神やダンジョンのある世界で生きていく話   作:どくへび

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感想はエネルギーにも、モチベーションにもなります。
もう少しだけ、続いてもいいかなと思いました。
感想、評価ありがとうございます。


第二話 『ハロー、オラリオ』

 ――自業自得の結末なのだ。

 非力な自分が、力のある冒険者相手に繰り広げてきた事への罰。

 因果応報。積み重ねた悪事がバレた、悪事の仕掛けを冒険者に見られた結果でしかない。

 

 迂闊にも程がある。

 いつの間にか、油断し、驕っていたのは自分だったのだ。

 

「――――」

 

 自らを抱える少女は、絶え絶えの息、限界が近いのだろう。

 当たり前だ。こんな『お荷物』を文字通りに抱えて走れば、いずれ限界は来る。

 冒険者というより旅人に近い恰好、見る限り血に濡れたボロボロの軽装備で、武器は片手剣とナイフのみ。こんな非力そうなヒューマンの少女がこうして走っている事が異常なのだ。 

 自殺願望でも持っているのだろうか。

 

「――――」

 

 虎の子の魔剣を失い、バックパックも、魔石も失い、盗んだ物も、全て失った。

 凌辱され、殺される寸前で、神の悪戯か奇妙な少女が助けてくれた。

 ――二人殺してリリを助けてくれた。

 

 『ファミリア』の脱退の為、少しずつお金を稼いできた。

 幾度となく危ない橋を渡り冒険者の媚びへつらい、虎視眈々と盗み、強奪してきた。

 それでも冒険者を殺した事は無かった。否、実力的にリリには殺せなかったのだ。

 

 もしも、実力があれば、殺せただろうか。

 憎たらしい冒険者を。嘲笑し、虐げ、奪う、冒険者を。

 

「――むり、ですね」

 

 そんな度胸があったら、既にしている。そうして殺されている。

 大体、『もしも』の事など、この人生の中で何度考え、何度諦めただろうか。

 

 身体が軋む中で、顔を上げて少女を見上げる。

 冒険者ならば、立場の弱いサポーターを、まして薄汚い自分を囮にする場面。

 『コボルト』の群れに四肢を噛まれ、その様子を遠くから笑うだろう冒険者の姿が浮かぶ。

 

 この少女も同じではないのだろうか。

 結局、都合が悪くなったら、リリの事など、捨てるに決まって――、

 

「リリルカ・アーデ」

 

「――――」

 

 紅鈴の声がリリの耳に届く。

 反射的に返事をしそうになり、見上げた先で、此方を見下ろす少女の瞳と交錯する。

 フルネームで自らを呼ぶ少女の声音は、驚く程に穏やかで、それなのに、声が出なかった。

 

「おまえは、死にたいのか?」

 

「――――」

 

 さしたる特別感のない退屈な質問だった。

 ただ、リリの喉を締め上げ、胸中を掻き毟った。

 

「――――」

 

 一瞬、リリは思案する。

 空っぽに見える紫紺の瞳、そこに映りこむ憔悴した自らの酷い顔が見えた。

 質問者が求めているのは『イエス』か『ノー』の二択でしかない。熟考の時間は無かった。

 

「死にたく、ないです」

 

「――そうか」

 

 短い一言だった。

 走る中で交わした会話、少女の一言は、感慨か、落胆か、その判断は出来ない。

 会って一時間にも満たない奇妙な関係だが、現在リリの命を握っているのは彼女である。

 

 魔剣も高価な武器も、何もない。

 手を縛られた状態では、一人では、『ゴブリン』にすら勝つ事など不可能だ。

 だからこそ。己を守る物など何一つない中で、リリは少女の薄い唇が開くのを待った。

 

 ――少女の回答を、一人、固唾を呑んで、待った。

 

 

 

 +

 

 

 

 暫定的パートナー、リリルカ・アーデの指示の下、レアはダンジョンを走っていた。己の鼓動と頬を伝う汗、そして脇に抱えた少女の重さと、背後から迫る身に覚えのない敵意に、少しずつ精神を消耗していた。

 

「――――」

 

 本来の身体ならば既に倒れ込み、肉塊どころか肉片にされているだろう。

 それを否としているのは、体力を削りつつも、それでも駆け抜けられる肉体があるからだろう。とは言え、あまり肉体に甘えてばかりでもいられないだろう。

 そもそもあんな大型犬、普通に考えれば、勝てるという想像すら――、

 

