ぎょっとした様子のメイドさんたちになだめられながら船を降りたわたしは、そのまま入国手続きを済ませて港にほど近いホテルへチェックインした。
今日はここで過ごし、翌日にルベルクラクの関係者が迎えにやって来る手筈になっている。
つまり明日まではまた暇なわけだけど、周りの誰もがまったく勝手のわからない日本で、わたし一人が一万六千年ぶりの里帰りだーなんてハッスルするわけにはいかない。長い船旅でみんな疲れてるし、さすがに自重した。
そして夜が明けて、朝食も済ませて。
優雅にモーニングティーを楽しんでいたわたしの下に、いよいよ案内人がやって来たと連絡が。
なのでウッキウキでその案内人を招き入れたんだけど……。
「初めまして、アルフィー様。私、案内をおおせつかりましたサチと申します」
「娘のレナータです! よろしくお願いします!」
「子連れで申し訳ありません、ですが父がおりませんのでどうにも……」
現れた女の人は、吸血鬼だった。しかも子連れで。その娘とやらも、半吸血鬼だ。どういうことなの……。
ルベルクラクは昔から石仮面を積極的には使ってないし、ルージュフィシューのように使おうとする存在を許してこなかった。現存する石仮面は伯爵が厳重に管理してるし、今の時代に吸血鬼がいるはずがない。
ないけど……でもなあ、日本だもんなぁ。地球の表と裏、とまではいかなくともすさまじい距離が離れている。長い歴史の中で、ルベルクラクが把握し切れていない石仮面がここまで流れ着いた可能性はあるだろう。
とここまで考えて、いや待て、と考え直す。
だって、偶然で半吸血鬼が生まれるとは思えない。結構タイミングがシビアで、全体で見れば子供が半吸血鬼化しない期間のほうが圧倒的に長いのだ。そこがどうにも説明がつかない。どうなんだろうなぁ、これ。
……まあ、彼女が吸血鬼であることはこの際問題じゃあないか。彼女が何を考えているのか、そして彼女が
ただ、それをここで問いただして、万一暴れられたら困る。周りには普通の人間、もしくはだいぶ血の薄い半吸血鬼(ちっとも半分じゃないけど気にしないで)しかいない。わたし一人ならともかく、彼女たちに被害が及ぶようなことは避けたい。
それに何より……この吸血鬼の女性。朝だっていうのに、普通にここまでやって来た。全体的に日光を避ける服装ではあるけど、それでもただ者じゃあない。
わたしみたいに、日光をある程度克服した吸血鬼とか? だとしたら、カーズ様が実験台として欲しがりそうだ。
あるいは、何か光に関係したスタンドでも使えるのかな? 可能性としてはこっちのほうが高そうだけど……むーん。
……よし、スキを見て【スターシップ】だ。誰からも邪魔されないスタンド空間で、しっかりとお話ししよう。
「……英語は使わなくていいよ。わたし日本語わかるから」
「!? さ、さすが、知恵の神アルフィー様……完璧な発音でいらっしゃいますね」
毎度のことだけど、知恵でもなんでもなく前世の記憶なんだよなぁ……。言わないけどさ。
「ちなみに文字も読めるから安心して。通訳関係はわたしより、他の子たちを助けてあげてほしいな」
「畏まりました」
うやうやしく頭を下げるサチさんとやらは、誰の目に見ても東洋人だ。名前が本名かはわからないけど、たぶん日本人なんだろうな。最初に声をかけられたとき、RとLの区別がほとんどついてなかったし。
一方、彼女にならう形で一歩遅れてぺこりとおじぎしたレナータちゃんは、あからさまに混血だ。でもサチさんに似たところがぽつぽつ見えるし、親子なのは本当だろう。名前からして、サチさんのお相手はロシア人かな?
