転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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36.JORGE JOESTAR 3

 SPW財団の監視員がジョージたちの泊まるホテルに駆け込んできたとき、彼らは既に目覚めていた。だがまだ食事の最中で、準備が整っていたわけではなかった。

 そのため二人は突然の情報にすぐさま行動することを余儀なくされ、大急ぎで食事を済ませて大慌てでホテルを飛び出すことになったのである。

 

 そうしてやってきた研究所の前は、二人が思っていたよりも静かだった。時間が時間だからか、一般人の野次馬などがほとんどいなかったのである。

 とはいえ、人がいないわけではない。入り口となる門の周辺には、揃いの装備をまとった男たちが、いかにも高級そうな車を控えさせて周囲を警戒していた。

 

 彼らの姿に、ジョージは覚えがあった。もちろん一人一人が知り合いというわけではない。彼らが背中に負ったカーバンクルを模した紋章が、忘れたくても忘れられるものではなかったのだ。

 

「あれは……ルベルクラクの傭兵か!」

「あれが噂の……ということは、イギリス政府が動いたらしいというのは本当かもしれないな」

 

 ルベルクラク伯爵家が経営する企業はいくつもあるが、その中の一つ……というよりも大元と言うべき傭兵組織、ルベルクラク・プライベート・セキュリティ・アソシエーション――通称RPSAは、グループで最も名の知られた企業である。

 RPSAは軍事的な警護や、兵站に関する諸々を中心に扱う民間軍事会社だ。彼らはその技術を惜しみなく発揮し、先の大戦ではイギリスに大きく貢献し……だからこそ、その大戦でパイロットとして活躍したジョージにとってはとてもなじみのある企業でもあった。

 

「懐かしいな……当時は世話になったものだ」

「そんなにか?」

「ああ。当時はまだ設立されて日の浅かった空軍では、常に人手が足りていなかったからな……パイロット以外は多くがRPSAに委託されていた。当時の俺の同僚の4割くらいはその関係者になる」

「それは……なんというか、すごいんだろうな、とは思うが……そうなるとジョニィ」

 

 マリオはそこで一度言葉を切ると、視線をRPSAの兵士からジョージへ移した。さらにその兵士を親指で示しながら、続きを口にする。

 

「お前、変装してきて正解だったんじゃあないか?」

「そうだな……こういうのはパイロットじゃあなくて諜報員の仕事だと思っていたが、念のためしてきてよかった。こういうのを確か、日本では『転ばぬ先の杖』と言うんだったか?」

 

 そう、今のジョージは普段の彼とはかなり異なる格好をしている。服装は流行から一周遅れたくたびれたものだし、つけ髭によってこれまた時代遅れになってきているカイゼル髭が備わっている。

 これらは無論、ジョージの身元を特定させないためのものだ。繰り返すが、彼は記録上既に死んでいるのだから。

 

 ただ、本人が口にした通り、念のためでもあった。ジョージの設定上の没年はもう十五年前のこと。誰もそこまで覚えていないだろう、というわけだ。

 

 しかし相手がルベルクラクとなると話は変わってくる。

 

 理由は主に二つ。一つはジョージも言っていたように、RPSAの人間に顔見知りがそれなりにいるから。

 そしてもう一つは、

 

「今の駐独大使、友人なんだったか?」

「ああ……子供の頃、パブリックスクールで同窓だった。()()()()()()()()()()()()()()()()、あれこれ世話を焼いたのを覚えている」

 

 ということである。

 だからこそ、ジョージの顔は苦虫を噛み潰したようであった。せっかく旧友が近くにいるというのに、声をかけるわけにはいかないのだ。無理からぬことだろう。

 

 彼の心境を察したマリオも、どこか気まずげに肩をすくめるばかりだ。

 

「……いずれ顔を合わせる機会が来るといいな」

「そうだな……柱の男たちの一件が落ち着いたら、なんとかしたいところだ……」

 

 ぽん、と肩に手を置いたマリオに苦笑を返して、ジョージは視線を元通り研究所へ向けた。

 

 思うところはある。けれども、今はまず目の前のことを。ジョージはそう考えた。

 

