刀工、
「ごめんください」
と顔を出せば、奥さんか下女と思われる女性が現れ、用件を告げるとその鍛冶場へとすんなり通される。
「へぇ、外人さんがおいらんトコに来るたァ珍しいことがあったもんだ」
出迎えてくれたのは、日本人としては大柄な男性。百八十くらいはあるんじゃあないだろうか。身体つきもなかなかがっしりしている。
歳の頃は四十代前後ってところかな? なかなか愛嬌がある顔をしているからか、若く見える。
「イギリスより参りました、アルフィーと申します。あ、こちらつまらないものですが……」
「こいつァご丁寧に。二枚屋刀語と申しまさァ」
向かい合って挨拶を交わしながら、スタンドがいないかさりげなく警戒する。
とりあえず、この鍛冶場自体がスタンドということはなさそうだ。それ以外にも気配は……今のところ感じられない。
何もされていない現状、こっちから攻撃するわけにはいかないけど……スタンドってやられるときは一気に来るからなぁ。どれだけ警戒してもやりすぎってことはないだろう。気をつけないと。
「で、本日はどういったご用件で?」
「はい、実は先生に刀を直していただきたくて参りました。こちらです」
とはいえ、わたしは依頼をする側でもある。問われるままに答えて、アヌビス神を差し出した。
「拝見いたしやす。……こいつァまた……随分と派手にイきやしたね。……あ、いやでも、綺麗にイってやがんな……これを折ったやつァ相当な手練れですぜ」
へえ、プロの刀工がそう言うならそうなんだろう。ジョナサンが褒められたのが嬉しくて、思わず顔が緩みそうだ。
「しっかしこいつァ……見たことのねえ出来だ。日本の刀はたくさん見てきやしたが、とんと心当たりがねェ。アルフィーさん、恥を承知で聞きやすが、どこの刀なんで?」
「およそ四百五十年ほど前のエジプトです。打ち手はキャラバンサライ、刀の銘はアヌビス神です」
「エジプト!? こいつァ驚きだ、そんな遠いところでこれほどの刀を作る御仁がいるたァ知らなかった! いい仕事してやがるぜ……!」
感心した様子で、様々な方向からアヌビス神を観察する二枚屋さん。その仕草に淀みはなく、さすがプロといった雰囲気だ。こうやって見ただけで、少なくとも日本の刀ではないと見抜けるのもさすがだよなぁ。
彼はそのまましばらく観察を続けていたけど、やがて思い出したようにハッとすると、小さく咳払いをして畏まった。
「失礼、珍しいモンが見れたんで、つい我を忘れちまいやした。それで話を戻しやすがね、アルフィーさんはこいつを直したいと言いやしたが、切っ先はどうされたんで?」
あー……まあ、そりゃ聞かれるよなぁ。
「……残念ながら残ってないんです。粉々になってしまって……」
わたし自身がやったことだから、間違いない。本当に文字通り粉々になってしまってるので、どうしようもなかったんだよね……。
それを聞いた二枚屋さんはなんでと言いたげに首を傾げたけど、すぐに真顔に戻った。
「となると、脇差や短刀に仕立て直すのは不可能ですぜ。かといって、残った部分がこンくらいだと、刀として作り直すのもできねェ話でさァ」
「あー、やっぱりそうですか……。いや、わかってはいたんですよ、いっそ新しい刀のほうがいいってことは。でもこの刀がいいんです。この刀をまた使いたいんです」
この刀、というかアヌビス神を、なんだけど。彼がこの刀に宿るスタンドである以上、他の刀を使うのは論外だ。だからこそ、どうにかしてこのまま使いたいんだけど、どうかなぁ……。
「このまま使うとなると、ナタにでもするしかありやせんぜ? それはそれで、元とはだいぶ見た目も趣も変わっちまいやすが……」
「ですよねぇ……」
どうしたもんか、と言いたげにわたしはため息をついた。
とはいえ、この辺りのことは既に決めている。昨夜、アヌビス神とはどうするか話し合っておいたのだ。
彼曰く。
