相手の気配が消えたことを確認して、テルティウス・クラウディウス・マルケッルスは、自らのスタンドをとめた。
ずぷり、と神殿からリスのような見た目の小さい動物が現れる。それを手元に呼び寄せながら、テルティウスはふうと一息ついた。
手のひらに上がってきたその小型のスタンドをちらりと一瞥する。尻尾になっている、注射器めいたものの中にある白い光が弱くなっていた。
「やれやれ、まさか幽波紋を使う吸血鬼がおったとは。日光を貯めておいてよかったわい。備えあればなんとやらじゃな」
スタンドをひとまずかき消して、ひとりごちる。
だが彼は、死んだはずの相手が石の状態とはいえまだそこに残っていることに気づいて目を見開いた。
「バカな、灰になっておらんじゃと?」
吸血鬼ならばありえない事実を前に、思わずうろたえる。
しかしそれも一瞬。わずかな思考ののち、ならばトドメを刺せばよいと判断して神殿の屋根から飛び降りた。そして警戒しながら、直前まで戦っていたアルフィーに近づく。
石化した彼女は翼を広げつつ、弓を空に向けて引き絞った体勢で完全に固まっていたが、テルティウスはその表情に何か含むものが感じられた。
気配が消える直前、空に矢を放ったことは見えていた。あれがスタンドであることはテルティウスには理解できていたため、何かしようとしていたことも理解できた。
「ならばあまり警戒しすぎて、増援が来てもいかんな。なるべく急いで破壊してしまうか」
ひとまずアルフィーが何も反応しないことを確認したテルティウスは、足元に転がっていた手頃なサイズの石を拾うと、出現させたリス型のスタンドを出す。注射器のような形状の尻尾では、黄金に輝く波紋のエネルギーが躍っている。
そのスタンドを潜り込ませた石を、テルティウスは振りかぶって投げた。
老いているとはいえ、鍛えられた人間が投げた石だ。それはかなりの速度でもって、アルフィーの翼部分に当たり……石のほうが砕けた。その瞬間、テルティウスの左腕からつぷりとわずかに血が漏れる。
「む……これでは足らんか」
顔をしかめた彼は、ため息をつく。
「しかも
さらにため息。
「手近な武器はないが……高所から落としてみるか。さすがに多少の効果はあるじゃろ」
そしてそう付け加えて、アルフィーに歩み寄ろうとした。その瞬間。
「……!」
空から飛来する憎悪を感じて、テルティウスはとっさに後方へ跳んだ。それとほぼ同時に、アルフィーをかばうようにして何者かが着地する。その軌道は間違いなく、テルティウスを踏みつぶそうとしていた。
現れたのは、黒い全身に、黒い翼を背負う異形。自らのスタンドによってその身を変じたショシャナだった。
「……もう来おったか、予想よりもだいぶ早いな」
「……殺すッッ!!」
そして彼女は、衝撃すら伴うほどの怒声と共に前へ出た。
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その少し前。夜の街に突如として現れた昼の光に、誰もがそちらに気を取られていたころ。
ショシャナは忌々しい日光を避けて、一度物陰に隠れようとしていた。
しかしそんな彼女に、見覚えのある矢が飛んでくる。それがまっすぐに己に向かっていることを見とめた彼女は、それが偏愛する主人のものと判断して頭部だけ変身を解除した。
そこには、矢の殺傷力を懸念するそぶりなどかけらもない。彼女にとってはそこは疑いの余地がないし、そもそも主人に殺されるなら本望ですらあった。
だがそんな彼女も、頭部に突き刺さった矢からもたらされたものには驚愕を覚え、さらには底のない怒りに支配されることになる。
彼女の主人……アルフィーが悪あがきに放った新しい第四の矢。雫の紋様が刻まれたその矢がもたらしたものは、アルフィーの記憶だった。いや、正確にはその場所の記憶とでも言うべきか。
アルフィーがいかにして敵に出会い、戦い、そして敗れたか。それが、アルフィーではなく神の視点でショシャナに流れ込んできたのだ。
様々な角度から俯瞰できる記憶を与えられたショシャナが、それに怒りに突き動かされることは必然であった。
やがて雫の紋様が黒く変じ、その役目を終えて霧散したとき。もはやその怒りは誰にも抑えられなくなっていた。
彼女は周りを無視して空へ上がると、そのまま一直線にアルフィーの下へ向かい……テルティウスと遭遇した。
かくして二人は、必然として戦い始める。
しかしショシャナは当初怒りに支配されていて、我を忘れていた。暴走列車さながらの、制御も何もあったものではない一直線の攻撃をしかけて返り討ちに遭った。
無駄のない足払いと、人体の急所への的確な一撃。さらに波紋が加わったそれは、【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】に阻まれこそしたものの、その守りを抜いてショシャナの身体をわずかに焼いた。これにより、彼女は多少なりとも落ち着きを取り戻したのだ。
そこからの戦いは、ほぼ一進一退へともつれ込む。
(なんという苛烈な攻撃か! 少しでも気を緩めたらそこで腕の一本や二本、簡単に持っていかれかねん!)
ショシャナは受け取った記憶を元に、テルティウスにスタンドを使わせないように巧みにものを発射して行動を制限。同時に吸血鬼としての身体能力をフルに発揮して猛烈な、けれどそれまでとは異なる制御された攻め方を見せる。
(くっ! なによこの爺! なんで一発も当たらない!?)
