転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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34.JORGE JOESTAR 1

 スペインで遺跡の発掘作業に当たっていたジョナサン・ジョースターの元に、ナチスドイツ軍がやってきたのは四月も終わりに近いある日のことだった。

 ゾルと名乗った少佐は並べた部下たちに銃を構えさせ、ジョナサンに同行を強要したのである。

 彼らの銃口はジョナサンだけでなく、無関係な作業員たちにも向けられていた。この状況でジョナサンが抵抗できるはずもなく、彼は自分以外の全員の無事と引き換えにドイツへと連行されることになった。

 

 無論その悲報は瞬く間にルベルクラクと、さらにはSPW財団の知るところとなる。

 

 しかし悲報はそれだけではない。ジョナサンに同行する形で遺跡からの発掘品もほとんどがドイツへ運ばれたが……その中にはジョナサン、ひいてはルベルクラクやアルフィーが最も重視した鍵の赤石はおろか、複数の石仮面すら含まれていたのだ。

 事情を知るものにとってこれは、悲報どころの騒ぎではなかった。関係者は誰もが大なり小なり危機感を抱いたのである。

 

 結果、ルベルクラクもSPW財団も、それぞれの方法でジョナサン救出を計画し、互いの計画を知らぬまま人員をドイツへ派遣する。

 さらには、後がない(と思っている)ルージュフィシューもまた、同様に動いた。

 

 かくして、軍も含めた四者の思惑が入り混じる中で、ドイツはベルリンを舞台に歴史の裏の戦いが始まろうとしていた。

 

 

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 ジョナサンが拉致されて少し時間が経ち、五月最初の日曜日を迎えたベルリン。この街に、SPW財団により派遣された二人の男がやってきた。

 彼らはスイスから国境を越えてドイツへ入国し、観光客を装って緩やかに北上。今日という日、遂にベルリンへと至ったのである。

 そしてベルリン郊外のホテルに入った二人は、早速とばかりに街へと繰り出していた。

 

「ここがベルリンの中心か。初めて来たが、すごい賑わいだな」

「そりゃあ来年はオリンピックだからな、どこもかしこも準備で大忙しだろうさ。平時のベルリンはもう少し穏やかだと思うぞ」

「ああ、そういえば。1916年のベルリンオリンピックは大戦で中止になったんだったな……なら今度こそは、といったところか。道理で気合いが入っているわけだ」

 

 どちらも大柄で、鍛え抜かれた筋骨隆々な男二人が小さなパンフレットを手にきょろきょろしている様は、いささか微笑ましいものがある。

 

「見ろジョニィ! ブランデンブルク門だ!」

「おお、あれがかの有名な。なるほどこれは噂に違わぬ見事な門だな……間近で見れたら父上が喜びそうだ」

 

 彼らはそうやって、ベルリン市内を観光していく。

 

 ほどなくして日が暮れれば、今度は手頃な酒場を見つけて入り、ソーセージを肴にドイツビールを楽しんだ。

 

 酒場は三件もはしごし、ホテルに戻ったのはかなり遅い時間になってからだったが……二人とも酒の影響はほぼないも同然で、特に部屋に入って鍵をかけた瞬間、彼らは観光客の仮面を剥ぎ取った。

 

「……さて、どう思うジョニィ?」

「やはり一般人の立場ではよくわからないな。ここは素直にSPW財団に頼るべきだろう」

 

 ジョニィと呼ばれた男は服を緩めつつ、ベッドに腰掛けて答える。それからうなじにある星型のあざの辺りをゆるゆるとかきながら、同じようにもう一つのベッドへ腰掛けた男に視線を向けた。

 

「君の所感はどうだ、マリオ?」

「そうだな、ドイツビールは想像よりも美味かった。ジェノヴァやナポリのビールにも劣らないんじゃあないか?」

「違うそうじゃあない、そうじゃあないんだマリオ……」

 

 だがマリオの返答に、ジョニィががくりとうなだれた。

 対してマリオはくつくつと笑う。

 

「わかっているさ。しかしなジョニィ、私たちは名目上、観光目的で入国しているんだ。少しくらい羽目は外したほうがそれらしいだろう?」

「一理あるが、もうホテル内、しかも部屋の中じゃあないか……そこまで徹底しなくてもいいだろうに」

「相変わらずジョニィは真面目だな」

「規則に従わなかった同僚から死んでいったからな」

 

