「大! 英! 博物かーんっ!!」
ロンドンに越してきて数日後、わたしは遂に大英博物館に足を運んだ。そしてその入り口を見上げて大きく手を掲げて跳びはねた。
遂に! 遂にここに来ることができた! 前世では行きたい行きたいって思いつつも、ついぞ来ることができなかった世界一の博物館!
この……この神殿のような外観! 最高かよぅ!
「はくしゃ……じゃない、お父様! お母様! 早く入ろう! わたしもう我慢できない!!」
「はいはい、わかりました」
振り返れば、ルベルクラク伯爵が夫婦並んでニコニコしながら近寄ってくる。
一応戸籍上は親子ということになってるので、今日は彼らにエスコートを頼んだ。もちろん周りには、ルベルクラクの屈強なガードマンもいるけどそれはそれ。親子のお出かけという体裁なのだ。
彼らを親と呼ぶのは少々気恥ずかしいんだけど、そんなことより博物館が楽しみすぎるのでここまで来たらもうどうでもいい。
あ、ちなみにわたしの普段の身体は褐色なんだけど、一応まだ人種差別がかなり強く残ってる時代ということで、コーカソイド系の色に擬態してる。髪もだ。ぱっと見は、純粋にイギリス人っぽい感じになってるはず。角だって当然隠してある。
まあそんなことはいいんだ。どうでもいいんだ。
入ろう! 大急ぎで入ろう! 大英博物館は常設展示品だけでも十五万点以上あるんだぞ、時間なんてどれだけあっても足らないよ!
それに、わたしの意思としてルベルクラクが代々収集してきた歴史的文物なんだけど、これ、実は今その大半がここにあるらしいんだよね!
というのも管理の手間とコスト、さらには相続に関するゴタゴタから、大英博物館の設立時にほとんどを寄贈してしまったらしい。当時の王室への忖度もあったみたいだけど、ともあれそういうわけで、残念ながら家にはあんまり興味を引くものは残ってなかった。
伯爵からは首を差し出して謝罪すると言われたけど、いつも通り却下。そりゃあちょっと残念ではあるけど、つまり見に行けばいいんだよ。ってことで、大英博物館だ!
まあ、寄贈したルベルクラク遺産はほとんどはバックヤードにあるみたいだけど、同時にルベルクラク家は大英博物館の大口スポンサーでもある。その権限で見に行けばいいんだよ。
仮に見れないとしても、そのときはそのときだ。歴史好きとしてはわたしが集めさせた史料が後世の歴史学に少しでも寄与してるなら、それ以上は望まないさ。
それに、特に価値のあるものはちゃんと隠してあるらしいし。専用の場所に隠してあるらしいからこれもすぐには見れないけど、一気に出されてもそれはそれで困るし、そのほうがよかったのかもしれない。お楽しみは最後に取っておこうと思う。
というわけで、大英博物館! 早速入場しよう! 入館料はなんとタダだよ!
とはいえ、これだけの品を抱えてる以上はお金は必要。だから博物館は常に寄付を募ってる。どこの国のお金でも構わないって言われてるから、みんなも博物館に行ったときは少しだけでも寄付しようね!
「はい、これ寄付します」
「えぇ……」
その寄付の受付で、当面のお小遣いとして渡されたお金の半分を差し出したら、受け付けのおじさんにドン引きされた。解せぬ。
おじさんは本当にいいのか、みたいな顔で伯爵夫妻を見たけど……二人とも、苦笑しつつも頷いたのでおじさんはさらにドン引いた。金持ちの考えることはわからねぇ、みたいな感じだろうか。
そんな一幕もあったけど、まあ、まあ、ともかく博物館だよ。
「どこから行こうかな! どこがいいかな!」
「こらこら、あまり走ると他の人に迷惑だよ」
「だってだって!」
そんなような会話を、さて何回しただろう。
わたしは彼らの注意もそこそこに、館内をあっちへこっちへ動き回って展示をなめるように眺めていく。
ありがたいことに今の身体は優秀で、展示の文章も案内もすべてネイティブレベルで理解できる。これがまた嬉しいのなんのってね!
