転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

73 / 108
37.JORGE JOESTAR 4

 時間は少しだけ遡る。具体的には、ジョージたちがホテルを飛び出す直前ごろだ。

 

 ジョナサン奪還のため、傭兵たちを引き連れてベルリンの秘密研究所に踏み込んだイギリス駐独大使、ジグムント・ルベルクラクは兵士たちの案内で内部を堂々と闊歩していた。兵士の語る言葉は基本的に聞き流し、ただひたすらにジョナサン救援のためだけに歩く。

 

 名前の通り、彼はルベルクラクの人間だ。それも養子とは言え、現伯爵家の嫡男である。

 つまりアルフィーの熱心な信者であり、彼女が指示した赤石の回収は彼にとって絶対である。また、彼女が特に気に入っているジョナサンについても絶対に救出するという気概を持っていた。

 

 そんな彼だが、案内の兵士たちが目的地への最短経路を通っていないことは早い段階で気づくことができた。彼らの立場なら自分でもそうするし、何よりここが()()()()()()()()()()()()()()()()からして通る必要がない場所だということは明白だった。

 

 だから、ドイツ側で下手を打ったものをあえて挙げるとしたら、ジグムントを迂回させて案内するように指示した上官と言えるだろう。

 なぜならば、彼をまっすぐジョナサンのいる場所へ案内していれば、彼が()()に出くわすことはなかったのだから。

 

「……待て、一つ聞かせてくれ。彼らは?」

「は……?」

 

 先に気づいたのは、ジグムントのほうだ。彼はある地点を通りかかったとき、足を止めて兵士たちに声をかけた。

 

 今まで基本的に無視されていた兵士たちは、突然の呼びかけに一瞬きょとんとする。だがすぐにジグムントが視線で示していた先を見て、ああ、と誰からともなく納得の声を(いきなり質問されたということには納得していないにしても)上げた。

 

 そこにいたのは、研究員に変装していたルージュフィシューの二人だ。ついでに、案内役の屍生人(ゾンビ)を引き連れている。

 そう、彼らは出会ってしまったのである。

 

「うちの研究員たちですよ……それ以上でもそれ以下でもありません」

「本当にそうか? 本当にそうなのか?」

 

 しかし兵士がそこまで知るはずもない。彼は至極当たり前に、当たり前のことを答えたのだが……ジグムントの返事はさらなる詰問であった。

 

 当のジグムントはルージュフィシューの二人から視線を逸らさず、鋭い眼光でもって射竦めている。

 その確信を持った態度に、ルージュフィシュー側は内心毒づきながらもこの場をやり過ごすために頭を下げて殊勝な態度を取った。一時プライドを捨てて頭を下げるくらい、敗者であり続けた彼らにとっては造作もない。

 

「そうですって……一体何だというんです?」

「……そう思っているのならば、後はないぞ。これ以上時間を引き延ばすような行為は慎みたまえ」

「は……はは、いや、そんなご冗談を」

 

 ルージュフィシューの対応を見て、ジグムントはひとまずジョナサンを助けることを優先した。そして先に進むことを兵士たちに促す。

 

 兵士たちはしきりに冷や汗を流していたが、相手は国の要人だ。もはやこれ以上はどうしようもなく、言われるまま最短距離での案内を始めた。

 

 そして残されたルージュフィシューの側は……これを見て、これ以上ここに留まることは危険だと即断した。

 

「まさかルベルクラクが踏み込んでくるとは……この我輩の目をもってしても見抜けなかった」

「どうなさいますか、マスター?」

「どうもこうも……鍵となる赤石は持ったな?」

「もちろんです。石仮面も半分は回収済みです」

「……ならば最低限の目的は果たしていると判断しよう。遺産をほとんど残したままとなるのは業腹だが、撤収だ」

 

 そして大急ぎで侵入口へ取って返したルージュフィシューたちは、下水施設へ戻る。

 

 だがその直前、彼らは外法をためらわず採用した。

 それは吸血鬼の親とも言えるカーズに通じるものだ。一部の人間が聞けば、吐き気を催す邪悪と断じるだろう行為。

 

「ぐ、えッ!?」

 

 周辺にいた数人の人間から、情け容赦なく血を吸ったのである。ただし吸いつくさず、代わりに吸血鬼のエキスを注入して。

 

