「……えっと、サンタナ? その、この二千年の間に何があったの?」
なんていうか、考えてることがそっくりそのまま口に出た。いやでも、これ以外に言いようがないんだもん、しょうがないじゃない。
そんな益体もないことを考えてたら、サンタナはふっとほほ笑んできた。
「色々あった……と言うのは陳腐だが、そう、色々あったのだ。長い話になるだろうから……あとで姉さんの部屋に入れてくれ」
「……わかった。あとでね」
わたしの部屋……つまりスタンド空間のことかな。
ふむ、そこで話したいってことはもしかして、ここにいる吸血鬼たちには言えない事情がある?
だとすると、今の態度も作ってるものだったりするのかも。うん、もしかしてあんま変わってないかもしれない。
それなら……それまでは、この食事を堪能するとしよっかな。せっかく出してもらったんだし、素直に楽しめるならそのほうがいいに決まってるよね。
……えーっと、このお肉はなんなんだろう。黒みがかった茶色いソースがかかってて、ステーキみたいな雰囲気だけど。
うーん、アメリカ大陸には二十一世紀に主要な食肉となる生き物がいないはずなんだけどな。全然想像がつかない……んん?
なんだか鶏肉みたいな食感。くさみもないし、普通に美味しい。あとこれ、このソース何? 食べた感じなんだか照り焼きソースにかなり近いんだけど、まさかサンタナ醤油や砂糖まで再現を……!?
「……ねえサンタナ、これおいしんだけどなんのお肉?」
「ああ、姉さんの口にあってよかった。それはワニの肉だ。最初は俺と同じようにしようと考えたが、姉さんは昔から偏食だったからな。人間や吸血鬼よりこっちのほうがいいと思って」
なるほどなーと思ってたら、最後に付け加えられたセリフに思わず吹き出すかと思った。
うん、まあ、そうね。わたし、確かに人間は極力食べないようにしてる。なんならお釈迦様に諭されて以降は一度も食べてないまであるから、その配慮はとても嬉しいんだけど。
そんなことここで言ったら周りの人たちが怒るんじゃ……と思ったものの、特に何もなし。みんなそれが当たり前と言わんばかりにしてる。
え、待って? ということは、サンタナの前に給されてるお肉って、まさか……。
いや、考えるのはよそう。これ以上考えるのはやめたほうがいいと思う。
「……そっかー、ワニかなるほどね。初めて食べたけどおいしいね……」
なんとかそう答えたわたしに、サンタナは嬉しそうに頷いた。
直前の嫌な予感はさておき、ワニは普通に納得だ。恐竜より起源の古いワニはこの地域なら普通にいるだろうしね。鶏肉みたいな感じも、そういえば前世でそんな話が聞いたことあったよ。
「このソースは?」
「それも昔姉さんに聞いた、テリヤキとやらの再現だ。うまく再現できているといいんだが……」
「……うん、かなりイメージ通り、かな。おいしいよ、うん……」
「それはよかった。姉さんが喜んでくれて何より」
やっぱり照り焼きソースかーい!
おかしいなー、大豆ってこの辺のものじゃあなかったと思うけどなー……! これ何から作ってるんだろう……!
「ショーユとやらは、要は豆から作る発酵食品なんだろう? それなら、と思って豆なら種類を問わず手当たり次第に集めて、片っ端から試したのさ」
「根気すごいなぁ……」
「時間だけはあったからな。……ああそうだ、甘みは北から取り寄せた木の樹液を使っている。その分多くは作れないが」
「……えっ、もしかしてサトウカエデを北米から輸入してるの? て、手広いね?」
「おかげさまでな」
ふふふ、と笑うサンタナだけど。
ちょっと待って、それもしかしなくても普通にある種の国じゃない。なんなのサンタナ、なんでそんな内政チートモノの転生主人公みたいなムーブして……。
はっ!? ま、まさかとは思うけど、サンタナもわたしと同じ転生者だったりして!?
今までそんな兆候なかったけど、途中から意識が覚醒するパターンもあるし……そういう……!?
も、もしそうだったとしたら、わたしとしてはとても嬉しい。色んな意味で。
これはちょっと、聞くべきことが増えたぞ……!