おまけに、人間だったらずっと立ちっぱなしは厳しい。一度大雑把に流し見してから、気になってたもののところに戻ってじっくり見るのが一番無難な見方だって言われてたくらいだ。
だけど今なら、そんなことをしなくても一つ一つをじっくり堪能しながら見て行くことができる。そうしてもなお、身体は悲鳴を上げない。これがどれほど嬉しいか! 色々悲しいことやつらいこともあったけど、この身体の強さをここで実感できるだけでも生まれ変わってよかったって思える……!
おほー! モアイだ! でかああああい! 説明不要ッ!! そうか、これももうこの時期既にあるんだね! すごいぞー! かっこいいぞー!!
モアイがあったイースター島は前世含めても行ったことないし、イギリスからも遠いから情報がないんだよねぇ。この世界でもあの辺りの島々の謎はよくわかってないんだろうなぁ。
こんなときは【ネヴァーフェード】の出番だ。出番だけど、刺したあとの矢を抜きに近寄らないといけないから我慢するしかない。いつかイースター島にも行ってみるか!
ひゅう! ロゼッタストーンだ! 碑文の内容が全部読めてしまうけどむしろそれはご褒美だね! それにどうせ百年くらい前に解読されてるんだし、気にする必要はないよね!
それよりもむしろ、わたしが知ってる前世のそれより残ってる部分が多いのはどういうことかな!? 素晴らしい! よくぞ残ってくれました!
おおお! ラムセス二世(オジマンディアス王)の巨像! おっきい! 素敵! 抱いて!! 思わず拝んじゃった! 偉大なる太陽だから仕方ないよね!!
……いやまあ、わたしこの世界だとご本人と面識あるんだけどね。本人にも同じこと言った覚えがあるけど、子供には興味ないって言われたよ! ごめんなちんまくて!!
「おお、エルギン・マーブルだ。すごい……ちゃんと残ってる……。わかってはいたけど、やっぱりふつくしい……」
ギリシャの有名なパルテノン神殿に飾られていた彫刻ですね! まあ二千年以上前に現地で直接見てるから、これに関してはちょっとだけテンションの上がり幅は小さくならざるを得ないな。
それでも悠久のときを越えて今ここにあるこの彫刻群は、今見てもとても美しい。この極彩色に彩られた艶姿は、その完成度もあってあまりにも存在感がすごい……ん?
ん? あれ、なんかおかしいぞ。今……今って1934年だよね。そのはずだよね……。
「どうかしましたか?」
「え? あ、うん……えっと、今って本当に1934年だよね?」
「? そうですが、それが何か?」
「いや……いや、うん、なんでも。ただ……
そう、エルギン・マーブルと呼ばれる一連の彫刻は、わたしの前世ではすべて下地である大理石の純白を完全に表にさらしていた。それには色々な経緯があって、残っていた着色がすべて削られてしまったからこそなんだけど……それがなされたのが1930年だったはずだ。あれは前世でも博物館学などではよく話題に上がる、考古学における大スキャンダルだったからよく覚えてる。そんなことをしていいはずがないって、講義中に激怒した覚えも。
だけどこの世界では、1934年になってもまだ色が残ってる。これはどういうことなんだろう?
そう思ってたら、伯爵は得心したという顔で解説を始めた。
「そのことですか。ええ、確かにこの彫刻は四年ほど前に研磨されそうになったことがありましたな」
「……わたしの観測した未来では、完全にされてたんだけど……誰かが阻止したの?」
「ええ、その通り。何を隠そう我々がスポンサー権限でストップをかけました」
「でかした!!」
なんだよファインプレイかよぅ伯爵!!
「我々は二千年前から、歴史的文物の保管も使命としてきましたからね。それは絶対に認められないと」
「ありましたねぇ、そんな騒動も。研磨すべきだと主張する同じく博物館の大口スポンサーと激しく口論しましたよ」
「お手柄だよ二人とも! うん、そうだよ。過去のものは当時の姿であるべきだよ。後世の人間がこうだったに違いない、このほうがいいはずだ、なんて思って手を加えるなんて絶対に許されないもの!」
「とはいえ、一番のお手柄は我々ではないでしょうな」
「? そうなの?」
「ええ。何せ我々が事実を知るよりも前に、職員たちが清掃作業で研磨しようとしておりましたからな。ですがそれを、直前で止めてくれた方がいたのです」
「……なるほど、その人がとめてなかったら」
「そうですね、これほどきれいな状態では残っていなかった可能性が高いです」
「はぁー、ちゃんと心ある人はいるんだなぁ……」
改めて目の前のエルギン・マーブルに向き直って、わたしは思わずため息をついた。
わたしがいることで、少しでも多くの人を助けられたらいいなと思って今まで生きてきたけど……こういう歴史学考古学の分野でも少しだけいい影響があるなら、それはとっても嬉しいことだなって。
と、思ったところで。先ほどから後ろに立って、何やら話しかけるタイミングをはかっていた
「そう仰っていただけると、光栄です」
……ん?
