イギリスに戻ってきておよそ一ヶ月。そろそろ冬も間近な十月のある日、わたしは経過報告を受けるために伯爵やジョナサンと一緒にテーブルを囲んでいた。
そのテーブルの上には、いくつかの地図が並べられている。
「……というわけで、
伯爵の言葉に、わたしとジョナサンは黙って頷く。
いやー、思ったよりかからなかったね。伯爵が持ってたルージュフィシューの地図の中に全部あったもんね。どの地図もかなり難解な謎解きゲームみたいな、十分すぎる仕上がりだったんだけど。
それというのも【ネヴァーフェード】が強すぎた。スーパーエイジャがあるだろう遺跡を特定したときもそうだったけど、やっぱりものから記憶を取り出せるというのがあまりにも強すぎる。未解読の地図の中から必要なものをピンポイントで見つけられる上に、作成過程が見えるんだからはっきり言ってチートみたいなものだよね。
おかげで謎解きとかをしてる感じが全然なくて、こう、なんていうか、一生懸命隠したルージュフィシューの面々には申し訳なさすらあるよ。
でもまあ、あえて苦労する趣味はわたしにはないし、そこそこ急いでるし……というわけで、全力を出した結果がこれだ。
ただし、すべての鍵の場所がわかったわけじゃあない。わかったのは、あくまで鍵が隠された場所だ。
つまり何が言いたいかというと、
「
ということだよ。残念ながら、すべてが無事だったわけじゃあないってことだね。隠されてから千年以上経ってるんだから、それも仕方ないだろう。
ちなみに、暴かれていたものの中の一つは既に過去のルベルクラク家が回収していたから、わたしたちが解読する必要があったのは三つだけだった。一か月程度で全部特定が済んだのも、この辺が影響してる。
「暴かれていたのはフランス、ドイツ、中国のものです。一方スペインのものは未発見であったため、現在当家の傭兵団を派遣して諸処の手続きを行なっております。幸い、と言って良いかどうかはわかりませんが、まだまだ不景気が続いていて当家も人手が余っているのでさほど時間もかからず進められると思います。まあ、スペインはいまだ世界恐慌の被害を抑えきれておりませんから、その辺りでもめる可能性はありますが」
この時期のスペインというと、軍事政権と王政が倒れて第二共和制になってるところだったかな。それもあんまり振るわなくてやがてスペイン内戦に突入するわけだけど。
そんなときに外国のチームが遺跡見つけたっぽいから発掘したい、なんて言っても乗ってくれるかなぁ。いやまあ、状況が状況だから、現地の失業者を雇うとか言えばなんとかなるかもだけどさ。
こうして見ると、なんだかんだでやっぱり世界恐慌はあっちこっちで影響があったんだなって改めて実感できるね。
まあ、前世では一度も好景気を経験したことがない世代なだけに、今の世界経済を見てもそんなに危機感がわかないのは我がことながらどうかと思う。生き延びたらバブル崩壊はなんとか防ぎたいね。
「こちらの隠し宝物庫については、ある程度発掘を進めたところで中米史の事物と極めて類似性のあるものが見つかった、という触れ込みでジョースター卿にお越し頂こうかと思っております」
「いい案だと思います。ヨーロッパで中米史を専門としている人間は、僕含めてもそう多くありませんからね」
「石仮面がある可能性も考えると、何も嘘は言ってないしね」
うんうんと三人で頷きあって、詳細を詰める。
とはいえ、こちらについてはジョナサンに一任することになると思う。彼には本業の傍ら、鍵となる赤石を探してもらうことになる。
「問題は既に暴かれてしまっているほうですね。ルベルクラク卿、足取りはつかめているのですか?」
スペインにおける話に区切りをつけたところで、ジョナサンが振ってくる。わたしも彼に続く形で伯爵に目を向けた。
「過去のルベルクラクが発掘したフランスのものに関しては、はっきりわかっておりますよ。二百年ほど前に、当時の王家に献上した記録が残っておりました。
「う、場所がわかってるのはいいけど、なかなかやりづらいところにあるね……」
「陛下のお手元にあるとなると、尻込みしてしまうなぁ……」
由緒正しいイギリス貴族のジョナサンには、ちょっと手出しできないだろうなぁ。
かくいうわたしも、前世で庶民だったこともあってかなり気後れしそう。
ここは王室に強いコネのある伯爵になんとかしてもらうのが、一番無難かなぁ。
「ええ、色々と考えてみますよ」
伯爵はそう答えて、苦笑した。
あ、やっぱり簡単にはいかないんだね……。何かあったら全面的に振ってくれていいからね……大体のことはするから……。
「……それと途中までは足取りがつかめているものが、中国にあったものですね」
「中国……ルージュフィシューの拠点だったフランスからはだいぶ遠いですが」
「鍵となる赤石を隠すためだけに分派したものたちがいたようです。現代まで続いているかまでは調べ切れておりませんが……可能性はありそうですな」
「滅んでなかった可能性が出てきたんだね」
はい、と頷く伯爵に内心でまず間違いなく存続してるだろうなってつぶやく。
いや、根拠はなんにもないけどさ。こういうのってお約束じゃない?
