転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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26.光の邪神・カーズ 5

「ぃ゛、う……! ううう……く……っ!」

 

 輝彩滑刀(きさいかっとう)が光る仕組みは、チェーンソーに近い。無数の爪が高速回転している形だ。

 だからか、光っていなかったときに受けた傷よりも格段に痛かった。思わず悲鳴を上げてしまうくらいには。

 もちろん出血も今までの比ではなく、まるで噴水。脂汗もどっと溢れてとまらない。

 

 それでも歯を食いしばりながら足を動かし、カーズ様を蹴り飛ばす。その衝撃を利用して距離を取る。移動の瞬間、神狼姫を握ったままの両腕が風船のように軽い様子で舞い上がっていくのが見えた。

 

『神狼姫!』

『わかっている、すぐそっちに戻るッ!』

 

 だけどカーズ様にはお見通しだったのか、まったく堪えることなく追撃にやってきた。

 これを回避する余裕は、もうわたしにはなかった。如意転変はダメージを受けると解除されてしまう。わたしの身体にはもう管がなく、慌てて作り直したけれど手遅れだ。

 

「とどめッ!」

 

 脳天めがけて放たれた一撃。喰らえば間違いなく死ぬだろう。

 

 もちろん諦めるつもりなんてない。なんとか首から上を動かして、かろうじて回避する。

 

「ぎ……ッ!」

 

 だけどその瞬間、それすらもわかっていたと言いたげに嗤ったカーズ様の蹴りが、わたしの胸に叩き込まれた。

 

 まずい。本気でまずい。冗談抜きでこのままだと死ぬ。自然界ではまず聞くことのない凄まじい破裂音が響いたのもさることながら、蹴りと同時に足の刃が裂けながら体内に入り込んだのが見えたもの。

 そのせいでわたしの上半身はぐちゃぐちゃに破壊され、ズタズタのまま床に投げ出された。おまけに刃は体内に残ったみたいで、異物感がすごい。

 

 ……仮にも地球上の生物が、生身の身体でダムダム弾を再現しないで!? なんて非人道的な!!

 

「が……ッ、ハァ、ハ……ッ、ひ、ぐ……!」

 

 なんて言ってる場合じゃあない。喉から大量の血がこみ上げてきてとまらない。

 本当にヤバい。身体に力が入らない。呼吸もうまくできなくて、血が絡まった喘鳴しか漏らすことができない始末だ。

 

 そのくせ意識だけははっきりしている。全身をさいなむ痛みと苦しみ、それに倦怠感や脱力感が、わかりやすく命の終わりを突き付けられているようだ。

 

 くっそ……カウンターが決まれば、とか考えてたけど……やっぱり、カーズ様はそんな甘い人じゃあなかった……。謎の声が聞こえた瞬間、逃げるべきだったかな……。

 

「これまでだな」

 

 仰向けに転がったわたしの頭上に、光に満ちたカーズ様が姿を見せる。ぱっと見は神々しいけど、神だとするならそこにいるのは邪神だ。わたしをはっきり見下しながら、折れていた刃をその根元に取りつけくっつけている。

 

 ……ああ、なるほど。そういうことか。

 

 さっきのあの攻撃は……後ろから来た攻撃は、わたしが最初に斬って飛ばした輝彩滑刀(きさいかっとう)の刃だったのか。

 わたしが分身に気を取られている間にそれを拾って、最適なタイミングで投げてきた……そういうわけか。殺気だけに気を取られてちゃあ、ダメだったなぁ……。

 

「さらばだ、アルフィー」

 

 次はもっとうまくやらないと。覚えたぞ。

 

 そう思いなおしたわたしの眼前に、死神の刃が向けられた。

 

 だけど、そうして振り下ろされる直前。

 

「貴様のことは、嫌いではなかったぞ」

 

 ぽつり、と。

 つぶやくようにこぼしたカーズ様の姿に、わたしの心の中で何かがカチリとかみ合ったような気がした。

 

 そうか、わたし――

 

「――わ、たし……」

 

 血にまみれてうまく出せない声を、振り絞る。

 

「わたし、も……カーズ様のこと。嫌いじゃあ……()()です、よ」

 

