転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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4.イギリス貴族ルベルクラク伯爵家

 結局その日は夜が更けるまで凹んでた。日付が変わるくらいから筆記具借りて写経しながら念仏を唱えてたら、落ち着いたけどさ。

 過ぎてしまったこと、とすぐに割り切れるほどわたしは前向きには生きられない。それでも、今を生きているのはわたしだけだ。だからせめて、彼女たちの分まで悔いのないように生きていく。そしてその分だけ人を助けていこう。改めてそう心に決めて、わたしは夜を明かした。

 

 その後太陽が出る少し前くらいに、ルベルクラクの当主である伯爵本人が到着。その頃にはわたしも立ち直ってたから、顔を合わせることになった。

 見た目は四十代くらいのナイスミドルって感じだったけど、半吸血鬼みたいだから見た目通りの歳では絶対ない。

 彼からもやっぱりひざまずかれて、やっぱり自己犠牲的な献身をされそうになったから慌てて止める羽目になったよ。仮にも伯爵家の当主がやっていいことじゃないし。

 

 そこからは改めて彼らについて聞くことになったけど、どうやらルベルクラク伯爵家はルブルム商会の約半分を母体にして出来上がった家系らしい。伯爵家としては特に、かつてウェールズ近辺にいた半吸血鬼がその祖になっているようだ。

 

 半吸血鬼と言えば、人間を上回る身体能力と寿命が何より特徴だ。なので、代々のルベルクラクは武門の一族として活躍してきた。多少のことじゃ死なないから、ってことで切り込み隊長と殿軍を大体やってたらしい。

 現在は傭兵業を営んでいて、それに併せて運送や医療などもやっているそうな。傭兵としての能力は世界一だと言われていて、国際的にも名の知られた傭兵の元締めとして有名らしい。

 

 第一次世界大戦でもかなり活躍してたみたいだけど、このときは切り込み隊長とかそっち方面よりも後方支援での活躍のほうが目立ったみたい。

 聞けば必要なときに(ジャスト)必要なものを(イン)必要な量だけ届ける(タイム)方式を徹底して、イギリス軍を強力にサポートしてたそうだ。大戦中は末端に至るまで一度とて兵站を途絶えさせなかったということだから、相当なものだろう。運送系の仕事は、このときのノウハウが使われているみたいだ。

 けどそれだけのことをしても一次大戦の死傷者数は膨大なものになったらしいから、総力戦って怖いよね……。一応、わたしが記憶してる前世の歴史と比べると数十万人ほど減ってはいるんだけど……桁が大きすぎるんだよなぁ。

 

 と、ここまで聞いて思ったんだけど。直接戦闘以外にも要人や施設、車両とかの警備までやる上に、兵站なんかまで取り扱ってるって、それって民間軍事会社(PMC)では? あれって第二次世界大戦前に存在する概念だっけ……オーパーツみを感じる……。

 

 ともあれ、そんなルベルクラクの基礎を作ったのは、やはりというかなんというか、トナティウだった。彼女は波紋の一族を滅ぼしていくショシャナから独立する形で引き抜いたルブルム商会のメンバーをこのブリテン島に集め、当時各地に存在していた半吸血鬼の集落とまとめて、ここウェールズで組織化したらしい。

 で、先述した通り二千年の間に商会メンバーと半吸血鬼たちは混じり合い、半吸血鬼の一族としてイギリスに仕えるようになって今に至る、と。

 

 ただサンタナ王国はともかく、イギリスでは半吸血鬼という種族はあまり定着していないみたいだ。一応、半吸血鬼同士なら子供も半吸血鬼になるらしいから、ホモ・サピエンスから独立した新しい生物種と言ってもいいような状態ではあるらしいけども。

 ルベルクラクの関係者をすべて集めても、イギリスの半吸血鬼はその1%にも満たないんだとか。いわゆる「伯爵本家といくつかの分家」以外はすべて人間で構成されているらしい。その貴族としての血族も、一部は人間らしいから相当だよね。

 

 とはいえ、ここは仕方ないかなとも思う。だって、キリスト教の考えと半吸血鬼という存在そのものがあまり相性よくないもの。

 聞けば案の定、魔女狩り華やかなりし近世の頃は特に肩身が狭かったみたいだ。まあ、吸血鬼には及ばないにしても、半吸血鬼の身体能力や寿命は明らかにただの人間を超越してるもんね。