実際にあるかどうかはさておき、邪魔が入るだろうって想定しておけば万が一のときの被害も抑えられるだろうしね。保険はかけといて損はないよね。
「この中国のものですが、明から清に移り変わる時期に暴かれたようですな。そして康熙帝の時代、皇帝に献上されたと記録に残っていましたが……日清戦争の折、賠償金に充てるため日本に譲渡されたそうです」
「
わあ、ここで日本が出てくるとは思ってなかった! 前世が日本人なのに、寝る前は日本とはまったく縁がなかった(そもそも当時の日本列島に国がなかったけど)だけになんだかワクワクする。その名前を聞くだけでなんだかテンション上がってきちゃった。
「……遠いですね」
「ええ。おまけに日本に渡ってからの足取りは不明です。情報もなかなか届きません」
「地球の裏側だもんねぇ……。まあでも、そういうことなら日本に直接行ったほうが早そうだね」
「かもしれません」
「ちょうどいいや。そういうことなら日本にはわたしが行くよ。わたしのスタンドがあれば調べるのも簡単になるし、やりたいこともあったしね」
そう言いながら、わたしはすぐ横に立てて置いていた刀の柄をなでた。そこに二人の視線が集まる。
『なんだ、俺に何かあったか?』
そこから犬頭のヴィジョン……アヌビス神がにゅっと顔を出す。もちろんこれはわたしにしか見えないわけだけど、刀の力は二人も知っているからそこは問題じゃあない。
彼には刀を打ち直せる機会が来そうだって伝えて、喜ぶ彼をよそにわたしは二人にも説明する。
あれ以来、わたしは禁止されていない限りは基本的にアヌビス神を携行している。ずっとぼっちで博物館にしまわれてた彼をスタンド空間に置いとくのは、かわいそうだったからね。
いやその、空間内に置かれてるわたしの古道具コレクションに憑いてる、自我のないスタンドたちを同類だと思って一方的に話し続けてはシカトされてると思い込んで凹んでたのが、もうかわいそうでかわいそうで……。
まあ武器としては優秀だし、いざってときは頼りにしようって打算もあるんだけどね。武器として使う機会は今ところないけどさ。
それでもそういう機会がきたときに、刀身が折れたままっていうのもね。そりゃあアヌビス神の能力があればこのままでも十分戦えるけど見栄えのこともあるし、何より折れた断面から錆ついたりしてもいやだからね。
でも剣ならともかく、刀を扱える人がヨーロッパにいるはずもなくって、今まで放っておくしかなかったんだよ。
「なるほど、日本は刀と侍の国だったね。この現代でも作っている職人がいるのか」
「いるはずだよ。高級将校は刀持ってる国だからね」
「そういうのもありましたな。わかりました、では極東のことはアルフィー様にお任せします。日本には当家の傭兵はおりませんが、知日家の部下はおりますので案内役として手配いたしましょう」
「ありがとう、伯爵」
やった、日本に行けるぞ!
