転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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23.ルージュフィシューと昭和10年の東京

 サチさんとレナータちゃんを一行に加えたわたしたちは、一路東京へ向かう汽車の中にいた。イギリスやドイツでも乗ったけど、日本の汽車ってだけでなんか特別な感じがするから我ながら現金なものだ。

 

 とはいえ、マナーの悪さにはうんざりする。時代的に、そこかしこでタバコの煙が上がってるのは仕方ないにしても、吸い殻を放置するのは許せないし、ゴミをそこら辺に所構わず捨てていくのも腹が立つ。子供やお年寄りを強引に押しのけて席を占領するのも気にくわない。一緒にいる使用人のみんなも、これにはご立腹だ。

 

 わたしはと言えば、紀元前を知ってるだけにそこまで気にならない……なんてことはなく。恐らく、一行で一番腹を立てていたのはわたしだろう。

 

 わたしは日本人だ。世界線は違っても、この国はわたしの故郷だ。他の誰もが納得しなくとも、わたしはそう信じてる。

 だけどその故郷が、知っている時代からたった七十年程度遡るだけで、ここまで質が下がるなんて思ってもみなかったのだ。いや、多少知識として知ってはいたけども……。

 

 紀元前の世界を我慢できたのは、最初から期待していなかったからだろう。だって紀元前だもの。文明も文化も未発達で、最初から期待する意味がなかったってだけだ。期待があったからこそ、失望も大きいってわけだ。

 

 早い話が、わたしは記憶の中の日本とのギャップにやられていた。

 

 だけど同時に、一人の歴史好きとしてそのジェネレーションギャップは心地いいものでもある。いや不快な目に遭ってるからこの表現は語弊があるんだけど、こう、時代ごとの差を体感できていること自体には喜びがあるんだよね。我ながら面倒な性格だと思う。

 

 ともあれそういうわけで、わたしは終始イライラしてたけど、かといってこの状況は見過ごせない。

 わたしの使用人はみんなイギリス人なんだぞ。彼女たちの日本株が直滑降してるのは、一日本人として許容できない。何かあったら即ブリティッシュジョーク(皮肉)が飛び出てくるんだからな!

 

 だからイライラしながらも、わたしはゴミを処理して回っていた。まずはできる範囲からだ。範を示すところから始めていこう。

 おかげで横浜東京間の景色を楽しむ余裕なんてほとんどなくて、哀しみを背負うことにはなったけど。

 

「東京駅だー!」

 

 ともあれ、東京に到着だ。駅から出て振り返れば、わたしの知る時代でも残されていたその威容の、一部だけでなく全体がはっきり見える。わたしが知ってるものが遂に目の前に現れた感動は、ここまでの道中でささくれた心を癒すには十分だ。

 

 うん、一枚写真を撮っておこう。

 

「アルフィー様、ゴミは私どもで処理しておきますので……」

「あ、お願い。どこにどう持っていけばいいかはさすがにわかんないし」

 

 ものすごく申し訳なさそうにゴミを引き受けたサチさんは、指笛を吹いた。するとすぐにどこからともなく人がやってきて、彼女はその人にゴミ処理を投げる。

 

「……日本にはすっかり溶け込んでるんだね」

「今となっては我らの重要拠点の一つですので」

「あー、この時代のアジアで独立と経済的自立を保ってるの日本だけだもんね」

 

 どこもかしこも植民地だもんなぁ。経済活動だけならインドシナとかでもできるだろうけど、植民地経済は本国ありきだしなぁ。

 

 とはいえ、その日本も経済が強いとは言えない。おまけに今は恐慌の影響で、どこもかしこもガタガタだし。

 

 あー、せめて15年前に目が覚めてれば関東大震災も世界恐慌も、三陸地震にも何かしら対処ができたんだけどなー。

 

 そう思ったんだけど、どうやらそうでもないらしいことがわかってきた。

 駅から移動しながら、わたしは主にルージュフィシューの現状や彼らがこの国でやっている活動について、サチさんから聞いてたんだけどね。

 