 ふっと視線を遠くして口元だけ笑ったジョニィに、マリオは「それを言い出したらもう私は何も言えないじゃあないか」と両手を挙げて見せた。

 

 軍人として世界大戦を戦い抜いたジョニィの話は、当時既に成人していたマリオにとってもセンシティブなものだ。下手につつける話題ではない。

 まあ、ジョニィのほうもそうとわかっているからこそ、あえて話題の転換に利用しているのだが。この辺りは、お互い既に折り合いをつけているからこそである。

 

「……真面目な話」

 

 そんな話の節目を見て、マリオも表情を引き締める。

 

「ドイツ軍も石仮面などの件は入念に情報を統制しているだろう。天下のSPW財団でもさすがに難しいんじゃあないのか?」

「いや……SPW財団はヴェルサイユ体制下のドイツで財政支援や職業斡旋などを重ねて、相応の信用を得ている。ドイツ内でも十年以上活動しているし、我々が個人でどうにかしようとするより確実にできることは多いはずだ」

 

 第一次大戦後に極度の経済不振に陥ったドイツを助けたのは、実はアメリカである(助けた、と評するのは人によって異なるかもしれないが)。ヴェルサイユ条約によって定められた過酷な戦後賠償を緩和した、ドーズ案という賠償方式はアメリカによって発案されたものだ。その名も、策定委員会の委員長に由来する。

 その内実については割愛するが、ともかくこのドーズ案によってアメリカ国内の投機熱はにわかにドイツに向かい、その経済不振を大いに和らげることになった。

 

 SPW財団は、この流れに乗った投資家の中にしっかりと名を連ねていた。人類の生活と福利厚生に寄与することを目的とするSPW財団にとって、その動きは当然のものであった。

 またその創設者にして総裁であるスピードワゴンにとっては、過酷な運命を背負うジョースター家を手助けするために財団の影響力を広げるチャンスは見過ごせない、という裏の理由もあるのだが。

 

 ともかくその経緯や成果を報告される側にいるジョニィ――本名ジョージ・ジョースター二世は、ドイツにおけるSPW財団の影響力を正しく理解していた。

 

「まあ確かに、あの財団の関係会社で働いている人間は結構多いらしいし、なんならもう何かつかんでいるかもしれないな。それじゃあ明日は財団のベルリン支部に?」

「ああ、顔を出してみようと思う。表向きは俺たちも財団職員だしな」

「休暇で観光旅行に来てるのに、その国の支部に顔を出すとか末期的な仕事人間に見えるがな……」

「真面目なドイツ人には案外受けがいいかもしれんぞ?」

「ドイツ人のそういうところは理解に苦しむんだよなぁ」

 

 盛大に肩をすくめるマリオに、ジョージは真顔で首をかしげた。

 

「……毎度のことだがマリオ、君は本当に北部の出身なのか?」

「これも毎度のことだがジョニィ、すべての北部人が心配性の恥ずかしがり屋だとは思わないことだな」

 

 ほとんどあからさまに自分は例外だと告げるマリオに、ようやくジョージもくすりと笑う。

 付き合いは年齢に比すると決して長いとは言えない二人だが、その様子は確かに気心の知れた友人特有の穏やかなものだった。

 

 その後ホテル内でも軽く酒を酌み交わし、その後就寝した二人は翌日、早速SPW財団のベルリン支部へと足を運んだ。

 

 対応した支部長は、創設者スピードワゴンとそれなりに付き合いのあるアメリカ人であり、このドイツへ出向している身であった。その立場ゆえに、ジョージの事情も知る彼は二人を密談用の部屋で出迎え、現時点でわかっている情報を開陳する。

 

「スペインからジョナサン氏を拉致したドイツ軍が向かったのは、ベルリン郊外に置かれた研究所のようです。石仮面も同様のようですね」

「郊外……と言っても、ベルリンはかなり広い街だが」

「ええ。ですがご安心を、場所は既に見つけてあります。こちらを」

 

 問うたマリオに応じて、支部長が紙束を渡してくる。

 綺麗にまとめられたそれは、ベルリン市内の地図が表紙になっていた。中には色がつけられた場所が一つあり、その周辺のカラー写真が複数、惜しげもなく添付されている。

 

「……これがカラー写真か。初めて見たが、すごいものだな」

「ああ。これはいずれ軍でも有効に使われるだろう」

 