この時代はもう、イザベラ・バードが深い感動を寄せた江戸時代の風景はほとんど残っていないだろうけど……それでも、かつてのわたしには絶対に見ることのできなかった景色をこの目で見るチャンスだ!
それに、昔のことを知りたかったらスタンドがある。いや本当、わたしは能力に恵まれたなぁ。つくづくそう思うよ。
「この機会に日本にも進出しますかなぁ」
「あ、それは難しいと思う。次の戦争、日本は英語圏を敵に回すだろうから……」
「む。ではやるなら戦後ですかな」
「それもどうかな……わたしの観測した未来だと、軍隊を持たない国になるし……」
「……? そんな国が成立し得るので?」
「ああうん、帝国主義の現代じゃ考えられないよね。まあ色々とあってね……」
って、話が逸れてる。本筋に戻そう。
「ところで、残る一つのほうは?」
「それなのですが……これがまた問題でして。というのも、
「なんですって、ナチスが?」
「ええ。どうもナチスが結党した前後くらいに、地元の農民たちによって発見されてしまったようで。そこから国に話が行って、その国が今や……というわけですな」
あらら、間が悪いなぁ。わたしが起きるのがせめてあと十年早ければ、先手を取れただろうに……。
「封鎖している、というのが僕には気がかりです。確かに歴史的に大変価値があるでしょうし、中にあるだろう事物は現金にしても相当の値がつくでしょうが……軍を使って封鎖まですることでしょうか?」
「その辺りは私もよくは……アルフィー様は、いかが思われますか?」
「んー、推測でしかないけど、たぶん不老不死になりたいんじゃあないかな。古今東西、権力を確立した独裁者が望むのはそれだし、石仮面があればそれも実現できる。どこでそれを知ったかはさておき、ルージュフィシューの隠し宝物庫なら残っててもおかしくないだろうし……」
まあ生きるのに疲れたら死ぬから吸血鬼も不老不死ではないんだけど、と付け加えて締めくくる。
前世における総統閣下がどうだったかはさておき、少なくともジョジョにおけるヒトラーは不老不死を求めたとされていた。それを考えれば、さほど的外れな推測ではないんじゃあないかな。
ただ、どうやってそこにたどり着いたのか、というところが見えてこないんだけど……。そこはまあ、いずれ
「なるほど、それは大いにありえそうですな」
「石仮面がもたらす不老不死は、とても認めがたいのだけれど……確かに、あれが生み出す闇について知らなければ、大抵の人は飛びついてしまうかもしれない」
二人も得心した様子で頷いていた。
しかしさて、どうしたものだろう? わたしなら潜り込むこともできるだろうけど……。
「軍が関わっているとなると、我々も動きづらいですぞ」
「個人で軍に対抗できるものなど、それこそ吸血鬼か柱の一族くらいだろうし……」
「伯爵はイギリス王家、ジョナサンはスペイン、わたしは日本とそれぞれがやらなきゃいけないことがあるし……人手が足りないなぁ」
そこで会話が一旦途切れた。
一応、リサリサやジョージ二世たちも人数に入れていいとは思う。ただ、いくら波紋戦士とは言っても現代の発達した銃火器に対抗するのは非常に難しい。
ましてや相手はナチスドイツ軍。
ただのナチスドイツ軍じゃあない。
波紋を科学的に研究したい、って言及されていたし、最悪実験体にされる可能性すらある。そんなところに、せっかくこの世界線では生き残っているジョージ二世たちを送り込むのはいくらなんでもまずい。
「……うん。まずはわたしがドイツに行くよ。日本に行くのはそのあとにしようと思う」
なので、そういうことになった。
かくしてわたしは、伯爵たちと分かれてドイツに向けて旅立つ。さーて、鬼が出るか蛇が出るか。どうなることやら。
今後の流れを説明する回。前回あんだけカッコつけてたけど、ルージュフィシュー君は所詮・・・先の時代の敗北者じゃけェ・・・。
でも彼らの存在にはちゃんと意味があるから・・・あるから・・・。