 きっと、そういうことなのだ。

 わたしがいつまで経ってもカーズ「様」だったのは、読者として、様とつけたくなるようなキャラだから、じゃあなく。

 

 ……いや、きっと始まりはそこなんだろうけれども。少なくとも、今は違うんだろう。

 だって一万六千年、この人と一緒に過ごしてきた。わたしの今世は、この人と共にあったと言っても過言ではない。自分でも気づかないうちに色んなものが積もり積もって、いつの間にか自然と敬意を向けるようになっていったんだろうな。

 

 実際、カーズ様の見習うべきところは多い。目的に向かって挑戦し続ける心、どれほど失敗しても諦めない心……それらの土台となる類まれな頭脳とカリスマ。こんな傑物、早々いるものじゃあない。

 だからきっと……わたしはこうやって決定的な決裂をしてもなお、カーズ様を嫌いになれないのだろう。

 

 DVな男から離れられない女みたいだなって、自分でも思うけど……でもこれ、そう間違ってもいない気がする。

 

 だって、さっきカーズ様に認められたとき、わたしとても嬉しかった。些細なことでも、嫌味で放たれたものであっても、彼の誉め言葉に喜んでしまうくらいには。

 もっと早く……それこそ一族を滅ぼす前からお互いの見るべきところをしっかり見てたら、()()()()()、と思うくらいには……。

 

 でもそうはならなかった。わたしたちはついぞ同じ方向を見ないまま、ここまで来てしまった。殺し合いをしてようやく認め合えたとしても、もう遅い。

 目的のためなら手段を選ばない、最短距離を行くのに壁だろうが家だろうが全部ぶっ壊していく生き様は、わたしにはとてもできないし、受け入れられない。目指すものも自らの核になるものも、わたしたちはあまりにも違いすぎるのだ。

 

 だから、好きだなんて言おうとはまったく思わない。けれど、嫌いとも断言できない。

 では憎いかと聞かれれば、そこまで気持ちを高ぶらせることもできず。

 かといってこれ以上仲良くできるかと言えば、絶対にノーだ。これから先、わたしたちが顔を合わせたらすることは、互いの目指すものを賭けた命のやり取りくらいのものだろう。

 

 我ながら、面倒で複雑な気持ちを持ってしまったなぁ、なんて……死にかけている瞬間にも関わらず、場違いにも思ったりしたわたしだ。

 

「――――」

 

 そんなわたしの言葉に、カーズ様の目が緩やかに見開かれたのが見えた。

 驚いてくれたんだろうか。彼も何か思うところがあったりするんだろうか。もしそうだったら……うん、それ()ちょっと嬉しいなって。

 

 ……でも、だからって刃を振り下ろすのを一切ためらわないところは、実にカーズ様だなって思う。そういうところだぞ、カーズ様!

 ワンチャン、告白っぽいことを言い返したらためらってくれないかなって思ったけど、別にそんなことはなかったぜ!

 

 まあそりゃあそうだろうな! わたしたちの間にあるのは甘酸っぱいあれやこれやではなく、もっと血なまぐさい拳と刃の応酬だけだ! いやカーズ様のこと今でも嫌いじゃあないってのは事実だけども!

 

 それはともかく、こういうときに頼れるのはやっぱり自分だけだ。ポルナレフの選択肢で言えば、一番! 自分で自分をなんとかするしかないッ!

 

 だからわたしは、遂に振り下ろされた刃を前に、

 

『神狼姫、来て!』「それと……っ! 【スター……シップ】……ッ!」

 

 最後の手段に打って出た。それが今、矢となってまさにわたしの身体から放たれる。

 普段のそれと比べれば遅く、不確かなそれ。手段と言うには、まだ不完全でか細いものだ。けれど、出たことには間違いない。

 

 そう。わたしの最後の手段とは、ずばり【コンフィデンス】の矢の、ノーモーション発射だ。

 

 当初【コンフィデンス】に属する矢は、弓を用いて撃たなければならなかった。わたしの成長に伴って、途中からは矢だけを取り出し扱えるようになった。

 そして目覚めてから今日までの四年間で、わたしは遂に弓も、腕力も使うことなく矢を発射し操れるようになっていたのだ。

 

