神やダンジョンのある世界で生きていく話 作:どくへび
この世界に来て、それなりの時間が経過した。
【ステイタス】の方も着々と熟練度を伸ばしていた矢先に出くわした異常事態。牛男さん、こんにちは。死の淵へとその逞しい剛腕で壁に叩きつけられ、相棒の眼前でトラウマ製造機になる寸前に、【ロキ・ファミリア】に所属しているらしい金髪の少女に助けられた。
ひしゃげた腕も、痛めた内臓も、高級なポーション一つで治った。
冒険者という職業な以上、死に近づく事は良くあるのだろう。
なんだかんだでレアが生き残る事が出来たのは運が良かったに過ぎない。
生き残れば、命があれば儲けという言葉を聞いた事がある。
その通りだと、レアは思う。あの黄金の風が無知な小娘に教えてくれた事が一つ。
――力こそ全てであるという事だ。
こうして迷宮都市オラリオに住まう住人の一人として気づいた事がある。
以前まで『私』が住んでいた場所と比較し、明らかに治安面は最悪と言って良いだろう。
流石に街中を歩いているだけで刺される程ではないが、一度路地裏に向かえば、どこかのチンピラ【ファミリア】に金を集られたり、脅されたりと見えない所では結構ヒャッハー! な場所である事が理解出来た。
弱ければ奪われる。
強ければ奪われない。
富、名声、女、未知を求めて、多くの亜人やヒューマンがこの都市に脚を踏み入れる。
そうして必ず誰もが搾取されるか、搾取するかのどちらかになるのだ。これから先、このオラリオで生きていくのならば暴力が必要になる時は必ず来るのだろう。
だからこそ、レアは以前よりも意欲的にダンジョン攻略に勤しむようになった。
「楽しんでますか?」
そんな事を考えながら、料理に舌鼓を打っていると、銀鈴のような声音がレアの耳朶に響く。豊かな香りが漂う米料理をスプーンで掬う事を止めずに、近くから聞こえた声の持ち主に目線だけを向けた。声の持ち主は確か隣の相棒が対応していたはずだ。
レアとベルの間に丸椅子を置き、ニコニコと笑みを浮かべるヒューマンの少女だ。
服装は白いブラウス、膝下まである丈の若葉色のジャンパースカートに、その上から眺めのサロンエプロン。薄紅色の髪を後頭部で団子に纏めた純真そうな少女の瞳はベルに――、ではなくレアに向いていた。
『豊穣の女主人』の店員である、眼前の少女の名前はシルと言ったか。
朝、相棒が引っ掛かった微笑ましいトラップ。
お人好しの彼なら捕まると思った。――危険があったら剣を抜いただろうが。
朝食の重要性を教えられつつも、律儀に彼女が務めている店に、ダンジョン攻略に向かった夜、レア達は訪れていた。なお神はいない。
メニューに表示されている金額はそれなりに高い。高いがこの世界において『食事』だけは疎かにしてはならないとレアは決めていた。輝かしかった初日。あの頃は誰が四日も連続で芋を三食食べる事になると思ったか。貧しいというのは罪である。
「――ん、んぐっ」
「ふふっ、ミアお母さんの料理はすごく美味しいんですよ」
コクリと、頷く。
煮込んだ鶏肉をもくもくと咀嚼しながらだったが、意図は伝わったらしく眦を和らげる少女は、再びパスタを食べるベルに離し掛ける。高い料理に僅かに眉をひそめていたベルもシルとの会話で解されていくのが分かった。
「知らない人と触れ合うのが、ちょっと趣味になっているというか、その心が疼くんです」
「……結構、凄い事言うんですね」
ベルとシルの話に耳を傾けつつ、黙々と食事に集中する。
周囲にはドワーフやエルフ、パルゥムなどの多種多様な冒険者がジョッキを片手に、本日の冒険譚を語っている。カウンター席の隅に座るレアからでも、実に楽し気な喧騒が聞こえてくる。
シルが気を利かせて案内してくれたカウンター席の隅。
右隣りが壁、眼前には料理と、少し顔を上げるとこの店の主、ドワーフの女将と目が合う。
「あんた、結構いい食いっぷりじゃないか。……果汁酒は?」
答える前にジョッキが、ドンと音を立てて置かれた。
脳内で計算している金銭計算上では、これ以上勝手に置かれると赤字まっしぐらだ。
