ポール・デイリーは自分のことを不幸な男だと考えている。昔から、ここぞというときにドジを踏む。思えばそのジンクスは幼少の頃から始まっていた。
いじめられている女の子を助けようとしたポール少年は、颯爽と駆けつけるべく高所から飛び降りて全治一ヶ月の怪我を負った。女の子から呆れられるというおまけつきで。
小学校ではみんなの笑いを取ろうと思い立ってあえておかしな着こなしで登校したら、教室のドアで小指を挟んでそれどころではなくなり、笑いではなく嗤いを取る羽目になった。
中学校では風邪でテストを休んで留年したし、大学の試験など地下鉄がストを起こして参加すらできなかった。学校の成績は悪くなかったのに、おかげで夢のキャンパスライフを失い、就職せざるを得なくなってしまったのだ。
それでも必死に働いて、なんとか家庭を持つことはできた。子供もできて、人並みの幸せってやつを噛み締めていた。
だというのに、勤め先が倒産した。三人目の子供が生まれて、いよいよ家計の出費が厳しくなるなと、ボヤきながらも笑っていた矢先にだ。何がどうなってるんだと、思わず酒を飲まずにはいられなかった。
だから今回、そんなポールを見かねて仕事を持ってきてくれた親戚のおじさんには本当に感謝している。
しかも、新しい仕事場は天下の大英博物館だ。内容自体はなんの変哲のない夜警にすぎないが、それでも祖国の誇る博物館に勤められるというのは、イギリス人として昂ぶるというものだ。給料も、潰れた前職と比べて遜色ない。
「やあ、君が新しく夜警に入ってくれたポール君だね? 僕はジョナサン・ジョースター、ここで学芸員をしている。よろしく頼むよ」
おまけに、出勤初日にお貴族様に名前を覚えてもらえた。しかもあのジョースター卿にだ!
ジョースター卿と言えば、ロンドンっ子で知らぬものはいない有名な貴族だ。様々不幸が重なって今は往年の隆盛はないとはよく聞くが、それでも身分や立場に関係なく人と接する人格者で、面倒見もよい紳士として知られている。
彼との知己が得られただけでも、この就職はまったく幸運だった。ポール史上最高にツイている!
「はっ! ポール・デイリーです、よろしくお願いしますジョースター卿!」
「なんだい、堅苦しいじゃあないか。立場は違えど僕たちは同じ職場で働く同僚なんだ、もっと楽にしてくれて構わないさ」
「はっ、恐縮であります!」
「ふふ、君もなかなかに頑固らしい。いや、これ以上は強いることになりかねない、やめておこう。……と、挨拶はこれくらいにして。今日は初日だからね、まずは軽く館内を案内がてら巡回ルートを説明しよう。こっちからだ」
「はっ!」
ジョースター卿は、噂に違わぬ人格者であった。世間的には落ち目と口さがなく言われるが、そういう貴族にありがちな妙なプライドはまったくなく、気さくだ。案内も丁寧でわかりやすいし、ポールがこの場でメモを取ることも許してくれた。
もちろん機密に関わる部分は許されなかったが、それはここに勤めるもの全員に課されることだ。彼とは関わりがない。
おまけにその道のプロだからか、たまに挟まれる歴史的なうんちくも深く、それでいてわかりやすかった。ポールはまるで、自分が大学の生徒になったかのような知識の高まりを感じていた。
「とまあ、こんなところかな。どうだったかな?」
「想像以上に広くて、驚いております。実は恥ずかしながら、博物館に客として来たことがなくて……」
「ははは、地元にある観光地ってなかなか足を運ばないものだよね。僕も覚えがあるよ」
一通りの案内を終えた頃、ポールはジョースター卿の隣にこそは恐れ多くて並べなかったが、いちいち身体を固くして返答をしないくらいには打ち解けていた。
「じゃあ、次はバックヤードだ。いわば職員だけが入れるスペースだね。休憩室などがある。ただ、その分あまり余人に触られては困るものも表より多いから、そこは気をつけてほしい」
「はっ、よろしくお願いします!」
そうして案内されたバックヤードは、ポールにはカオスな場所に見えた。表はやはり、人に見せるため相当整理整頓がされているのだな、と素直に思えたほどだ。
