――回避ができない?
ワムウが必殺の一撃を放とうと腰を落とす様子を、間延びした感覚の中で見ながらジョージはそう思った。
確かに今のこの体勢では、このあとの攻撃を防御することも回避することもできない。それでも、諦めるという選択肢だけは彼の中にはなかった。
考えろ。思考を回せ。今の状態から、何ができる? 何をすれば逆転の一手となる?
(まずは!)
手を放す。自身を空中へ誘った、直前までは回避の一手であったロープ。木にくくりついていたそれから、手を放す。
ただ漫然と離すだけではない。力を込めて、身体の位置取りを少しでも変えられるように腕ごとしならせながら。
そうすることで、ジョージの体勢はさらに崩れる。
(波紋!)
次いで崩れるままに身を任せ、しかし地面に墜落する寸前に手を突き出す。片腕一本でバランスを取って、逆立ちの体勢。そこからバク転の要領でさらに距離を取らんとする。
ジョージのこの一瞬の動きを、ワムウは両腕を回し始めながらも感心して見ていた。ここでもまだ勝負を諦めず、己に立ち向かう気概を忘れない姿。これぞまさに勇者だと思いながら……しかし、
ワムウが今から放つ技は、広範囲を巻き込む文字通りの必殺技だ。かすった程度でも致命傷となる一撃は、どれほどあがいたところでこの至近距離から避けられるものではない。
「秘技!」
ワムウが吼える。遂に風が荒れ始める。
――だが、彼からジョージに向けて攻撃が放たれることはなかった。
なぜなら、突如として雑木林全体が真昼のように輝きだしたのだから。
「ぬう!?」
光はいずれも、波紋の輝きであった。放っているのは地面に生える草、そして木々だ。
今は冬。にもかかわらず、彼らは春を迎えたかのように生き生きと躍動していた。芽が生え、花が咲き……それらはいずれも、波紋が持つ生命力の活性化がなせるものだ。
――そう、ジョージとマリオが戦う場所をここに選んだのは、何よりこれが一番の理由だった。
もちろん、ここなら他に被害者が出ないだろうというのもあるが。何よりも、雑木林という環境そのもの。波紋を流し、武器にも防具にもできるものが溢れている……人工ではあっても、それらが自然界として機能している雑木林という環境。それそのものが彼らの切り札だったのだ。
そしてさしものワムウも、これにはひとたまりもない。
「
大技を出そうとしたところに不意を打たれ、悲鳴を上げる。周辺に満ち溢れる生命の躍動。そのすべてから放たれている黄金の輝きが、ワムウの身体を焼き払っていた。
「ぐふ……っ、ど、どうだ……! こ、れで……!」
第三者の声が続く。
声の主は、先ほどワムウに吹き飛ばされたマリオだった。彼はいつの間にか木々の中から脱出し、この場まで戻ってきていた。
そう、彼は重いダメージを負ってもなお諦めず、雑木林に波紋を注ぎ続けていたのだ。そしてワムウが完全にジョージのみに意識を集中させたところを突いたのである。
もっとも、立ち上がって戦場を睥睨してはいるが、彼の身体はボロボロだ。特に肺周辺は酷い有様で、呼吸もままならない状態にある。通常であれば、これほど大規模な波紋を扱うことは不可能だ。
しかし、彼には赤石がある。波紋を増幅する、エイジャの赤石。戦うために衣服のあちこちに仕込んでいたそれらを十全に活かしきり、不可能を可能にしたのである。
そう、この戦い。彼らがワムウ相手に真っ向からこれほどまで戦えた最大の理由は、エイジャの赤石にあったのだ。
「好機!」
そしてそれは、ジョージも同じこと。
彼はこうなることを理解していた。地面からじんわりと伝わってくる波紋を、ずっと感じていたから。相棒が諦めることなく、波紋を練り続けていたことに気が付いていたから。
だからこそ、この一瞬のスキに体勢を整え攻勢に転ずることができた。呼吸を振り絞り、全身に計画的に配された赤石を通じてそれを増幅。渾身の力を込めて、ワムウへ一撃を見舞う!
「はああぁぁーーッ
「――AHHH……」
それを。
「
無視して。
「――おおおおおおおッ!!」
ワムウは両手を、足下に向けて叩き込んだ!
「な!?」
「バカな!?」
二人が驚愕する。
意味のないことをしたからではない。ワムウの両手が、凄まじい勢いで回転していたからだ。そしてその意図も理解できてしまったから。
そして二人はここに至って、本当の意味で伝承の意味を理解した。ウェールズ神話において武神と称されるワムウが、なぜその名を冠されているのか。その理由を今身体で、そして魂で理解した。せざるを得なかった。
……ワムウは確かに、ジョージには攻撃を放たなかった。しかし、一撃をやめるつもりはさらさらなかったのである。波紋を全方位から浴び、目の前に敵と致命の攻撃が迫ってもなおひるむことはなく、とまることなく必殺技を続行した!
なぜならば、これこそがこの圧倒的に不利な状況をくぐり抜けるために必要なことだと、刹那のうちに理解していたから!
