まあしばらくぐじぐじしたけど。
あれこれ悩んだところでどうしようもないし、何か変わるわけでもないし。
今までのことは仕方ないものとして呑み込んで、これからのことを考えよう。そうすべきだし、そうしないと大変なことになる。
というわけで。
「……うん、ごめん。色々待たせて」
「いえ。我々では思いも及ばない何かがおありなのでしょうし」
そういうわけでもないんだけどね……。期待が重い……。
でも訂正したらもっと面倒なことになるし、これはスルーしたほうがいいんだろうな……。
「じゃあその、話を戻すんだけど……今が1934年だとして、ここはどこ?」
「はい。では、こちらをご覧ください」
そう言って広げられたのは、世界地図だった。ユーラシア大陸だけじゃなくて、アメリカ大陸もオーストラリア大陸も、そして南極、日本列島まで描き込まれた見まごうことなき世界地図。おまけにかなり詳細かつ正確だ。
うーん、これはまた、時代の流れを感じさせるものが出てきたなぁ。ローマ時代にこれほどの代物は絶対に無理だし、あったとしても完全に国家機密だったろうに。こういう地図が普通とは言わないまでも、問題なく存在できる時代になったんだなぁ。
「アルフィー様が眠っておられたここは、こちら。現代ではブリテン島に居を構えるグレートブリテンおよび北アイルランド連合王国です」
「おお、やっぱりイギリスだったんだね。ローマからわざわざ海を隔てたここまで運ぶの大変だったろうに……感謝しかないなぁ」
いくらドーヴァー海峡が泳いで渡れる(素人にはお勧めできない)とはいえ、海は海だもんね。石化した状態のわたしなんて文字通り石像だけど、触った生き物は問答無用で吸収しちゃう状態だから扱いも面倒だったでしょ。
当時の人はもう誰も生きてないだろうけど、それでも感謝はしておかないと。
「そしてその中の、ウェールズ地方。その首都のカーディフという街になります」
「おー、ウェールズ」
確か、アーサー王伝説の伝わる地域だよね。イギリスではわりと重要な地域で、伝統的にここの大公位、プリンス・オブ・ウェールズを与えられた人が次期王位継承者とみなされる土地だ。
そしてこの世界においては、半吸血鬼の集落の一つがあった地域でもある。なるほど、彼らはここでしっかり根を張ってわたしの復活に備えていたらしい。
なんてことを思いながら、改めてこの世界について説明してもらう。
ひとまず大雑把な現状だけを聞いたけど、どうやらこの世界はわたしが知る世界とおおむね変わらない歴史を歩んでるみたいだ。ヨーロッパの各国が列強として世界に覇を唱えていて、アメリカがその膨大な国力を爆発させる直前。中国は国民党と共産党が第一次国共内戦を繰り広げていて、日本がそこに手を出していて……そして、ドイツではヒトラーが既に内閣を取っている。
世界恐慌もしっかり起きたみたいで、喜んでいいんだか悪いんだか、って感じだ。
わたしの中の歴史好きな部分は、ある程度の条件が揃えば世界は同じように動くんだなっていう実態を認識できたんだから、喜んでるんだけど……。
世界恐慌が起きたってことは、当然世界全体で色んな面で不幸になった人が大勢いて、そのあおりを受けて死んでしまった人だっているわけで……。
それを知って喜ぶのは人としてどうなんだ、とも思う自分がいる。いや、わたしもう人じゃないんだけど、心は人のつもりだから一応ね?