 すなわち、

 

「そうら、これでお前は屍生人(ゾンビ)となった。この研究所の中で好きなように仲間を増やすといい……クックック」

 

 屍生人(ゾンビ)の作成と、その手綱の放棄である。

 

 かくして、生ける屍たちが研究所内に解き放たれた。彼らは手当たり次第に遭遇した人間に襲い掛かり、仲間を増やしていく。

 それに気づいた兵士たちが発砲して対抗しようとするが……頭を破壊されない限り、屍生人(ゾンビ)はとまらない。撃ち抜かれてもなおとまらず、屍生人(ゾンビ)によって兵士たちが蹂躙されていく。

 

 悲鳴が上がる。

 

 それらを聞きつけて、入り口に陣取っていたジョージとマリオは飛び出したのだ。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「まさかあんたたち……波紋使いかッ!」

 

 ジョージとマリオの波紋疾走(オーバードライブ)を見た傭兵が、驚きながらも喜色をにじませて声を上げる。

 

「いかにも、その通り。たまたま通りかかってね……ここは我々に任せていただきたいッ」

 

 彼にそう返して、マリオが前に出る。ジョージも同様にだ。

 まるで仁王か阿修羅かと言わんばかりの様相に、屍生人(ゾンビ)たちが怖気づく。

 

 しかしだからと言って、彼らに容赦はできない。人間と屍生人(ゾンビ)は、相容れることができない存在なのだ。

 

 直後、ジョージとマリオは同時に地面を蹴った。ぐん、と大きめの音が響いたかと思えば、二人は敵との距離をあっという間に詰めていた。

 

「ふんッ!」

「せいッ!」

 

 そして拳を振るい、次々に屍生人(ゾンビ)を駆逐していく。周囲には波紋傷による肉が溶けるような音が響き渡り、その圧倒的な様子に傭兵たちは声も出ない。

 

 だが、彼らも傭兵で、曲がりなりにも戦うことには慣れている。物陰に隠れた知性を残す屍生人(ゾンビ)が、大きめの石をつかんでジョージに投げつけようとしているのを見て、声を張り上げた。

 

「ヒゲの旦那! 投石来るぞ、狙われているッ!」

 

 言われたジョージは、一瞬それが自分に向けて言われていることに気づかなかった。何せ、今の彼は普段蓄えていない髭を持っているのだから。

 しかし周囲の状況から、自分が言われていることにすぐ気づく。

 

 もっとも、彼はそれよりも早く既に動いていた。

 

 ぐん、と身体を大きく沈ませる。そのまま地面に両手をついて身体を支えると、すぐ上を石が通り過ぎていくのを確認しつつ、まるでカポエイラのように回転。続く投石から逃れる形で、舗装されていない端の方へと跳び込んだ。

 

 彼はそのさなか、地面に生えていた草を一房引っこ抜いていた。

 続いて地面を転がりながら、草へ波紋を流す。波紋を受けた草はピシっと勢いよく伸び、その状態で硬直した。その姿は、さながらナイフかカッターかのよう。

 

「しッ!」

 

 その草を。ジョージは態勢を整えると同時に、勢いよく投げた。

 

 波紋を受けまっすぐ固まる草は、やはり投げナイフのように飛んでいき、身体を物陰に隠していた屍生人(ゾンビ)たちの額にそれぞれ突き刺さった。

 

 波紋は生物にはよく通る。特に内部に導水管を持つ植物とは相性がいい。波紋を用いた即席の飛び道具としては、石よりも優れていた。

 

「……Thank you very much(ありがとうございます)、ルベルクラクの方」

 

 ゆるりと身構えながらの起立に返礼を乗せて、ジョージはぐっと拳を握り込む。

 その超人的な立ち居振る舞いに、改めてルベルクラクの傭兵たちはゴクリと唾を嚥下するのだった。

 

 一方マリオはと言うと、屍生人(ゾンビ)たちに囲まれながらも危なげなく戦いを続けていた。

 とはいえ彼も拳だけではなく、その場その場で状況に応じてどんなものでも使って見せている。

 