 今まで戦闘で使わなかったのは、弓を使わないと矢は放てないという先入観を与えるため、というのが一つ。そうしておけば、こういうとき不意を打てるから。

 あとは、あくまで発射だから自分に向けて使うには発射後に軌道を曲げる分タイムラグが生じる、という欠点も使わなかった理由だ。威力も速度も全然出ないという欠点も。

 だから、戦闘に用いるにはまだまだ修行が必要で……できればこれを使うつもりはなかったんだけど。

 

 けれどもはやこの状況、できることはすべてやらなきゃ死あるのみだ。できないかもしれない、とかそんな悠長なことを言ってる場合じゃあない。

 

 やるかやらないか。

 

 それしか選択肢がないなら、もちろんわたしはやるほうを選ぶぞッ!

 

 ()()()()

 

『ウオオオオーー!!』

「何ッ!?」

 

 ここでようやく、神狼姫がわたしたちの間に割り込んできた。

 

 そう、彼女は! わたしの呼びかけに応じたときのみ、自立行動が可能!

 

 そうして飛んできた神狼姫……にくっついてるわたしの腕を星の矢が貫き、

 

「こ゛こ゛た゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ーーっっ!!」

 

 次いで死力を振り絞ってそちらに転がったわたしにも突き刺さる!

 

 かくしてわたしはすんでのところでカーズ様の攻撃をかわし、スタンド空間へと退避することに成功した。

 眼前を光る刃が通り過ぎたせいでまた一瞬失明しつつも、わたしはなんとかスタンド空間の床に転がる。先にここに来ていたわたしの両腕が、その下敷きになっていた。

 

 ……セーーーーフ!! 本当にギリのギリだったけど、なんとか成功した!! よかった!!

 

 そんな安堵を胸に、けれど血反吐を吐きまくりで身動きが取れないわたしに、子供たちが群がった。

 

 心配してくれるのはありがたいんだけど、食べて栄養にしてくださいなんて言われて、わかりましたってなるわけないでしょ! なんのためにわたしが身体を張ったと思ってるんだ!

 せっかく助かった命なんだから、大事にして本当に! ルベルクラクもルージュフィシューも、命を軽率に投げすぎだからね!!

 

 でもまあ確かに、自力では立ち上がれないほど消耗しているのは事実だ。血は全然とまらないし、粉砕された胸も治り切ってない。めっちゃ目眩もするし、なんなら体内に残ってるカーズ様の刃が絶妙に苦しいくせに、すぐには摘出できなさそうでイラッと来る。最後に無理やり動いたのも響いてるなこれ。

 

 なので、ちょっとだけ血はいただくことにした。これだけでも、だいぶ楽になるはずだから。

 

「みんな、ありがとう……助かった、よ……」

 

 どうにか一息ついて(まだ声がうまく出ないけど)、ふらつきながらもようやく立ち上がる。

 

 同時にモニターに目を向ければ、そこではカーズ様が油断なく身構えていた。【スターシップ】のタイムリミット、あるいはしびれを切らしたわたしが外に出るのを待っているんだろう。

 

 ……ごめんね、カーズ様。【スターシップ】、もう二千年前とは性能が違うんだ。

 

「みんなごめん、ダイナマイト使うから少し離れてくれる?」

 

 というわけで、子供たちをモニターとは反対の壁際に移動させ、一方でわたしは今日のために持ち込んでいた箱を拾い上げる。

 

 そこに刻印されているのは、ダイナマイトに関するあれやこれや。それを裏切ることなく、中身はばっちりダイナマイトだ。全部で二十四本入ってる。

 

 わたしはそのすべての導火線に、ためらうことなく火をつけた。

 

 何が目当てか、もうおわかりだろう。

 

「耳はちゃんとふさいでてね。モニターも見ないように」

 

 指示を出しつつ。

 

 わたしは、導火線がなくなりダイナマイトが爆発する、まさにその寸前に。

 

 空間内のすべてのダイナマイトを、コンマの時間差で順に外へ()()()()()

 

 するとどうなるか。答えは一つしかない。

 

 ――大爆発だ。

 