だというのに、先ほどのジョースター卿のうんちくのおかげで、すっかり歴史学に興味を持ってしまったポールはそれらの一つ一つが気になっていた。
とはいえ迂闊に手を出してせっかくの就職をフイにするほど、死にたがりではない。目で追うだけに留めて、ジョースター卿に続く。
やがて案内が終わったあと休憩室に入ったポールは、先に詰めていた二人の先輩たちとも挨拶をして、ジョースター卿と別れた。
「それじゃあ、夜の博物館をよろしく頼むよポール君」
最後にそう言いながら、力強く肩を叩いてくれた卿の期待に応えねば。そう一人発奮して、ポールは初日の仕事を開始した。
同僚となった二人の先輩たち――セシルとフレデリックもおおむね気のいい人たちで、聞けばみなジョースター卿に触れて励まされ、日々頑張っているのだと言う。
やはり卿はすごい人であったと感心すると共に、あれぞ祖国が誇る紳士のあるべき姿なのだろうと、今までよく知らなかった上流階級への畏敬を新たにするポールであった。
「……ん? 今、バックヤードのほうから何か聞こえてこなかったか?」
そのままセシルとの巡回を終えようとしたとき、彼が少し上に視線をさまよわせながらつぶやいた。
彼にならうようにポールも耳をすませたが――確かに、何か聞き慣れない音が聞こえてきた。
「確かに。なんの音でしょう?」
なのでそう返したところで、派手な音が聞こえてきた。
「何かが倒れたような音?」
「ちょっと普通じゃなさそうですね。空き巣でしょうか?」
「かもしれん。行くぞポール!」
「はい!」
その音に、不穏な気配を感じたポールたちは急いでバックヤードに向かう。
その途中にも、なんだかものが倒れる音やざくりという不思議な音が続いており、これはいよいよただ事ではないぞと思っていたポールの前に、それは現れた。
「……やっと獲物が来たな。物など斬っていても気分が上がらなくて困っていたところでなぁ!」
素人目に見ても素晴らしい出来栄えの刀を手にした、フレデリックだった。明らかに目がイっちゃっていて、正気とはとても思えない。
その彼が、ポールたちが何かを言うよりも早く踏み込んできて――刀が振るわれる。
ポールがそれを回避できたのは、偶然以外の何物でもなかった。フレデリックのあまりの変貌ぶりに怯えてしまい、腰を抜かしたからに過ぎない。
だが、結果的に彼は助かった。たとえそれが数秒の延命であっても、確かに彼は助かったのだ。
何せ彼の隣にいたセシルは、二人を同時に狙った横薙ぎの一閃で、ばっさりと胸元を切り開かれてしまったのだから。
雑巾を引き裂くような悲鳴とともに背中から倒れる先輩を見て、ポールもまた悲鳴を上げる。
「……ひっ、ひ、ひええええぇぇぇ~~ッ!?」
「チィ、一人外したか。運のいいやつ……だがそんな幸運はもう起きんだろう? 大人しく俺の練習に付き合ってもらうぜーッ!」
「ああああああああ!!」
そして迫り来る切っ先に、ポールは死を悟り……けれど、それは彼には訪れなかった。
「大丈夫だったかい!?」
「じ……ジョースター卿!?」
そこには彼がいた。年齢をまったく感じさせない巨体から繰り出された、丸太のような脚の蹴りがフレデリックを吹き飛ばしていたから。
助かった。そう思う間もなく、物陰からフレデリックがゆらりと現れる。
ジョースター卿の蹴りを受けて、ピンピンしているその姿はどう見てもまともではなかった。
「不意打ちとはやってくれるな……だが、その攻撃……
そしてフレデリックはぎらりと光る目をぎょろりと動かして、ポールの前に立ちふさがったジョースター卿をにらみつけた。
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ジョナサン・ジョースターは困惑していた。今、目の前で収蔵品の刀を握っている同僚の変貌が、あまりにも理解しがたくて。
しかし、それにかまけていられるほど彼はぬるい人生を送ってはいない。原因はともかく、まずは相手をとめねばならぬとネクタイを緩めつつ、身構えて相手の動きを観察する。
そこに刀が襲ってくるが、その動きにジョナサンは即座に対応する。どう見ても素人な立ち姿から放たれる、どう見ても素人とは思えない動きにやはり驚くも、鍛え抜かれた身体は自然それについていく。