「かわいいねえ。レナータちゃんはいくつなのかな?」
「さんじ……ッ、えっと、十歳です!」
三十台の数字を言いかけたな。つまりそういうことなんだろう。
半吸血鬼の歳の取り方はおおよそ人間の三分の一だから、十歳という申告はさほど間違ってないはずだ。精神面の成長も、まったく同じではないけどわりと近似するから、普通にそれくらいの女の子として扱えばいいだろう。
「そっかそっか。チョコあるけど食べる?」
「はい!」
「こ、こらナートチカ!」
ぱああと顔を輝かせたレナータちゃんに対して、サチさんが慌ててたしなめる。レナータちゃんもはっとして、慌てて土下座し始めた。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、そこまで畏まられても困るんだけどね。わたし、そういうのあんまり好きじゃあないんだ。だから遠慮しなくっても大丈夫だよ。ここには身内しかいないしね」
この辺のやり取りはもう慣れたものだ。そしてチョコレートを渡すのは、わたしが二人に物理的に接近したいからなので、遠慮はしないでほしい。
ということで、わたしは二人に近づくと、レナータちゃんに多少強引にチョコレートを手渡した。
すると、途端にレナータちゃんの顔がまたほころんで、嬉しそうにそして大事そうにチョコレートを懐にしまう。
「ありがとうございます!」
「はいどういたしまして」
「申し訳ありません、アルフィー様……」
なんなら敬語もいらないんだけど、ルベルクラクの関係者がそれは無理だろうから言わない。
にしても、
まあただの親バカなら微笑ましいけど、吸血鬼特有の感情の暴走が、ショシャナ並みの執着に発展しないことを願うよ。誰も得しないもん。
「……いいのいいの。子供はこれくらいが一番だよ。さて、挨拶はこれくらいにして、本題に入ろっか」
ぽん、とわたしが手を叩くと、二人が改めて畏まった。
そしてわたしに視線を集中させた二人は驚いた顔を……いや、レナータちゃんだけだな。彼女だけが、驚いた顔をして絶句した。
なるほど、
サチさんはそんなレナータちゃんの様子と、弓で矢を引き絞る姿勢のわたしに不思議そうな顔をしている。警戒するに越したことはないけど、ひとまず先にスタンド空間へ引きずり込むのはレナータちゃんで決定だ。
――【スターシップ】。
「お母さん逃げ――!」
わたしが矢を放つ直前、母親をかばうように前へ出たレナータちゃんの身体から猫のような、けれど全体的に機械的なフォルムの
けれどそのスタンドが何かをする余裕はなかった。それよりも早く、わたしが放った矢がレナータちゃんの腕に刺さり、彼女をスタンドごと別空間に引きずり込んだからだ。
「ナートチカ!?」
サチさんが悲鳴のような声を上げる。スタンド使いでない彼女には、娘が突然前に出たかと思ったら消滅したように見えただろうから、無理もない。
彼女とは対照的に、周囲の人間は特に大きな反応はない。ここ数か月、一緒に行動していた彼女たちには見慣れた光景なのだ。スタンドは見えずとも。
「アルフィー様!? 娘はどこへ!?」
「大丈夫、すぐに会えるよ」
うろたえながらも訴えかけてきたサチさんに、わたしは再度星の紋様が刻まれた矢を向ける。
……自分でやっといてなんだけど、これ完全に悪役の絵だな。すぐに娘のあとを追わせてやる、とかそういうやつだよね、これ。
ちゃうねん……そんなんやないねん……ほんまやで……。
でも今更そんなことを言っても仕方ないので、わたしはそのまま矢を放つ。スタンド使いではないサチさんは、特になんと言うこともなくあっさりとスタンド空間へと消えた。
「さて……ちょっと二人とお話して来るよ。しばらく離席するね」
「はい、どうぞお気をつけて」
そしてわたしは、恭しいお辞儀を周囲から一斉に受けながら、自分に星の矢を突き刺した。
移動した先はいつも通り、スタンド空間の中央だ。そこでわたしは、不思議そうにきょろきょろしている親子に改めて向かい合う。
「やあ二人とも、わたしの世界へようこそ」
「!! あ、アルフィー様……これは一体どういうことでしょうか?」
娘をかばう形で、サチさんがこちらをにらんでくる。ここでも娘を守ろうとする辺り、娘への愛は本物なんだろう。
だとしたら、なおさら不思議だ。どうしてこの二人がわたしのところにやってきたのか。それは知っておかないといけない。
「それに答えるためには、わたしは一つあなたに聞かなきゃあいけないことがあるね」
「……?」
「サチさん、
「ッ!?」
「そして
視覚で判断してるわけじゃあないから、この表現は正しくないんだけど、まあそれはさておきだ。
「でもおかしいよね。だってルベルクラクに吸血鬼はもういないはずだもん。野良の吸血鬼が潜んでた可能性は否定できないだろうけど……だったら半吸血鬼を産んでるのがおかしい。あれを作れるタイミングはシビアで、偶然見つけられるようなものじゃあない。というか、そもそも野良の吸血鬼がわたしのことを知ってるのもおかしいし……」
今ここで思いつきました、みたいに顎に人差し指を当ててみる。
ちらっと横目で二人の様子をうかがってみれば、二人とも……特にサチさんは青い顔をしていた。
そんな二人に追い打ちをかけるように、わたしは言葉を続ける。
「だからさ、答えてほしいんだ」
ぎちり、とわたしの額から隠していた角が出る。同時にわたしの頭髪は銀色へ、肌は褐色へと切り替わる。
アルフィー・ルベルクラクではなく、柱の女アルフィーとしての本当の姿で二人に問う。
「あなたたち、何者?」
「――も……申し訳ありませんでしたッッ!!」
返答は土下座だった。
……えっ、いや、自白早くない? 普通もっと粘らない?