「むり、ですね」

 

「……まったく、だ」

 

 暴れる事の無意味さを理解したのか、逆に身体の力を抜き、されるがままの少女。

 背後を軽く振り返ると、何が楽しいのか、獲物を追いかける犬がわんわんと吠える。

 正式名称なんか知る訳がない。ゲームに近しいとは言えども、レアの記憶にあるモンスター、怪物は、口から涎を垂らしたりも、殺意の籠った唸り声も、貪欲な獲物への執着も、初めて見る物ばかりだった。 

 

「――――」

 

「数が増えてますね」

 

「――、そうだな」

 

「……もういいです。リリを――」

 

『『ウオオオオンッ!!』』

 

 どこか投げやりな、諦観の念を感じる声音は、甘栗色の髪と共に揺れる。

 震えて聞こえる声は腕を伝わり、同時に背後から感じる野獣の声が洞窟内に響く。

 背後を振り返り、振り返る事の無駄と同時に己の感覚と少女の声に、荒く息を返す。

 

 今更ながら、この逃走劇は失敗だったとレアは悔やむ。

 貴重な情報源となるであろう、リリルカ・アーデという少女の事はともかく、あの魔剣とかいう『道具』を回収出来なかったのは痛手だ。屍から貰った珍しい銀色のコインに、場違いにも心が踊らされたのが悪い。

 ――いつだって、レアは後悔してばかりだ。

 

「……なんだって?」

 

「……どうして、リリを助けたんですか」

 

「――――」

 

「リリは、サポーター……ですよ」

 

 地面を駆ける己の足音と、背後の獣の叫びに、俯くように呟く少女の言葉が掻き消えそうになる。それでも、今度は、最後までレアの耳に届いたから。

 甘栗色の眼差しから覗く感情は絶望と焦燥と何者かへの嫌悪が混ざり合っている。

 それを隠すこともせず、瞬きをしても消えない壊れたような泣き笑いを浮かべる少女に、レアは眉をひそめながら、それでも鼻で嗤った。

 

「自分の、為だ」

 

「――――」

 

「――――」

 

 リリだから助けた訳ではない。

 結局、あの場に彼女がいたから、偶々、己の不注意で気づかれたから、敵を殺しただけ。

 その結果、強姦寸前だった彼女を助けるに至り、僅かなれども情報という報酬を手にした。

 大体、サポーターとは何だ。そんなに卑下する物なのか。

 

(次の、曲がり角で……、迎え撃つ)

 

 徐々に背後の獣と距離を詰められる。

 走っても走っても、出口は遠い。そもそも四階層すら辿り着けてない。

  

 ふと、甘栗色の瞳と目が合う。

 頭をもたげ、諦観と絶望を宿す眼差しは、鏡で見た事がある。

 切り捨てろと言っている。見捨てろと告げている。諦めろと見据えている。

 

 それはリセット願望だ。

 泥水を啜り、幾度も唇を噛み締め、屈辱と殺意に血を流した者の瞳。

 少女に何があったのかなど知る訳がない。レアは、リリルカ・アーデでは、ない。

 ただ、それでも聞いておきたかった。

 

「リリルカ・アーデ」

 

「――――」

 

「おまえは、死にたいのか?」

 

「――――」

 

 此方を見上げる少女は目を見開く。

 怯え、しかし逃げる事が出来ない弱り切った表情を浮かべている。

 何故そんな顔を向けられるのか、理由は分からず、そして今はそんなことを言及したい訳ではない。はっきり言って、情報源の為に連れてきたが長時間彼女を抱えて走る事は限界だった。

 

 助けた事に『どうして』と疑問をぶつけてくる少女。 

 あの場で、身体を弄ばれ、怪物の餌になる事を彼女は望んでいるのだろうか。

 それならば、情報源としては惜しいが、捨ててしまった方が良いに決まっている。あの金髪の男が生きている以上、いずれレアにも彼女にも再び危険は迫るのだから。

 逡巡した様子の少女は、やがて青褪めた顔で、小さく囁くように呟き返した。 

 

「死にたく、ないです」

 

「――そうか」

 

 震えた弱弱しい声音だった。

 それでも、みっともなく生を渇望し、足掻こうとする意志を感じた。

 だから、落としそうになる左腕に喝を入れ、覚悟を決め、脚に力を注いだ。

 