人がいたのは気づいてたけど、この声……聞き覚えがある? どういうことだろう?
そう思いながら、伯爵夫人と一緒に振り返る。そこにいたのは……。
「どうもこんにちは、ルベルクラク卿。ご無沙汰しております」
「これはこれは、
「ファッ!?」
そう、そこにいたのは。
そして彼はにこりと微笑むと、ゆっくり腰を下ろしてわたしに視線を合わせる。そのまま、完璧な所作でわたしの手を取って口を開く。
「初めまして、お嬢さん。
「ふぇあっ!? あ、お、あう、あ、アルフィー、アルフィー・ルベルクラク、です、よ、よろしくおねがいしましゅ!」
かんだ。めっちゃかんだ。
でも、でも仕方なくない!?
だって! だってここに、死んだと思ってたジョナサンがいる! しかも声を掛けられるだけじゃあなくて、挨拶までされて! いきなり推しにこんなことされたら、ファンの心臓がとまるやーつー!!
だけどおかしい、こんなのおかしいぞ!
なんで、なんでここにあなたがいるんだ、ジョナサン・ジョースター! あなたは五十年近く前に死んでいるはずでは!?
どういうことなんだ! これは一体、どういうことなんだよォォーーッ!!
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その後わたしが完全にポンコツになってしまったので、心配したジョナサンが気を利かせてくれて、バックヤードで休んでも構わないからとそちらに案内してくれた。
道中、清掃中の恐竜の化石とか、どこかで見たことのある壺とか、武器とか、色んなものの横を通過したけどそれが気にならないくらいにはわたしは動転していた。
「はいお嬢さん、こちらよかったら」
「ふぁい、あい、ありがとございましゅ」
ジョナサンから手渡されたのはココアだった。わたしに死ねと? ジョナサンの手が大きすぎて、マグカップがドチャクソ小さく見える。尊い。しぬ。
「ふふ、かわいらしい子ですね。こちらはもしや、先日迎えたという……?」
「ええそうです。いや、普段はもっと聡明な子なのですがね」
「ああー……見ての通り僕は大柄ですからね。驚かせてしまったかもしれません」
「そういう感じではなかったように見えますが……」
うん、そう、その通り。そういう意味でポンコツしてるわけじゃあないのよ。違うんだ。
推しが目の前で生きて会話してる、これほど嬉しいことはない……。こんなの見せられたら、死ねるに決まってるじゃあないか……。
いや待て、このままだと本当にただのダメな子供だ。気合いを入れて、しっかり状況を見極めるんだ。そうすべきだ。深呼吸して……よし、ちょっとだけ落ち着いた。
ずずず、とお行儀悪くココアをすすりながらふとジョナサンの顔を見る。アッ、好き。
……じゃ、ないよ! 何してるんだわたし! ふー、ふー。
よし。今度こそ!
……こうして見ると、本当に3部のジョセフによく似てるなぁ。なるほど、原作でもうり二つって言われてただけのことはある。彼より若く見えるのは、波紋の影響だろう。
でも今は波紋を使ってる気配がない。普通の呼吸だ。もう使ってないのかな? ジョセフも3部では普段からは使ってなくって、ファンの間ではスージーQと一緒の時間をすごすためにあえてやめた、みたいな考察がされてたけど……ジョナサンもそうなんだろうか。
2部のエリナさん、結構なおばあちゃんだったものなぁ。今がその四年前ってことは、このジョナサンを横に並べても夫婦には見えないだろう。ジョナサンの性格なら、それは嫌いそうだなぁ。
「落ち着いたかい?」
「はい、なんとか」
伯爵に声をかけられた。その声音は、心配するより呆れてる割合のほうが多いように聞こえた。何も言い返せないね!
