大英博物館では、その後ジョナサンと歴史談義で盛り上がった。うん、盛り上がってしまった。
元々彼はわたしを子供扱いせず、一人の人間として接してくれていたけど……おかげで途中からは完全に大人と話し合うような感じになってたよね。
なおそんな彼の専門分野は、中米史らしい。より具体的に言うと、サンタナ王国。これ以上は詳しく聞けなかったけど、たぶん石仮面についてだと思う。きっと彼は今も、石仮面を追っているんだろう。
ただここ十年ほどは、ローマに関心を移している……ということみたいだけど。あのこれ、もしかしてカーズ様たち既に発見されてる感じですか? ジョナサンが今生きてるってことは、まだ起きてはいないんだろうけど、心配は心配だなぁ。
……実のところ、石仮面についてはわたしが大体答えられるわけなんだけども。それはまだ話す時期じゃあないんだろうな。
とはいえ彼とは戦うなんてことになったらすごく嫌だし、そういう立場でもないと思ってるつもりだ。彼とは関係を深めて、四年後の戦闘潮流に備えたい。
まあ、おかげで伯爵からは色々と問い詰められたけどね。どうやらわたしが一目惚れしたと思ったらしい。
あながち間違いではない。ないけど、そんな事情は話せない。だから将来的に世界の平和にかかわってくる人だって答えておいた。うん、嘘じゃあないよね。
そんなことがあってから数日。わたしは足しげく大英博物館に通って常設展のすべてをじっくり堪能した。
見て回ってるだけで幸せな場所だったけど、たまに仕事の合間にジョナサンが案内してくれて死ぬかと思ったよね。
もちろんただポンコツしてたわけじゃあなくて、色々調べたりもしてたんだよ。主にジョースター家についてね。伯爵たちがだけど。
その調査によって明らかになった、表向き語られている情報だけでもファントムブラッドが起きていたことははっきりとわかった。何せジョースター家にあるとき養子が入ったとか、ジョースター邸があるとき全焼したとか、ウィンドナイツ・ロットであるとき大量の行方不明者が出たとか、そういう話がすぐに出てきたからね。
だけど、原作とは違うところもあった。それがこれだ。
「……
届けられた報告書を読み上げて、わたしは思わず天井を仰いだ。
なんてことだ。ジョナサンに双子の兄がいたことになってる! 原作にはこんな人はいなかったのに!
……いや、厳密に言えばニコラス・ジョースターという人物はジョジョの歴史の中に存在する。ただしそれは、違う世界線にだ。この名前の人物は、7部以降の世界線にしかいないはずなんだ。
しかも、だ。
「
ジョナサンがするはずだった死に方を、このニコラスという人物がしている。そして彼の代わりに、ジョナサンは助かった。報道ではそういうことになっている。
新聞によると、ニコラスとジョナサンはどちらも近いタイミングで結婚している。そしてダブルデートならぬダブルハネムーンという形で、兄弟夫婦の四人で新婚旅行に行こうとしていたらしい。
そこで客船の外輪スクリューシャフトの事故で……ということだから、恐らく船内の状況は原作と同じだったと思われる。
だとしたら、ディオはどうなってるんだろう? このニコラスの身体を乗っ取っている? ジョースター家の血の繋がりで覚醒する3部のスタンドたちは?
……わからない、これは……こればっかりは、ジョナサンから聞き出すか……
「……でも変わらないところもある」
次にわたしは、別の報告書を手に取る。
「ジョージは……やっぱり助からなかったんだね……」
そこに書かれていたのは、ジョナサンの息子であるジョージ・ジョースター……いわゆるジョージ二世についてだ。
ジョージの妻はエリザベス・ジョースター。彼女はジョースター家の養子とのことで、客船事故の生き残りということになっていたから多分
そしてジョージはこの世界でも空軍のパイロットになって、第一次世界大戦で活躍。1920年には第一子ジョセフが生まれるものの、その年に飛行機の事故で亡くなっている。
同年、ジョージの妻エリザベスがイギリス空軍司令官を暗殺。現在は行方不明で、国際指名手配は継続されていて捜索が行われている……と。
つまりこの二人に関しては、ほぼ原作通りみたいだ。というか、ジョナサンに関しても兄がいたことと、彼が代わりに死んでいる以外はどうも原作通りのような気がする。
ちなみにこの事件の影響で、兄が継ぐはずだった家業を急遽継いでどうにかこうにか貿易商としてやっていたジョナサンは、犯人の親として色々苦境に立たされたらしい。ほとんどの上流階級からつまはじきにされた挙句、最終的にジョースター家の資産のほとんどは没収され、貿易商としての仕事もかなり安い値段で他人に売り払うことになってしまったらしい。
そりゃあ国の要人を暗殺した人間の関係者となれば、それも仕方ないような気もするけど……いくらなんでもやりすぎでは? そういうところだぞイギリス。
でも中流階級以下の人たちからは慕われていて、大英博物館の学芸員に就職できたのもその伝手らしい。見る人は見てるというか、彼の人柄がなせる技かな、この辺は。