 そんな彼のありようを、マリオは尊敬している。年下だが、実直で固い意志の男。勇気ある男だ、と。

 しかし、それをさらりと口にできるほどマリオは器用ではなかった。だからジョージの肩に置いた手を数回叩いて……けれど、彼にはそれで十分通じた。語らずとも分かり合えるだけの信頼があった。

 

 そうして二人は、研究所の監視を続ける。もちろん監視といっても何かができるわけではないので、無事にジョナサンが出てくるところを確認したら撤収するつもりで。

 

 しかし。

 

「……! おいジョニィ、今のは」

「銃声だ。それも拳銃じゃあないぞ、ライフルの類だ」

 

 研究所から複数の、しかも連続した銃声が聞こえてきて、どうにも雲行きが怪しくなってくる。研究所の門前で警戒していたルベルクラクの傭兵たちも、何があったのかといぶかしげだ。

 

 だがさらに悲鳴が聞こえてきたことで、事態は雲行きが怪しいどころか不穏な空気が漂い始めた。

 何せ、ただの悲鳴ではなかったのだ。何かとてつもなく恐ろしいものを目にしたような……そして今まさに命に危険が迫っているような……。さながら断末魔のような悲鳴だったのだ。

 

 さらにそれに続いて、激しい破砕音が響き渡る。コンクリートか金属か……ともかく、そういった硬いものを無理やり破壊したような、そういう音だ。

 

「……おいジョニィ、嫌な予感がするぞ」

「奇遇だなマリオ、俺もだ」

 

 二人がそう交わした直後。打音とともに、研究所の分厚い門が中からぼこりと膨らんだ。膨らみは明らかに人の形をしていて、しかし誰が見ても下半身がない。

 

 深く考えるまでもない。異常事態だ。

 

 だからこそ、ルベルクラクの傭兵たちは武器を構えて動き出した。一方で、ジョージたちはまだ動かない。表向きの立場が、軽率な行動を許さないからだ。

 

 しかし傭兵たちが閉ざされた門を連携プレーでよじ登り、最初に中を視認したものが緊張の面持ちで声を上げた瞬間、二人は弾かれたように走り出した。

 

「――屍生人(ゾンビ)だ!」

 

 その声に応じて、傭兵たちは誰もが乱れることなく銃を構え、高所を取ったまま研究所内に向けて発砲する。

 

 狙いはすべて頭。吸血鬼のような治癒力を持たない屍生人(ゾンビ)なら、波紋を使わずとも頭を破壊すれば倒すことができるのだ。RPSAの傭兵たちは、それをちゃんと知っていた。

 

 彼らの狙い通り、そこにいた屍生人(ゾンビ)たちは多くが頭を撃ち抜かれて活動を停止する。

 しかし連射の利かない銃で、しかも決して多くはない人数での射撃では、研究所内の門前に集まり始めていた屍生人(ゾンビ)たちを一掃することはできなかった。

 

 そして屍生人(ゾンビ)とはいっても、一部知性を残したものもいる。そういう連中は高所からの射撃を見ると物陰に一度身を隠し、射撃が途切れた瞬間を狙ってそこらにあるものを適当に投げて攻撃を仕掛けてきた。

 知識はあっても肉体的には一般人の傭兵たちは、その多くを回避しきれなかった。屍生人(ゾンビ)がそのような知恵を働かせることも、多くのものにとっては信じられなかっただろう。

 

「ぐわあ!?」

「うわーっ!?」

 

 そして攻撃を受けたものの半分が、門の内側に転落した。彼らのさらに半分は頭から落下したためほぼ即死だったが、残る半分は怪我を負いはしても意識を保ったままとなる。

 

 これはある意味で、不幸と言える。いっそ即死であったほうが、よかったかもしれない。

 

 なぜなら、生者は屍生人(ゾンビ)にとって餌でしかないのだ。意識があるとなると、餌を求めて迫ってくる屍生人(ゾンビ)を、喰いつかれる苦しみを、死ぬ瞬間まで体感し続けることになる。

 