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どうやって問いただすべきかと思いながらも、食事は続く。
タイミングがはかれないのは、周りに人目があるのもそうなんだけど、サンタナからぽこじゃか繰り出される内政チートモノそのものな話題がびっくりすぎて、そっちについて聞いちゃうのが一番大きい。
何さ食用ワニの養殖場って。主要穀物用、兼酒用のトウモロコシ畑って。
品種改良? うっそでしょ。
水車小屋と連動した粉挽き機とか、紀元前の中米で作っていいものじゃあないでしょーが! いわんやローマ顔負けの水道施設をや!
いやはや、サンタナも成果を自慢したいみたいでお互いに打てば響く状態で会話が弾む弾む。こういう話するのすごく久しぶりで、ツッコミつつも楽しんでる自分がいるのがよくわかる。
そしてそれを、周りにいる吸血鬼たちが讃える。いわくおかげでいい暮らしができている、毎日が充実している、神。などなど。
そして、そんな神に食べていただけることは、彼らにとってこの上ない名誉らしい。吸血鬼になるということはすなわち神の食事になると同義で、このサンタナの城に上がるためにこの周辺地域の人はあれこれと頑張ってるんだとかなんとか。
……うーんなるほど。つまり……これは……ミノタウロスの皿ですねぇ!? 嫌な予感ってホント当たるなぁ!
完全に家畜だぞそれ! どこぞの絶対巨人駆逐するマンが聞いたら全ギレ待ったなしなやつじゃん!
ま、まあ、それを喜んでる人たちにわたしがとやかく言うことはひとまずこの場ではないけど、さぁ。人間として生きようと思ってるわたしには複雑な心境だ。
さらにわたしを困らせるのが、わたしまで神様扱いされてることだ。むしろサンタナより敬われてるまである。
何せ彼らにとっての神であるサンタナが、わたしを姉と呼んで歓待してるのだ。おまけに彼の話題にずっとついていけている。そりゃあそうもなるのかもしれない。
でもわたしの頭なんてそんな大したものじゃあないので! というか、絶対この件に関してはサンタナのがすごいから! わたしの持ってる曖昧な知識だけでここまでできる自信なんてこれっぽっちもないし、たとえその手の知識を潤沢に持ってたとしてもできないと思う!!
ちなみにそんな神ことサンタナの最近のマイブームは、チョコレート作りらしい。カカオの加工が予想より難しくてまだ全然みたいだけど、だからこそやりがいがあると笑ってた。その顔には邪気がなくて、わたし何も言えなかったよ!
ただ、話を聞き続けて感じだけど、たぶんサンタナは転生者じゃあない。何せ、彼がやらかしたことは全部わたしが昔彼に話したことがあるものばっかりだからだ。このときばかりは記憶力がよくてほっとしてる。
んだけど……。
「姉さんが言っていた……」
が必ずどこかに挟まるせいで、お前はどこの天の道を行き総てを司る男なんだってツッコミたかったよね……。
まあそれはともかく。要するに、彼はわたしがちょくちょく話してたことを全部覚えてて、カーズ様がいないのをいいことに試し続けてるんだ。好奇心の赴くままに。
……うん……なんていうか、うん……。
つまり、わたしのせい……! 圧倒的に原因はわたし……!
さしずめわたしは神話学で言うところの文化英雄ってか! ハハッ! 笑えない!
いやでも、まさかこんなことになるなんて思わないじゃん!? 昔何気なく言ってたことがこんな形で返ってくるなんて、そんなの思わないじゃん!?
これがバタフライエフェクト……ううう、ちょうちょがふきとばしとぎんいろのかぜとようせいのかぜとたつまきを同時に使ってるのが見える……!
宴が終わる頃には、わたしは普段とは異なる精神的ダメージで吐きそうだった。なんていうかもう、ホントこれ以上は勘弁して……。
「では姉さん、本題に入りたいんだが」
「……ああ、うん、そうね。うん。そうだね。じゃあ行くよ……」
そうでしたね! まだ話は終わってませんでしたね!
