冥刀・神狼姫を受け取りほくほく顔のわたしは、サチさんたちを引き連れて気分良く米花駅に向かっていた。日は既に暮れていて、日光を気にしなくてよくなってるのもテンションを上げる一因だ。
ところがその途中、川にかかった橋の欄干に両手をかけて川面を覗き込んだまま動かない少年に出くわしてしまい、冷や水を浴びせられたようにテンションは急降下した。
なんだってこんなタイミングで……とは思ったけど、あのまま川に飛び込んだりしたら寝覚めが悪い。わたしは思わず声をかけることにした。
「ちょっと、早まらないで! 死んで花実が咲くわけがないんだから!」
「わああぁぁーっ!?」
「わっやっば!?」
どうやら周りのことは完全に意識外だったみたいで、わたしに声をかけられた少年は派手に驚き、そのまま橋の欄干を越えかかった。
大慌てで腕を伸ばして(文字通りぐーんと伸ばした)引き止めたけど、心臓に悪いよ!
「だ、大丈夫?」
「は、はあ、はあ、はい……ああびっくりした……」
それはわたしのセリフだよ、とは思ったけど、確かに後ろから声をかけたわけだし、これについては何も言うまい。
それよりも、だ。
「何か思うところがあるみたいだけど、自殺なんてしちゃダメだよ? 辛いことがあるならお姉さんに言ってみて?」
「え……いや、死ぬつもりはまったくないですけど……」
「ええ……じゃあなんで川を覗き込んでぼーっとしてたの……」
「ちょっと考えごとを……」
「……本当に死ぬつもりはないんだよね?」
「ないですよ。
少年は強い眼差しで断言した。
したものの、すぐに語調を弱めて苦笑する。
「……ただ、今日アルバイトをしていたお店をクビになってしまいましてね……これからどうしようかな、と」
「あー……」
「いや、生活できないわけじゃあないんですけど。妹のことを考えると、稼ぎは多いほうがいいだろうと思うんですよ」
「なるほどね……」
彼の言うことが本当なら、確かに悲観して死を選ぶほどの状況には思えない。どうやら、本当に余計なお世話だったみたいだ。
とはいえ、バイト先をクビになるというのは穏やかじゃあないな。普通、よっぽどのことがないとクビになんてならないと思うけど。
「ちなみになんでクビになったの?」
「……ぼくが勤め始めて半月の間に、お店の関係したところで三件殺人事件がありまして……」
「……は?」
なんて?
「今日なんて、遂にお店の中で殺人事件ですよ……。血まみれの女の人が便所で亡くなってましてね……。犯人は捕まりましたけど、それはそれとしてというやつです……。
ふふ、どうせぼくは死神なので罵倒されるのは慣れっこですが、最初は気にするなって言って雇ってくれた店長が、今日はすっかり怯えていたのにはなかなか心に来ましたよ……」
フッと自嘲全開で笑う少年に、わたしは思わず引いてしまった。
これ、もしかしなくても今日駅を出たところで騒ぎになってたやつでは?
いやマジか、あの野次馬の会話、ガチだったのか。ってことはこの子、他にも行く先々で事件に? なんていうか、同情しちゃうな……。
いやでも、ということは、
「じゃあ、もしかしてあなた、タワノビッチさん?」
「ええまあ……
「おおぅ……」
もう一度自嘲全開で笑ったイワン君に、わたしはどうリアクションすべきかちょっとわからなかった。
同じ死神でも、小五郎のおっちゃんみたいなお調子者じゃあないみたいだし、コナン君みたいな普段は気にしていない風というわけでもなさそうだ。
自分が死神呼ばわりされていることは受け入れてはいるけれど、それに動じないわけでも気にしないわけでもない。等身大の少年といった様子だ。
そんな少年に、どんなことを言えばいいのか、即断しかねたのだ。
「ぼくをご存じないということは、よそから来られたんですよね? あまりぼくに関わらないほうがいいですよ……
「……それは」
違うんじゃあないか。
そう言おうとした瞬間、橋の向こうからやけに大きな音を響かせて車がやってきた。
「だ、誰かー!