朝に良さげな街娘とのイベントに遭遇した無垢な少年が普段よりもやる気に満ち溢れていた為か、或いは久しぶりに外食が出来るという事で全力を振り絞ったレア達の稼ぎが削れていく。
「……」
「ベルさん?」
「あ、ええと、なんでしたっけ?」
食事の合間、時折思い出したように暗い顔をする白い少年に小首を傾げる。
曖昧な微笑を浮かべる彼の様子がおかしいのは、あのミノタウロス戦以来ずっとである。『人の死』をあんな至近距離で見たのは初めてだったのだろう。眼前で見知らぬ人が死ぬ様を、あの金髪の少女が現れた瞬間に見せたベルの表情はレアも覚えている。
レアには、ベルのメンタル面のケアは出来そうにない。
精々、男受けしそうな胸を触らせる程度だろうか。それで治るなら安い物だが少年は赤い顔をして拒否するばかり。あの戦闘で何らかのトラウマを手に入れたであろう彼が潰れる事はなく、レアが二人分の生活費を稼ぐという事態には今しばらくは起こり得ないようだが――、
「すいません、シルさん」
「はい? あっ、お手洗いでしたら――」
「……」
店員はレアの顔を見ただけで察知したらしい。
教えてくれた少女に礼を告げつつ、足早にトイレへと向かおうとする途中、己の目端が予約席らしき場所にそれなりの数の【ファミリア】が向かうのを見掛けた。
――第一級冒険者のオールスターかよ。
――あの女、かなりの上玉じゃねえか。
――あれが【剣姫】か。
どうやら大手の【ファミリア】のようだ。
畏怖とも憧憬ともとれる冒険者たちの小波のような会話は、レアの耳にも届く。
けんき。字面としては、剣の姫なのか。或いは剣の鬼という意味なのだろうか。
【ランクアップ】した冒険者には二つ名が与えられる。
レアが仕える女神から語られる仰々しい名前の数々は、少女の背筋を震え上がらせた。
神々がベル達、下界の人たちに付けるセンスは、下界の人間が神々を崇拝する理由の一つだ。
百歩譲って勝手に二つ名を付けてくるのは良い。良いのだが――、
(暁の煉獄騎士とか、天使とか、暗黒のなんとかとか)
――神の嫌がらせに感じるのはレアだけなのだろうか。
+
トイレから帰還したレアを待ち受けているのは修羅場だった。
青年らしきヒューマンと、獣人の青年が言い争っている。
それを酒を片手に獣人の方に止めるように『口だけ』は動かす同族の連中。
赤い顔で僅かに涙を浮かべている青年は、たった一人で彼らに対して何かを叫んでいる。
「ふざけるな! ……お前らの所為で、マリアも、ルージュも死んじまったんだろうが!!」
「ああ? ――は、まあ? 確かにミノタウロスを逃がしたのは俺たちの責任かもしれねぇが、冒険者ってのはそういう物だろうがよ」
そういう物。
要するに不測の事態に対応出来なかった自分達が悪いと言いたいのだろうか。
店員らしきエルフの目線を感じながら、カウンター席の隅に戻るとベルがいなかった。
「だいたい、泣き喚くくらいなら最初から冒険者になるなよ、雑魚」
「……」
「この前のトマト女や、惨めに泣くだけのガキとか……、お前らみたいなのが俺らの品位を下げるんだよぉ!!」
「――糞野郎がああっっっ……!!」
険悪な喧騒が、悪意と殺意を感じる雰囲気の中で、食事を再開する。
何か致命的な部分を見逃した気がするのだが、今更周囲の人間に聞くのもと思いつつも、カウンター席に戻ってくる困惑したシルの姿を捉えた。
「……止めなくていいんですか?」
「ええ、あの手の事はしょっちゅうですし、ミアお母さんが止めてくれます。それより……」
「小娘」
「……?」
ふとレアは気づく。
さり気なく退路を断つシルと、カウンター席を挟み此方を見下ろすドワーフの女将に。
瞳の奥に宿る困惑した思いや焦燥、苛立ちといった眼差しは、先ほどよりも好意的ではない。
レアが何かをした覚えはない。
そうなると、女将に豪傑な笑みを向けられる理由は一つだろう。
「あの坊主の恋人かい?」
「いいえ?」
「じゃあ、何だい?」
「――――」
この質問の意図は一体何なのだろうか。
十中八九、カウンター席から消えた少年が原因なのだろう。