「畏れ多くもアルフィー様を謀ったこと、誠に申し訳ありません!! 許していただけるとは思いませんが、せめて娘は、娘だけはッ! どうか私の首で何卒、娘だけはお許しくださいッッ!!」
「えっ、あの、えっと、わたしよりお母さんを……!」
親子揃って全力の土下座である。麗しい親子愛だとは思うけど、真っ先に命を差し出してくるのには正直ドン引きだ。なんでみんなもっと命を大事にしないのか。
でも迷うことなく首を差し出すこの態度、見覚えがある。ルベルクラクで何回も見た。わたしに対する信仰を持ってる人の特徴だ。
ということはルベルクラクの人間なんだろうか?
……うーん、これだけじゃあ断言できないな。
「……質問に答えてほしいなぁ」
なので思わずつぶやいちゃったんだけど、二人から「ひえっ」と引くような悲鳴が聞こえてきた。
そんなに怖がらなくてもいいじゃん……。わたし、一族では一番寛容なつもりだし、なんなら転生してからこっち、全ギレした記憶なんてほぼないんだけどな……。
「わ……私は……私たちは」
息も絶え絶え、みたいな感じでサチさんが声を上げる。
おかしい、わたしそんなにプレッシャーかけてるだろうか。というか、わたし殺気とかそういうの出せないはずなんだけど、なんでそんなに怯えられるの……。
「――ルージュフィシューの、末裔でございます」
「……マジ?」
「はい!」
平伏した彼女のつむじを見下ろしながら、しかしわたしはなるほどと大いに納得していた。
ルベルクラクとは元を同じくする集団。きっと柱の一族への信仰は同レベルだろう。首を差し出すというのもそういうことなんだろうな。
何より、吸血鬼を普通に運用していたルージュフィシューなら、石仮面やそれにまつわる知識も継承していてもおかしくない。
それでいて、ルベルクラクの人間と偽ってわたしに取り入ろうとしたのは……復権を望んでのこと、かな?
伯爵たちはルージュフィシューは滅んでいるという認識でいたけど、今の今まで隠れてたんだろうな。今ここにいるのは、わたしたちが起きるタイミングで仕掛けてきたってところか。
「よく生き残ってたね。伯爵は滅ぼしたって言ってたけどなぁ」
「欧州を早々に諦め、シベリア周辺で生き延びていたと聞いております……」
彼女が言うには、ただ隠れていただけじゃあなくて、吸血鬼を作るのもゾンビを作るのも、かなり自重していたらしい。ルベルクラクの本拠地から遠く離れた上に、そこまでやってたならなるほど知られてないはずだよ。
で、活動を再開し始めたのは、百五十年ほど前らしい。今は東アジアを中心に、それなりの規模の商会まで持っているようだ。
ただ、あくまでそれなり。世界の半分近くに何かしらの影響力があるルベルクラクに対抗するにはまだ難しいようで、特に資金力と情報収集網はかなり差があるっぽい。
まあルベルクラクって歴史的に俯瞰して見ると、約二千年ほど失敗をほとんどしてないわけのわからない一族に見えるもんな。わたし経由で歴史をカンニングしてるからある意味当然なんだけど、それだけ勝ち続けてきた彼らはもちろん力を蓄え続けて今に至るわけだから、ルージュフィシューが勝てるわけない。
「しかしそれでも、我々は諦めておりませんでした。そしてアルフィー様がスーパーエイジャを探していることを知った我々は、ルベルクラクよりも先んじて鍵を手に入れ、それを奉じてなんとか取り立てていただこうと考えた次第でして……」
「オーケー、大体わかったよ」
戦国時代やら江戸時代やらの浪人みたいだなぁ……。さしずめ例の鍵は感状か……。
ともかく、状況はわかった。じゃあどうするか、だけど……もう一つ聞いておかないといけないことができたな。