 彼らが隠れ蓑にしているのは、四神工業という機械メーカーらしい。名前の通りメーカー系の企業で、扱うのは主にマザーマシン……要するに、機械を作るための機械とのこと。財閥と呼べるほどの規模ではないものの、一企業としては間違いなく日本ではトップクラスに位置しているらしい。

 戦後の不景気、関東大震災、世界恐慌、昭和三陸地震に農業恐慌と、ここ十年ほどの間に経済的な大事件が連続してるせいで、最近は業績を落としてるみたいだけど、何せ作ってるのがマザーマシンだ。メンテナンス業務で最低限食いつなげているという。

 

 そう、この世界の日本は史実よりがんばってる! しかも、わたしに端を発するバタフライエフェクトの最たるものの一つとも言える、ルージュフィシューがそれを担っているとなると、思わず嬉しくなるよね。

 

 でね、その本拠地。なんと東北地方にあるらしい。母体がシベリアから出てきたルージュフィシューであることを考えると、決して突飛でもないような気はするけど……本来であればこの時代、日本の東北地方には後世に名を残すような大企業は存在しない。

 だけどこの世界では、たまたまルージュフィシューが東北の余りまくっている労働力に目をつけて、この地域で開業した。この結果、史実よりも東北地方は豊かになっているようだ。

 

 さらに、だ。

 東北地方が史実よりにぎわっていて、その中核が工業メーカーということもあってか、史実では華麗にスルーされた東北帝国大学から世界に羽ばたいた大発明、八木・宇田アンテナも大々的に研究されているらしい。

 

 これは快挙ですよ! この研究が早い段階から進められてるってことは、間違いなく日本におけるレーダーの研究も進む。このままいけば、軍事技術としてのレーダーも二次大戦に間に合う可能性が高い。

 

 まあ、だからと言って日本がアメリカ相手に勝てるはずはないんだけど、それでも史実ほどボッコボコにされる可能性は下がるはずだ。戦争が起こるのは仕方ないにしても、亡くなる人は少ないに越したことはないからね。

 

 そんなわけでわたしとしては、素直にでかしたと思う。何せ財閥やら政府やらの思惑や結びつきのおかげで、東北地方より朝鮮半島や満州の開発のほうが優先されがちだったからね……。

 結果論ではあるけれど、朝鮮半島を手に入れたのは悪手だと思うんだよなぁ。開発すべき地域が増えたことで、内政が広く浅くになってしまった遠因だし。

 

 だからわたしは、早く目が覚めて日本に来れてたら、まず東北地方に資金を投入して開発。そうして日本の国力を増強させて、資源と経済を巡って勃発する第二次世界大戦を防ぐ……ないしは軽傷に収めようって考えてたんだよね。

 今からじゃそれは遅いって思ってたけど……それを偶然とはいえやってくれてたのは、本当にいい仕事をしたと思う。

 

 伯爵たちには悪いけど、これだけで十分ルージュフィシューのことは信用するに値する。

 それと、個人的にルベルクラクに依存しない資金源が欲しいって思ってたから、これはもしかしなくてもチャンスだと思う。

 この機会に、サチさんとレナータちゃんはしっかりわたしの側になってもらおう。

 

「さあ着きましたよ。四神工業の東京支店へようこそ、アルフィー様」

 

 そうしてサチさんに連れてこられたのは、なんと皇居にほど近い……というか、目と鼻の先の街中だった。

 ここまで来ると、さすがに全体的な雰囲気はわたしの知る時代と近しいものを感じる。車だって行き来してるし……なんならわたしたちも車でここまで来たくらいだ。

 それでも建物の高さやデザイン、行き交う人の姿を見るとまだまだ違いは大きいね。

 

 まあそれはともかく。

 

 サチさんに案内され、多くの人に出迎えられたのは、迎賓館と呼ぶに相応しい優雅な洋風建築だった。

 ただ、この建物に会社機能はないだろう。隣にこれぞと言うしかない四階建てのビルがあるし。

 このビルも、営業用の拠点なんだろう。工場は敷地が必要になるから、こんな東京の一等地にあるわけないもんね。

 

 だからこの迎賓館っぽいのは、本当に人をもてなすための場所なんだろうけど……いやその、なんていうか、皇居のすぐ目の前にある迎賓館的な洋風建築って、心当たりが……。

 

「……鹿()()()()()?」

「ご、ご存知でしたか……さすがですねアルフィー様」

「ビンゴかよぅ!」

 

 そのものズバリだった。

 

 うっそだろ、今わたしあの鹿鳴館の中にいるのか。セットでもなんでもない、本物の鹿鳴館に!?