 それでも今まで続いているのには、それだけの秘密があるみたいだ。そしてその秘密は、わたしの指示で集めていた歴史的文物の中にあるらしい。具体的には教えてもらえなかったけど、そこらへんは追々とのことだったから楽しみにしてる。

 

 半吸血鬼としてはそんな状況だから、ここ千年ほどは石仮面を使う機会はほとんどなかったらしい。一応、有能な人間を一族に取り込むときに使ってはいたみたいだけど、それこそ百年単位で行われる神事みたいな扱いだったくらいには滅多にあることじゃあなかったようだ。

 そしてこのときどうしても発生してしまう吸血鬼は、寝てる間のわたし用の生贄として捧げられていたらしい。

 

 正直、素直には喜べなかった。わたしとしては当然人は食べたくないし、わざわざ石仮面を使うことにも抵抗があるんだもの。

 けれどそうやって定期的に養分を摂ってなかったら、たぶんわたしは戦闘潮流も寝過ごしてた気がするんだよなぁ……。

 

「……わたしの生贄になった人たち、志願者? 強制された人じゃないよね?」

「ご安心ください。そこは間違いなく、我々一族の中から自ら望んだもののみを使っております」

 

 わたしの質問に、伯爵は穏やかに答えた。……ならいい、んだろうか? 一応、石仮面の使用を制限してたのはその危険性を理解しているみたいだし……それならあまり長々と言うのはうるさいだけかなぁ。

 

 とはいえ、石仮面が普通に存在していることにも思うところはある。

 話を聞く限り、現存する石仮面で場所のわかるものはすべてルベルクラクかサンタナ王国が独占しているらしい。一般にはほとんど知られていないみたいだから、そこは褒めるべきなのかなぁ。彼らが半吸血鬼として命を繋いできたからこそ、わたしは今ここでほとんど万全の状態で彼らのサポートを受けられることになってるわけでもあるんだし。

 それでも知られていない石仮面がどこかに存在する可能性はあるわけで。それがいつかどこかで牙をむく可能性を考えると、やっぱり複雑な気分だよ。

 

 ……あ、そうそう。ルベルクラクにならなかったルブルム商会の残り半分は、1300年間ほどフランス近隣に存続していたらしい。こちらはルベルクラクに対してルージュフィシューと名乗っていたそう。

 トナティウはルブルム商会の資産のおよそ半分を持って独立したとのことだったけど、逆に言えば半分は残ったということでもある。このときトナティウは良識派をほとんど引き抜いていったせいで、残された側は次第にヤバい組織になってしまったようだ。

 それはやりすぎなんじゃ、とも思ったけど、つまるところトナティウは暴走したショシャナとの関わりが薄い人を選んでいたとのことだから仕方ない気もする。

 

 まあそんな経緯があったこともあって、ルベルクラクとルージュフィシューは不倶戴天の敵だったようだ。けどルージュフィシューは石仮面もしっかり持っていた上に、それなりの頻度で普通に使っていたらしいから、まあ、うん。わたしの感覚だとゴリッゴリの悪の組織ですね……。

 

「それはどうしたの?」

「長くかかりましたが、百年戦争のさなかに滅ぼしました。アルフィー様の教えや記録をないがしろにし、石仮面を世に放った連中は放っておけませんでしたので」

「でかした!」

 

 いや本当に! 石仮面を悪用する組織が現代まで続いてたらと思うとゾッとする!

 

 やっぱり石仮面はあっちゃいけないものだよな……。これがないと何かあったとき半吸血鬼は存続できなくなるけど、それよりもあれが引き起こす悲劇や惨劇は見過ごせない。

 ルベルクラクの人たちには申し訳ないけど、石仮面はいずれ破壊させてもらおう。半吸血鬼という種は一応定着してるっぽいし、これ以上はいらないだろう。

 その作り方を知ってるのもカーズ様とわたしだけだし、わたしは新しく作る気がない。カーズ様を無事に倒すことができたなら……そのときは、この世界から吸血鬼の脅威はなくなっていくだろう。

 

 ……と、まあそんな感じで色々聞いた後は、しばらくこの時代のことを身につけるためにこの邸宅にこもった。各国の言語を覚えたり、イギリス社交界のマナーを教えてもらったりとか、歴史を調べたりとかしてたよ。

 まあ、やっぱり柱の一族の頭は優秀みたいで、勉強は全部合わせても半月くらいで終わったけど。

 

 それはそれとして、この世界の歴史を知るのはやっぱり楽しかった! 大まかな流れはサンタナの国以外ほぼ共通だけど、ところどころ違っててそれがまた面白いんだ。人の名前も一部違ったりして、だけど知ってる歴史と似たようなことが起きてたり……そういう差なんかも興味深いよね。これだから歴史はやめられないんだよね!

