東京に着いて四日後。手近なところから調査を始めていたわたしは、サチさんから刀工のリストを受け取った。そして様々な情報を加味して熟慮した結果、鍵の調査は彼女に任せて一人山手線に揺られることになった。
山手線はこの時代、すでに環状運転が実施されている。それどころか、これ以降山手線に追加される駅は1971年の西日暮里駅と2024年の高輪ゲートウェイ駅、二つしかない。
つまり1935年の現在、その形態は既に完成していると言っても過言ではない。使われている車両は当然電車じゃあないし、あのわかりやすいウグイス色もまだないけど、間違いなく山手線だ。
2010年代にこれに乗っていたわたしが、1935年にこれに乗ってるなんて不思議な気分だ。わたしは鉄オタじゃあないけど(歴史好きとして鉄道の歴史そのものは多少知っている)、それでも乗っていてワクワクする。
だけど今向かっている町のことを思うと、気分が盛り下がっていくのが自分でもわかる。
いや、今のわたしは人間じゃあないんだけど、そんなことお構いなしにヤバそうな気配を感じているのだ。何せある意味伝説の町だから、不安にもなろうというものだ。
なんでって?
そりゃあ決まってるじゃあないか。
だって、わたしの今の目的地は……。
〈
「!? おい大変だ、
「ウソだろ!? ……マジだ!?」
「おいあんた、正気か!?」
「早く戻るんだ!
「オギャア! オギャア!」
……と、車両から降りようとしただけでこの騒動である。
しかし彼らのリアクションも無理もない。だってこの町は日本一……いや、下手したら世界一危険な町なのだから。
けれどわたしは、親切な彼らの言葉を無視して駅のホームに降り立つ。日本語がわからない体で首を傾げながら振り返り、英語で答えておく。
『ご心配なく……殺す側ですから……!』
実際の殺害人数で言ったら、わたしは間違いなく人類史上最悪のジェノサイダーだ。本来の歴史でカーズ様たちがやってたであろう殺しも、なんだかんだでわたしに押し付けられてたっぽいから、柱の一族の中でもたぶんわたしが一番だと思う。なんの自慢にも名誉にもならないけど。
いや、実際に殺すなんてしないししたくないし、今からここで殺人をするつもりもないわけだけども。自虐というか、ある種の戒めってことでね……。
「……来てしまった」
駅から出て、駅舎を振り返る。そこには大きく、「米花町」と書かれていた。
米花町。言わずと知れた日本のヨハネスブルグである。
間違えた。
言わずと知れた名探偵コナンの舞台である。
東京の都心にも近く、複合商業施設や各種娯楽施設、ホテルなども充実している、二十一世紀の日本の豊かさを象徴するような立派な街だ。
さすがにこの時代はそういうものはほとんどないけど、山手線の駅があるこの街が田舎であるはずもない。駅舎に背中を向ければそこには、賑やかな街並みが広がっている。間違いなく、この時代においても栄えている街と断言できるだろう。
しかし問題はそこじゃあない。何が問題かと言えばそれは、
なんでって……だって名探偵コナンは、様々な事件を主人公のコナン君が解決していく作品だ。だから仕方ないんだけど、この作品では彼の行く先々でとにかく事件が起こる。
しかもこの作品、作中の出来事はすべて一年以上過ぎていない、という設定が作者から明言されている。おかげで作品を通して見ると、二日に一回は絶対に誰かが殺されていることになり、結果ネットでは面白おかしく日本のヨハネスブルグと呼ばれるに至った。
そんな街が、さあ。
まさか実在してるなんて思わないじゃん!
しかも山手線の中にあるとか普通思わないでしょ!?
確かにあの高田馬場は駅名がそのまま地名になった街で、本来の高田馬場は違うところにあるけど!
だからってなぜ米花町が存在するのか!
そりゃカリオストロ公国がある時点でもしやとは思ったけど、でもヴェスパニア王国なかったじゃん!
そして存在したらしたで、時代が違うのになぜこの時代から既にコナン本編ばりの犯罪発生率なのか! わけがわからないよ!!
……じゃあなんで来たんだって思われるかもしれないけど、それについては怖いもの見たさの心理があったことは否定しない。オタクとして、時代は違えど米花町を見ておきたかったってのもある。
だけど一番は、この米花町に
宮本包則。近代日本を代表する刀工の一人だ。幕末から明治、大正とかけて長く刀を作り続けた人物であり、その作品は孝明以降の天皇の御剣も含まれるという巨匠だ。さらには、美術工芸の名人を顕彰する帝室技芸員に、たった二人しか選ばれなかった刀工の一人でもある。
そんな人の弟子がいるとなれば、行くしかないだろう。何せこの人、弟子がみんな早逝していて、歴史上後継者はいないことになっているのだ。
史実でもいたけど表に出てこなかったのか、あるいは大成できなかったのか。それはわからないけど……少なくともこの世界には、技術を受け継ぐべく実際に師事した人物がいて、存命なのだ。これこそ行くしかないでしょ!