ちなみついでにもう一つちなんでおくと、ルベルクラク家はジョースター家を支援した数少ない上流階級らしい。まあ、それもジョナサンが波紋使いであるから、という理由らしくはあるんだけど。これに関しては結果オーライかな。
……だいぶ話がずれてしまった。本筋に戻そう。
ジョージとエリザベスの夫婦が原作通りに推移したということは、少なくとも第2部戦闘潮流に関しては原作とほぼ同じ道筋になる……と思う。物語の中核になる部分は、今のところほとんど変わっていないからね。
例外はサンタナの辺りだ。あの辺りのエピソードがどうなるのかちょっとわからないけど……それにしたって、カーズ様たちが目覚めてからの流れはさほど変わらないはずだ。問題はそのあとだよなぁ。
「……まあでも、今はそれよりも戦闘潮流をどうにか生き延びるのが先か」
そこが目下のところの壁だ。そこで死んでしまったら、3部もクソもないもんね。
さて、となるとどうしたものか。つい最近までおおむね原作通り進んで今に至ってると思ってたから、わりとのんきしてたんだけど……これは、原作通りだろうと思い込まずにしっかり調べなおすべきだろう。
そのためには、人伝えに聞くだけじゃ限度がある。わたしが現地に直接足を運べば、【ネヴァーフェード】で正確な情報がわかるもんね。
まずはジョースター家が今どうなってるか、だ。ジョナサンが生き残ってることでジョセフにどういう影響があるか、辺りは見ておいたほうがいいだろう。
もし彼が原作と違う性格になってたとしたら、心配な戦いが2部にはいくつもある。というかほぼ全部か。そこは確認しておきたい。
あとは、ジョースター家がアメリカに移住するのかどうか、も調べておいたほうがいいかな? SPW財団の状況も気にしておいたほうがいいかもしれない。
それとこれは調べるとは違うけれど。わたしの正体について、いつ明かすか……あるいは明かさないままにするのか、も考えておくべきか。どのみちカーズ様たちが復活するタイミングで明らかになることではあるけど、その段階で知っているかどうかでも色々と変わってきそうな気がするんだよなぁ。
「……よし。まずはジョースター家に行ってみるか」
まだジョセフと顔を合わせないほうがいい気がするから、動物に変身して遠目から確認する方向で。
「というわけで出かけて来るね」
「畏まりました、お気をつけて」
というやり取りを挟みつつ。
カラスに変身して飛び立つ。後ろからだいぶ驚いた気配が伝わってきたけどそれは気にしないことにした。
場所はちゃんと把握してる。聞いたし書類でも確認してるとも。
ジョースター家の今の所在地は、イギリス東部。行政区分的にはロンドンに隣接するエセックス地域にある。その州都とも言うべきチェルムスフォードの郊外がその所在地だ。その中でも海に近い位置に住んでいるのは、かつてジョースター家が海上貿易をしていた名残だろうか。
「……でもそこまで広い土地に、大きな家に住んでるわけでもないんだなぁ。一度焼け落ちたし、資産も没収されてるし、仕方ないのかもしれないけど」
空から眺めるジョースター家は、敷地も建物も想像していたより小さかった。ルベルクラク家が大きすぎたというのももちろんあるんだろうけど、わたしがつぶやいたような理由も絡んでそうだ。
とはいえ、それでも中流階級の富裕層くらいの規模はある。おまけに少ないけれど使用人の姿も確認できるから、決して貧乏ってわけじゃあないんだろう。スッピーの援助もありそうだけど。
「お、ちょうどいいところにちょうどいい木があるな」
その敷地内に、いい具合の木があった。そこに降りて、枝にとまる。
……変身しても体重が変わらないから、下手な木だと普通に折れるんだよね。その点この木はかなり大きくて、枝も太い。なんとかわたしの体重を乗せてもいけそうだったし、実際いけた。
さて、ここからジョースター家の様子を観察だ。壁とか諸々があるから見えないけど、声は聞き取れるだろう。その程度の距離まで近づいてるし、そもそも種族柄耳はいい。耳をすませばなんとか行けるでしょ。
ジョセフいるかなー? なんて思いながらしばらく耳をすまして微動だにしないでいると……色々と聞こえてくる。どうやらジョセフ、エリナさんに怒られてるところだったらしい。
内容は、ケンカで相手を必要以上に痛めつけたとかなんとか。そういえばジョセフ、ケンカか何かで何回も投獄されてるんだったっけ? ジョナサンを見習ってほしい。
でもジョセフの言い分は聞いたうえで、やっていい範囲を見極めてやりすぎてはいけないと諭すエリナさんはなんだかんだで女傑だと思う。範囲を見極めてやりすぎるなってことは、要するにその範囲の中ならやっていいってことだよね……。
エリナさんのお説教が終わった後は、何やら罰としてジョナサンに引き渡された。何されるのかなー、なんて思って耳をすまし続けてると、ある意味予想通りではあるけどそれでもわたしは驚いて、思わず顔を上げた。
エリナさんがジョセフ少年に言い渡した罰。それは、祖父ジョナサンによる波紋の特訓だった。これは……もしかしなくても、戦闘潮流始まる前に既にジョセフの波紋がかなりの水準に達してるのでは?