 その写真に軽く感想を交わしながら、二人はともに紙束の情報を読み進めていく。

 だが読み進めるにつれて二人の表情は厳しくなっていき、すべてを確認し終えたあとはそれぞれのスタイルで唸るしかなかった。

 

「厄介な……」

 

 シャーロック・ホームズハンドの姿勢で、ジョージは眉をひそめる。

 

 彼は元軍人だ。機密を奪い合うことも戦争の一部であり、情報漏洩に万全の体制を期することは理解できる。だからこそ、この研究所で行われている警備の厚さを正しく理解できた。

 できたが……だからといって、そこに侵入して情報を引っこ抜く。あるいはそこに囚われた人間を秘密裏に連れ出す方策など、思いつきはしなかった。

 

 ジョージですらそうなのだから、元はと言えばただの家具職人でしかなかったマリオに浮かぶはずもない。

 

「一応、ですが……我が財団の関連企業がこの研究所にものを卸しています。忍び込むチャンスはご用意できますよ」

「……すまない、あなたがたのお世話になる」

 

 だからこそ、支部長の提案に、ジョージは頭を下げるしかなかった。マリオも一瞬遅れて続く。

 

「次にあそこへ物資を運ぶ機会は、三日後の予定です。……どうです、行きますか?」

「ぜひ」

 

 そして支部長からのさらなる提案に、ジョージとマリオは躊躇なく頷いたのだった。

 

 

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「……さて、当日までちょっと時間が空いたな。どうする?」

「時間を無駄にはできない、一度この研究所の周辺を探ってみよう。写真だけでなくこの目で見ておきたい」

「言うと思ったよ……私はもう少し観光に専念したかったがなぁ」

 

 そう言いつつも、マリオはジョージに続く。

 観光客を装って地図を片手に、周りをきょろきょろしながら。有名なところ、そうでなくとも人目を引くところを眺めながらの緩やかな移動である。

 それでも少しずつ、確実に目的地へと進んだ二人はやがてそこにたどり着いた。

 

「……本当に厳重な警備だな」

「ああ、ここに密かに忍びこむのは不可能だろう」

 

 カフェテラスで休憩している体で、問題の研究所を眺めて交わし合う。

 

 二人の視線の先にある研究所は確かに、厳重に警備されていた。入り口は限られていて、そこには必ず複数人の兵士が警戒に当たっている。周辺も警邏中の兵士が何人も歩き回っており、近づくだけでも睨まれることは必須だ。

 おまけに壁は高く、恐らく分厚い。さらに上部分には、隙間なく敷き詰められた鉄条網。これでは空でも飛べない限り、潜り込むことはできないだろう。

 

「……素直に業者の人間として潜入するのが一番かな」

「そのようだ。さすがに首都の、秘密研究所と言ったところか……」

 

 やれやれだ、とつぶやいてコーヒーカップを口に運ぶジョージ。

 しかしその顔に諦めや恐怖といった色はまったくない。覚悟を決めた男の顔がそこにあった。

 

 ――と。

 

 ふと彼らの耳に、鳥の羽ばたきが聞こえてきた。音に導かれるまま空に顔を向ければ、そこにはハトを襲うタカの姿。

 

「……なんだありゃあ?」

「ハトのほうは恐らく伝書バトだろう。脚に手紙を入れる筒が取り付けられている。タカは……あの様子からして対伝書バト用といったところか」

「敵軍の伝書バトを襲わせるための、ってことか?」

「恐らくな。先の大戦の頃、イギリスは万単位の伝書バトを用いていた。フランスも似たようなものだ。それ対策だろう」

「なるほど……情報は大事だもんなぁ」

「そういうことだ。特に空を往く鳥の存在は、電信が発達するまでは最速の通信手段だった。機械も必要ない。俺の所感だが、まだ半世紀近くは現役として使われるだろう」

「それで対策のタカ、か。……ドイツはまた大きな戦争をやらかすつもりなのか?」

「どうかな……政治の話は俺はどうにも苦手だからわからないが……きな臭いものは感じる」

 

 そう言って改めてコーヒーを口にしたジョージは、空で行われる戦いから意識を外す。

 

 しかしその外した瞬間だった。タカの鳴き声が甲高く響き、ジョージとマリオが囲むテーブルに突然問題のタカが舞い降りてきたのである。

 これには二人も驚き、思わず上半身をのけぞらせた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 マリオが声を上げるが、タカはと言えば彼には興味を示さず一瞥しただけ。すぐさまジョージへと身体ごと向き直ると、トコトコと歩み寄る。