ただ、わたしが知ってる歴史とは違うほうに動いてるところが少しだけある。地域的には西欧と中米なんだけど……。
「……カリオストロ公国って、
スイスとフランスの間に、カリオストロ公国って名前が見えるんだよなぁ……。
わたしの知ってる歴史にそんな国はないんだけど、そんな国が出てくるアニメなら知ってる。
あの作品の中だと、新聞の中でフランス語が使われている上にローマの遺跡が沈んだ湖がある、ってことでスイス近隣が舞台だろうって言われてたけど……スイスとフランスの間って、位置も完璧に一致してるよなぁ……。
「カリオストロ公国が気になりますか?」
「いやまあ……その、予測してなかった国だから……」
「左様ですか。とはいえ、表向きにはあまり見るべきところのない国ですよ?」
「表向きには……? ってことは裏向きには何か……はっ!? もしかしてこの国、偽札とか作ってたりしてない?」
「ご明察です。……とはいえ、証拠はありませんが」
「……ゴート札まであるのか……」
「……まさかその名前までご存知とは。さすがです」
ガチじゃん。
間違いないじゃん。
それ絶対、30年ちょっとしたあとに大怪盗の孫が一味で乗り込んで世界に暴かれるやつじゃん。
「調べますか?」
「え? ……あー、いや、いいや。どうせ近い将来暴かれるだろうから」
「御意」
ま、まあうん、そこは、うん。いいんだ。
あの作品の中だと、カリオストロ公国の偽札が世界恐慌を招いたって話もあったけど……その世界恐慌はもう始まって何年も経ってるわけだし。今からこの国が世界に影響を与えられるかっていうと、ちょっと疑問だしね。
……あの大怪盗が実在する世界だったりするの? っていう疑問はとっても気になるけれど、それは置いておこう。
それより、わたしにはもっと気になるところがある。カリオストロ公国以上に、前世とは違う部分。
それはここだ!
「
サンタナあなた、何地図に名前刻んでるの。
これあれじゃん。絶対サンタナが作ってた国の末裔じゃん! 位置的にも一致するし!
いや、二千年前のあの繁栄っぷりから考えれば、この時代に残ってもおかしくはないなって思ってたけど。完全に国名として残ってるとまでは思ってなかったよ!
ていうか、メキシコがない! わたしが知ってるメキシコはいずこへ!? メキシコだった土地が全部サンタナ王国になってるんですけど!?
へぇー、首都の名前はテノチティトランっていうのかー! 実にアスティカンな名前だなー! そこはメキシコシティだったと思うんだけどなー!
しかも、おまけとばかりにグアテマラも存在しないぞ……どこに消えたんだ。ごたごたはしてたものの、この時代には一応既にあったはずなのに。そこまでごっそりサンタナ王国になってる。どうなってるんだこの世界の歴史は……。
「ああ、そこはアメリカ大陸の先住民の国ですね。新大陸では唯一ヨーロッパからの征服を自力ではねのけた国で、アメリカ合衆国以外では新大陸でもっとも力を持った国とも言えますね」
「……マジかぁ……」
しっかりばっちり生き残ってるらしい。なんていうか、すごいとしか言えない。
わたしが注意喚起を促したからってのもあるとは思うけど、二千年経ってもなおしっかり継承された国って前世じゃありえなかったよ。
……とりあえず、この国には一度行っておこう。前世では存在しなかった国ってのもそうだけど、サンタナが作った国が今どうなってるのか、見てみたい。サンタナの状態も確認したいしね。
「ちなみに我々ルベルクラクの民とは根を同じくしますね」
「あ、それは知ってる。だって導入したのわたしだし」
「そういえばそうでした。差し出がましいことを言ってしまいました」
「気にしてないから大丈夫だよ。……首を出そうとしないでいいからね?」
「はっ」
厳密に言えば、わたしは半吸血鬼の技術を持ち込んだのであって、知る限りあっちからこっちに来たのはトナティウ一人だけだ。だから遺伝子的にはまったく別の人種だと思うけど……それはそれとして、半吸血鬼ではあるから、同じと言えば同じなのかな。
っていうか、やっぱり半吸血鬼の国なのかな?
「この神聖サンタナ王国って、やっぱり半吸血鬼たちの国なの?」
「王族と大多数の貴族はそのようです。だからこそヨーロッパの征服に対抗できたとも言えましょうが」
「あなたたちもだよね?」
「ええ。とはいえ、我々は比較的早い段階でアングロサクソンに従っております。その方がのちのち活動しやすくなるだろうという見立てゆえですね。おかげ様で現在は、ウィンザー朝から名門貴族として遇される身です」
「しっかりしてるねぇ」
名門貴族としてイギリスに属してるって、なにげにすごいことでは? 半吸血鬼の団体がでしょ?
