転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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38.JORGE JOESTAR 5

 地図を片手に、研究所内をひた走るジョージとマリオ。しかし既に内部は相当数の屍生人(ゾンビ)がはびこり始めていて、簡単には先に進めない。

 何より、彼らの最大の目的はジョナサンの救出だが、だからと言って周囲にいる巻き込まれただけの人間を放っておくわけにはいかなかった。それは心情的にも、事件への対応という意味でもだ。

 

波紋疾走(オーバードライブ)!」

「アッバアアアァァーー!!」

 

 ジョージの拳がまた一体の屍生人(ゾンビ)を吹き飛ばす。そいつはそのまま他の屍生人(ゾンビ)に衝突し、既に体内を激しく駆け巡っていた波紋がそちらにも伝導。二体はほとんど同時に消滅した。

 

「大丈夫か!? ここは危険だ、急いで脱出しろ!」

 

 そんなジョージのすぐ後ろで、襲われていた兵士たちを抱き起こすマリオ。

 

 二人の格好は、ここまでの道中でドイツ兵の軍服に変わっていた。様々な事情を鑑みて、たとえ着替える時間を消費したとしてもドイツ兵に扮したほうがあとあと楽だろう、と判断したからだ。

 

「は……はっ、しかし、上官殿を置いていくわけには!」

「構わん! ここは我々が食い止める!」

「貴官らは入り口で待機しているルベルクラクの傭兵どもと合流しろ! そこで連中と協力し、外へ出ようとする屍生人(ゾンビ)どもを掃討せよ!」

「……はッ! 了解であります!」

 

 そう会話し、下がっていく兵士たちを尻目にジョージたちはふうと小さく安堵の息をつく。

 

 彼らが拝借した軍服は、将校のものだった。恐怖と混乱の中で上官の顔をしっかりと確認する余裕のある兵士はほとんどおらず、幸い今のところ命令を下せば素直に従ってくれている。

 

「さすが、元軍人は違うなぁ。こういうときの態度というか、雰囲気とでもいうのか? 私には出せそうにないな」

「そうでもない……と言いたいが、確かにこの辺りは慣れがなければできないかもしれん」

「それに命令することに慣れている。やはり育ちの違いってのはどうしても出るもんだなぁ」

「君だって元を辿れば貴族の家系じゃあないか、ツェペリ男爵?」

「よしてくれ、うちが貴族だったのは親父の代までさ」

 

 軽口を叩き合いながら、再び二人は走る。やはり現れる屍生人(ゾンビ)を順に倒しながら、地図を確認しつつ奥へ奥へと進んでいく。

 

 とはいえ、彼らはまだジョナサンが具体的にどこにいるか、正確には知らない。だから道中の部屋や施設を無視して行くわけにもいかない。

 進んで止まり、止まって進みを繰り返し、少しずつ、しかし確実にジョナサンの居場所を絞り込んでいく。

 

 ――と。

 

「……! 今のは銃声だな!」

「拳銃の音だ。音からして、複数人が連続で撃ったようだ」

「あっちだな……屍生人(ゾンビ)と戦っている人間がいる」

「行くぞマリオ」

「もちろん!」

 

 不意に聞こえた銃声を聞いた二人は、進もうと思っていたほうではなく、音が聞こえたほうへと迷わず足を向けた。

 

 そこからしばらく進むと、銃声だけでなく明白な戦闘音も響いてくる。何かを殴打する音、破壊する音、指示する声、応じる声、罵る怒声などが断続的に聞こえてくる。

 間違いなく誰かが複数で屍生人(ゾンビ)相手に戦っている。そう確信した二人は走る速度を速めた。

 

 やがて二人は、決して広くはない部屋の中に多くの屍生人(ゾンビ)が殺到し籠城戦となっている場所を見つける。

 

「ふんッ!」

「はあッ!」

 

 そこに、二人は迷わず飛び込んだ。波紋を練り上げ、まずは手近なところにいた屍生人(ゾンビ)たちを蹴散らし始める。

 

 いい具合に襲っていたのに、急に後ろから襲われた屍生人(ゾンビ)たちは色めき立った。しかし、連中は意外なほどあっさりと動揺を鎮めてジョージたちを迎え撃つ。その動きは秩序立っていて、烏合の衆でないことは明らかだった。

 

「どこかに司令塔がいるな!」

「間違いない。マリオ、ここは俺が持たせる。あれを頼む!」

「おうとも!」

 