一方で、テルティウスも引かない。磨き抜かれた熟練の技は、スタンドを多少制限された程度では陰ることはなかった。強烈な攻撃力を前にしてもひるむことなく、受け流しや障害物を駆使して致命的な一撃は一切受けていない。ときには自らのスタンドすら見せ札として使い、攻撃を誘発することすらあった。
一見するとテルティウスが位置を常に変えているし、ショシャナの派手な攻め方からショシャナ有利に見えるが、実際はそうでもないほど状況は拮抗していた。
またその裏で、テルティウスはスタンドのいくつかを気づかれないように動かしている。それらは既に、テルティウスの波紋を抱えて周辺の様々なものに潜り込み、場を整えつつあった。
整えつつあったが……。
(こやつ……並みの吸血鬼と違って波紋に耐性を持っているな? 接触するたびに流しているのに、手ごたえがほとんどない!)
苦々しい思いを決して表には出さず、テルティウスは呼吸を整える。
それによって波紋が練り上げられるが、その量は決して多いほうではない。ローマでも屈指の使い手の彼ではあるが、その神髄は波紋の量ではなく操作にあった。
とはいえ、波紋に強い耐性を持つアルフィーに即ダメージを与えられたのは、それだけでもない。対象に性質を付与するスタンドと合わさってこその結果だ。
そう、彼のスタンドの能力は性質の付与。
これはすなわち誰を相手にしてもダメージ量は同じ、即死させられないということでもあるのだが、防御力を無視できる意味は極めて大きい。
これで地面そのものに波紋の性質を付与できればよかったのだが、世の中そう上手くはいかない。大きなものに付与するとなると、それだけ多大なエネルギーを消費するからだ。
(うーむ、さっきの分は光る性質まで吸い出してしまったものじゃから、あれを使うと即座に光ってしまって隠せぬ……我が技ながら妙なところで融通が利かぬわい。使い所をしかと考えねばな……それまでは、波紋をたくさん仕込むとしよう)
ちなみに自分に対して使用することもできるため、波紋を付与すればわずかな接触でダメージが与えられるようになる。しかしそのために用意したスタンドは、囮にしたものそうでないものの区別なくものの見事にすべて妨害されて使えないでいる。
(最初からまるでわしの能力を知っているかのような動き……あの最後に放たれた矢の影響か?)
彼の予測は正しい。ショシャナは与えられた記憶から、ほぼ正確にテルティウスの能力を把握しているのだから。より正しくは発動条件を、だが。
さらに言えば、彼女はアルフィーから……原作ジョジョの知識を知るものから、スタンドに関することはほぼすべてを教えられている。
だからこそ、彼女はテルティウスにスタンドを使わせない。スタンドが持つ能力は、どんなものであろうと使い方次第で相手を即戦闘不能に追い込めると教えられたからだ。
(スタンドなんて使わせるものかッ! 囮に使うならそれでもいい、そのスタンドごとぶっ殺してやるッ!)
さらに、彼女は実のところテルティウスが繰り出そうとするスタンドのいくつかが囮であることには気づいていた。
しかしそれでもスタンドを狙うのは、単にスタンドを使わせないという牽制のみならず、本体へのダメージも狙っているからだ。群体型のスタンドは本体へのフィードバックが少ないが、ゼロでもないのだから。
事実、テルティウスの身体は無傷ではない。わずかではあるが、血があちこちからにじんでいる。多少のキズなど波紋でどうにでもできるはずが、それでも出血があるということはやはり群体型でも限度はあるということに他ならない。
戦い方としてはかなり消極的ではあるが、そもそも殴る蹴ると言った単純な攻撃が一発も当たらない。達人級の技術を前に、致命傷を与えるには至っていないのだ。こと殴り合いのみに限って言えば、この時代で最も洗練された体系を極めたテルティウスと、ただ強大な力を持つだけのショシャナの差は隔絶したものがあった。
それゆえに、彼女はどれだけ迂遠であろうとダメージとなるならなんでも狙う必要に迫られていたのである。
(なんでもいい、押し切るッ!
ショシャナはさらに、前に出る。今度は地面を踏みしめてではない。翼を広げ、地面スレスレを切り裂くように飛んでだ。
(ちぃ、やはりそう来るか)
自らのスタンドの多くを地面に近いところにあるものへ潜ませていたテルティウスは、それに眉をひそめる。触れてくれなければ意味がないのが波紋の性質だ。これではせっかくの罠があまり使えない。
それでも使い道はある。テルティウスは攻撃をかわしながら地面を転がりつつ、波紋を付与していた瓦礫を拾う。
その間に、ショシャナは完全に空の上にいた。道中、手近なところにあったインスラを破壊し、それがテルティウスに降り注ぐように乱射しながら。
(これだから吸血鬼は嫌いなんじゃ! 何百年とかけてここまで至ったローマの街に対する敬意がこいつらにはまったくない!)
テルティウスはそんな雨あられと降り注ぐ壁の一部を最低限回避しつつ、ダメージを受けながらも拾っていた瓦礫を憤慨と共に投げる。それは一直線にショシャナに向かうが、空中を自在に動く彼女にはあっさりかわされた。
だがそれでいい。彼はそれを狙っていたのだ。ショシャナが回避にリソースを割く、一瞬さえあればよかった。
「【
テルティウスが己のスタンドを手元に出した。その注射器状の尻尾では、音がないのが不思議なくらいの紫電が躍っている。
「……!」
「さてここからが本番じゃぞ!」
ずぷりと。
それがテルティウスに入り込んだ次の瞬間。
彼という人間に、
主人公が寝落ちたから二千年ジャンプすると思った?
もうちっとだけ続くんじゃ!
第四の矢については彼女が目覚めてからということで。一応、単に自分の記憶を与えるだけの能力ではないです。
マルケッルスさんちの三郎爺さんのスタンドの説明は決着がついてからですかね。今はアニメでいうCM入るときの、スタンドの名前と外観だけが出て?が羅列されてる状態ということで。