 あるときは死体が握っていたライフルを拾い上げると、金属を走る波紋疾走でもって長柄の武器としたり。

 あるときは油(食用の植物油である)を取り出してそれを口に含み、かつて父も使った波紋カッターを発射してみたり。

 なんならバランスを崩して倒れた屍生人(ゾンビ)の頭を、波紋の乗っていない普通の射撃で撃ち抜いたりもした。

 

 マリオは現在の波紋戦士としては、最も歳を取ってから入門した男だ。ゆえにその技量は実のところ、ジョージと比べてもやや劣る。

 それを自覚しているマリオは、ならばとばかりに使えるものはすべて使うスタイルを築き上げた。もちろん人間として道徳に反しない範囲ではあるが、それでもどんなものでも戦いに組み込む思考や発想は、こういう乱戦のとき特に強みとなる。

 元軍人であるジョージもその傾向はあるが、彼は貴族嫡男としての教育を受けているからか、どうしてもその戦い方には素直さがあった。

 

「……ひとまずはこんなところか」

「そのようだ。だが油断はできないな」

 

 やがてこの場から、屍生人(ゾンビ)の姿はなくなった。

 ジョージとマリオは一息つくと、乱れた衣服を整えて視線を交わし合う。

 

「どうする?」

「このまま二人突入するのは避けるべきだろうな。万が一にもここから屍生人(ゾンビ)を出すわけにいかない、水際ですべて倒さなければ」

「……やはりそうなるか。しかし右も左もわからない場所を、一人で行くのは危険だぞ……」

 

 そう話す間にも、屍生人(ゾンビ)が二体現れた。

 二人は会話を切り上げて、迎撃態勢を取る……が、そこに銃声が鳴り響いた。直後、弾丸が屍生人(ゾンビ)の頭を破壊する。

 

 音の出どころへ顔を向けた二人は、そこでライフルを構えてにやりと笑う傭兵たちを見た。

 

「あんたたちは行ってくれ!」

 

 そして彼は、二人に行けと促す。

 

「しかし」

「この研究所の出入り口はここだけだ! ここさえ死守できればいいんだよ」

「それに波紋が使えない我々では近距離戦の可能性が高まる屋内より、射線の開けたここで構えて、やってきた屍生人(ゾンビ)どもを撃っているほうがやりやすいし安全だ」

 

 そうだそうだ、と傭兵たちが声を上げる。

 

 彼らの声に、ジョージとマリオは再度顔を見合わせて数瞬の間考えたが……すぐに傭兵たちに視線を戻して、大きく頷いた。

 

「すまない、任せた!」

「すぐに片づけてくるからな!」

 

 そうして駆けだそうとする二人に、もう一度声がかかる。

 

「待ちな!」

 

 なんだ、とばかりに振り返った二人の眼前に大判の紙がふわりと降ってきた。

 思わずそれを受け止めて、なんだと首を傾げる二人。

 

「土産さ! 持っていきな!」

「うちのジグムント様を頼むぜ!」

 

 二人の手元に投げ渡されたそれは、研究所内の見取り図だった。

 

「……どこからこんなものを」

「おっと、そいつは企業秘密だぜ」

「だがまあ、俺たちはルベルクラクだからな。それだけであとはわかるだろ?」

「……相変わらず、底の知れない家だ」

 

 ジョージがこぼした言葉に、傭兵たちが「確かに!」とゲラゲラ笑う。少し前までの悲壮な空気は、既に霧散していた。

 

 そんな彼らに改めて礼を言った二人は、地図を手に研究所内へと跳び込んでいく。現れた屍生人(ゾンビ)たちを、すれ違いざまに行きがけの駄賃とばかりに殴り倒しながら。

 

 二人の姿が消えたのを確認した傭兵たちは、真剣な表情に戻って銃を構え直す。彼らもまた、戦うものであった。




今まで伯爵の名前を頑なに出してなかったのは、名前を出さなくても別に困らなかったから決めてなかったからなんだけど、今回いきなり出てきたその息子が普通に名前を出す流れにいたので伯爵の不遇度が上がった気がする。
本編中も今後彼の名前を出すしかないような状況が来るかどうかわかんないので、今後も彼の名前はまだまだ出てこないと思います。
いやうん、ジョジョだと結構お約束じゃない? 最後まで名前わかんない人。アラビアファッツとか。
伯爵は敵じゃないけど。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。