 地下礼拝堂は完全に崩壊。瓦礫の山が次から次へと雪崩のように落ち込んできて、あっという間に埋まってしまっていた。カーズ様もその巻き添えを喰らって、生き埋めになったようだ。

 

 ……そう、生き埋めだ。つまり死んでない。あれだけの爆発に巻き込まれても死なないんだから、この時空の地球さんは生命の育成をだいぶ失敗した感じがある。

 

 まあ、もしかしたら爆発しなかったやつもあるかもだけど……それはともかく、だ。

 

「ここから離脱するよ!」

 

 わたしはモニターの前に座って、操縦桿を握る。

 そうして桿を操作すれば、モニターの映像が流れ始めた。緩やかに上昇し、土砂やがれきを貫通していく。速度としては、子供が歩く程度でしかない。それでもわたしたちは今、確かにありとあらゆるものを無視して移動していた。

 

 やがて映像は地上に移る。どうやら先ほどの大爆発で地下礼拝堂が埋没したようで、周辺一帯が少し崩れてるっぽい。伯爵にはあとでしっかり謝っておかないとなぁ……。

 

 だけどその前に、カーズ様が出てくる前に、一刻も早く伯爵と合流しないとだ。

 

 ただ正直この操縦、スタンドパワーをめちゃくちゃ使うから、死にかけた今となっては本当に死ぬほどキツい。さっき飲んだ血が、焼け石に水にしかなってない。

 

 だからある程度距離を稼いだら、外に出て走ることにする。これもぶっちゃけ相当にキツいけど、【スターシップ】を操縦するよりはだいぶマシだ。怪我のほうは少しずつ治ってはいるしね。

 

「アルフィー様! こちらです!」

 

 体内に残ってる刃が相変わらず邪魔な状態で、ひーこら言いながら走ることしばし。

 横合いから現れた車の運転席から顔を覗かせた伯爵が、こちらに手を振っているのが見えた。

 

 周りに気を配る。カーズ様は来ていない。ヨシ!

 

「飛ばしますよ!」

 

 そうしてわたしが瀕死にもかかわらず、対面から走ってきた車に乗り込むというハリウッドも真っ青なアクションを見せたのと、伯爵がアクセルを全開にするのはほとんど同時だった。

 

「ご無事でなによりです」

「……これが無事に見え……いやうん、そうだね……生きてるだけでも無事だよね……」

 

 後部座席で横になって、わたしは乾いた笑いを上げる。

 

 そうして、ようやく実感が湧いてきた。

 

 わたしはガチのカーズ様と戦って、どうやら死なずに済んだらしい。がんばった……がんばったよ、わたし……!

 

「お疲れのところ申し訳ありませんが、()()に何をどう願うか、一緒に考えていただけませんかな」

「わかってる……」

 

 それでも、まだ完全には終わっていない。伯爵もそれがわかっているからこそ、この状態のわたしであっても急かすのだ。

 

 わたしもそれはわかっているので、満身創痍の身体に鞭を打って起き上がり、

 

「……それで、()()は今どこに……」

 

 と言いかけたところで、助手席から心配そうにこちらを眺めていた男性と目が合って固まることになる。

 




決着。純粋な戦闘としてはカーズの、目的の達成としてはアルフィーの勝利ってところでしょうか。
まあこの時点ではスーパーエイジャを巡った攻防を直接してるわけでもないし、エシディシより先にカーズがリタイアするなんてシナリオも想像しにくいですし、こんな感じになるって想像していた方も多いかなとも思いますが。

それはそれとして、昔から人の心情に疎いせいか、この二人のなんとも言い難い心境のを描写するの、すんごい苦戦しました。うまく伝わっていればいいんですけどね・・・。
こう・・・殺し愛というか、間違いなく互いに親愛の情はあるのに対立しかあり得ないような関係というか・・・そういうのを描きたかったのです。
カーズ陣営イフとか書いてみるのも面白そうですけどね。アルフィーが歴史を操る黒の預言書の化身みたいなルートかも・・・なんて思いつつ、そんなの書きだしたら収拾つかなくなるので絶対書きませんけど。

あ、今回でストックなくなったのでまた不定期に戻ります。
でも次はカーズ戦の流れの結末になるので、なるべく早めに出したいです(願望

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