「ちなみに、本当にわたしのところに来る予定だったルベルクラクの人はどうしたの?」
「……催眠をかけて、遠ざけました」
「遠ざけた?」
そういえば、ジョジョの吸血鬼ってそんなようなこともできたっけ? 確か一部で、ポコがそんな感じで操られてたっけ。それ以降、そういう描写がないからよくわかんないけど……。
三部でアブドゥルや花京院につけ込むときの描写がやけに大仰だけど、もしかしてあれも一種の催眠術なんだろうか。対象に強く恐怖を感じさせる的な。
でもなぁ、転生後に実際に見た吸血鬼と比較して考えるに、ディオってあからさまに規格外なんだよなぁ。突然変異と言うか強すぎるというか……ともかく参考にならないんだよなぁ。
気化冷凍法にしたって、習得できた吸血鬼は体感で半分くらいだぞ。あのショシャナですら、ディオが原作でやってたことはあんまりできなかったんだから、いかにあの人がぶっ飛んでるかわかろうというものだ……。
「は、はい……わ、私は、吸血鬼としては非力なほうですが、その代わり、血を操作したり、気化冷凍法と言った、特殊な行為が得意、でして……それで、目を合わせた相手を、催眠状態にできるという技も……ありまして……あの、その、アルフィー様?」
おっと。変なほうに思考が飛んでた。いけないいけない。話に戻ろう。
「つまり、サチさんは少なくともその人を殺してはいないんだね?」
「は、はい! ……や、やはり殺しておいたほうが良かったでしょうか……あの、あまり娘の前でそういうことはしたくなかったのですが……」
え、なんでそんな今にも殺されそうな顔してるの。むしろいい判断だったのに。
「いや、それでいいよ。あのね、この際だからハッキリさせておくんだけど……わたしは他の一族と違って、殺したりするのは嫌いなんだ」
なんでそこで「え?」って呆けた顔するの。解せぬ。
「人間や吸血鬼を食べるのも嫌だしね。わたしは普通に、人間と同じようなのが食べたいの。今は白いご飯とお味噌汁が一番食べたいね!」
ぐ、と拳を握って人間と変わりませんよアピール。
「は、はあ……」
「そんなわけだから、サチさんが不必要に殺さなかったのはわたし的にはポイント高いよ。これからもそうしてくれるとわたしは嬉しい」
「それは、……ありがたいお言葉ですが……わ、私は既に、数え切れない人を……」
「ああうん、ルージュフィシューならそうだろうね。でも終わったことはどうしようもないし、だからって今ここで死ね、なんて言わないよ。生きて罪を償うことのほうが難しいんだし……うん……それにね、これは尊敬してる人からの受け売りなんだけどさ」
おおブッダ、あなたの言葉をお借りします!
「まだ死んでない人なら助けられるでしょ。手をかけた人の数以上に、人を助けてほしいな。
「…………」
サチさんは、しばらく呆けた様子でわたしを見つめていた。
けれど少ししてから、ゆっくりと……けれど神妙に頭を下げた。
「アルフィー様の仰せのままに」
母親のその姿に、ちょっと不思議そうにしながらも続いたレナータちゃん。
そんな二人を見ながら、わたしはうんと頷いた。
「ん、おっけ。じゃあ二人とも、これからわたしのために働いてくれる?」
「もちろんです!」
「です!」
「この身命を賭して!」
「ありがとう。……でも自分の命は大事にね? 子供のこと大事なんだったらなおさらだよ。できるなら、子供は親と一緒にいるのが一番なんだからね」
「……っ! は、はいっ!」
わたしの言葉に、再三サチさんが平伏する。
かくして、わたしは彼女の忠誠を受け取ることになった。
わりと活躍シーンが少ないし本人も自覚がない主人公だけど、腐っても柱の一族ですよって感じの回。
サチ視点だと「これが・・・神・・・!」って感じのやつ。