(一撃は鋭い……が、連続した動きとなると、そこまででもないな)
これなら波紋がなくても対応できそうだ、と考えながら一気に距離を詰める。攻撃を終え、刀を返そうとした一瞬の隙をついて、猛然と突進する。
その動きを真似できる同年代は、絶対にいないだろう。年齢と巨体に反した、ものすごい速さのタックルだった。
「速――グアッ!?」
「まずはその刀を離してもらおう!」
そして相手の刀を持つ軸となるほうの腕をつかみ、力を込める。見た目通りの力を発揮した彼の手は、そのまま万力のように締め上げて刀を取り落とさせる。
考古学者としては刀が床に落ちるときに受ける衝撃が気になったが、今はそんなことを言っている場合ではないとも理解していた。
「……あ。あ、あれ? ジョースター卿? これは、一体?」
「む……君、今まで何をしていたのか、覚えていないのかい?」
そして、刀から離れたフレデリックは、我に返った……文字通り、自らを取り戻したように、目を何度も瞬かせてきょとんとしていた。
これまたあまりの変貌に、ジョナサンもまた驚く。
だが、このような状況でも彼は冷静に頭を働かせる。ひとまず状況を理解できていないフレデリックを念のため縛ることにした。
襲われていた夜警……ポールには、刀をしまうために鞘を探してくるよう伝えておく。
それからフレデリックの手をネクタイで縛り、さらに上着で足も縛る。縛りながら、何が起きていたのかを説明する。
されたフレデリックは死ぬほど驚いて、何も覚えていないしそんなつもりもないと訴えた。ただ
恐らく普通の人間であれば、それを犯人の言い訳と思うだろう。この状況で言い逃れなどできるはずがない、と。
だが、ジョナサンはそうとは思わなかった。奇妙な冒険をくぐり抜けたことのある彼の勘が言っていた。そうではないと。
(まさか、問題は刀のほうか? 確か日本には、持ち手を操る妖刀などの民間伝承があると聞くが……)
ほどなくその発想にたどり着いたジョナサンは、足元に転がっていた刀に目を向ける。
……が。
「!? 刀がない……どこに!?」
そこにあったはずの刀は、なくなっていた。慌てて周りを見渡すが、それらしいものもない。
しかし、恐らくは血にまみれた刀身から伝わったであろう赤黒い痕跡が、点々と続いていて……さらに、ポールの姿が消えていた。
「まさか……」
事態を理解したジョナサンは、ごくりとつばを嚥下しながら注意深く周りに意識を向ける。
と、その直後。
「
ジョナサンの死角から、ポールが躍りかかってきた。手にはやはりあの刀が握られていて、美しくも妖しい刃が一直線にジョナサンを襲う。
だが、彼はそれを見抜いていた。足元の血だまりにわずかな波紋を流し、探知器にしていたのだ。
波紋を与えられた血が起こすかすかな振動により、敵の接近を完全に察知していたジョナサンは、狙いすました刺突を最小限の動きで避ける。そのまま肉薄してきていた相手の鳩尾に、肘を叩き込んだ。
「ふんッ!」
「ぐぱあっ!?」
派手な打撃音が響き、大の大人の身体が吹っ飛んでいく。その様を、転がされていたフレデリックは信じがたいものも見るように目を丸くしていたが、それはともかく。
「……今の一撃を受けて気絶しないとは。ポール君は何か特別武道を嗜んでいるわけでも、身体を鍛えているというわけでもなかったはずだが……君は一体何者だ?」
多少ふらつきつつも、確かな足取りで再び現れたポールにジョナサンが問う。返答は、怪しい笑いから始まった。
「ククク……さぁて、誰だろうな? 当ててみな……その前に死ななきゃだがなぁ!」
答えになっていない答えとともに、再び攻撃が繰り出される。先ほどから何度も放たれていた横薙ぎの攻撃。その始まりを見て取ったジョナサンは余裕を持ってかわそうとする。
しかし。
「なッ!? 先程より鋭い!?」
同様に回避しようとしたのに、ジョナサンはシャツを切り裂かれた。もちろんそれで終わるはずもなく、その下にある肌にも横一文字の朱線が刻まれ血が噴き出す。
その攻撃は、ジョナサンの想定を遥かに上回っていたのだ。
「ククク……当然!
