わたしは焦っていた。その上で、全力で走っている。
なぜかって?
それはね、ずばりね……。
カーズ様にルベルクラクの存在が露見したからだよ!
裏にわたしがいることまでバレてるかどうかはまだわかんないけど、仮にバレてなかったとしてもバレるのは時間の問題と見ていいだろう。
ルベルクラクの忠誠心を疑っているとか、そういう話じゃあない。人体の構造を熟知しているカーズ様の手にかかれば、人間の意に反して口を割らせることなんて容易いだけだからだ。
だからわたしはそうなる前に、カーズ様と合流したかったんだけどね……完全に行き違いになりましてね。わたしがドーヴァー海峡を渡って大陸に移るのと時を同じくして、カーズ様がイギリスに渡ったものだからもうほんと、ほんともうね……。
「これは……」
そうしてわたしは、ルベルクラク家の本拠地とも言えるカーディフ。その伯爵本家の敷地までやってきた。
伯爵と一緒に来たわけだけど、そこは既に地獄絵図だった。周りには大量の血の跡と、匂い。【ネヴァーフェード】をするまでもなく、ここでカーズ様が大暴れしたことは間違いない。
「……アルフィー様」
「……わかってる。どうにかしてカーズ様をとめるしかない」
カーズ様のところへ向かいながら、伯爵と会話する。
カーズ様の居場所は、調べるまでもなくすぐにわかる。だって悲鳴とか、破壊音とか、そういうアレな音が聞こえてくるからね。
「私は……
「……そうだね、それがこの状況じゃあ最善かもしれない」
「起動したら、合図を飛ばしますので……」
「わかった。それまでなんとかする!」
そうやって手短に話を交わして、わたしは伯爵と分かれた。
わたしはカーズ様が暴れている場所へ。伯爵は、ルベルクラク家が二千年近くの間、切り札としてきた
正反対の方向へ向かう伯爵を見送り、ルベルクラク本邸に踏み込む。
思えば四年半前、目覚めたわたしを迎え入れてくれたルベルクラクの家。その後も、年の節目とかでちょくちょく来る機会があった場所。
そんな場所が、今まさに滅ぼうとしている。それは、それだけは受け入れられなくて、わたしは走る。
邸内の様子は、完全にスプラッタホラーだった。どこもかしこも血だらけ、あるいは破壊されまくり。これはルベルクラクの人たちが生き残ったとしても、ほぼ全リフォームは確定だろう。
中には壁が丸ごと崩れ落ちているところもあった。そしてその崩壊の大元だろう場所は、コルク栓を抜いたようなきれいな切り口になっている。まず間違いなく、カーズ様が斬った痕跡だろう。
抵抗した形跡はそれなりにある。大口径の銃や、あるいは機関銃などが使われたと思われる痕跡が。
けれど、その周辺にあるのは切り裂かれた、あるいは先端が潰れた弾丸で……ああ……効かなかったんだなぁ、というのが嫌でも理解できてしまう。
そんな状態なものだから、あちらこちらに遺体が転がっていた。そのほとんどが身体のどこかを欠損している。中には右半身だけとか、首だけがどこにもないとか、そういう痛ましいものもたくさんあった。
五体満足なものもあったけど、そういう遺体はすべてがミイラさながらにしおれていた。そしてそういう、いわゆる
カーズ様は合理主義者だ。寝起きならいざ知らず、これだけの人間をすべて食べるという選択は頭になかったんだろうな……。なんていうか、食べるよりもとにかく殺す、根切にする、という意思が透けて見えるやり口だ。よほど自分を組織的に妨害したルベルクラクが癇に障ったらしい。
わたしはカーズ様を追いかけながらも、そんな邸内を軽く見まわった。そうして、亡くなった方々に祈りを捧げつつ、地下へ向かう。そこから声が、音が、聞こえてくるのだ。
そこはきっと、わたしが目覚めた場所だろう。そんな確信があった。
果たしてわたしは、地下礼拝堂に踏み込んだ。扉を勢いよく開けて、響き渡るほどの足音を出しながら。