 

「……アルフィー様? そのカメラは……」

「ごめん。まずは撮影させて! 外から中から隅から隅まで! ()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 歴史好きの本懐ィィ!!

 

 

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 ……何はともあれ、鹿鳴館(来賓用宿泊施設として中はかなり改装されていた)に落ち着いたわたしたちは、改めてサチさんと今後のことについて話し合う。

 

 まず一番肝心な赤石製の鍵については、わたしが来る少し前から既に捜索を始めていたみたい。もちろんあからさまに非合法なことはできないし、ルージュフィシューという概念は会社の幹部しか知らないみたいで、なかなか進んでいないようだ。

 それでもサチさんによる催眠術などで、普通にやるよりは効率はいいらしいんだけど……国の記録を探らないといけないから、それも限定的らしい。

 

 わたしはこの穴を埋める形で動くことになる。【ネヴァーフェード】ならそれが可能だからね。

 

 それとは別に、わたしが刀を直したいと告げたところ、府内(この時代の行政区分は東京府である)でそれなりに名の知られた刀工を数日以内に調べてリストアップしてくれることになった。

 ありがたい。これでやっとアヌビス神を整えてあげられる。彼には今後の活躍を期待してるし、この機会に刀身だけじゃあなくて(こしら)えも含めてきれいにしてあげたいところだ。

 

 あとは仕事とは関係ないんだけど、「よろしかったら」と前置いて観光地案内の束を手渡された。わたしが人間の文物が好きってことは、ルージュフィシューもしっかり伝え継いでいたらしい。

 思わず苦笑しちゃったけど、今まさに鹿鳴館に対してそれを全開にしちゃったわけだし、ありがたく受け取ることにした。

 

 とりあえず、東京大空襲で焼ける前の東京……特に下町は重点的に見て回りたいので、予約を入れておく。

 京都も見ておきたい。あとは名古屋も見ておきたいな……名古屋城が確か空襲で焼けてるはずだ。しかしそうなってくると、神戸や大阪も……。

 

「……あの、アルフィー様って普段からこのような感じなのでしょうか?」

「アルフィー様は歴史的文物が絡むと大体このような感じですね。ドイツではそれはもうはしゃいでおられました」

 

 サチさんとメイドさんがなんかぼそぼそ話してるけど、聞こえてるんだからね。

 

「アルフィーさま、わたし浅草に行ってみたいです!」

「ナートチカ!?」

 

 レナータちゃんはかわいいなぁ!

 子供はこれくらい遠慮がないほうがいいよね!

 

「よし、東京の下町巡りは浅草中心にしよう」

「アルフィー様!?」

 

 と、そんな一幕もあったけど、ともかく日本での活動はこうして始まった。

 

 なお、その日の夕飯はフレンチディナーの予定だったらしいんだけど、今朝方にわたしの魂の叫びを聞いたサチさんの鶴の一声で急遽和食に切り替えられた。

 

 そして使用人のみんなが慣れない和の道具や味に苦戦する中、わたしは一人号泣しながらすべてを完食した。一万六千年ぶりのごはんとみそしるは、魂を砕くような美食だった。

 

 やっと本当の意味で帰ってこれた気がした。

 ああ、やっぱりここがわたしの故郷なんだ、って心の底から思ったよ。

 

 みんなドン引きを抑えきれてなくて、顔が引きつってたけどね……!

 




イギリスが史実よりやばいくらい底上げされてるから目立ってないけど、さりげに底上げされてる日本の国力。
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