なおジョナサンの特訓は、ツェペリさんのそれが基準になってるせいでめちゃくちゃハードな模様。もちろん子供に対して与えるものだから、あれよりだいぶマイルドだけど……それでもキツイものはキツイと思う。
でもそれもある意味仕方ない。ジョナサンにしたって、正式な修行場で修練を積んだわけじゃあないもんね。波紋に関する資料を読める機会がどれほどあったかも疑問だし……どうしても基準になるのがツェペリさんしかないとなると、色々と手探りなところもあるんだろう。
……おや、終わったのかな? あ、ジョセフが出てきた。
「くぅ~……ッ、相変わらずおじいちゃんのシゴキはキッツいぜ……。おじいちゃんはすごい人だし、尊敬はしてるけど……やっぱり十九世紀の人だよなーッ、チョッピリ考えが古いんだよーッ」
何やらぼやきながら、頭をがしがしとかいている。もう片方の空いてる手には……あれは、本? タイトルは……手品?
あー、そういえばジョセフって手品好きだったなぁ。彼のロープマジックは2部の中でもなかなかに印象深い技の一つだ。それで潜り抜けた窮地も一つや二つじゃあない。なんなら3部になっても、彼のスタンドは縄のように茨を操る能力だった(それがメインではないけれど)し、よっぽど思い入れがあるんだろうな。
「これからの時代、いかに要領よく、少ない労力でたくさんのリターンを手に入れられるのかが重要よ。努力も気合も否定はしねーけどォ……それだけじゃあなーッ」
いかにも今どきの若者って感じだなぁ。言わんとしてることはわかる。わかるけど、やり方を間違えるとそれはカーズ様みたいな勝てばよかろうなのだ精神に繋がっちゃうぞ?
とか思ってたら、わたしがとまっている木に歩み寄ってくる。うーん、そのままこっちに来られると気づかれるな。わたしの変身能力、如意転変の
仕方ない、ちょっと移動するか。屋根の上に、っと。
「なんだァ、でっけーカラスだなーッ!?」
いえ、大きいだけで無害です。わたしのことはお気になさらず、どうぞどうぞ。
「……おかしなカラスだな。ま、邪魔にならねーならなんでもいーけど」
一応ちょっとは気にしたみたいだけど、すぐに意識から外したらしい。ジョセフは頭をかきながら、木の根元にどっかと腰を下ろした。
そして腰のポケットからロープを引っ張り出すと、開いた本の中身を何度も確認しながら手元でロープの結び方を勉強し始める。
「これが……? ああ、こーなってんのか。で、こうすると……なーる、こうなるってェわけだ! へーッ、おもしれ~! もっと早くやれるようになりゃあ、おじいちゃんもおばあちゃんもきっと驚くぜー! よーし!」
……なんだ、普通に努力してるじゃあないか。何度も同じ仕掛けを組んで、解いてを繰り返して……。それは世間では努力って言うし、気分転換に顔をたたいて「よし!」なんて声を上げるのは世間では気合いって言うと思うよ。
あれかな、好きなことだと勉強や練習も努力って感じないタイプなのかも。
「あれ待てよ? これをこう、組み合わせたらもしかして……お、お? いーい感じなんじゃあないのぉ? へへっ、俺ってばひょっとして天才かも?」
とか思いながら見てたら、うわ、ロープマジックをいくつか組み合わせてオリジナルの手品作っちゃったぞ。
普通なら思い上がるなとか言いたくなるセリフだったけど、この短い間にそれを思いつくのは確かに天才って言っていいかもしれない。しかもどんどん手際よくなっていくし、素直にすごい。
なるほどなぁ、あれがカーズ様の目すら欺いたジョセフのロープマジックか。この目で見て納得だ。今はまだぎこちないところもあるけど、もっと練習したら普通にプロも裸足で逃げ出すレベルになってもおかしくない。
「これなんてこうしたら、トラップにできちまうな……やべー……自分の才能が恐ろしーぜ……」
……それは人に対して使わないようにね。どうなっても知らないよ。主にエリナさんとか。
ジョセフの性格はほぼ原作通りです。
性格は生まれつき半分環境半分だと作者は考えているのですが、あのエリナさんに育てられてあの性格なら、そこにジョナサンが加わってもさほど変わらないだろうな、ということで。
でもたぶん、女性に面と向かってブスとか言わないだろうし、スト様が女性を人質に取ったその段階でキレる感じではあると思います(スト様と戦うとは言ってない