 

 そのサンタナ王国は、サンタナが寝てから少ししたあと勢力を拡大して、中米を征服した王朝としてかつて君臨したらしい。

 ただ八世紀ごろから内紛で分裂し始め、内乱時代に突入。そして古代から続く王統の本家筋は、テノチティトラン周辺のみを治める小王国にまで一時は衰退したようだ。

 

 ところが十六世紀初頭、コンキスタドールが現れる。彼らに対して内乱は終わって団結する姿勢ができたのは、人間らしいなって思う。

 

 このとき、途中までは順調だったらしい。というか普通に勝ってたようだ。サンタナのテコ入れもあって、前世と違ってこの世界の中米は技術でヨーロッパにさほど負けてなかったらしいからね。

 

 けど、一番の敵は人間じゃなかった。敵は彼らが持ち込んだ、旧大陸の疫病だった。これは前世と一緒だね。

 新大陸側はこれによって急速に力を落とす。これを押しのけることができたのは、サンタナの予言や石仮面を唯一継承し、半吸血鬼の特性を維持していた本家筋の王統だけ。

 かくして新大陸は、テノチティトラン周辺以外は征服される運びとなった。

 

 残されたサンタナ王国は以降、富国強兵につとめる。何度も危ない橋を渡ることにはなったものの、ヨーロッパ列強の仲の悪さに巧みにつけ込む形で生き残り、アメリカが独立するどさくさに紛れて版図を拡大。今の領土を保有するに至ったようだ。

 その後は鎖国的な態度を取って、他国の問題には関わらないことにして今に至るらしい。この辺りはアメリカのモンロー主義と似たような感じだ。交流や貿易にいくつか制限があるらしいから、アメリカともまた少し違うわけだけど。

 

 ただし、日本は例外。なぜかって日本の醤油、味噌文化がサンタナ王国で大ウケらしく、官民共に交流が盛んに行われているからだとか。醤油は神がもたらした至高の調味料らしいよ、サンタナ王国だと。

 君主の権限が強いその政治体制はドイツと並んで明治維新後の国づくりに参考にされているようだし、なんなら日本国天皇とサンタナ王国王は互いに「紀元前から万世一系で続く神々の子孫たる王統」として承認し合っているとか。

 

 ……確かに、わたしの影響でサンタナが醤油っぽいの作ってたけどさ。それってどうなんだろう。醤油で繋がる同盟って……いや、前世の和食ブームとか見てるとなんとなくわからないでもないんだけど。醤油っておいしいよね。うん。

 

 まあ、サンタナ王国についてはこれくらいにしとこう。基本的なことは知れたから、あとは現地で直接見てみようと思う。

 

 と、そうこうしてるうちにわたしのこの時代における戸籍が無事作成された。伯爵本人が中心になってあれこれ手を尽くしてくれたみたいで、感謝しかない。 ちなみに戸籍制度は中国とその周辺にしかない文化でイギリスにもないのだけど、そこら辺を語り出すと長くなるから戸籍という表現でこれからも通させてもらうね。

 

「アルフィー・ルベルクラク、1926年12月24日生まれ。ルベルクラク伯爵家の断絶した分家の一つから養子として迎え入れた……か」

 

 渡された戸籍に関する書類を一通り読んで、思わず感嘆のため息が漏れた。一ヶ月経たないうちにここまでしてくれるなんて。あなたはジェバンニか。

 

 それはともかく、さすがに伯爵の近親として戸籍を作るのは無理だったらしい。でも断絶した分家から、って言い訳はなかなか苦しいと思う。

 

 ただこの言い訳、通すために前々から準備してあったようだ。というのも、伯爵に実子はいないけど養子はたくさんいる。こないだわたしと一緒にお風呂に入ったあの子供たちがそうで、あの子たちはわたしを迎え入れる際の隠れみのとして引き取った面が強いらしい。もちろん、単に人材確保って意味もあるようだけど。