 早くも囲まれた二人。だがマリオは、ジョージの声に不敵に笑って見せ、懐から植物油で満たされた瓶を取り出した。

 彼はそれを、迷うことなく床に叩きつける。当然瓶は音を立てて割れ、中身の油が盛大にぶちまけられる。

 

 その油を。

 

 床に広がった油に手のひらを当て、波紋を流す。すると油は波紋の力を受け、液体のまま固まった。形もくの字型へと変じていく。

 さらにくっつく波紋を用いて持ち上げられた油を握り込んだマリオは、より多くの波紋を流してそれを強化し――

 

「波紋ブーメラン!」

 

 ――勢いよく投擲した。

 風切り音が屋内にこだまする。その音を置き去りにして、波紋で固められた油が勢いよく飛翔した。

 

 それを阻もうとした屍生人(ゾンビ)の群れは、油に宿った多量の波紋を前に次々と切り裂かれ、倒れながら溶けていく。

 

 そうして多くの屍生人(ゾンビ)を瞬く間に切り裂いた油は、しかし一定のところでぐんと軌道を変える。大きな弧を描く形で方向転換し、今まで通ってきたところとはまた違う場所を切り裂きながら、マリオ目がけて戻り始めた。

 同じ場所を通っていないから、当然更なる屍生人(ゾンビ)がその餌食になっていく。

 

 その様子を見た屍生人(ゾンビ)の中には、瞬時に危険と判断して距離を取ったりしゃがむなどして回避を試みたものもいた。

 だがそれらをあざ笑うかのように、油はマリオの下に戻るより早く、()()()()。音以上に派手な飛沫が飛び散り、それらはより離れたところにまで波紋の力を行届かせる。

 

 もちろん、破裂して小さくなった飛沫程度では、いかに屍生人(ゾンビ)相手とはいえ致命打にはならない。それでも、触れた部分を溶かしダメージを与えるくらいは可能だ。

 

「グエェェーッ!?」

「アギャーッ!?」

 

 まるで強酸にでも触れたかのように、飛沫を受けた屍生人(ゾンビ)たちがどよめく。悲鳴をあげるもの、触れた場所を手で押さえるもの、うずくまるもの、痛みにのたうち回るもの。

 

 あるいは――そうした屍生人(ゾンビ)たちを声なり暴力なりで叱咤しようとするもの。

 

 だがその対応の差こそ、マリオの手持ちの油をほぼすべて使い果たしてでもジョージが見たかったものだ。彼は一連の流れを決して見逃すことなく、自身が倒すべき相手を短時間のうちに見極めた。

 

「……そこだ!」

「ぐぺぽっ!」

 

 するりと死角に入り込んだジョージの拳が、一体の屍生人(ゾンビ)を打ち砕く。

 波紋の輝きがただちに全身に回り、溶融していくそいつを尻目にジョージは次を求めて構え直した。彼の隣に、改めてマリオが並ぶ。

 

「Good jobだ、マリオ」

「お前もな」

 

 そんな二人に対して、屍生人(ゾンビ)たちは明らかに強く動揺して見せた。

 そしてそれを見逃す二人ではない。この機会を逃すまいと、一気に攻勢に出る。

 

 司令塔を失った屍生人(ゾンビ)の群れは、脆かった。元々ほとんどの屍生人(ゾンビ)には思考能力があまり残っていない。指示がなければろくに連携もできないのだから、次々に蹴散らされていくのも当然と言えた。

 

 また、屍生人(ゾンビ)の掃討はジョージとマリオだけで進められることはなかった。襲われていた人たちもジョージたちの活躍を見て奮起し、反撃に出たのだ。

 屍生人(ゾンビ)は吸血鬼と違う。一般人でも戦いようはある。この場所には放棄された銃などもそれなりにあるからして、それを用いて頭を撃ち抜くことさえできるのなら十分な戦力なのだ。

 

 そうして戦うこと、およそ十分。この場の屍生人(ゾンビ)をすべて討ち果たした面々は、一応の警戒を解いてようやく一息ついた。

 

 そんな中、休む間もなく一人の少年が間を縫って前に出て来る。彼を見て、ジョージは一瞬目を大きく見開いた。

 

「私はイギリス駐独大使のジグムント・ルベルクラクだ。波紋戦士のお二人には礼を言わせてほしい。ありがとう、おかげで命拾いした」

 