最初に目に飛び込んできたのは、椅子やら調度品やらが派手に蹴散らされた光景。砕かれ、あるいは切り裂かれたものが、不規則に散らばっている。
そんな中に。
「――カーズ様!」
「……アルフィーか」
カーズ様が立っていた。腕から生やした刃に二人を団子状に突き刺し、さらに一人を足で踏みつけながら。
周囲には、似たような仕打ちを受けたんだろう。十人以上がこと切れ、しおれた状態で倒れ伏している。
そのすべてが半吸血鬼だ。顔も名前も覚えてる。いずれもルベルクラクの暗部……カーズ様たちを相手に、情報を絞って行く先を操作すべく奮闘していた人たちだ。
けれどそれだけじゃあない。カーズ様を遠巻きに、礼拝堂の奥のほうに数人が身を寄せ合って震えている。まだかろうじてカーズ様の手にかかっていない彼らは、けれどそのほとんどが子供で……だけど子供だからって、カーズ様が手加減するはずもなく。
そんな彼らを視界に収めたわたしは、ごくりとつばを飲み込んでから前に出る。暴れそうになる心臓と、逸りそうになる気持ちを可能な限り抑え込んで……ゆっくりとカーズ様へ近づいていく。
「……遅く、なりました」
「まったくだ」
わたしが絞り出した言葉に、カーズ様は気負うことなく頷いた。同時に腕を振り、刺していた二人をまるで埃か何かのように飛ばす。
次いで、踏みつけていた人を躊躇なく踏み潰した。思わず目を背けたくなったけど……がんばって耐えた。これはわたしの罪だ。逸らすわけにはいかない。
「どこで何をしていた? お前のほうが先に目覚めたはずだろう」
「その、サンタナに会いに、アメリカ大陸まで出かけていました……」
「サンタナにィ……? ハッ」
本当のことを全部言うわけにはいかないから、必要な情報を削ぎ落した真実を答えたら、鼻で笑われた。本当にカーズ様はサンタナを重要視してないんだなってのがわかる態度だ。
まあ、サンタナを軽視していることは今更だし、そのサンタナが製作中の秘密兵器を見たら目の色変えるはずだから、それについては何も言わない。
問題はここからだ。カーズ様の意識を、周りに向かせないでここから出るように促さなきゃあならない。なんて難題なんだ……。
「まあヤツのことはいい……。それより、状況はわかっているな?」
「……はい。情報が錯綜しているみたいですね」
「その通りだ。そしてその原因の大半がここの連中だ」
すぐそばまで来たわたしをよそに、ギロリとカーズ様が周りの人たちを睨んだ。
ああ……やっぱめちゃくちゃ怒ってるな、これ……。
「私たちの情報を、後生大事に二千年も残してきたようだな。そうして私たちが目覚めるのを、手ぐすね引いて待っていたというわけだ」
「自分たちに有利な場所に誘い込むために、ですか……」
「それもあろうが……最大の目的は時間稼ぎだろう。この時代にも波紋戦士が生き残っていること、そして連中と連携していることは確認したからな。だが連中はワムウと戦って大打撃を受けている。ワムウは相手の生死を確認しなかったようだが……いずれにせよ、立ち直るまでに相応の時間を要することは間違いあるまい」
「な、なるほど、その時間稼ぎ、ですか……」
やべーーよ! やばいよ、ほとんど完全に見抜かれてる!
やっぱりわたし程度の考えることなんて、カーズ様にはお見通しだよなぁ……! 思考、考察する頭脳もそうだけど、情報を集める手腕だってあるんだからそりゃあこうもなる……!
こうなってくると、彼らの後ろにわたしがいることだって気づいてる可能性も十分あるぞ……!?
「人間や半吸血鬼どもが、これほど大規模な組織として我々と敵対するとは思っていなかったが……しかしそれも無駄なあがきでしかない」
内心で冷や汗脂汗がダラダラのわたしをよそに、カーズ様が言う。
「ここは滅ぼす。あとは波紋戦士どもの本拠地を探し、攻め入って終いだ。いずれも一匹残らず、
「…………」
ですよねーーーー!!