 ここまで来ると、『運』が物を言う。

 逃げ回っても、他の怪物に襲われれば挟み撃ちだ。

 引き離せない以上、ここで背後の敵を叩かなくては、レアは死ぬ。何も分からず死ぬ。

 

「――――」

 

 少女の返答に、レアは何か言葉を返す気は無かった。

 ただ、薄っぺらい煩百の言葉よりも、たった一つの行動が、彼女の答えに報いると思って。

 

 曲がり角。

 あの男達を殺したのも同じような場所だった。

 意外と、縁があるのかもしれないと、どこか遠くでそんな事を考えて――、

 

「うぇぇ……っ!?」

 

「……!」

 

 ――曲がった先で少年と正面衝突した。

 

 薄暗い洞窟の中で、印象的な深紅色の瞳が大きく見開かれている。

 天井の燐光が、白髪を照らし、驚愕の表情を浮かべる少年を前に、急に止まる事は叶わず、レアは咄嗟に身体を硬直させつつも、左腕に抱えた少女の腕を掴んだ。

 

 曲がり角の先に、敵の姿が存在しない事を確認すると同時に、抱えた少女を地面に投げる。

 ふぎっと悲鳴を上げる甘栗色の髪の少女を目端に捉えつつ、魚のように口を開ける少年を背後に、弓の弦を引くように剣を構える。

 レアが行う事は単純で、男達を殺した時よりも簡単だった。

 

『ギャン!?』

 

 串刺しの気分はどうだろうか。

 一匹目の獣は、≪スモール・ソード≫の刀身の半ばまで自ら埋まった。

 即席の盾を構えると、二匹目の獣が一秒も置かずに、同じ手法で体当たりを浴びせた。

 

 己の命を代価に、その衝撃は非力な少女の手のひらを痺れさせる。

 蓄積された疲労と、消耗した体力と、目まぐるしい状況への精神の消耗が、骨にまで響く衝撃に、レアの持つ≪スモール・ソード≫を放してしまった。

 武器を落とした少女を憐れむ心など獣には理解出来る訳がない。

 

「ぃ、あぁ……っ!!」

 

 咄嗟に上げた左腕に感じる痛みと熱。

 衣服の繊維ごと、中身の肉と骨を食い千切らんとする牙が、レアの脳を鋭い痛みで焼く。

 痛いのだ。痛くて、痛くて、痛くて、痛み、痛み、痛み、痛み、痛みが――、

 

「ぐう……ッ、あっ!」

 

 大男の次は、大型犬に殺されるのか。

 撃退の為の手段を構築しようとする思考を支配するのは、慣れぬ痛みと熱だ。

 腕から神経を伝わり、本当の意味で、レアが現実で戦っている事を教える痛み。現実では感じる事の無いような膨大な熱と痛みに、身体の奥が燃え上がり、近くの壁に獣の頭を叩きつける。

 

『ギョグ!?』

 

「あぁぁぁ……ッッ!!」

 

『ゴッ』

 

 ごちゅりと脳髄を潰し、壁に血華を咲かせる獣。

 血走った目を見開き睨みつける敵の頭部を、腰から抜いたナイフで刺し射貫く。 

 それが限界で、背後から迫る敵の気配に随分と鈍くなった身体では対処出来ず――、

 

「――う、ああああああっっ!!」

 

『ギャンッッ!?』

 

 白刃が獣の腹を一文字に切り裂いた。 

 裂帛の吠声は、白い閃光を前にし、レアの背中に、首筋に届くことは無かった。

 悲鳴のような叫び声で、それでも短刀を手に戦い白髪の少年が、――レアを守った。

 

 

 

 +

 

 

 

 

「手当、ありがとう」

 

 義妹には不愛想な人間だと、良く揶揄われた。

 そんな不愛想で何考えているか分からないと言われていたレアも、キチンと礼は言う。

 愛想笑いだけは絶やすなという脳内の義妹の声に従い、慌てる少年に微笑を振りまく。

 

「い、いえいえ。そんな……大した事は」

 

 ぶんぶんと両手を振る、線の細い白髪の少年。

 珍しい白皙の肌に、深紅の瞳の少年は自らをベル・クラネルと名乗った。

 無垢で無知で純粋そうな少年は、レアを見て、紫紺の瞳と目が合う度に瞳を泳がす。

 

