「オーケーJOJO、助かったぜ。礼を言う」
名乗った少年――ジョセフに対して、ルパン二世が朗らかに笑う。
「どういたしまして。俺としちゃあ、噂の怪盗さんをこの目で見てみたかったってェだけなんだが、まさか吸血鬼が出てくるとは思ってもみなかったぜ」
「……と、言いつつまだ残してるロープは何のために使うんだろうなぁ?」
頭の後ろで手を組んで笑っていたジョセフだったが、二世が言いながら足元のロープを引っ張って見せたのを受けてぎょっとした。
それは間違いなく、二世を捕獲する形で伏せられている。
「ウゲッ、バレちった?」
「仮にも俺ぁルパン二世様だぜ? これくらいは朝飯前よ。……それと、これがただの見せ球のフェイクで、後ろにもう一発隠し球があることもわかってるから下手なことはせんよーにな」
「あらら……さすがは大怪盗ってトコか。ちえっ、俺が捕まえれば知名度アップ、キャワイイ女の子にもモテ放題! だと思ったんだけどなァーッ」
あっさりと仕掛けに気づかれたジョセフは、ふてくされた様子で口を尖らせる。
その態度に、思わず二世はくつくつと笑った。
即席ながらも見事に二世を救っておきながら、状況が変わり次第すぐに捕まえようとしている辺り、まったく油断も隙もあったものではない。
だが、そんなジョセフの態度は二世にはむしろ好ましく映った。そこらの悪ガキも同然と多くの人は思うだろうが、実のところ二世自身も似たようなものだ。ある種の同族意識が、二世の態度を軟化させたのだ。
「とはいえいい線は行ってたからな。もし機会があったらまた会おうぜ、JOJO!」
「ま、しゃーないね。今回は潔く諦めてやるけど、次はとっ捕まえてやっからな!」
「ハハハ、それじゃあ楽しみにしとこうかな!」
そうして両者の短い邂逅は終わった。二世はばさりとマントを翻し、夜の闇の中に消えていく。
それを見送ったジョセフは、その場に残された仕掛けを解除し始めた。
が……その数分後、わりと近いところから派手な破壊音が聞こえてきて、目を点にした。
おまけにそこにまたも二世が現れたのだから、きょとんとする他ない。
「ようJOJO、さっきぶりだな! 早速で悪いンだが、もっかい波紋使ってくんない?」
「短い別れだったな!? いやそんなことより……」
明らかに慌てて、しかも後ろを気にした様子の二世には思わずジョセフが聞き返そうとした、その瞬間だ。
高い風切り音と共に、何かが飛んできて周辺の建物を真横に切り裂いた。
それは間違いなく、二世の首周辺を狙った軌道を描いていて……しかし、寸前にかがんだ二世はなんとか無事だった。
「な、なんだァーッ!?」
「やっべ、もう来やがった! おい言ってる場合じゃねえ、逃げるぞ!」
ジョセフの問いに答えるものはいなかった。
代わりに二世は寸前に発動していたスタンド【トレジャー・オブ・タイム】により、起動したルパンコレクションがジョセフごとこの場から消し去ったのだ。
しかし、いなくなったわけではない。二人はあくまで周囲から認識されなくなっただけで、位置は変わっていないのだ。
より正確に言うなら、二人はネズミよりもなお小さいサイズにまで縮んでいた。
「な、なんじゃあこりゃあーッ!?」
「おいコラ、あんま騒ぐな! 相手は吸血鬼なんだぞ、小さくなっても声出したら聞こえちまうだろ!」
「Oh,GOD……」
言われてジョセフは、慌てて両手で口をふさぐ。
そのまま二人、連れ立ってこの場を離れようとするが……小さい身体ではなかなか距離は稼げない。
そうこうしているうちに、それまで二人がいた場所に男が一人、現れる。フードつきのマントで顔を隠していたが、下から見上げる形になっている二世たちにはよく見えた。
スラブ系の顔立ちだった。鋭い目つきはいかにも堅気の雰囲気ではなく、この寒気の中、白む気配のない呼気がそれを際立たせる。
彼はその状態で、しばらく佇んでいたが……。
「……ネズミや虫とは異なる気配がある。瞬間移動ではないようだな」
そう呟くと、正確に二世たちのいるほうへと目を向けてみせた。
「そこか」
「ゲッ、バレてる!?」
「どーすんだ二世さんよ!? こんなサイズ差あったら踏まれてオシマイだぜ!?」
「どうすっかなーッ、いやマジでどうすっかなーッ!?」
「言っとる場合かよォーッおいーッ!?」
二世の首根っこをつかんでがくがく揺するジョセフと、それに逆らうことなくされるがままの二世。