くそう、どうしよう、本当にどうしよう!
こうなったカーズ様を言葉でとめるなんて不可能だ。わたし自身、彼の立場で考えるなら
何より、今後のことを考えるならカーズ様をとめるわけにもいかない。これから彼の近くでスパイをするなら、彼の考えに反することはできるだけ避けるべきだし……。
「話は終わりだ。アルフィー、
「……!」
カーズ様が前に出た。ゆっくりと、恐怖をあおるような態度で子供たちへと迫っていく。前世のわたしなら、それだけで失禁する自信がある威圧感だ。
うん……。
あれに?
あれに割って入って、あまつさえとめる?
そんなことをしたら、序列の低いわたしが無事で済むはずが……。
「…………」
「……ッ」
恐怖に歪み、涙で濡れた目。そんな目からの視線が複数、わたしに向けて集まっていた。
それだけ。彼らがそれ以外に何かをしたわけじゃあない。
だけど……目は口ほどにものを言う、とはよく言ったもので。
彼らは間違いなく、言っている。わたしがここに来たときからずっと。今に至るまで、ずっと。
――
彼らはみんな、そう言っている。
「――ッ!!」
ああ。
――
「……なんのつもりだ、アルフィー?」
気づけばわたしは、カーズ様の前に立っていた。両腕を広げて、子供たちをかばう形で。
「か……カーズ様……」
上ずった声が出た。自分でも笑えるくらい、震えている。がちがちと歯がぶつかり合って、かすかに鳴っている。
呼吸が荒い。今世では一度も経験したことのないほどに、息が乱れている。人間の身体なら、過呼吸一歩手前くらいには、乱れている。
全身の震えもとまらない。まるで生まれたての小鹿だ。我ながら、なんて無様な恰好だろう。
……改めて思う。わたしは一体何をしてるんだ、って。
だって、今ここで彼らをかばうことに、戦略的な意味はほとんどないのに。スパイするんでしょうに。
なのに、わたしは何を。
けれど、同時にわかってもいる。ここで彼らを助けなかったら、絶対わたしは一生後悔する。
わたしを信仰している子たちを、わたしという存在を信じている人たちの、ヘルプコールに応えずして、何が神か!
たとえその称号が、わたしには重すぎるものであっても。
たとえその称号が、わたしにとってあまり喜ばしいものじゃあないにしても……!
それでも!
わたしは!
そんな彼らの祈りを裏切るなんて、できるわけないじゃあないか……!
そんなことをしたらきっと、わたしはもう、二度と
だから……だから!
怖いけど、死ぬのは本当に怖いけど!
「カーズ様……こ、これ以上は……やめて、あげて、ください……!」
わたしは初めて顔を上げて、カーズ様と真正面から対峙した。
「……何を言いだすかと思えば……」
カーズ様が嗤う。
「お前の人間贔屓も、筋金入りだな。正気の沙汰ではない。平時なら笑い話にもなろうが……」
「……っ」
「今この場でするには、まったく笑えんなぁ……」
鋭い眼光がわたしに突き刺さる。彼が放っていた殺気は今、わたし一人だけに向けられていた。
怖い。
わかってはいたことだけど、本当に怖い。
今すぐ膝を折って、頭を垂れてしまいたい。
でも、だけど……!
「……ッ!」
自分の荒い呼吸音を聞きながらも、わたしは歯を食いしばった。
泣きそうになるのを堪えながら、視線は逸らさない。たとえそこに、なんでも切ってしまう刃が掲げられていても……。
「……ほう……?」
そんなわたしを見たカーズ様の顔が、さも意外だと言いたげに崩れた。
そうして彼にしては意外なことに、数秒の静寂が提供される。
彼がその間にどういう思考をしたのか、わたしにはわかるはずもない。
だけど。
「ならば、
カーズ様が、攻撃を仕掛けてきた。
その事実に、間違いはなかった。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もボクと、拙作をよろしくお願いいたします。がんばります。
・・・と、いうわけで、まさかのアルフィーVSカーズです。
前話でちらっと触れましたが、このカードが終わるまで書き上げたので5日ほど連続登校する予定。