『俺は刀だ。あらゆるものを斬るためにある! だが俺を作った男はそれ以上に、俺が刀であることに意味を求めていた! すなわち、この世のすべてを、霊だろうが神だろうが、なんでも斬る伝説の刃! それが俺に求められた姿だ! だから俺は、俺という存在がなくなっても構わん! ナタやナイフなどにされるくらいなら、いっそ錆びつくして朽ちたほうがマシだぜーッ!』
……アヌビス神は、あくまで刀であることにこだわったのだ。そう断言したとき、そこにぼっちを恐れるちょっとイキリ屋な彼の姿はなかった。
そして彼は言った。今のまま刀に戻ることが不可能なら、一度溶かして作り直せと。
そうしたとき、彼がアヌビス神であり続ける保証はどこにもないのに。けれど、彼はそれでいいと言った。乗り越えてみせると言ったのだ。
これだよ。ジョジョの登場人物って、敵味方関係なくこういうとこあるよね。
目の前に無難な道があるのに、それを選ばない。己の矜持に相応しい道しか選ばない。それがどれほど険しかろうと、そもそも道としての体をなしていなくとも、そこが自身の行くべき道だと信じたら殉じるのだ。
わたしが憧れた生き方だ。ただの一般人だったわたしには、とてもじゃないけどできなかった生き方。
けど今は……今なら、少しだけわかる。ただの憧れじゃあなくて……実践すべき、自分が行くべきものだと、少しだけど理解している。そのつもりだ。
だから、それを目の前で見せられて、否とは言えなかった。
だから。
「……でしたら、作り直していただけませんか。他ならない、この刀自身がそう望んでいるんです」
そう言った。自分でも驚くくらい、穏やかな声だった。
対して、二枚屋さんは深い笑みを浮かべた。好戦的な笑みだ。肉体に比べて顔は愛嬌があると思ってたけど、とんでもない。
この人はきっと、刀のために死ねる人なんだろう。そういう、修羅か羅刹かというような笑い方だった。
「……本当にいいんですね? 刀を、こさえやすぜ。
「はい、構いません」
「合点承知」
そして最後の確認を済ませた彼は、一度席を立って戸棚に向かい、そこから書類を引っ張り出してきた。
「こちら、契約書でさァ。よろしければここに、
「フルネームでってことですね、わかりました」
……ちょっと驚いた。こういう職人さん、しかも戦前のこの時代に、しっかりとした契約書を持ち出してくるとは思ってなかったもの。
書かれている値段も、相場は詳しくないけど、それはそれとして払えない額でもない。
おかしな文言も特には見当たらない。むしろ精魂込めて刀を打ちます、と添えられた一文には、職人としてのプライドを感じれるよね。
そして、スタンドの気配もここに至るまで感じない。考えすぎだったのかな……?
でも念のため、本名を書くのはやめておこう。承太郎や花京院も、あやしいと思ったエンヤ婆に対しては偽名を使ってたもんな。
「……
「はい、よろしくお願いします」
「
「!?」
その瞬間。
わたしの胸元から腕が生え、その手に魂が握られていた。頭で考えるよりも早く、それを理解する。
どうやら全部は掌握されていないようだけど……それでも身体がほとんど動かない。油の切れたブリキ人形みたいに、ぎこちない動きしかできない。
「な、な……う、うそ、いつの間に!? どこからッ!?」
がんばって後ろに顔を向ければ、そこには狐頭で筋骨隆々な人型の像があって、わたしの身体を腕で貫いていた。
スタンドだ。間違いない。
そんな、できる限りの警戒はしてたのに! なのに前兆は何も感じられなかった!
「おやァ? アルフィーさん、見えるんで? こいつァ驚き桃の木山椒の木だ」
二枚屋刀語が、鬼のような笑みを浮かべて槌を取った。
「だがそいつァ運がいいですぜ! アルフィーさんに相応しい最高の刀をこさえてみせやすから、よぉッく見ていておくんなせェ!」
その凄惨な姿にわたしはなんとか逃げようとしたけど……やっぱり身体はろくに動かない。
ダメだ、逃げられない!