そんな二人を正確に狙って、二条の閃きが襲った。
直前、二人は驚異的な反応を見せて跳びすさり、
「なに……?」
「なるほど、目から発射する光線ってところか?」
「ってことね。タネわかっちったなァ!」
悠然と着地する二人。ただ攻撃を回避しただけではなかった。直前の攻撃で舞い上がった石畳の破片を受けないよう、二人とも位置取りを絶妙に調節している。
その様子に、スラブ系の男も警戒を深めた。
「タネはわかったがJOJO、どうするよ?」
「そー言いつつ、二世さんも腹は決まってンだろ?」
「そりゃあな。何せ俺は泥棒さん。戦いなんてのは専門外なもんで」
「だろうねェーッ。そんじゃま、いっちょやりますか?」
「ああ。思いっきりやってやろうじゃないの」
腕についていた、緑色の矢印が描かれた赤銅色の小さな盾。それが消えると共に二人の身体が元通りになっていき、同時に赤い刀身の短剣が二世の手に握られた。
「見えんが……複数の能力を使うスタンドということか。これは生まれたての吸血鬼ではどうにもならんな。我輩も油断は禁物……一気に決めさせてもらうぞ」
言うや否や、男が一気に踏み込んでくる。彼が踏みしめた部分には靴の形状に凹み、ただの人間では到底不可能な速さへと一気に到達した。
だがそれを見るよりも早く、ジョセフと二世は同時に走り出した。男に背を向けての全力疾走。すなわち。
「全力でッ!」
「逃げるッ!」
「「Yeahhhhhh!!」」
この場からの速やかな逃走であった。
「ふん……いいだろう、どこまで逃げられるか試してやろう!」
とはいえ、二人ともただの人間でしかない。追いすがる男……吸血鬼の身体能力を前には、すぐに追い詰められてしまう。
だがそんなことは二人とも理解している。理解してなお逃げたのは、もちろん意味あってのこと。
「死ぬがいい!」
「やーなーこった!」
二世に詰め寄った吸血鬼の拳が、一直線に彼に放たれる。
だが。
「【
「何!?」
寸前、二世が短剣を振るったかと思うと、吸血鬼の拳は真横に方向転換した。攻撃の勢いはまったく変わらなかったので、彼の身体はそのまま流され家屋へと突っ込み、当たり前のように家屋には穴が開き、降り注ぐ瓦礫を浴びる。
そんな彼を尻目に、二世とジョセフは遠慮なく距離を開けていく。
「ヒュー、トレビア~ン!」
「メルシーボクゥ。……とはいえどうするよ?
「ま、そこは地元民にお任せあれ、ってね……ところでそのなんか攻撃逸らしてる……技? でいいのか? そいつは反射はできねーの? できたら俺もめんどっちーことしなくて済むんだけど」
「いやー困ったなーッ、もっと遅けりゃできるんだけどなーッ、俺もなーッ! でもあの速度だからなーッ!」
「ンだよ微妙だなーッ!?」
「微妙言うなコラァ! 親父から受け継いだ由緒正しいルパンコレクションだぞ!」
「たった二代で由緒もクソも……っと!?」
背後から、無数の瓦礫が飛んできた。その奥には、両手に大量の瓦礫を握り締めた男の姿。吸血鬼の膂力で放たれた瓦礫は、もはやショットガンにも匹敵する威力を秘めている。
だが、それも当たらなければ意味がない。二世が再度短剣を振るえば、瓦礫の雨はすべて見当違いの方向へそれていく。
しかしそれを見越してか、吸血鬼はにやりと笑いながら突っ込んでくる。再び放たれた瓦礫の弾丸を盾にするように。
「やっべ……!」
弾丸と吸血鬼。どちらかを逸らしたら、どちらかに対処する時間を確保できないことに気づき、二世の顔が引きつる。
それでもまずは、とばかりに弾丸を逸らし……やはり追随してきた吸血鬼に対処しきれず拳が二世を襲った。
「おっさん! 二世ばっかり狙って、俺のこと忘れてもらっちゃあ困るぜ!」
「……! チィ!」
しかし拳が当たる直前、吸血鬼はジョセフのキックを強引に体勢を変えて避けた。
無理な動きに重心が派手にブレ、走るスピードも大幅に落ちたが、丸太のような脚に宿る黄金の輝きを前にはそうするしかなかったのだ。
「ジョセフ・ジョースター……ジョナサンの血だけでなく、波紋の才まで受け継いだか! その歳でなんという波紋量か……!」
多少の波紋であれば、男もダメージ覚悟で攻撃を続けただろう。しかしジョセフが放った波紋は、明らかに致命傷になり得る強さを持っていた。
男はそこに、
「そりゃーおじいちゃんに散ッ々しごかれたからなァ! 行くぜ、ズームパンチッ!」