なんて悲鳴を伴いながらだ。思わず唖然としちゃったよ。
「……ほらね?」
イワン君は、肩をすくめてその車に顔を向ける。その目は、諦観の色に満ちていた。
彼はきっと、その決して長くはない人生でこういう瞬間をたくさん見てきたんだろう。それは確かに、色々と諦めてしまうのも無理はない。
そりゃあ、普通の人間はこんなところに出くわしても何もできないもんね。どうにかするにしたって、そもそも近づけないだろうし。
でも、そんなのはわたしには関係ない。
一般人の前でスタンドは使いたくないけれど、人の命がまさに今目の前で失われかけているのだ。わたしに何もしないという選択肢はあり得ない。
とはいえあの車くらいだと、運転手の人と合わせてもなおギリギリで【スターシップ】の許容範囲かもしれない。それでスタンド空間に暴走カーが入るのはかなり困る。例の鍵も入れてあるんだ。
だけど他に彼を助ける手段は、それこそ誰もが視認できる変身くらいしかないので……。
「レナータちゃん、行ける?」
ここは素直に彼女に頼もう。たぶん彼女のほうが適任だろうしね。
「はいっ、お任せください!」
彼女はこくんと頷くと、すぐさま【ホーリー&ブライト】を出して暴走カーに差し向けた。
【ホーリー&ブライト】は遠隔操作型で、スタンドそのものの攻撃力は高くないけれど、動かせる射程範囲は広い。そしていくら非力とはいっても、人一人をくわえて移動するくらいの力はあるんだよね。
というわけで、
『
レナータちゃんの命令通り、【ホーリー&ブライト】は素早く動いて暴走カーのドアをレーザーでいい感じにくり抜くと、運転手の襟首をくわえてそこから引っ張り出した。この間、わずか三秒ほど。
「わーーっっ!?」
運転手のおじさんには慣性によって勢いよく放り出されたように感じられただろうけど、そこは勘弁してほしい。
けれど実際は、スタンドによって保護されていたので見た目よりは軽症で済んでいるはずだ。傍目からもきっと。
そんな彼に、サチさんが駆け寄って抱き起こす。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……わ、わしは大丈夫だが……」
おじさんがそう答えるのと、制御を完全に失った車が橋の欄干に直撃した上に、勢いとまらず川の中へ真っ逆さまに落ちていくのは同時だった。
もちろん、と言っていいかはわかんないけど……ともかく、派手な音と共に大きな水柱が巻き上がる。
「……た、高かったのに……」
そしておじさんは、がくりとその場にうずくまってしまった。
ああうん……そうだよね……車はいつの時代でも基本、高い買い物だよね……。この時代に自動車保険とかってあったっけ……?
そんな風に、やや場違いなことを考えていたわたしだったけれど。
「い、今のは……猫……? 猫が、どこからともなく現れて……助けた……? あれはまさか、レーザー? 何が、どうなって……? どういう法則によるものだ……?」
驚愕一色といった様子で、けれどやけに理屈っぽくぶつぶつつぶやくイワン君の声に、ぎょっとした。思わず彼のほうにぐるんを顔を向ける。
そこには、やはり驚いてはいたものの、好奇心を隠せないといった様子のイワン君がいた。
まさか……まさか彼、スタンドが、見えている?
そして、ぎょっとしつつもわたしが彼を見とめた瞬間。
『イィーーッ!』
ここにいる誰の声でも……それこそ、イワン君のものとも異なる声を伴って、白い触手のようなものが、イワン少年の背中から現れたのだ……!
うっそでしょ。
ここに来てそれは、ちょっと運がなさすぎない?
というか、米花町のスタンド使い率なんか高くない? 例の矢でもあるの!?
それか、壁の目みたいな特殊な土地だったりするのか!?