そう理解したわたしは、なんとかこの状況を打開するために口を開くことにした。
「な、なんで……! どうしてこんなことを!?」
「なぜ? なぜとお聞きになりやすかい? そんなの決まってらァ、最高の刀を作るため以外に何があるってんだィ!」
二枚屋が言う。さながら演説するように。
「おいらァガキの頃から刀が大好きでよォ。たっくさんの刀を家に並べて……いんやァ、侍らせるのが夢だった! けど今のご時世、軍人さんでもないのに刀なんざァ簡単にゃ持ち歩けやしねェし、持つことだって難しいときた。難儀な世の中だぜェ」
「それは……時代が変わったとしか、言えないでしょ!」
でもちょっと気持ちはわかる。刀って一種のロマンだよね。家に一振りはほしいなって、わたしも考えたことはある。
「だから刀鍛冶になったのさ! 刀鍛冶なら、好きなだけ刀を触れる! 造れる! 並べられる! こんな夢のような仕事、他にあるかってんだィ!」
それもまあ、ちょっとわかる。自分が好きなものをつくる仕事はなかなかなれるものでもないけど……だけどそれは、多くの人が憧れる生き方の一つでもあるだろう。
「とはいえおいらも仙人サマじゃあねェ。腹も減るしクソもする。となりゃあ、癪だが誰かのために刀をこさえてやらにゃあ生きていけねェ。だけどよォー……そんな刀でも、やるからには全力だ! 生半可な刀なんざァおいらが許せねェ!
だが打つのは人様の刀だ。人様が望む、人様のための刀だ。その人様のためだけの、正真正銘一品モノをつくってやらにゃァ、おいらの名が廃るってェもんだ!」
んー、あー、まあ、これもまあ、一応……一応わかる……かな……うん、たぶん……!
こう、クライアントの要求に完全に応えるってのは、仕事人としては目指すべき境地だろうし……?
……くそう、それにしてもなかなか身体動かないなぁ! 聞きながらもがいてるけど、ろくに動かない!
露伴先生に初めてヘブンズドアーを食らったときの康一くんの気分って、こんな感じだったのかなぁ!?
「
「いやそのりくつはおかしい!!」
発想の飛躍がすぎる!!
けど、なんとなく食らったスタンドの力は見えてきたぞ。はからずも、わたしが予想した通りダービー兄弟のようなスタンドなんだろう。
彼らと違うのは、コレクションするために魂を取り出すのではなく、あくまでその人のためを思っての、親切心で魂を取り出してるところか。
恐らくこの取り出された魂は、そのまま刀の中に込められるんだろう。そうなった魂がどういう形になるかはわからないけど……ダービー兄弟の例を見る限り、恐らく最低限の自我や意識程度しかない状態にさらされるんだと思う。刀を作ってもらった人が意識不明、ってのはそういうことだとしか思えない。
そうなるのがしばらくしてから、というのはちょっとわからないけど……もしかして、刀が完成に近づくにつれて、段階的に抜かれていくのかもしれない。刀を作る工程ってかなりたくさんあるし、研ぎとか拵えまで全部含めると結構な期間が必要になるはずだし。
とはいえ、どう転ぼうがこのまま魂を取り出されるわけにはいかない。なんとかして抵抗しないと……!
「まァみんなそう言うんで、わかってもらおうなんざァ思っちゃいやせんがね! それより、早速仕事に取りかかりやしょうかッ! ちょいとアルフィーさんの魂、借りやすぜ!」
「……!」
わたしの背後に立つスタンドが、力を込めてきた。わたしの魂がついに掌握され、完全に身体を乗っ取られ……なかった。
……あれ?
「……アァ?」
二枚屋自身も、首を傾げている。どうやらこの状況、彼も想定外のようだ。
よくわからないけど、チャンスだ。確信していた現象が起こらず、不発に終わったことで心が揺らいだんだろう。わたしを縛っていたスタンドの支配が緩んだ。
「【スター……シップ】!」
このスキに、わたしは星の矢を取り出す。けれど【コンフィデンス】は出さない。今のわたしには、弓を引く余力がないから。
だから今わたしがやるべきは、本体への攻撃じゃあない。今一番狙うべきは、スタンドのほう! さらに言うなら、矢を刺すべきは!
「!