 逃れたければ、逃げるしかない。だが屍生人(ゾンビ)の身体能力は、人間を上回るのだ。万全の状態でも逃げ切ることは難しい。ましてや怪我をしているなら、なおさらだ。

 

 だから内側に落ちた彼らに訪れる未来は、ただ一つ。屍生人(ゾンビ)に喰われるしかない。

 

「ぎゃあああー!?」

「たっ、助けて!」

「誰か! あああー!?」

 

 そうして、その通りになった。生き物が生き物に、文字通り喰らいつく凄惨な音と、それを拒む本能的な悲鳴が断続的に響き渡る。あまりにもおぞましい光景に、多くのものが思わず顔を背けた。

 

 だが、悲劇はこれだけで終わらない。屍生人(ゾンビ)に喰われたものも、屍生人(ゾンビ)になるのだ。

 結果として、屍生人(ゾンビ)は加速度的に増えていく。地獄の始まりだ。

 

「くっ、屍生人(ゾンビ)を増やすわけにはいかん! やむを得ん、撃て!」

 

 それを知っている傭兵側は、非情の決断を下すしかない。

 

 先頭にいた傭兵が指示を飛ばした――その横を、二つの人影がさっそうと飛び越えていく。

 

「なっ!?」

 

 もちろん、それはジョージとマリオである。二人はポケットに忍ばせていた瓶から油を手に出し、波紋を通して門をよじ登ると中へと侵入を果たしたのである。

 結構な高所から飛び降りての侵入だったが、二人とも着地の衝撃は意に介さない。これくらいの高さから下りていちいち痛がっていては、波紋戦士にはなれないのだ。

 

 そんな二人を、今しがた喰いつかれた傭兵だったものも含めた屍生人(ゾンビ)たちが取り囲む。

 

「おいお前たち! 何をしている、()()()()()()()!?」

 

 当然傭兵がジョージたちを咎めるが……マリオは短く「お気になさらず」と答えるだけ。ジョージに至っては何も語らず、ただ静かに拳を身構えた。

 

 両者の口から、コオオォォ……と、特徴的な呼吸音が響く。

 

 と同時に、屍生人(ゾンビ)たちが一斉に二人に襲い掛かった。

 

「クソッ! 民間人がバカなことを!」

 

 だからこそ傭兵たちは二人を助けようと、屍生人(ゾンビ)に銃口を向けるが……。

 

 稲妻のような光がジョージとマリオの身体を覆う。波紋特有の高い音がかすかに鳴り渡り、二人は背中を合わせて屍生人(ゾンビ)を正面から迎え撃った。

 

 そして二人は、同時に言い放つ。

 

「「波紋疾走(オーバードライブ)!」」

 

 刹那、二人の両の拳に宿った黄金の輝きは、そのまま連打となって次々と屍生人(ゾンビ)たちを打ち据えていく。一発、二発、三発……と数を重ねても動きはいささかも衰えず、むしろ技は冴え渡っていく。

 波紋によって上昇した身体能力。弱点そのものである太陽のエネルギー。それらを正面から食らった屍生人(ゾンビ)たちは次々に吹き飛んでいき、元は兵士で相応以上の体格であるはずのものたちが宙を舞う。

 

 これには知性を持たないタイプの屍生人(ゾンビ)ですら襲うことを躊躇し、立ち止まる。そうしてわずかだが、この場に静寂が戻ってきた。

 

 このタイミングで、ジョージとマリオもひとまず息を整える。もちろん構えは解かず、油断はしないで。

 

 彼らの姿を見て、助けようと銃を構えたRPSAの傭兵たちはゴクリと息を呑んだ。予想していた結果とはまるで正反対の様子に、引き金を引くことすら忘れて。

 

 そんな彼らに、マリオがニヤリと声をかけた。

 

「言ったでしょう? お気になさらず、と」

 

 そこにあったのは、歴戦の戦士の顔だった。

 




波紋戦士的にはゾンビ大量発生をやられた瞬間、人目につこうがなんだろうが飛び出すしかないよね。
もちろん相手はそれを狙ってやってるわけだけど。
色んな作品で言及されてることではあるけど、悪役って手段選ばなくていいからその点は楽よね。

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