……まあ米花町の危険性を抜きにしても、
だけど扱ってほしいのがまさにその妖刀、アヌビス神だからさ……。本当ならこれ以上の人はいないだろうと思って、来ることになったってわけ。
ちなみに同じく帝室技芸員の刀工、初代月山貞一の流派は二十一世紀まで存続してるので、この時代でも頼ることはできる。
だけど彼らは奈良県に住んでるので、あんまり気楽に行けないんだよね。二十一世紀でもアクセスがよくない奈良県なのに、1935年だよ。一体何日がかりの旅になることやら。
「……アルフィー様、その、本当によろしいのですね?」
「うん……色々と、ね……知りたいこともあるから……。でも万が一もあるし、行くのはわたしだけにするよ……」
なんていうやり取りがサチさんとの間にあったけど、そうしてでも行く価値があると判断したのだ。
というわけで現在、わたしは外見年齢を上げて一人、米花町にやって来た。住所は聞いて来てるので、あとはそこに向かうだけだ。
マップアプリなんてのはないから、その辺りの通行人にでも声をかけて、道案内してもらおう。
……
嘘でしょ……米花町に降り立ってまだ三十分も経ってないのに……怖……これが日本のヨハネスブルグ……。
でもそいつはわたしがドン引いてる間にもためらうことなく中に入っていった挙句、流れるように強盗を始めたので、【ネヴァーフェード】を軽く撃ち込んで気絶させておいた。巻き込まれたくはなかったけど、かといって見過ごすわけにもいかなかったからね……。
でも船の中でスタンショットとでも言うべき技を見つけてなかったら、こんなにスムーズにはいかなかっただろう。あの暇な時間は無駄じゃあなかった。
いやね、わざと頭を外して撃ち込むと、情報の伝達に抜けが出る代わりにかなりの量を放っても気絶くらいで済むってのがわかってさ。おかげでスタンガンの要領で使えるようになったから、【ネヴァーフェード】の評価はわたしの中で急上昇中である。
なお、般若心経一巻分をまじめに読経したくらいの記憶が、人が気絶し始める情報量のボーダーラインだ。それ以下だと頭痛や吐き気でとどまる。
……強盗は警察に任せておこう。下手に事情聴取とかに巻き込まれても面倒だし。
ということで、その場を後にする。
「……外人さん、本気かい? やめといたほうがいいと思うけどねぇ……」
で、そこらで通行人に行き先を尋ねたら、少し引いた様子でとめられてしまった。そんなに人としてヤバい人なんだろうか……。
ちなみにお巡りさんは忙しそうにしてたので、申し訳なさすぎて声をかけられなかった。なんならほとんどの駐在所が不在だったしね!
怖いわ米花町!!
「悪い人じゃあないんだよ。包丁とかクワが欠けたりしたら、ちゃあんと直してくれるし。ただ……あの人に刀を打たせると、ね……
おっと、話を戻そう。
周りを窺いながら、声を潜めてわたしにそう言ったのはいかにも噂好きな感じのおばちゃんだ。
「なんかね、先生んとこで刀を打ってもらった人は、
おばちゃんの話してくれた内容は、事前に聞いていた話と一致する。地元の人がそう言うということは、やはり妖刀の専門家、というあだ名はガチなんだろう。
でもこれ、コナンの世界なら単に死神呼ばわりだろうけど、ここはジョジョの世界だ。なんか少しずつ色々混ざってるっぽいけど、そこは間違いない。
となると、その意識不明は……もしかしなくてもスタンドでは? ダービー兄弟みたいな、魂を抜き取るタイプの。
だとすると、わたしがここに来たのは必然だったのかもしれない。スタンド使いとスタンド使いは引かれ合うのだから。
……いや待てよ? この街の異常なまでの犯罪発生率も、もしかしてスタンドなのでは?
……どうやら考えないといけないことが増えたようだ。街をどうこうするのは現状優先順位としては高くないけど、頭の中のメモにはつけておこう。
さてこの噂を聞いた上で、行くかどうかだけど……まあ行くよね。最初にも言ったけど、わたしが直したいのはまさに妖刀そのものであるアヌビス神。彼を任せるなら、そういうものを扱い慣れてる人にお願いしたいからね。もちろん、できる限りの警戒はしながらだけど。
そんなわけで、わたしは米花町在住の刀工、
ジョジョには詳しいけどOSRには詳しくないアルフィーちゃん。
ちなみに【ネヴァーフェード】のスタンショットについてですが、21話「洋上~日本上陸」に言及するくだりを加筆しました。
荒木先生もきっと書きながら設定作ってるしこれくらいいいでしょ・・・許して・・・(震え声