――ゆえに。
右腕を、関節ごと右回転。
同じく左腕を、関節ごと左回転。
猛烈な勢いによって、その二つの拳の間には真空状態が生まれる。何物もない……ただ、そこに入り込んだものすべてを砕く、無の世界。
その破壊力は地球上のどの生物にも追随を許さず、空間そのものが死をもたらす圧倒的破壊空間として、ワムウの両手から展開されている。
「
そんな歯車的小宇宙が。
大地を盛大に破壊した。
地面がえぐれ、めくれあがり、石と砂と土が轟音と共に大量に巻き上がる。巻き込まれた草木は圧縮され、あるいは切り裂かれ、瞬く間に儚い塵と化す。そうしてワムウの足下は、ズタズタになった不恰好な二連結クレーターが出来上がった。
しかしその衝撃は、それだけに留まらない。クレーターを中心にして地面に亀裂が入り、周囲に広がる。地球がかすかに軋む。
それを追うような形で真空に引きずりこまれた空気が暴風となり、最初に犠牲となった倒木たちを吸い込み始める。
「ぐわあああ!?」
「くうう!!」
そこに一拍遅れて、宙に巻き上がっていた土砂が、驟雨もかくやとばかりに降り注いだ。
ジョージもマリオも、もはやワムウどころではない。倒木や土砂もろともクレーターに向けて吸い寄せられていく。
このままでは二人とも生き埋めになってしまうが、しかしこの状況ではろくに身動きを取ることもできない。何せ土砂が降り注ぐ間にも、地面ごと足元をすくう形で暴風が吹き荒れているのだから。
そして何より。
「は! わ……ワムウ!」
それを、ワムウが見逃すはずもなく。
吸い寄せられるところを待ち構えていた彼の腕が、神砂嵐の余韻のまま回転していた腕が、ぐぅんと伸びて二人それぞれの身体を捕捉する。
「ぬうううん!!」
かくしてドリルのように回転する拳が、ジョージとマリオを真正面から歓迎して――。
***
――砂煙が漂っていた。
地面は適当かつ強引に耕したかのようにぐちゃぐちゃで、軽く雑にミキサーにかけたように、樹木や草花が雑多に混ざり合ってところどころに露出している。
その中には、身体半ばまで埋まった二人の男も含まれていた。
かすかに生きてはいるが……もはや虫の息であり、意識も既に落ちている。
そんな二人を、さながら慈しむかのように見下ろす男が一人。こちらも瀕死の状態で、全身から血を流して片膝をつき、荒い呼吸をつきながら、ところどころが石になりかかっている。
しかしその目だけは、賞賛の一色のみに満ちていて。間違いなく、埋まりかけている男たちにのみ向けられていた。
「み……見事、だ……」
男――ワムウは、讃える。自らをここまで追い込んだ真の勇者に対して、惜しむことなく。
「よもや……よもや、森そのものを波紋の空間にしてしまう、とは……二千年前の、波紋戦士では、絶対に不可能な技だった……何より……」
まずはマリオを。そののち、視線をジョージに移して。
「あの、瞬間で……刺し違えんとした貴様の覚悟……見事な戦士ぶりであった……!」
そう。ワムウもまた、その腹部に重度の波紋傷を負っていた。特有の煙が全身から吹き上がり、下手に動けない状態にある。
最後の一撃を加える直前、ジョージによって与えられた最新の傷。そして、この戦いでワムウが負った最も大きな怪我であった。
しかし、それでも二人からの応えはない。
「もし……もし、俺の
ただ一人、ワムウの常からは信じられないほどのか細いつぶやきだけが、この場に響いている。
「そしてもし……! そしてもし……『風』の
そこには修飾も何もなかった。しかし言ったことへの反感もない。それだけワムウにとって、嘘偽りない本心であった。
彼はそうして、しばしの間勇者との戦いの余韻に浸っていた。呼吸を整え、傷の回復に努め……しかし怪我は重く、波紋傷は一向に治らない。
無理もない。彼らの中で最も太陽に強いアルフィーであっても、渾身の波紋疾走から回復するのに数時間を要した。戦いのさなかにそれに匹敵する攻撃を何度も受けたワムウは、人間で言うところの絶対安静とも言うべき状態にあった。
それでもなお、ワムウは歯を食いしばって立ち上がった。
自身の傷すら名誉として、これを与えたものたちに不甲斐ない姿はさらすまいと。踵を返して二人に背を向けて、ローマの街に足を向けたのだ。そうすべきだと、彼の心が叫んでいた。
そしてこれほどの怪我を負ってなお、倒した相手を喰らおうとしないのはワムウの矜持ゆえだ。
彼にとって、強い戦士こそが真理。勇者こそ友であり、尊敬する者。
心底そうだと認めた相手を喰らうことは、己が貫くべき生き方ではない。彼はそう理解していた。
「まさに……見事であった……。ジョージ、そしてマリオ……貴様たちの名前……このワムウ、永遠に記憶の片隅に、留めておくぞ……。俺が、生きてきたこの一万二千年……最も勇敢なる戦士であった二人のことは……永遠に」
背を向けた彼の、その遅々とした道行に風が吹く。まるで鎮魂歌のような、しかし旋律にもなり切らない哀しげな音を響かせて。
「さらばだ――」
――ジョージ・ジョースター二世、およびマリオ・ツェペリ。
感想でも予想された方がいましたが、はい。ワムウに対して、文字通りの「戦って」勝てるはずがありませんでした。
いや実のところを申せばこの戦い、ワムウ有利のままジョージたちには逃走させて終わらせるつもりでプロットは組んでました。
ワムウの猛攻に耐え兼ね、一度撤退して終わりって考えてたんですよね。
ところがジョージたちときたらちっとも逃げようとしないし、ワムウはワムウで舐めプしないで最初からクライマックスだし、おかげでジョージとマリオが何回死んだことか。
でも結局ワムウに勝てるルートに入れなかったので、こういう結末に。
死亡キャラを生存させたくてやってる作品なんですが・・・まあ、ジョジョ的に負けるときは負けるものなので・・・たまには・・・ということで・・・。