かくしてわたしは泣きそうになるのをこらえながら、サンタナと自分に順次【スターシップ】を撃ち込んだのだった。
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「……また随分とものが増えたんだな」
「そりゃまあ、色んなところいっぱい見て回ったからねぇ」
「姉さんが楽しそうで何よりだ」
スタンド空間に収められたあれこれを眺めたサンタナが、楽しそうに言う。
視線はあっちこっちを動き回っていて、非常に興味深そうでもある。彼はやっぱり、こっち方面の人なんだろう。
でもそういう話はあとにしたい。ひとまず椅子を勧めて、向かい合う形で座り合う。
「……それで? 一体何があったの?」
「ああ。正直、俺もこうなるとは思っていたわけではないのだが」
「?」
「すべてのきっかけは、姉さんがもし時間が余るならと任せてくれた吸血鬼の調査だ」
「うん? それがなんでこんなことに……」
「同感だ。順を追って話そう。俺は姉さんたちが発ってから、早速時間を持て余した。だから姉さんの言う通り、吸血鬼の調査に乗り出したのだが……これがなかなかうまくいかなくてな」
肩をすくめるサンタナいわく。
彼は最初、力ずくで吸血鬼を作っては強引に実験を繰り返してたらしい。
まあそれはある意味既定路線だ。彼だって戦闘力は低くても柱の男なんだから、人間なんて相手にならないし吸血鬼だってそうだもんね。カーズ様の教育方針がそういう方向だったから、そういうやり方をする子に育ったのだ。
でもそれだと、なかなか調査が進まなくなった。みんな死に物狂いで抵抗するからだんだん面倒になるし、なんなら研究中に押し入ってくることもままあったとか。深い思考を必要とするときにそんなことされたら、まあ腹も立つ。おかげでイライラも募る、と。
そんな生活を五百年ほど続けたサンタナは、あるとき方針の転換を決意したという。
「姉さんも昔から言っていただろう。行き詰った時は発想を切り替えるんだと。逆に考えるんだ、と」
「……うん、まあ、うん。言ったね」
ごめんねジョースター卿! 二千年以上先取りしたことになっちゃったよ!
「だから俺も逆に考えてみた。強引にやるから反発されるのではないかと。だから、やり方を変えた。連中のほうから率先して首を差し出すようにしむけることにした。その結果が、この王国だ」
ここからそれを見ることはできないけど、ともあれサンタナはそう言いながら見せつけるように腕を開いた。
そしてその説明に、わたしはなるほどと思う。
ようやく腑に落ちた。わたしは食事の席で、控える吸血鬼たちや人間の話を聞いて家畜だと思ったけど、まさにその通りだったわけだ。
サンタナは、人間を家畜化した。自分の食料に、あるいは実験材料になることが名誉だと思うように育て上げた。そういうシステムを組み上げたのだ。
「この地に俺の王国ができて、千年ほどになる。こうやって手なずけてみれば、人間もなかなかかわいいものだと思うようになった。姉さんが何かと気にかけるのも理解できたよ」
いや、わたしはそういうつもりで人間を気にしてるわけじゃあないんだけども。
でも見方を変えればわたしも似たようなものかもしれない。わたしにそんなつもりはなくても、そう思う人も出てくるかもしれない。
にしても、千年かぁ……。人間の歴史としてはとても長い時間だ。それだけの間、この周辺に住む人たちは一人の男を神として崇め、その庇護の下で平和を謳歌しているのか。それは……。
……ああでも、わたしが見たのはこのサンタナの城だけだ。それだけで答えを決めるのは、さすがに早いかな。もっと見てからでも遅くはないだろう。
だからわたしは、のどまで出かかった言葉を飲み込んだ。そして、やけに誇らしげな様子の弟分に、改めて声をかける。
「がんばったんだね、サンタナ。たった一人でここまでできるなんて、本当にすごいよ」
「……ああ! 姉さんなら、わかってくれると思っていたぞ!」
返ってきたのは……原作でも、そして今までの人生でも見たことのない、とてもいい笑顔だった。
現状、本作最大の原作改変。
と同時に、本作最大の歴史改変でもある。
ただサンタナの存在がすべてを支えてるので、彼が眠りについたあとは・・・。
それでも後年この大陸を「再発見」する白人たちはとんでもなくびっくりするでしょうね。コンキスタドール涙目案件。
ちなみに主人公の推測通り、サンタナは転生者ではないです。今後も主人公のような異世界からの転生者は出す予定はありません。