「――――」

 

「――、ぅ、ぁ……」

 

 目が合う時間は一秒と持たず、目を逸らす少年に悪気は感じられない。

 チラチラと深紅の瞳をレアに向けて、その反応にレアが小首を傾げる度に少年は自らの頬を朱色に染める。まるで恋する乙女みたいな、恋に恋い焦がれる少女のような、演技の可能性もある少年の態度に対して、レアが何かの反応を示す事は無かった。

 レアの紫紺の瞳が捉えるのは、ベルでは無かった。

 

「来たよ、異世界転生」

 

 初めての地上は、人で溢れかえっていた。

 背後のダンジョンからは、ベルと似たような衣装の者や、大きなバックパックを背負う者。長い耳の女性や、ドワーフらしき男が数人、獣の耳や尻尾を身体から生やす者、様々な者が立ち止まったレア達を避けて大広場を歩いていく。

 

「いやでも、身体は違うみたいだし、憑依? 転移か?」

 

「ひょ……?」

 

「気づいたら見知らぬ場所でしたって事」

 

 独り言を呟くレアの様子を、不思議そうな表情で伺うベル。

 例えば、美麗なエルフなど創作では御馴染の光景は、レアの世界でお目に掛かった事は無い。さりとて映画の特殊メイクを施した、テーマパークが眼前に広がっているのかというと、それも易々と頷けない。

 

 何故なら、背後のダンジョンの入り口から溢れ出る一人一人に様々な衣装を施し、特殊メイクを行うには多すぎるのだ。

 人型の獣――獣人や亜人など多種多様な種族の装いをした人間が、レアの目に三十人、そして更に増えては視界から消えていくのだ。無論、リリやベルなどの普通の人もいるが意識外だ。

  

 そもそもいつまで現実逃避をする気なのか。

 そんな事に思考を割く余裕など無いはずだ。目の前の光景は映画ではなく、紛れもない一つの文化圏として確立しているのだ。この光景を異常だと思うレアこそが、ここでは異常なのだ。

 

 彼ら、彼女らは、大抵が『ファミリア』に所属しているらしい。

 らしいというのは、この地上に上がるまで得た情報は全て、ベルとリリの二人からの見聞でしかない為だ。――神が実在するとか、耳か精神を疑うのは仕方がないとレアは思う。

 

 神の眷属(ファミリア)とは、自称神による派閥。

 ベル曰く、天界から下界に降り立った神様の家族に加わるというような物らしい。

 神ならば全能なる存在であるらしいが、不自由である事を謳歌し、下界の人々との生活に刺激を求め、『神の力』を封じて、ほとんど人と同じ肉体で生きているという。

 

 当然、衣食住も必要となるのは、神も同じらしい。

 その為に、神は下界の者達に『恩恵』なる物を授け、授けられた者は神の為に働く。

 要するに神は所属する構成員に養って貰い、構成員は代わりに得た『恩恵』で強くなる。

 

 隣に立つベルの背中にも、神々のみが扱う【神聖文字】を神血を媒介にして刻み込んでいるらしい。ダンジョンなどでの戦いなどで得た【経験値】が神々には見えるらしく、それを元に背中の【神聖文字】を塗り替え、刻まれた者の能力を向上させ、レベルアップさせるらしい。

 実に愉快で、どこまでもゲームチックシステムが、この世界の真実なのだ。

 

「それにしても、レアが記憶喪失なんて……」

 

「うん」

 

 己の無知、常識さえ知らない事に関しては記憶喪失として誤魔化す事にした。決してレアが言った事は嘘ではない。実際に記憶の一部には穴が開いており、アイデンティティの根幹に風穴を穿たれている。『レア・キャリプソー』に縋りつかなくては一瞬で、自分を無くす程度には。

 

「自分のファミリアがどこかも、分からないなんて……」

 

「いや、多分。所属はしてないような気がする」

 

「えっ、そうなの? でもレアさ……、レアは普通に戦ってたよね?」

 

「あれは偶然だ。ただ、なんとなく……そんな気がするんだ。記憶が無くても分かるんだ」

 

「そっか……」

 

 眉をひそめ、悲痛の表情でベルは呟く。

 ダンジョンの五階層での出会い、何かの縁だからと人の良さそうな少年と共に地上へと向かった。その道中、漸く落ち着けたレアは、自らを記憶喪失という状態である事にして、可能な限りの情報を取得していた。