 そして一定の距離まで来たところでピタリととまると、首を少しだけ傾げてその黒い瞳をジョージの瞳へ合わせた。

 

「……どうしたというんだ、君は」

 

 しばし沈黙がこの場に満ちたが、とりあえずといった様子でジョージが口を開く。

 

 対するタカはそれに一声鳴いて返すと、ばさりと翼を広げて一つ跳躍。そのままためらうことなくジョージの肩に乗ると、彼のうなじを後ろから凝視する。

 

「……なんだこれ?」

「俺に聞かないでくれ……」

 

 タカはそのまま微動だにしない。下手に動くこともできない状態のジョージは、マリオの問いに苦笑するしかなかった。

 

 マリオはそんな彼に、仕方ないなとつぶやいて立ち上がる。タカに気づかれないように回り込み、抱き上げ……ようとしたところで、翼でぺしりと手をはたかれた。

 

「おいおい、そんなにこいつが気に入ったのか?」

 

 はたかれた手をさすりながら、マリオは思わず問いかける。

 

 それに対してタカはピューイと一声鳴くと、マリオをはたいた翼の先でジョージのうなじを示して見せた。

 

 あまりにも人間臭いその反応に、思わず固まってしまうマリオ。だが、タカが示す先にあるものが、ジョージの血統を示す星のあざだということに気がつくと同時に、なるほどとも思った。

 

「お仲間だと思っているのかねぇ」

「何の話だ?」

 

 理由がわからないジョージが当然声を上げる。

 

「いやな、このタカ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ほう?」

 

 そう言われれば、ジョージのほうも好奇心がうずいた。

 

 彼は元軍人だが、同時にイギリスの名門貴族たるジョースター家の跡取りだった男だ。嗜み程度ではあるがタカにも触れたことがある。

 かつての記憶をなぞる形でタカに腕を差し出して見せれば、タカは迷うことなくそこへ飛び移った。

 

 そしてピシリと居住まいを正したタカを眼前に移動させたジョージは、確かにそのタカの背中の羽毛の色が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを認めて思わず感嘆の声を漏らした。

 

「……奇妙な偶然もあったものだな」

「まったくだよ。……ところでそれはいいんだが、そうやってるとお前、どこからどう見ても貴族の旦那様だぜ。もうちょっとうろたえたりなんなりしたほうがいいんじゃあないか」

 

 堂々とタカを侍らせるジョージに、マリオが一つため息をつく。

 と同時に、研究所のほうから聞こえてくる兵士たちの足音を小さく指で示した。

 

「……それもそうだな。やれやれ、君、すまないが俺は君の飼い主にはなれないんだ。元の飼い主のところにお帰り」

「ピューイ!」

 

 そしてジョージに促されたタカは、素直に従って翼を広げた。

 こちらに向かっていた兵士たちめがけて、そのまままっすぐ飛び上がったタカはためらうことなく先頭にいた兵士の肩にとまる。そこでタカは一度だけジョージに目を向けたが、すぐに兵士に連れていかれたのだった。

 

 ジョージたちとしては、この後ドイツ兵たちから居丈高に問い詰められる羽目になり、踏んだり蹴ったりだったのだが。

 




本作においては「JORGE JOESTAR」の諸々の出来事は起きていないという設定です。そもそもジョナサン生きてるし、色々と前提からして異なってきていますしね。
それに付随して、ウゥンドやバウンドというあの作品独自の概念もなし、という方向で進める予定。ビヨンドは・・・まあ、作者のメタフィクション概念なので、なくはないんでしょうけど。
結果として、本作のジョージの性格は軍人貴族然としたお固めの人という感じに、マリオの性格は南部イタリア人と北部イタリア人の気質が同居する感じになりました。

というかツェペリ一族の設定どうなっとんねん・・・ウィルが男爵位のある貴族で学者の家系なのに、マリオはナポリの家具職人で、シーザーの出身地がジェノヴァってどういうことなの・・・。
「ジェノヴァ共和国から続く家系で、サルディーニャ王国に併合されたあと男爵位を与えられた。その後ウィルが石仮面のあれこれで貴族としてのツェペリ家はなくなったが、長じたマリオが家具職人として独立。シーザー誕生後、ナポリに移り住んだ」ってところか・・・?

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