そんなレアの考えを裏付けるように、店員らしき猫耳少女が話しかけてくる。
「あの白髪頭、食い逃げしたニャー」
「――まじ?」
「大マジ、ニャー」
周囲の喧騒よりも、現状の危機にレアの思考は割かれる。
状況は今一つであるが、あの温厚でそこら辺の女のように可愛らしい顔をしており、兎を彷彿させる様相の彼が食い逃げを行ったらしい。
やるならせめて誘って欲しい物だったが。それとも或いはベルに売られたのか。
「……その、ベルはそういう事をする奴ではないかと。何か理由があると思いますし」
「何の理由があろうと、ケジメってのは大事だ」
「――――」
理由が無くレアを売ったのならば容赦などしないが。
幸いにも『豊穣の女主人』に来る前に廃墟と呼ぶに相応しいホームに帰還したのだが、レアが武器とお金を置いてくる訳もなく、食事を行った事に対する支払いは問題ないのだが――、
「アンタはアンタの分を払いな。坊主には食い逃げした責任を取らせる」
「は、はい」
「しっかり伝えとくんだよ。明後日までに来なかったら血祭りにするってね!!」
そう告げた女将に支払いを断られた。
どこか塞ぎ込んだ様子のシルに話を伺うと、どうやらベルは突然何も告げずに大通りへと走り去ってしまったらしい。その直前に【ロキ・ファミリア】が酒のつまみにしていたらしい話が関係しているようだとも。
そういえばとレアは思い出す。
今もなお、声を張り上げ獣人の青年に飛び掛からんと――、たった今飛び掛かった青年は確かミノタウロスに惨殺されたパーティの生き残りではないのだろうか。
恐らくではあるがその関係だろうとレアは考え、店を去ろうとして――、
「あの、……失礼ですが」
「――?」
食事代は既にシルに渡したはずだ。
それはキャットピープルの店員も確認していたはずなのだが。
そう告げると、眼前で此方に釣り目を向けるエルフの店員は小さく吐息した。
「いえ、そうではなく……、失礼ですが名前を伺ってもよろしいですか?」
「レア。レア・キャリプソーですが」
「……キャリプソー」
身元調査だろうか。
だが、レアに関する内容など寧ろ此方が知りたいのだが。
顎に白い指を当て、形の良い眉をひそめる彼女は何かを告げようとし――、
「――他の客の迷惑なんだよ、アホンダラァ!!」
遂に客の鎮圧に直接乗り出した女将の声が店内に鳴り響いた。
獣人の青年もヒューマンの青年も殴り飛ばされる様は痛快だが、こんな美少女を置いて食い逃げした少年を捕まえるべく店員と悲鳴を上げる客の間を縫うようにして走り出した。
+
結論から言えば、ベルはダンジョンにいた。
六階層、ウォーシャドウを始めとしたモンスターを相手に、防具も武器も無い状態で戦っているのを見つけた。唯一使用している短刀は護身用であるが、舐めプにしても酷いものだ。
「はあっ、……はー、は」
全身で呼吸を行う少年の身体は身体中から血を滲ませている。
自殺願望か、蛮勇か、狂気に染まっているのか、広間に入り込み出入口を塞ごうとするモンスターを背後から叩き斬りながら、少年の下に走り寄る。
「――レア?」
「この食い逃げ野郎!!」
「へぶっ!?」
ボロボロの少年を蹴り飛ばし背後からのモンスターの攻撃を回避させる。
回避しつつも、随分と手のひらに馴染む愛剣で『コボルト』の首を刎ね飛ばした。
それで一匹。ダンジョンの壁から生まれる敵も、広間に入り込む敵も、その何倍もいる。
「れ、あ。……なんで」
「とっとと飲め、馬鹿野郎」
「わっ」
安くはないポーションを半口を開け、腫れた目を見開く少年に投げつける。
ダンジョンから帰還し『豊穣の女主人』に寄る前に装備をホームに置いてきたベルと、防具は外しつつも最低限愛剣と大型ナイフ、道具の類は置いていく事だけはしなかったレア。
その差は今にも死にそうなベルの身体を癒す事に成功した。
「レア! ……僕は」
「話は、最低限この窮地を脱してからにしようか?」
護身用のナイフのみを持つ彼に、大型ナイフを渡す。
現地調達が趣味になったのか、ドロップしたのであろう、『ウォーシャドウの指刃』とは異なり握手のあるナイフは彼の手のひらを傷つけない。
