突然だけど、わたしは元日本人だ。そして日本人に必要なものといえば、お米とお風呂だと思う。異論は認める。
そして今わたしがいるのはローマ。ローマと言えば?
うん、ズバリお風呂でしょうよ。
一時期ローマの浴場技師を主人公にしたタイムスリップものが人気を博したけど、あれはわりと冗談じゃあない。ローマ人は本気でお風呂を愛してる。それはこの紀元前三世紀に、既に公衆浴場があちこちにあることからはっきりわかる。
まあ、さすがにあの漫画の時代みたいに豪華だったり色んな施設が付随してるところはまだないみたいだけど。
それでも広い浴槽に足を伸ばして浸かれる。これはわたしにとってとても嬉しいことに他ならない!
生まれ変わってこの方およそ一万四千年。そこら辺で自然発生してる温泉以外でお風呂に入る機会なんてずっとなかったから、ローマに滞在する機会が来て一番嬉しいのはこれかもしれないとわりと真剣に思うよ。もちろん単独行動になった初日に行きましたとも!
ただ、ショシャナを拾ってからは控えてた。この子を一人にするわけにはいかないし、かといって一人で行くのもなんだか申し訳なかったしね。
だけど彼女が羽の出し入れを制御できるようになったことで、銭湯通いが再開できた。これがまあ染みるのなんのってね。お風呂はいいぞ。いや本当に!
というわけで最近よく使ってるのは、うらぶれた公衆浴場。質は悪くないけど、真新しさを打ち出せないまま続けてきたことで客足が遠のいたところだね。
ショシャナがまだ人の多いところを怖がるし、わたしもスネに傷のある身だから、こういう隠れ家的なところはありがたい。
「あったかぁーい……」
浴槽に肩まで浸かったショシャナが、緩みきった顔でわたしの身体にしがみつく。彼女の身長だとぎりぎり足がつかないせいだけど、それだけでもなさそうだ。
「ねー。お風呂は命の洗濯だよー」
彼女の頭をなでながら返すわたしも似たような背丈だから、傍目からはどこかの子供が戯れてるようにしか見えないだろう。まあ、その傍目から見る人がいないんだけどね。
そんな感じでお風呂を堪能しつつ、二人で身体を洗い合う。これまた傍目からは微笑ましい光景にしか見えないだろう。
と言ってもこの時代にはまだ石鹸は貴重だから、汚れを洗い流したらあとはストリジルで垢をかきとるくらいがせいぜいなんだけど。
……そういえば原作でワムウがシーザーのシャボンランチャーを見て、似たような技を使う相手と戦ったことがあるみたいなこと言ってたけど、この時代に石鹸をそんな贅沢な使い方できる人ってかなり限られる。一般人から見たら、非難の対象になってもおかしくない気がする。
一体どんな状況ならそんな人と戦うことになるんだろうねぇ。既に波紋に関するあれこれの地盤はあるから、確かにあり得るのが怖いところではあるけど。
「はー、さっぱりしたねぇ」
「したー!」
「これでコーヒー牛乳とかフルーツ牛乳でもあればなおいいんだけどねぇ」
「こーひー? ふるーつ?」
「あーうん。コーヒーは最低でも千年は経たないと出てこない飲み物だよー。フルーツのほうは……がんばればこの時代でも再現できるのかな?」
なんて話をしながら、ショシャナの手を引いて家路に着く。
ああ……なんていうか、わたし今人間してるなぁ。もちろん実態は依然変わりなくバケモノなんだけど、それでもこうしてると、わたしの性根は人間なんだなって思える。なんだかとても懐かしい……。
「いつも以上に気の抜けた顔をしているな」
「かかかカーズ様!? おおおお早いお着きでしゅね!?」
そこにはカーズ様がいた。まだ日は沈んでないのにいつの間に!