二千年前、ルブルム商会もローマに食い込んだ大商会だったけど、これも相当だよ。みんながんばったんだなぁ……。
「……ちなみにそのルベルクラクって」
「はい、イングランドの下で過ごすうちに名乗るようになった家名です。かつてはルブルムと名乗っていたようですが、時代と共に変形してルベルクラクとなりました」
「なるほど、そういうことだったのね。すごいなぁ」
はー、と思わずため息が出た。
「ちなみに、現当主はロンドンにある別宅で基本的に生活しております。先ほど連絡は致しましたので、明日にはこちらに来るかと」
「あ、そういう体裁もしっかりしてるんだね。完璧じゃない」
いやぁ、本当にねぇ。
……ん? あれ、そういえば。
「ところでさ、その当主ってやっぱりショシャナ?」
ふと思って聞いてみた。
すると、露骨に視線を伏せられた。
それを見て、ああ……なんて思う。どうやら、やっぱりショシャナは二千年を乗り越えられなかったみたいだ。
「……初代様は」
「ああうん、大丈夫だよ。言わなくっても。大体察した。吸血鬼の寿命は数百年くらいだからねぇ……」
あの子の執念ならもしかして、とは思ってたけど。やっぱり越えられない壁ってのはあるんだなぁ。
トナティウは半吸血鬼で、二百年くらいしか生きられないはずだからもういないだろうし。
ってことは、わたしを直接知ってるのはカーズ様たちだけなのか。覚悟はしてたけど、やっぱり寂しいな……。あの子たちと一緒にすごした百年がにぎやかで楽しかったから、余計にそう思う。
寿命の差か……こればっかりはどうしようもないよね……。これから人との付き合いも増えていくだろうけど、今後もこういう想いを何度もすることになるんだろうなぁ……。
「いえ……その、実は、なのですが」
「?」
そう思ってたんだけど。
「実は……初代様……ショシャナ様は、二代目様……トナティウ様と、相討ちになって……」
「!?」
どうやら実態はもっととんでもないらしかった。
「こちら……破損している箇所もありますが、トナティウ様の遺書です。アルフィー様宛になっておりますので……」
そうやって、うやうやしく差し出されたのは古ぼけた紙。言われた通りあっちこっちに穴が開いていて、おまけに色もかなり変色してる。
だけどそこに書かれた文章は……忘れようもない。トナティウの筆跡だった。
慌ててそれを手に取る。
そこに書かれていたのは、トナティウからの報告だった。わたしが石になったのを見たショシャナが暴走して無差別に血を吸って暴れ、カーズ様に言われるがまま波紋の一族を根絶やしにしてしまったこと。波紋に関わる文物の多くが破壊されたこと。
そして……わたしの依頼に従って、ショシャナを討つと。最後の闘いをしにいくと。そう書いてあった。
「……その手紙を最後に、トナティウ様は」
「そう……だったんだ……」
手紙を持つ手に、思わず力がこもる。くしゃりと手紙がゆがんだ。
ああ……ごめん、ごめんよショシャナ。一番恐れていた事態になってしまったんだね。
もしかしたらそうなるんじゃないかって、思ってた。いつかあなたが暴走するんじゃあないかって……。
わたしのせいだ。わたしが石仮面を使うの、許可したばっかりに。ショシャナはショシャナでいられなくなってしまったんだ……。
トナティウにも申し訳が立たない。本当ならわたしが後始末すべきだったのに。彼女に全部押し付けてしまった。あの二人に殺し合いをさせてしまった。
わたしは……わたしは本当にどうしようもないやつだ……。
「アルフィー様……」
横からメイドさんがハンカチを差し出してきた。
……なんか視界がぼやけてると思ったら、わたしひょっとして泣いてるのか。
心境の動きだけで泣くなんて、どれだけぶりだろう? それこそ転生した直後以来じゃないだろうか。
そうか……わたしは、本気であの二人が好きだったんだな……。
恋人とかそういうことじゃあない。それよりももうちょっと広くて、深い……家族。そうだ、家族だったんだな……。
ああくそ、もっと二人とたくさん話しておけばよかった。いいことも悪いことも、もっともっと……。
……これは、しばらく涙がとまりそうにないや。
唐突なネタバレ:カリオストロ公国は物語の本筋とは関係ありません。