ええいもう、とにかくスタンド攻撃をされるというなら仕方ない! 相手になろうじゃあないか!
「……! や……やめろ! や、やめるんだ、やめてくれ……!」
……ん?
イワン君……スタンドを押しとどめようとしてる……? 手で無理やり押し込もうと……。
スタンドはスタンドでしか触れないのが原則だから、当然のようにそれはスカッと空振るんだけど……彼はそれも理解していないかのように、真っ青な顔でスタンドを何とかしようともがいている。
『イィーッ!』
「ダメだ! そんな……ああ! に、逃げて……ぼくの悪霊が彼女を襲ってしまう!」
そして、本体であるはずのイワン君を無視して、白い触手が彼からはい出てきた。
……よく見たら
なのに鳴き声は聞こえてきて……これは確かに、悪霊という表現がしっくり来るぞ。
来るけど……レナータちゃんを絡め取ろうとするのはNGだ。ただでさえちょっと前に薄い本案件に巻き込まれたんだ。そういう類のは完全に事務所NGですよ!
「えい」
「!? いッ、痛ッ、いったァ!?」
触手を【コンフィデンス】の弓で叩き落とした。
うん、これを攻撃してイワン君にダメージが及ぶなら、やっぱりこれは彼のスタンドなんだろう。……あ、消えた。
ふむ。これが彼のスタンドだとして……それなのにさっきの様子、態度は……まさか、スタンドを制御できていない?
「イワン君、それ……」
「は……ッ! ち、違……違う、ぼくじゃない、ぼくじゃあないんだ! 悪霊が勝手に……!」
「悪霊……もしかして、君の周りで人が死ぬのはそういう?」
「そ、そうだ……そうだよ……言っただろう、
先ほどまでの物静かでどこか芝居がかった態度から一変して、イワン君は震えあがって絶望的な顔をしていた。それはさながら、絶対に見つかってはいけない秘密を見つかってしまった様子で……。
なるほど、彼が諦めたような顔をしていたのはこっちが原因なのか。
どうにかしようにもどうにもならない。触ることすらできない、謎の触手が人々に危害を加えている。けれどそれは他人には見えなくて……自分独りでどうにかするしかないのに、何もできない。
あの目は、そういうことなんだね。
「……サチさん、ちょっとこの場は任せるよ」
「はい? ええと、はい、畏まりました」
そういうことなら……いや、そうでなくとも、このままじゃあいけない。最悪の場合、スタンドに憑り殺される可能性すらあるんだ。それは見過ごせない。
そう判断したわたしはイワン君の手を取って抱き上げると、集まりつつあるやじ馬たちの目を逃れるべくこの場を離れた。人間ではありえない挙動で移動することになったけど、夜だし、人の目は事故のほうに向いていた。たぶんセーフだろう。
イワン君に対しても、彼がスタンドを視認できるならごまかすことは可能だろうし。
なんて多少自己弁護しつつわたしがたどり着いたのは、人気のない雑木林。
「な、え? え……何を……」
突然のこと過ぎて、イワン君は目を白黒させている。びっくりしたからか、とりあえず直前までのマイナスに傾いた感情は多少リセットされたみたいだ。よし。
「イワン君……その悪霊、制御できるようになろう!」
「え……」
そして彼は、わたしの言葉にぽかんとしたのだった。
ネタバレ:米花町を出そうと思った最大の理由はこのイワン君
1935年に存在してそうなキャラって誰かいたっけ
↓
ちょうどええやんけ!
↓
死神? 死神と言えば名探偵やな!
↓
よっしゃ米花町や!
こんな感じだった。
ちなみに二枚屋さんは「刀鍛冶を出す必要が出た」のと「どうせ米花町と一緒に出すなら死神関係の名前にしよう」という理由で命名されたキャラだったりします。
すんごい適当な理由で作り始めたわりに、ジョジョ的にも鰤的にもかみ合いそうなキャラになったので結構自画自賛してる。