「船が予定通りに動いただけだ。それよりアルフィー、その人間はなんだ? 飼っているのか?」
「いえその、飼っているわけではなくですね。ちょっと色々あって、育ててるところでして……」
「ほぉーん?」
言葉とは裏腹に、カーズ様の視線は剣呑だ。元々人見知りが激しいショシャナは、これで完全にわたしの後ろに隠れてしまった。
「相変わらずお前はわけのわからんことをするな。人間のような短命で気まぐれな生き物を育てたところで意味などほとんどないだろう」
「……カーズ様って、なんていうか自分の効率最優先みたいなところありますよね……。意味がないならしちゃあいけないなんてこと、ないと思いますけど……」
「……ふん、最近は本当に言うようになったではないか。どんなことからも逃げることしかできなかった小娘風情が一丁前に
「う……そ、それを言われると反論できませんけど……わたしだってもう一万年以上生きてるんですから、これくらいはですね」
お釈迦様の後押しがなかったら、今でも逃げ続けてるであろうのがありありと想像できるけどね……。
「まあ良い。我々は不老不死……趣味の一つや二つくらいはないと張り合いもなかろう。好きにしろ。私の邪魔にならない範囲でな」
「……はい、わかってます……」
しっかり釘を刺されてしまった。うーん、カーズ様に心を読む能力はなかったと思うけど、頭のいい人だからなぁ。わたしが考えてることがバレてなきゃいいけど。
わたし、ヘタレな上に抜けてるからなぁ……。気をつけてるつもりだけど、自分が考えてる以上にやらかしてる可能性は否定できない。
最悪のことはちゃんと考えておかないといけないな……。
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さてなんでここにカーズ様がいるのかと言えば、定期報告会だ。一定期間進展がないときは、ローマに一旦集まって状況を確認し合うって事前に決めてたのだ。
これが二十一世紀なら、もっと迅速かつ世界中から連絡が取り合えるんだけどね。紀元前だからね。
というわけで、カーズ様の次にエシディシが。少し遅れて最後にワムウがやってきた。
屈強かつ強面なおじさん三人の揃い踏みにショシャナが怯えに怯え、わたしも彼女を柱の会議に連れ込むつもりはなかったから、まだ洗濯してないわたしの服を与えてスタンド空間でお留守番してもらう。
……わたしの匂いで安心するらしいんだけど、早くも危ない方向に進んでる気がしないでもない。いやいや、単純に子供が保護者の匂いで安心してるだけだよね。そうだと思いたい。
そして始まった報告会。やっぱり、わたし含めて全員がスーパーエイジャを見つけられていないみたい。その明確な行方もだ。
これは仕方ない。何せ紀元前なのだ。世界がいまだに広く、人々の交流も限定的だった時代だ。そんなところを一人で調べるのはなかなかに難しいよね。人手が足りなさすぎる。
「……人手が足りないので、サンタナを連れてくるのはどうですか?」
「戦いとなると番犬程度にしかならんが、数合わせにはなるか」
カーズ様のサンタナ評が相変わらず手厳しい。もうちょっとなんかあるでしょ。
「しかしわざわざ大陸を渡ってまで呼ぶ価値があるかと言うと、微妙なところだろう。費用対効果に見合わん。その間、この辺りの調査が滞るわけだからな」
「……わたしは久々にサンタナにも会いたいですけどね。あの子も寂しがってるでしょうし」
「またお前はサンタナを甘やかす。お前がそんな風だから、サンタナが惰弱に育ったのではないか?」
「いやいやいや、それだけはカーズ様に言われたくないですよ。完全にわたしに丸投げだったじゃないですか」
まあ確かに、あっという間に強くなったワムウより、彼に置いてけぼりだったサンタナのほうを構ってたとは思うよ。いつも凹んでたら気にもなるじゃない。
そして彼を凹ませてた最大の理由はカーズ様たちからのプレッシャーなんだから、この件に関してはマジでとやかく言われる筋合いないと思う。
……あの頃はカーズ様に全面服従してたから、わたしもその一端を担ってはいるんだけどね。だからわたしも許されるべきではないとは思ってるんだけど、それもあってサンタナには休眠期入る前に会っておきたいんだよなぁ。趣味というか、研究とか工作とかで気が合うし、頼んでた吸血鬼の研究とかどうなったのかも気になるところ……。
「そうだぜカーズ。それにワムウと一緒だったろ。あいつのショボさはあいつ生来のもんだろうよ」
「それもそうか」
そうかじゃないんだよなぁ……。まあ、ここでこれ以上言っても仕方ないだろうけどさ……。
「ところでアルフィー、波紋使いについてはどうだ?」
「ああはい、それなんですけど……ちょっと厄介なことになってましてですね。まずはこちらをご覧ください」
このローマ市内の大まかな地図を、三人に渡す。
プレゼンの準備は万端だ。ショシャナを引き取ってから早一年近く。わたしはちゃんとお仕事はする女だからね!