揺れる深紅の瞳がレアを捉えるも、何かを告げようとする唇は、敵を前に引き締められた。
「来るよ」
「うん」
二刀の武器を構えるベル。
一振りの武器を構えるレア。
決意と意地を宿す彼の眼差しに諦観はない。
恐らくは、きっとレアが求める物とベルが求める物は一致したのだろう。
――力を求めている。
辿り着きたい場所がある。
英雄になりたいのか、憧憬を抱いた誰かがいるのか。
それはきっと狂気に染まっていても、染まらなくても、求める物は一緒なのだ。
+
フードが破けた事はこの際仕方ないだろう。
彼の腕を自らの肩に背負いながら、レアはそんな事を思った。
時計など無い。今日は――、昨日はただ食事してホームに帰るつもりだったのだから。
「ごめん」
「いや、もういいけどね」
それなりに死闘を演じた。
必死に、我武者羅に、無様に、藻掻くように、二人で敵を切り裂き、何度も活路を見出した。
既に一階層、自暴自棄だった彼を追いかけるのに役立った魔石を回収するのは骨だったが、かと言って回収しないという手は無かった。
その所為で更に敵と遭遇し戦う事になったが、ポーション分は余裕で稼ぐ事が出来た。
「ステイタス更新が楽しみだね」
「――うん」
「おっぱい揉む? ヘスティアの」
「――うん」
流石に夜通しの戦闘はお互いに堪えた。
ベルの横顔も、その瞳に映るレアも憔悴の色を隠せない。
疲れで頭が働かないベルの口は、最早『うん』と相槌を打つ為の物と化している。
「ヘスティア、心配してるかな」
「うん、……帰ったら謝らないとね」
「あと、後で『豊穣の女主人』にお金払いに行ってね」
「うん」
バックパックを持って来なかったのは唯一の後悔だろうか。
稼ぎ目的ではなかったとはいえ、どこの馬の骨とも知らぬ誰かがラッキーと喜ぶ姿を幻視し、小さく吐息するレアは、崩れ落ちそうになるベルに貸す肩に力を入れ直した。
最近買ったばかりの私服がボロボロである。
切り裂かれた布地から白い肌を見せるあられもない姿を見せる少女と少年。敵の気配は無い。
レアが話しベルが相槌を打ち、一歩、一歩進んでいく中で、やっとダンジョンの外に、地上に出た。
「朝帰りか」
異世界で過ごす何度目かの朝だ。
静かな夜明けが、戦闘で火照た身体を冷やすように、冷たい空気が街を漂う。
朝焼けがレアの紫紺の瞳に光を灯す。
痛みに軋む全身を動かし、錆び付いたような関節に悲鳴を上げるのを感じ、今更身体を労わるようにゆっくりと歩みを進める。静まり返ったオラリオ、誰もいない街を僅かに照らす晴天と青空が広がっている。
ゆっくりと。
ゆっくりと、二人で、歩いていく。
「レア」
「ん?」
「僕ね……、強くなりたい」
少年の横顔には、その深紅の瞳には諦観も敗北も狂気も無かった。
ただ、純粋に、どこまでも純粋に、遠くを見つめる瞳は届きたい場所を見据えていて。
届きたい人がいると、ただ力を求める少女とは違うと、少年は言っているように聞こえて。
愚かしくも弱者である事を良しとしないレアとは異なるベルは何か目標が出来たのか。
彼が何を感じ、何を考えたのか、何が起きたか、実際には彼から断片的にしか聞いてない。
「レア……は?」
「――――」
その問いかけを受け、レアはそっと目を閉じる。
吐息して、萎んだ肺に冷たい空気を送り込んで、生きている事を実感する。
瞼の裏で蘇るのは、確かな敵の咆哮。
下劣な敵の笑い声に、向けられる敵意と悪意の数々。
目を開くと、ベルの深紅の瞳がレアを映しているのに気付いた。
頬が触れ合うような距離で、普段ならば赤面するような少年の問いかけに、レアは嗤った。
「私も、強くなりたい」
力が全てだと思うから。
守るにも、壊すにも、理不尽を、不条理を捻じ伏せるのにも、力が、暴力が必要だから。
――だから『私』は、力を求めるのだ。
短編なのでここまで。
まあ、人生一度はステータスオープンしたいよねって。
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