読者の方にはご迷惑をおかけしてしまいまことに申し訳ありません。
襲いかかるトナティウに対し、テルティウスは剣を持ち対抗する。先ほど吹き飛ばされたところで拾ったもので、いわゆるグラディウスと呼ばれるものだ。
彼はそこまで剣術に通じているわけではないが、ローマの市民権を持つものとして一通りの技は持っている。左腕がまともに使えないのは泣きどころだが、添えるくらいはできるしそもそも波紋戦士であればこの剣を片手で使うくらいはわけもない。これがあれば、技のない力だけの攻撃にはなんとか対処ができる自信が彼にはあった。
実際、襲いかかってくるトナティウの攻撃にも対応して見せた。放たれる拳を払い、振るわれる脚をかわし、ときには反撃も試みる。そんな応酬がしばし続く。
しかし剣はひらひらとしたトナティウの服を切り裂くことも、貫くこともできず、かといって接触時に流した波紋もやはり効いた様子がない。これでは牽制になっているかどうかも怪しかった。
とはいえ、テルティウスにとって気をつけるべきは彼女ではなくスタンド【マクイルショチトル】のほうだ。トナティウ自身も人間より強烈な攻撃をするが、吸血鬼に比べたら軽い。格闘技術も、ショシャナほどではないが力に任せたところが目立つ。テルティウスにとってはノーダメージとはいかないまでも、なんとかさばくことができる。
だがスタンドの攻撃となると話は違う。何せスタンドにはスタンドでしか触れないのだ。そして攻撃力もスタンドのほうが高い。
だからこそ、出会い頭の一瞬でそれを見切ったテルティウスは、常にスタンドへ注意を向けていた。そしてその判断は正しく、彼は能力を使った確定的な一撃を幾度かもらうことになる。
それでも致命傷を負わずに済んでいるのは、彼が自らに付与した空気の……というよりは気体の性質が、受ける衝撃をほとんど通過させてしまっているからだ。
「あー! またそれですか! なんなんですかそれ!」
もはや何度目かもわからない至近での攻防。それを制したはずのトナティウが、悔しげに声を上げた。
「さて、当ててみるがよいぞ!」
スタンド【マクイルショチトル】の強烈な拳が直撃したテルティウスの身体が、そのまま拳ごと貫通している。肉体や血がまるで煙のようにふわりと舞ったが、ダメージはほとんどない。
とある並行世界には「当たらなければどうということはない」と言った男がいたが、テルティウスは当たってもダメージがないならどうということはないと言いたげに波紋を練り上げる。
彼はそのまま【マクイルショチトル】に体内から波紋を流し込む。黄金の輝きが走り、それは一瞬の誤差なく本体であるトナティウにも伝わった。
「いつつつッ、はーもう厄介! あの子が苦戦したのもわかりますね……!」
スタンドの拳を下げながら愚痴るトナティウだが、それでも攻撃はやめない。美しいオレンジの花が咲き乱れる。
彼女が先ほどまで選んでいた最善は、あくまで攻撃を当てることだった。だがここからは、当てるとともに明確なダメージも求める。
(こうなったら仕方ないですね……疲れるの早くなりますけど、段階を上げましょう!)
そう彼女が決めると、【マクイルショチトル】を公転する花の数が二つ減った。能力を発揮するための難易度が上がった証拠だった。
(花の数が減った……何かしかけてくるか?)