「改めて、紹介しようか。こちら、ジョースター卿は我が国における考古学の第一人者の一人でね。普段はこの博物館に勤めておられるのだ」
「……あの、改めまして。アルフィー・ルベルクラクです。先ほどはお目汚し、失礼いたしました」
紹介されたので、わたしもココアを置いて立ち上がり、カーテシーを決める。汚名は返上だ!
それにしても、考古学の第一人者、か。なるほどそう来たか。
確かにジョナサンは、元々大学で考古学を学んでいた。その論文も絶賛されていたほどだ。それなら、彼が生き残ったなら大英博物館に勤務していても何もおかしくはない。
そんな彼が、不適切な「清掃」をしようとしていた職員をとめてくれたのか。うん、実に彼らしいエピソードだ。彼なら確かに、やるだろう。
「いい名前だね。うん、ではこちらも改めて。ジョナサン・ジョースターだ。よろしくアルフィー君」
うん、と頷く彼にまた色々とやられそうになる。だけど我慢だ。何度も醜態をさらすわけにはいかない。一応神様ってことになってるんだし、威厳が……いや元々ないけど、これ以上下げるわけにはいかないよね。
「……それにしても、アルフィー君は随分と歴史に詳しいんだね」
「え。あ、はい。大好きなんです」
「そうかそうか、これほど将来有望な若者に会えるなんて今日は運がいいなぁ」
ああもう、なんてさわやかな笑み。一体それで何人の女性を殺してきたんですかあなたは!
というか、こんな見るからに子供なわたしに普通に成人と接するように対応するあなたは、本当に紳士なんだね……。これ、絶対女の争いが裏で起きてるでしょ……。
「……ええと。ジョースター卿に感謝を。貴重な文物が失われることを未然に防いでくれて、ありがとうございます」
「僕は歴史に携わる碩学の一人として、当然のことをしたまでだよ。けれど……うん、君の感謝はありがたく受け取ろう。どういたしまして」
「……あまり嬉しそうではなさそうですけれど」
「わかるかい?」
「ええ、まあ……」
頷くわたしに、ジョナサンは苦笑する。
「……王家に仕える身でこのようなことを言うと、叱られてしまうのだけどね。僕はエルギン・マーブルはここにあってはいけないものと考えているんだ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「あれだけじゃあない。この博物館には、我が国が他国から略奪してきたものも多く収蔵されている。そうしたものは返却すべきだと……そう考えているんだ」
「わかります。あるべきものをあるべきところへ。それが正しいとわたしも思います。……けど、そういうわけにもいかないんですよね」
「そういうことだね。これは国家間の政治的な問題でもあるし……国によっては、博物館のような施設を適切に運営するだけの国力がまだないところもあるから……」
「ちゃんと保護できなかったら、風化するだけですもんね。ここに色んな分野のものが集まっているからこそ研究が進む、っていう見方もできますし……」
こくりとジョナサンが頷いた。
そんな彼を見ながら、わたしの隣で伯爵が苦笑する。
「おほん、それについては聞かなかったことにいたしましょう」
「ありがとうございます、ルベルクラク卿」
その言葉に同じく苦笑して、ジョナサンが頭を下げた。
うーん、この辺りはやっぱり二十一世紀のほうが色々と自由なんだなぁ。
とはいえ前世でも、この辺りの問題は二十一世紀になっても解決はしてなかったんだよね。件のエルギン・マーブルなんて、ギリシャ政府とかなりもめてたはずだし。
……まあでも、これについてはわたしにどうにかできる範囲を超えている。これは完全に、政治家の仕事だ。その辺については……。
「…………」
ちらり、と横目で流し見たわたしに、伯爵は頷く。わたしの意図が伝わったようで何よりだ。
うん、そう。彼は直接イギリスの政治に関わっているわけではないけれど、影響力はある。そこから少しずつ話を進めていくようにしてくれれば、もう少しこの国の問題も減るだろう……。
というわけで、ジョナサン生存していましたよというお話でした。次の話でなんでそうなったのかとかやります。まあ、既に皆さんわかってると思いますけど。
しかしこの主人公、本当に一万歳越えてんのか。いくらなんでもはしゃぎすぎやろ(すっとぼけ