「フム……どうかな? やってみたまえ!」
傲慢とも取れる言葉を受けて、ジョナサンは筋肉に力を入れる。盛り上がった筋肉が傷を強引に押し込め、血が止まった。
と同時に、ポールの攻撃が始まる。それはやはり、今までより明らかに速く鋭くなっていた。
それでもなお、ジョナサンの心に焦りはない。
コオオォォ……と、特徴的な呼吸音がかすかに響いた。刹那、ジョナサンの身体に力がみなぎっていく。先ほどまでより遥かに大きなエネルギーが、その身に宿る。
すると、それまで回避に集中せざるを得ないほど追い込まれていたジョナサンが、再び相手を圧倒するように動き始めた。
振るわれる刃をかわし、ときにはいなし、少しずつ距離を詰めていく。達人技の見切りと、怪我を恐れぬ不屈の闘志。それがどんどん相手を追い詰めていく。
ポールの動きもどんどん良くなっているのにも関わらず、ジョナサンをとらえることができない。それはポールにとって想定外の事態らしく、正気ではない目を焦らせて声を張り上げた。
「くっ、なんだこのジジイは!? なぜそこまで動ける! なぜ!」
「答えたら君は刀を置いてくれるのかいッ?」
「もちろん、断るッ! 俺の持ち手は俺が決めるッ!」
「ならば僕は、それを止めてみせようッ!」
そして遂に、ジョナサンは大きく前に出る。彼の太い腕がうねり、強烈な拳が放たれた。
だが、それを見たポールの口元が歪む。
「甘ァァい! その攻撃は
すぐさま刀が動き、パンチを避けながら必殺のカウンターを見舞おうとする。
「
「うごふッ!?」
が、避けられたはずの拳が突如として伸び、鳩尾に刺さった。さらにそこから、まったく予期していなかった衝撃がポールの全身に走る。
それは雷のような衝撃だが、真実はまったく異なる。黄金に輝くそれは、太陽の衝撃だ。
「あ、が……ば、バカ、な……!?」
その衝撃に耐えきれず、ポールの身体は麻痺して刀を取り落す。刀身が床の大理石に当たって、からりと虚しい音を立てる。
同時にポールの身体は地に伏して、どすんと鈍い音が響いた。
それをちらりと横目に見ながら、ジョナサンは留めていた言葉の続きを口にする。
「ズームパンチは今、初めて見せたはずだよ」
彼に応えるものは、そこには一人もいなかった。
ただ、縛られたまま放置されていたフレデリックがぽつりと、「すげえ」とだけはつぶやいていたが。
一体この刀は何ビス神なんだ・・・(棒
ちなみにスタンド使いでもないジョナサンがスタンド使いと渡り合えているのは、このスタンドが原作のそれと違ってほぼ初陣状態だからというのが大きいです。
まあこのスタンドが実体のある刀だから、というのもあるんですが、パラメータが低いのに加え、長年動いていなかった状態なのですね。
なので彼は、「原作よりも弱い」上に「寝起きの状態」で「初めての実戦の相手がよりにもよってジョナサン・ジョースター」という史上まれに見る不運に見舞われているわけです。
なんでそうなったかは次の話でアルフィーが解説しますが、まあ、要するに彼女によるバタフライエフェクトですね。