しかしテルティウスも簡単にやられるつもりはない。彼はまだトナティウの能力を見切っていないが、それでもやけにタイミングよく、あるいは不自然なまでにちょうどよく攻撃を食らうことがあることは認識していた。周囲に設置した罠をまるで場所を知っているかのように避けていく様など、呆れるしかなかった。
だからこそ、【マクイルショチトル】に起こったわずかな変化を見逃さなかった。相手が手札を切ったと見たテルティウスもまた、己の札を切る。
周囲に咲き乱れる花と共に再び向かってきたトナティウは、恐らく次こそ確実にダメージを与えてくるだろうと予測して。致命的な場所を守りながら迎え撃つ。
「せぇい!」
トナティウと【マクイルショチトル】が、同時に殴りかかる。後者は最高のタイミングで花を散らしており、
「……ここじゃ!」
そして左右から殴られる直前。彼はスタンドを繰り出してトナティウにけしかけた。
新しく現れた【ペル・アスペラ・アド・アストラ】が尾に宿していたのは、炎。それが躊躇なくトナティウへ……否、そのまとう服へ入り込んでいく。
「ぐふっ!」
直後、テルティウスはスタンドの拳をほぼまともに食らう。剣を使い、現状可能な最高の防御はしたつもりだったがあっさり砕かれ、一緒に吹き飛ばされた彼はインスラの壁を突き破って屋内に叩き込まれる。
「あたしに能力を使った……?」
一方のトナティウは首を傾げた……が、即座にテルティウスの意図を悟って服をかなぐり捨てた。
地面に落ちた服が触れた箇所が、急速に赤熱する。それに伴って服からスタンドが抜け出し、その影響を失った服は勢いよく燃え始めた。
「あたしじゃなくて、服に火の熱を付与したんですね!?」
下着姿になり、その肢体を露わにしたトナティウだが羞恥心はない。いやあるが、戦いの場でそれを気にするつもりがないだけのことだ。
「そ、の通りじゃ……下手をすると街を焼く、からあまり使いたくはなかったが、な……」
そしてテルティウスも、そこまでは期待していない。
瓦礫をはたき落としながらインスラから出てきた彼に、今しがた服を燃やしたスタンドが駆け寄ってかき消えた。
その身体から、多量の血が滴る。はた目からはわかりづらいが、左腕だけでなくあばら骨もいくつか折れていた。
それでも致命傷には至っていない。心臓も、肺も。諸々を無視すればひとまずは戦える程度には、動いている。
「お主、波紋は効かんと言ったが嘘じゃな? いや、確かに
「……どこで気づきました?」
テルティウスの指摘にトナティウは逆に聞き返した。相手が相手なら怒られる場面だが、問い返したということは認めたに等しい。
「何度も殴り合って波紋を流せば誰だって気づくじゃろ……服が波紋を散らしていたことにな」
「……はー、やれやれその通りです。よくわかりましたね、最新の高級品だったんですけど」
燃え尽きた服を名残惜しそうに見やって、トナティウは肩をすくめる。
「
「答えると思います?」
「じゃろうて。しかし……」
そしてそれだけやりとりを交わした二人が、同時にとあるほうへ顔を向けた。
そこには網からようやく脱出したショシャナが立っている。身体は今もなおスタンド【ラ・ラガッツァ・コル・フチーレ】に包まれており、悪鬼羅刹もかくやといった佇まいだ。
(これで二対一か……)
彼女を見て、いよいよもって悲壮な決意を固めたテルティウスだったが……。
「トナティウ……少しだけこいつの相手を任せるわ……」
「は? どういう風の吹き回しです?」
「すぐ戻るわ……すぐね……!」
「あ、ちょっと!?」
当のショシャナはトナティウの声も聞かず、飛び立って行った。
その姿を呆然と見送るしかなかったトナティウだったが、テルティウスは違った。
「まさか……いかん!」
慌ててショシャナを追いかけようとするが、やはりトナティウが立ちはだかる。
「あの子が何をする気かわかりませんけど、任されましたし行かせませんよ!」
「どいてくれ!