「地図か。これがどうした?」
「なんか、ちょこちょこ書き込みがあるみてぇだが……」
「それはですね、
「は?」
「なんだと?」
わたしの言葉に、三人が目の色を変えた。ワムウは言葉こそ出さなかったものの、明らかに好奇心の色を見せてるな。
でも彼らがそういう反応をするのも無理はない。何せ地図上の書き込みが正しいなら、ローマには万に匹敵する波紋使いが住んでることになるのだから。
「どういうことだ。ここが総本山ということか?」
「ある意味近いと思います。まだ調べ切ったわけじゃないんで、具体的なことはわからないんですけど、
「……ッ!?」
そうなのだ。ローマがヤバいのは元々わかってはいたけど、その実態はさらに輪をかけてヤバかったのだ。
ローマにおいて、兵役は義務だ。正確に言うと権利に近いんだけどそれを説明するとややこしくなるから、置いとくとして。
とにかくそんなわけで、ローマでは市民権を持つ成人男性はみな軍に従事することを求められている。そこで一般的な軍事教練に加えて、波紋を叩き込まれる。これがいかにヤバいかは、ジョジョ好きの皆さんにはご理解いただけるよね。
もちろん、というかなんというか。明確に波紋法に開眼するのは、その中の一握りではあるらしい。そりゃあそうだ、原作でも習得はかなりの時間と鍛錬、才能が必要ということが示されてたもんね。
それでもこれだけ分母が大きいなら、まったく波紋を練れないような人の数も一握りだ。僅かでも波紋を扱える兵士が軍の大半を占める。だから今、ローマ市民権を持つ成人男性は全員が波紋使いと言っても言い過ぎではない状況なのだ。ヤバいなんてレベルじゃあない。
そしてなおヤバいことに、はっきりと波紋に開眼した上位の使い手は軒並みどこかで出世していましてね! 調べた限り、軍の上層部に少なくとも二桁人数、元老院議員にも三人ほど波紋使いがいるんですよ! さすがに太公望やお釈迦様ほどの使い手はいないみたいだけど、それでも相当ですよこれは!
おまけに史実通りなら、この百年後くらいに軍制改革を成し遂げてローマはさらに強くなる。ぶっちゃけて言うと手がつけられなくなる。
なるほど、ローマがヨーロッパはおろか地中海全域をも統べる大帝国になるはずだよ。将校クラスどころか兵士にすら波紋使いがいて、そいつらが統制された職業軍人ときたらそりゃあ銃のない時代では最強の陸軍国家でしょうよ!
多少の怪我はものともしないだろうから最悪ゾンビアタックまでできるだろうし、なんなら海の上を走って渡れるだろうから海軍でも他を圧倒できそう!
いやーこれは、なんというか、原作のカーズ様たちは波紋の一族を滅ぼしたって言ってたけど、そりゃあ滅ぼせませんよ。裾野が広すぎて、三人でなんとかできる範囲を超えてるよ。きっと
「そうそう、赤字で名前書いた人は、遠目で見て特に強そうだなって感じた波紋使いです。さらにですが、青字で名前書いた人はわたしと同じように能力に目覚めた人ですね……」
「むう……厄介な……」
これには流石のカーズ様も腕を組んでうなる。その少し後ろで、ワムウがそわそわしてるのが対照的だ。
「……その人数は面倒だなオイ。負ける気はまったくしねぇが、人海戦術されるとどんだけ時間食うかわかんねぇぞ」
「そうだな……万単位となると、さすがに想定しきれん。くそっ、ここまで来てこれとは、やはり人間はろくなことをしない!」
あのときシラクサを手伝ってやるべきだったか、なんて付け加えるくらいだから、カーズ様これだいぶ頭にキてるんだろうな。
この間の「嫌な予感がする」はまさにフラグだったわけだ。見事なフラグ回収とも言えるけど、彼がそれで喜ぶわけがない。
「わたしも今はローマとことを構えるのはまずいと思います。やはりここは、赤石探しを優先したほうがいいんじゃあないでしょうか」
「チッ、まったく腹立たしい。だがそれが最も効率的だろうな。最も優先されるべきは赤石だ。連中の命はそれを手に入れるまでは預けておいてやろうではないか」
そして話は、カーズ様がそう締めくくって終わった。
……赤石とわたしたちについては、まだしばらく波紋使いたちには教えないほうがよさそう、かなぁ。
確かにこの時点で彼らが敵に回れば、カーズ様の目的はさらに遠のくだろう。それは、人間として生きると決めたわたしにとっては悪いことじゃあない。
でも逆に早期からカーズ様たちと敵対すれば、当然波紋使い、一般人の別なく死ぬ人の数は増えると思うんだよね。何せカーズ様のことだから、無関係の人も相当数巻き込むだろうからさ。わたしにとってそれは選びがたい道だ。
だから今は、まだ原作通りに進んだほうがマシ……なんじゃないかなぁ、と、思うんだけど……。
さて、これが吉と出るか凶と出るか……。
感想でローマカラテに言及されてる方がいましたが、おおむね正解でした。
でも実際、史実のローマの膨張っぷりってかなり頭おかしいと思うんですよね・・・これくらいあっても不思議じゃないレベル・・・。