 彼の言葉に、ジョージは迷うことなく跪いた。本来の立場であっても、ルベルクラク家はジョースター家より身分が高い。今は一般人を装っているからなおさらだ。

 その対応を見たマリオも、慌てて跪く。

 

 まあ、ジョージについては単に、ジグムントに素性を気づかれたくない、という事情もあるのだが。

 

「楽にしてくれ、今はそういうことを気にしている場合じゃあないからな」

 

 だが彼はすぐにそう言い、ジョージは仕方なく立ち上がる。そうしてみれば、目の前の学友の姿を改めて正面から見ることになって、妙な感慨が湧いてきた。

 何せパブリックスクール時代のジグムントと言えば、幼児さながらの少年だったのだ。そんな彼が、十代半ばほどに成長している様はなんとも言い表しようのない気持ちになった。

 

 似たようなことをジグムントのほうも思ったのか。二人はしばらく、複雑な心境をそのまま顔に浮かべて見つめ合っていた。

 

「……老けたな、()()()()

 

 その沈黙を破って、ジグムントが言う。

 

「……さて、なんのことでございましょう。自分は閣下とは初対面であります」

「ああ、やはり()()なのか。わかった、()()いうことにしておこう」

 

 にべもないジョージの言葉に、苦笑するジグムント。だがそれ以上この件について言及することはなかった。

 

「……腕の立つ波紋戦士の方々とお見受けする。助けてもらった口で言うのもおこがましいが、どうか頼まれていただけないだろうか」

「お聞きいたします」

「この研究所内に、我が国の要人で父の友人でもあるジョナサン・ジョースター卿が囚われている。彼を助けていただけないだろうか」

 

 この状況はもはや政治でどうにかできる状況ではない。そう付け加えて、ジグムントは改めてジョージの目を見据えた。

 

 やはり、ルベルクラクがジョナサンのために動いていた。その確信を得たジョージは、国の素早い動きとそれを成したルベルクラクに感謝する。もちろん、身分は明かせないので内心で。

 

「謹んでお受けいたします。必ずや」

 

 だからジョージは即答し、頭を垂れる。

 

「今そなたが手にしているのは、当家が作成したここの地図だな?」

「は。門前に詰めていた傭兵たちに託されました。お返しいたしましょう」

「いや、それには及ばない。ただ、少し貸せ。うむ……これでよし」

 

 ジグムントはジョージが差し出した地図を受け取ると、後ろに控えていた傭兵の一人から鉛筆を受け取り迷うことなく地図に印を書き込んだ。そうして改めて、ジョージへ地図を手渡す。

 

「……これは?」

「ジョースター卿が収監されている場所だ」

「……! なるほど、よくわかりました。ありがとうございます」

「構わない、我々では屍生人(ゾンビ)はびこるこの場所を奥まで行くことは難しいだろう。外で待っているぞ」

「はっ。では、これにて失礼いたします」

 

 ジョージは再度頭を下げ、踵を返す。貴族的なやり取りをすべて任せ無言を貫いたマリオもこれにならい、一拍遅れて反転した。

 

 そんな彼らの背中に、ジグムントが声をかける。

 

「会えて嬉しかったぞ。いずれまた会おう」

「……ありがとうございます」

 

 それは間違いなく、長年会えていなかった友人への言葉だった。ジョージは足を止めることはなかったが、その口元は思わず緩んでいる。

 

 返答は簡単なものになったしまったが……しかしそこには、隠しようのない親しさがにじんでいた。今は、それだけで十分だった。

 

 やがて視界からジョージたちが消えるまで、ジグムントは彼の特徴的な痣を探してうなじを見つめていた。

 

「……まさかここに彼が来ていたとは。驚いたが、運がよかったんだろうな」

「どうなさいますか?」

 

 ジョージたちが消えた廊下の角を名残惜しそうに眺めていたジグムントに、傭兵が声をかける。

 

「これ以上死人を出すわけにはいかない。レッドクロスは見つかっていないが、撤収だ、門まで退くぞ」

 

 (いら)えは即であった。

 

 しかしすぐに、もう一度だけジョージたちが消えたほうへふっと顔を向けるジグムント。

 

「……死ぬなよ、ジョジョ」

 




今回書いてて、無双する相手としてゾンビってめっちゃ便利だなって思いました。
一般人ではまず対抗できないけど、まったくできないわけでもないし、ある程度以上収めた波紋使いならそこまで苦もなく倒せるし。
これが2部になると、このポジションに吸血鬼が収まるんだよな・・・改めて冷静に考えるとインフレがすぎる・・・。

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