 

 これ、わたしが復活するタイミングがある程度わかってたからこそらしい。おまけに奥さんはいるのに意図的に子供は作らないようにしてる上、世間にも生殖機能に問題があると公表してる。

 そして篤志家の顔をして、身寄りのない子供たちを引き取ってるんだとか。おかげで伯爵が養子を取ること自体はこのイギリスではよくあることで、わたしの戸籍の申請もわりとあっさり通ったらしい。

 

 わたしとしては、そこら辺の一般人としての身分さえあればよかったんだけど。まさか事前にここまでやってくれてたなんて、本当に頭が上がらないよ。

 

「ちなみに養子とはいえ一応家族になるんでしょ。何かのパーティとかに出なきゃいけないとかってある?」

「ご安心ください。他の子たちはともかく、アルフィー様はその必要はありませんよ。なんとかします」

「するんだ……」

「さすがに王室から招かれた場合はなかなか難しいですが……まあ、陛下からでなければなんとかなるでしょう」

「なるんだ!?」

 

 どんな強権を持ってるの伯爵。

 

 と思って聞いたら、なんと現在王位継承権二位のチャールズ王子の妻が伯爵の妹らしい。そしてルベルクラク伯爵家の傭兵業はロイヤルファミリーや有力者の要人警護として、非常に重宝されているみたいで……ルベルクラクが護衛をするようになってから、毒殺や暗殺と思われる事件がかなり減ったらしいし、王室からも相当に信頼を寄せられているという。

 となれば、二十世紀といえまだ貴族制が色濃く残るイギリスでは、多少の無茶は通ってしまうわけだ。わたしの戸籍なんかもその辺りが関わってるんだろうな。

 

 ちなみにこのチャールズ王子。吃音症に悩んでたらしいから、前世で言うところのジョージ六世だと思う。『英国王のスピーチ』は素晴らしい映画だった。この世界でも作られるんだろうか。

 いやそれはともかく、前世の系譜に当てはまると、なんと戸籍上わたしは未来のエリザベス二世と従姉妹ということになってしまう。嬉しいような恐れ多いような。

 

「それとアルフィー様の旅券についてですが、こちらも現在申請中ですので、遅くとも七月の半ばまでには用意できます」

「わかった。何から何まで本当にありがとね」

「いえ、我々はアルフィー様のしもべでございますので」

 

 ここまでしてくれたのに、彼らはどこまでも従順だった。それはそれでなんだか申し訳ないし、何か彼らにわたしができることってないだろうか。

 そう言ったら、今後の世界情勢がどうなるか教えてほしいと返された。

 

 ……正直、わたしが語れるのは二十一世紀の頭までなんだけど。おまけにサンタナのおかげで不確定要素が多すぎる。ここで答えてあとで自分の首を締めることになったりしないだろうか。

 

 そう思いもしたけど、期待されるとノーと言えないわたしはやっぱり小心者だなぁ。

 でもこれから恐らく起こるだろう戦争のことを考えると、やっぱり助言はしておいたほうがいいだろうとも思う。第二次世界大戦の死者は、軍人だけでも2000万を超えると言われている。一人でもいい、それを減らすことができるなら。だからそこまでは教えることにした。

 

 ――チェンがナチをかばうから、総統が熱を帯びていく。そして総統は隣へと電撃戦を届けてあげる。

 

 第二次世界大戦への導線はいくつもあるけど、イギリスで言えばこれに尽きると思う。いや、ネヴィル・チェンバレン自体は決して無能な政治家ではなかったと思うよ。社会保障や労働者に関わる法案をいくつも通してるし。

 ただ外交……というか対ドイツという点で言うと、かばえない。彼が率いるイギリスと、隣のフランスがもうちょっと動いていれば、ヒトラーはあんな大きな戦争を引き起こすことは難しかったはずなんだ。

 

「……ドイツがまた世界に戦争をしかけると?」

「間違いなく。今年中には首相と大統領を兼ねるようになって、来年くらいには再軍備宣言するはずだよ」

「確かにヒトラーはドイツ国民から熱狂的な支持を得ているようですが……」

 