「はあ? ははは、いやそんなはずないですよ。それはするなって言われてますからね。盲信する神様からの命令に、あの子が背くなんてありえません」
「我を忘れるほどの激情に囚われたものがそこまで自身を戒められるものか! ましてや吸血鬼! あれは今、わしを殺すためならなんでもするつもりでいるぞ!?」
「……いやいや、まさか。いやそんなはずは」
テルティウスの指摘に一瞬だけ固まるトナティウ。
口では否定したが、彼女はあり得ると思ってしまったのだ。今のショシャナならあるいはと、思ってしまった。何せその指摘は、
だがそのスキを、テルティウスは見逃さない。自らに雷光を付与すると、光速で走り出した。
「あっ、しまっ……待ちなさーい!」
テルティウスを見失ったトナティウもそれに続くが、ショシャナが飛び去った方角から新しい悲鳴が続々と上がり始めたのを耳にして息を呑む。
それを頼りに走って、走って。
やがてトナティウがたどり着いた先では、呆然とした様子のテルティウスがショシャナと対峙していた。
だが同時に、彼女は見てしまった。そこいらに打ち捨てられた、恐らくは屈強な戦士であったろう亡骸の数々を。
知識があれば、何が起きたのかはすぐにわかる。ゾンビだ。今ここに、ショシャナによってゾンビが作られたのだ。
(や、やりやがった……!)
それを見て、トナティウは心の中で頭を抱える。
トナティウとしては、憎まれ口をたたき合う間柄とはいえショシャナはアルフィーに仕える同僚だ。その態度の是非はともかく、彼女が主に向ける感情の強さにだけは一目置いていた。
だからこそ、主の言いつけは何があっても守るだろうと、アルフィーからの指摘には半信半疑になってしまっていたのだが……どうやら、正しいのはアルフィーだったと、トナティウは主への尊敬を新たにする。
しかし、今はあれこれと考えている場合ではないとも理解できていた。だからこそ、彼女は決意を持って前へ進み出る。
「あらトナティウ……まったくもう、少しだけ任せるって言ったのに。何出し抜かれているわけ? まったく、それでもアルフィー様の使徒ですかだらしない!」
「……申し開きのしようもない、あたしのミスですね。だからそれについては何も言わないですけど……」
そして、警戒、驚愕、憤怒……様々な感情を顔に浮かべるテルティウスをよそに言葉を紡ぐ。
「今のあなた、あの方の命令を完全に無視してますよ。それわかってます?」
「トナティウこそわかってるの!? アルフィー様を傷つけられたのよ!? 本当なら穏やかな眠りについていただきたかったのに! それをこいつは!」
「それはあたしだって許せませんけど! でもそれにはそれ相応のやり方があるでしょう!? 究極、今ここでやる必要だってないはずです!」
「あなたはアルフィー様を傷つけたやつらを許すと言うの!? 信じられない……! 小憎らしい小娘だけど、あなたは、あなただけは私に匹敵するアルフィー様への愛を持っていると思っていたのに!」
「そんなことは言ってませんよ!? いいですかこのおバカ! あの方は優しい方です! 人間をできるだけ殺さないように、怪我だってできるだけしないようにっていつも心を砕いておられる! そんなあの方が、無差別な吸血やゾンビ化をしてるあなたを見て喜ぶとでも思ってるんですか!?」
「無差別……? 何を言っているの……? こいつらは全員、波紋使い! こいつらはアルフィー様の敵ッ! そんな連中を殺して何がいけないと!?」
「だから、そこじゃなくて……! ああもう、話がかみあわない!」
「まったくだわ……あなたもう黙りなさい。そして隅のほうで私の活躍を見ていればいいわ! 今からこの爺を殺すからッ!!」
「やめ――」
成立しているようでしていない、正気の感じられない会話を打ち切られたトナティウは、テルティウスへとびかかるショシャナに手を伸ばす。
遠くを攻撃する手段を持たない彼女にできるのは、それくらいしかなかったから。
しかしそれよりも早く、テルティウスが動いていた。蚊帳の外にあった会話のさなか、ひっそりと用意していたスタンドを自らに使う。
かのスタンドの尾にあったのは、少し前にアルフィーを焼いた光。その残り。
そしてそれを宿したテルティウスは。
「我が門弟たちよ、太陽の光のもとで安らかに眠れッ!」
全身から日光を放ち、高々と声を上げた――!
次回、WRYYYYY。