自分に矢を突き刺したわたしに二枚屋はきょとんとしたけど、もちろん自殺するつもりはない。ちゃんとした作戦だ。
まあ、久しぶりに痛みが走ったけど。最近はダメージなしで収納できるようになってたんだけど、力みすぎたかな。
とはいえ、これでいい。
何せ、【スターシップ】は刺したものと、
かくして、わたしは痛みで元の姿に戻りながらも、二枚屋のスタンドごとスタンド空間に入った。
本体の彼はついてこない。だってわたしやスタンドと接触してなかったから。
こうなったら最後、本体から離れているスタンドであれば完全に切り離せる。それは太公望と戦ったときに実証済みだ。
そしてここで本体から引き離されたスタンドは、はっきりとした自我を持たないタイプは動けなくなる。そうでなくても、行動には非常に大きな制限がかかるのだ。
ここでも動けるのは、それこそ【セックスピストルズ】のような、最初から明確に自我を持って行動できるスタンドくらいのもの。
はたして目論見は成功して、わたしをつかんでいたスタンドは停止した。
「……で、でも魂はつかまれたままなのか……」
何もできなくなったとはいえ、最後に下されていた命令は遵守してるわけだ。
でも身体はだいぶ動くようになった。ここまで来れば、なんとか対抗できるはず。
「【ネヴァーフェード】!」
使うのは、雫の矢だ。攻撃してきたとはいえ、やっぱり殺すわけにはいかない。甘いかもしれないけど、技術はありそうだからひとまずアヌビス神をちゃんと直せるかどうかは見ておきたいんだ。
だからこれを、頭以外のどこでもいいからぶち込んで気絶させる! 邪魔の入らないここで、とまってるスタンドが相手なら外すはずもなし!
『――!!』
矢が刺さった瞬間、相手のスタンドはびくりと一度だけ震えて完全に沈黙した。
同時にそいつの手が開き、わたしの中に魂が戻ってくる。
けど念のため、自分をあちこち確認して……もう大丈夫だろう、と判断してから、わたしは脱力してその場に座り込んだ。
「……はぁー! よかった、なんとかなった……!」
ダービー兄弟みたいに、条件を満たしたら即ゲームオーバーなスタンドじゃあなくてよかった。そうだったら、わたしは間違いなく死んでいた。
ジョジョでは、あれだけ警戒してるのになんでそんなにあっさり攻撃にかかったりするのかってシーンもあったりするけど、なんかわかった気がする。スタンドって千差万別あるけど、特定の条件を満たしたときにのみ仕掛けてくるようなタイプって、能力を行使される瞬間まで本当にまったく、全っ然わからないんだな。
代表的な例だと、ダービー兄との博打勝負でポルナレフが負けたときか。彼は確かに抜けたところもあるけど、戦士としては一流だ。同行していたジョースター一行も同様に。
なのにオシリス神が発動して魂を抜き取られる瞬間まで、誰もその発動に……それどころか存在にすら気づいてなかった。あれと同じような状況だったんだろう。
今まで、なんだかんだで純粋に戦闘向きのスタンドとしか出会ってなかったから意識の外にあったんだけど……身をもって体験したことで、頭じゃあなくて魂で理解したよ。スタンドは油断どうこう関係なく、初見殺しを斜め上から叩きつけてくるものだ、って。そのわからなさもね。
この手のスタンドは四部以降は特に増えるけど、いや本当、主人公たちってすごいな……。こんなのとことあるごとに戦ってたら、文字通り命がいくつあっても足りないぞ。目的はちょっと違うけど、ディアボロが危険を徹底的に避けてたのもなんかわかるような気がする。
それでもどうにかなったのは、まあ、自分で言うのもなんだけど運がよかったんだろうな……。そうとしか思えない。
でもどうしような、ホント。こんなの防ぎようがないぞ。敵だって確証のない人をいきなり攻撃するわけにはいかないのに、どうしろって言うんだ?
「……と、とりあえず、外に出よう。このまま中途半端にしとくわけにもいかないし」
というわけで実空間に戻ってくると……二枚屋は、白目を剥いてうつ伏せに倒れていた。
スタンドと本体は、ダメージを共有する。スタンド空間に隔離されていてもそれは変わらない。うん、しっかり【ネヴァーフェード】のスタンショットは効いたようでなにより。
まずは彼を縛ろう。スタンドはまだ隔離してあるから大丈夫だとは思うけど、念のためね。うん……。
あいにくと彼のOSRポイントは名前だけです。
性格のほうは完全にオリジナル。この時代の米花町に住んでるなら、まあ江戸っ子だろうなということでこんな感じになりました。
スタンドの詳細については次回にて。