 全員に首を傾げられた。うーん、信じてもらえないかな。世界的にもそういう空気だろうから、仕方ないとも思うけど。

 そもそもこの時代、大部分の国にとって一番の脅威は社会主義を国是にしたソ連だしな……。

 でもそのソ連はイギリスやアメリカと共にドイツと戦う国なんですよ。

 

 まあわたしがそう言えるのは歴史を知ってるからこそだし、信じられないのも無理はない。チェンバレンもまだ首相じゃないしねぇ……。

 

「……まあうん、そんなわけで世界大戦がまた起きるよ。前回と同じくらいの期間ね。今度はもっとえげつない戦争になる。できるだけ避けたほうがいい……けど、避けられないならせめて少しでも人が死なないようにしておかないとまずい」

 

 何せ第二次世界大戦中に、イギリスはドイツに空爆されるからね。特にロンドンは。そしてこの戦争の結果、イギリスは世界の頂点に君臨する大帝国の座から転がり落ちていく。

 

 そう説明しながら、その他にも第二次世界大戦について話をする。最初はみんな怪訝な顔をしてたけど、わたしの話がやたら具体的だからか、信じる気になったみたいだ。

 

「畏まりました、仰せの通りに」

 

 そして最終的にはそう言ってくれた。

 

 さて……わたしは石を投げた。これがどういう風に動くだろう? できることなら、戦争が起こらないでほしいところだけど……。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 一通りの会話を済ませたあと、完成したドレスの試着のために部屋を出ていくアルフィーの背中を見送ったルベルクラク伯爵は、彼女が完全に退室したことを確認すると静かに口を開いた。

 

「どう思う?」

「にわかには信じがたいですね。けれど真実味があったことも事実。一応警戒はしたほうがよろしいかと」

 

 彼に答えたのは、最初にアルフィーと対峙した女だ。彼女こそ、何を隠そう伯爵夫人である。

 

「……そうだな。ひとまず、チャーチル卿とのパイプを太くするところから始めるとしようか」

「新しい兵器の準備や、それに合わせた運用も考えたほうがよさそうですね。電撃戦……でしたか。言われてみればなるほどですが、今まで思いつきもしませんでした」

「うむ。知の神という伝承はあながち間違いではないらしい」

「平素は見た目通りの少女のようですけれどね。多少気分屋なところもありますし、子供たちとも楽しそうに遊んでおられますし」

「そうだな。非常にかわいらしいお方だよ。それに、どうやらお優しいお方という話も事実のようだな?」

「はい。何かあれば一言お声をかけてくださいますし、謝礼の言葉も必ずいただけます。食事もわたくしたちと同じものをご所望されますし、未熟者の失敗にも寛容ですわ。命で失敗をあがなおうとするものも多くおりましたが、そういうものには必ず命を大切にしろと叱責なさいますよ」

「そうか……」

 

 妻の言葉を受けて、伯爵は顎に手を当てながら部屋の中をゆるりと歩く。そのまま窓際まで寄ると、外の景色に目を向けた。

 

「……アルフィー様は、戴くに相応しいお方だと思うか?」

「どうでしょうか。今のところ見た範囲では、少々難しいかと」

 

 その返答を受けて、伯爵は頷く。

 

「……やはり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。人類は神の権能たる(いかずち)を手にして、神話を越えたのだからな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし……」

 

 伯爵はそこで一度言葉を切った。そして傍らの棚から葉巻を取り出す。共に置かれていたはさみでヘッドを手際よく切り落とすと、オイルライターをカチリと鳴らす。湧き上がる炎でよどみなく切り口をあぶりながら、彼は続きを口にした。

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてアルフィー様は、それができるお方だろう、とは思うね。好ましくもな。……だが、まだ結論を急がずともよいだろう。戦争が起こるかどうか……それを確認してからでもな」

 

 頃合いだろうか。伯爵は葉巻をくわえ、ゆるゆるとその煙を味わい……一息に吐き出す。

 

 そして。

 

「だがどちらに転ぶにしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 にやりと笑って見せた彼に、妻は冷ややかな目を向ける。

 

 ルベルクラク伯爵。イギリス人でありながら、彼はジョークが致命的に下手だった。

 




アルフィーが二次大戦への導線を端的に説明した「チェンがナチを」の下りは、東京ギコ大学で兵器の人の講義を受講していた方なら歌えることでしょう。

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