと染みができ、その下の文字が滲む。やがて私の視界の全てがぼやけ出した。

「……何なのよ。……勝手な事、ばかり……書いて。…………私をこんな、気持ちに……あさひのクセ、に………………生意気なのよ!」

 手紙をそっとテーブルの上に置いて、私はその場にうずくまり嗚咽を漏らし続けた。

 それから数時間、いや数分、もしかしたら数十秒。自分でも覚えていないくらいの時間が経ってから、私は部屋の隅に置いてある、全身が映る程の大きさの鏡の前でダンスを始めた。

 ストレイライト時代に踊ったもの、レッスンの時に踊ったもの、ソロ活動した時のもの、今日ユメに教えたダンスにアレンジが勝手に加えられたもの。それに歌もつけ加えて。

 私はひたすらに夜更けまでソレをやり続けたのだった。

 

 

「プロデューサー?今ユメと一緒にレッスン場にいるわ。夕方には全部終わるから迎えに来て。…………ええ。…………いいえ違うわ。帰りは私のマンションじゃなくて養護施設に。……大丈夫よ。ふゆが何とかするから。じゃあね」

 心配するプロデューサーが言い終わらないうちに私は電話を切る。

 そして不安げにしているユメに向き合って言い放つ。

「ユメ、アンタ施設に帰りなさい」

 それを聞いたユメは、パチパチと何度も目を瞬かせた。

「イヤ!冬優子ちゃんと一緒にいる!」

 そして予想通りの答えが返ってきた。

「ダメよ。私はアンタの生活の面倒を見る気はもう無いの」

「わたしは冬優子ちゃんと暮らすの!もう帰らない!」

 やっぱりユメは言って素直に聞くような性格じゃない。当たり前だけれど。

 そこで私は話の方向性を少し変えた。

「ユメ。あんたがしたいのは私と暮らすこと?それともあさひみたいなトップアイドルになること?どっちかしら」

「………………」

 問われたユメは口を噤んだ。

「もう一度言うけど、私はアンタの生活の面倒を見るつもりは無いわ。だけどアイドルとしてなら話は別。私は全力でサポートしてあげるし、教えられる事は全部教えたげる」

「………………」

「正直言うとね、私はアンタにアイドルの才能は無いと思ってる。歌は人並み、ダンスはメチャクチャ、写真うつりは最っ低。見込みはゼロね」

 そこまで言って一旦言葉を区切る。

 ユメの瞳には涙が浮かびはじめていた。

 それでも私は話を続ける。全部言わないと先には進めない。二人とも……

「だけどプロデューサーと愛依は、アンタがまだ子供だから、いつか成長するから大丈夫だって言ってる。だから二人の言う事を信じてアンタに付き合ってあげる」

 どうせ私の感覚なんて当てにならない。そう思う。というかそうであって欲しいとこの時は強く思った。

「その上でもう一度聞くわ。ユメ、アンタはどうしたいの?」

 再度問いかけた私はユメの姿を見つめる。

 溜まっていた涙は頬を伝って落ち始め、口からは嗚咽が。黙って待つ私に、ユメは途切れ途切れながらに喋り出す。

「わたし、お歌もダンスも……ヘタってわかってた。……いつもみん、なで写真とっても、私だけ、変な顔で……みんなと、違って……アイドルに、なり、たいって言っても、みんな……やめた方が、いいよ、なれるわけないよ、って優しく言っ、てきて」

 やっぱりそうだった。私が内心思っていたことは当たっていた。

「ママが、あさひちゃん、が、来てくれた時、いっぱいお話……してくれて、わたし小さくって、ちょっとしか覚えて……ないけど、冬優子ちゃんはスゴイって、いっぱい言ってて。ずっと、それ覚えてて、お手紙にも冬優子ちゃん、のこと書いてあって、だから……冬優子ちゃんと一緒ならわたし……もアイドルになれるって、思って」

 床に涙をボロボロ落としながらユメは喋り続けた。

 私は黙ってそれを聞き続ける。

「もう、前のおうちに帰る、から。だから……だから!冬優子ちゃん!わたしをあさひちゃんみたいなスゴイアイドルにして下さい!ママみたいに、なりたい!おねがい、しますっ!」

 ユメは思いっきり頭を下げる。すすり泣く声は止まらず、涙は次々と床に落ちていく。

 

 まったく、本当にそっくり。

 親子揃って勝手な事ばかり言って、私を何だと思ってるのかしら。

 

 私は涙を流さなかった。もう昨日のうちに充分に出し尽くした。それにもう、そんなことをしているヒマは無い。

「顔を上げなさいユメ!これからはアンタをトップアイドルにするために毎週レッスンするわ!施設でも休まずに毎日練習しなさい!あんたは実力が無いんだから人一倍練習するの!それと施設に帰ったら最初のファンを作りなさい!応援してくれる人がいなきゃ、好きって言ってくれる人がいなきゃアイドルは駄目なの!だから、まず施設の子達をファンにすること!そしてアンタには、ふゆの全てを叩きこんでやる!泣き言は言ってもいいけど絶対に投げ出すんじゃないわよ!いい!?」

 ユメは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げて

「うん!」

 と返事をした。

「返事はハイ!」

 汚れた顔を袖で拭って

「はい!」

 と大きく声を張り上げた。

 

 その日、私とユメは疲れ果てて倒れるまで練習を続けたのだった。

 

 

 蝉の声が響き、太陽が照りつける。

 私とユメはあさひの墓前で手を合わせた。

「わたしはママみたいなアイドルになるよ。わたしはママみたいなアイドルに」

 ユメは小声で何度も呟いている。願い事をするように。

 まったく、ここはそんな場所じゃないっての。

 私は苦笑しつつ目を閉じて、心の中で語り掛ける。

 

 あさひ。死んでもふゆに迷惑をかけ続けるなんて大したものね。アンタらし過ぎて、呆れ返るわ。

 本当は、すっっっっっごく!嫌だけどアンタとユメのお願い、聞いたげるわ。色々と気付いて、やってみたいって思った事もあるし。

 ふゆに出来る事は全部やる。そしてこの子をトップアイドルにしてみせる。

 だから見てなさいよね。いつの日か、あっと言わせてやるから!

 

 語り終えた私は目を開く。ふと隣を見ると、こっちを見ているユメと目が合った。

 ユメが私に向けて、ニッコリと笑いかけてくる。

「なに笑ってるのよ。ホラ、もう行くわよ。これから夕方までみっちりトレーニングだからね」

「うん!」

「違うでしょ」

「はい!」

 私とユメは踵を返してあさひの元を後にした。

 遥かな明るい未来を夢見ながら。

 

 

 

                         To be continued True End





もう少しだけ続きます。

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