ぐんと腕が伸び、分厚い拳が吸血鬼を襲う。一瞬で詰め、また詰められた距離を、しかし彼は後ろへ跳ぶことで回避する。
ジョセフはそれを追わない。回避されることは織り込み済みで、最初からこのスキに再び逃げるつもりだった。彼は二世と並んで、暗い貧民街を駆けていく。
「遠くからでは蛙食いに散らされ、近づいたらジョースターが波紋で割り込む……即席のくせにやりおる。だが……」
再び走る速度を上げて、吸血鬼の目がギラリと怪しく光る。
「波紋への対処法は完成している……約五十年前に、な……」
その目から光線――正史において、吸血鬼と化したストレイツォによって
さらにその辺りの壁を手でこそぎ取り、レンガを手の中に収める。そのまま握り締めて粉々になったレンガは、次の瞬間即席の散弾として放たれた。
「危ねッ!」
「ほらよっと!」
だが光線は二世に、レンガの散弾はジョセフによって防がれる。
ジョセフもまた逃走中、地面に積もった雪を手中に収めていた。雪に波紋を宿して空中に散布して、即席の壁としたのだ。
そして殴りにかかった吸血鬼を、ギリギリのところで二世が逸らす。今度は横ではなく真上だ。
物理的にありえない軌道を描いて、男は空中に跳ね上がる。空中を移動する手段を持たない以上、それは明確なスキだ。
「ぬううぅぅ!」
しかし男も吸血鬼。踏ん張りが利かず、身動きの取れない空中であっても首から上を動かし、視線を使って攻撃を放つ。
「ど……っせぇい!」
「いでッ!?」
それが直撃する寸前、二世は跳びながら横に並ぶジョセフを思いっきり蹴り飛ばした。その反動で両者の間隔が広がり、あわやというところで直撃を回避する。
しかし完全にはかわし切れず、二世は浅くだが肩を切り裂かれた。
「二世!」
「これくらいどうってことねえよ! それよりJOJO!」
「……! おう!」
二世に蹴り飛ばされ、しかししっかりと体勢を整えて地面を踏んだジョセフ。彼が立ったその場所に、吸血鬼が降りてくる。
コオオォォ……と波紋特有の呼吸音が一際大きく響く。同時にジョセフは、吸血鬼の完全な死角となる位置へ動き……そして、
「
斜め後ろから、吸血鬼の身体を全力の拳でかち上げた。
波紋が弾ける音が派手に響き、衝撃が吸血鬼の身体を吹き飛ばす。
「よっし!」
その光景に、二世は思わずガッツポーズを取るが……。
「い……、いや……! や、……
拳を振り抜いた姿勢のまま、ジョセフは冷や汗をかいていた。勝った、などとはまったく思っていない強張った顔をしている。
彼が恐る恐る姿勢を戻して殴った手を見るのと、吸血鬼が地面に落ちるのは同時だったが……。
「こ、
「な……!?
ジョセフの右手が、凍り付いていた。その事態に、二世も目を剥いて驚愕する。
「ば、
「
思い浮かんだ心当たりにジョセフが戦慄し、それに応じる声が響く。
吸血鬼がゆらりと立ち上がり、今まさに殴られた箇所を手でさすっていた。そこに、波紋傷は欠片も見当たらない。
「
「いかにもその通り。触れた箇所の水分を気化させ……その急激な気化熱で腕を凍らせた! お前の祖父ジョナサンを苦しめた男の技だ!」
「お前も使えるのか……! なんてこった……!」
「接触部の水分を気化させる? しかも気化熱で凍らせる!? いやその理屈はおかしいだろッ! なんでもありか吸血鬼!」
「それを貴様が言うのか、蛙食い? スタンド使いの貴様が?」
「確かに!!」
「納得してんじゃあねーよッ!?」
はっとした顔をする二世に、凍った手でツッコミを入れるジョセフ。
戦闘中とは思えない空気だが、それも一瞬のことだった。
「これで波紋は効かん。終わりだ!」
「……逃ィィげるぞJOJOォーッ!!」
「言われるまでもねぇーッ!!」
地面を勢いよく蹴った吸血鬼に対し、二人もまた同時に地面を蹴った。
命懸けの逃走劇が、再び始まる。
お久しぶりです。ちょっとオリジナルのほうをがんばってました。
ジョセフと二世はおおむね同類の似た者同士。
二世に関しては、三世があんな感じの人だしってことで意図して似せました。
ジョセフも孫とは性格似てないけど、娘とはわりと似てるし。
でもおかげでセリフが・・・ちょっと、こう・・・両者の見分けがつきづらくなっちゃったかなとも思うけどどうかしら・・・。
ちなみにわかりづらいかもですが、ジョセフも吸血鬼もスタンド見えてません。でも二世が何かしてるってのは理解してます。