 その間に、ある程度打ち解けた結果、こうして地上に出た後も、ベルと行動を共にしている。

 

『では、また会いましょう。レア様』

 

『しばらくはリリも身を潜めますが、もしもレア様が冒険者になったなら……その時は』

 

 淡泊な別れ方だったと言えなくもない。

 だが、レアにとっても、リリにとっても、お互いを惜しむような関係ではない。ちょっと人を殺し、ついでに一緒に殺されそうになっただけの血みどろの関係でしかない。忘れ、身を隠した方が賢明だろう。事実、地上に出るや否や、彼女はすぐに行動を起こした。

 

 暫定的パートナーは、ボロボロのフードで顔を隠し、既に人波に消えてしまった。

 会う予定もないが、人懐っこい人柄のベルに絆されたのか、レアに文字の書かれた紙切れを渡しどこかに去ったのが、もう十分程前の出来事だろうか。その後、この世界の光景に目を奪われていたのだと思うと、僅かに頬が赤らむのを感じた。

 さり気なく迫りくる人達とレアの間に壁となっていた白い少年に頷き、共に歩き出す。

 

「まあ、……文字読めないんだけどね、私」

 

「えっ、共通語だよ?」

 

「――――」

 

「あっ、……ご、ごめん」

 

 何故か謝るベルに半眼を向けるレア。

 彼女が潜伏しているであろう場所らしいが、読めなくてはただの紙切れだ。

 海外に行けば、周囲の看板らしき文字が読めないというのはよくある事だろう。レアはこれまでの人生で海外に行った事は無いが、それでも読めないという事は、それなりにストレスが溜まる物だと気づかされた。

 

(文字が読めるって凄い事だったんだな)

 

 読めない事は仕方がない。犯した殺人と一緒だ。仕方がない。

 言葉が通じないという展開ではない事を喜ぶ方が、まだ建設的だろう。

 とはいえ、夢である可能性という希望は未だに捨てきれず、それ以外のレアの目的はない。

 

 もしも、仮に、このまま何もしなかったら、レアは飢えて死ぬだろう。

 どこかに勤めようにも、住所不定のレアなど雇ってくれる場所は娼婦ぐらいだろうか。流石に身体を売って生きていく位なら死を選ぶと思うが、ここに来て、自らの目的を失った事にレアは頭を掻き、薄紅色の髪の毛を揺らした。

 ダンジョン内ならまだ良かった。殺すか殺されるか。恐ろしい程に単純明快だった。

 

「しまったな……、完全に迷子じゃないか。私」

 

 奪った金などすぐに底をつく。

 そもそも、金の単位も名前すら不明なレアは、完全に赤子よりも無防備だ。

 軽口を叩こうとする己の喉が、今更ながら僅かに震えている事を自覚せざるを得ない。背中に背負った己の剣は、こんなにも重い物であっただろうか。

 

 そもそも、ここから、どこにレアは歩いていけば――、

 

「あ、あの!」

 

「――?」

 

 周囲の喧騒や物音の中で、ふとベルの声がレアの耳朶に届いた。

 自然と彼と行動を共にしていたが、いずれどこかで別れるだろうと思っていた。

 少なくとも、レアにとって、人とはそういう者であり、構築した関係など皆無であった。

 

「ぼ、ぼ……」

 

「……」

 

 周囲の視線を感じつつ、頬を羞恥で赤らめる少年。

 白髪を揺らし、汗が頬を伝うベルは、まるで意中の少女に告白でもするような顔で、

 

「僕の、【ファミリア】に来ませんか!?」

 

「――――」

 

 決死の覚悟で、少年は勇気を振り絞り、言った。言い切った。

 

 【ファミリア】に所属すれば、見知らぬ神を養う必要性が湧く。 

 だが、代わりに得られる恩恵は、きっとレアに新たな力を与えてくれるだろう。

 縁も、神も信用しないレアではあるが、もしも、本当に、運命というのがあるならば、白い少年がレアに示してくれた行動が、そうであるというのなら――、

 

「――――」

 

「――!」

 

 喜びの声を上げる無垢な少年に笑みを溢し、レアは空を見上げた。

 僅かに残った夕暮れと白亜の摩天楼が、感傷に頬を緩める少女を照らし、見下ろしていた。

 

 

 

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