転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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39.JORGE JOESTAR 6

 この場を後にするジグムントたちの背中を、彼らがここに入った直後から見つめていたものがあった。

 それは白い鳥の形をしたもので、壁から顔を出してジグムントたちの動向をずっと見続けていた。にも関わらず誰もそれに気づかなかったのは、それが力ある(ヴィジョン)だからだ。

 

 しかしここに来て、それはジグムントたちから目を逸らした。そうして、ズズズ……と壁の中に消える。

 

 もちろん、本当に消えたわけではない。顔を出していた反対側に全身を移しただけであり、それは依然として存在し続けている。

 

 だがそれもまた、くるりと反転する。そのまま壁という壁をすり抜け、本体の下へと戻っていく。()()()()()()()()()()を点々と軌跡に残して。

 

 ――ピューイ。

 

 どこからともなく、タカの鳴き声が研究所に響き渡った。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 研究所内が騒がしいことに気がついたジョナサンは、その喧騒に思い当たるものがあって思わず顔をしかめた。

 怒声や悲鳴、物音。それはかつて、若かりし日のジョナサンが、血を分けた兄と永遠に別れた日の船内のものと酷似していたのだ。恐怖が広がり、混乱ばかりが一帯を支配していく様が、その場にいなくとも手に取るようにわかる。

 

(まるで屍生人(ゾンビ)が出たかのようだが……まさか、誰かが遺跡にあった石仮面を使ったのか? しかしドイツ軍はまだ使い方を理解していなかったはず……だからこそ僕を捕らえたのであって……)

 

 騒ぎの中で、しかし身動きが取れないために思考を続けるジョナサンは、事態の中に一つ違和感を持った。

 仮に、ドイツ軍が石仮面を使ったとして。ここまで派手に惨事になるだろうか、と。

 

 無論、なる可能性はある。だがそれは低いだろうとジョナサンは考える。

 

 吸血鬼が屍生人(ゾンビ)を作る手段は一つ。生き物の体内に、自らのエキスを注ぎ込むことだ。

 しかしそれは、行使者にそうする意図がなければなされない。そして多くの場合、吸血鬼になったものはそもそも真っ当な理性を持ち合わせないから、屍生人(ゾンビ)を作るよりもただ力に任せて破壊に走ることのほうが圧倒的に多いのだ。

 

 そして仮に理性を残して吸血鬼化したとしても、石仮面は新たにできるようになることを一切――なんならできなくなることすら――教えない。

 つまり吸血鬼化したものは、生まれ変わった自分に何ができて、何ができないのかを先達に教わるか、自ら試して覚えていくしかないのだ。

 

 ドイツ軍が石仮面を使ったなら、ここにいるだろう吸血鬼は間違いなく生まれたて。それが即座に屍生人(ゾンビ)化を実行できる可能性は限りなく低い。

 

 先の大戦が始まる少し前、神聖サンタナ王国で現地調査をする機会があったジョナサンは、たまたまこうした吸血鬼の事情をある程度知ることができた。だから違和感を抱けた。

 当時は、自身がかつて対峙したディオがいかに吸血鬼として突き抜けた存在だったかを知って、人間を辞めてもなお彼は優秀なのかと妙な感慨を抱いたものだが、それはともかく。

 

 今の研究所内で、石仮面が使われた可能性は極めて低い。ジョナサンはそう考える。

 

 ならば、誰が屍生人(ゾンビ)を作ったのか?

 

(……外部から持ち込むしかない。屍生人(ゾンビ)が持ち込まれたのか、吸血鬼が潜り込んだのかはわからないが……)

 

 どちらにせよ、目的のためならば手段を選ばない非道さが透けて見える。人道に反した振る舞いは、到底許せるものではなかった。

 

 しかし一体、誰がそんなことを……?

 

 疑問がそこまで至ったときだった。ジョナサンは、自身が囚われた部屋の頑丈な扉に、何かがぶつかる音を聞いて意識を外に戻した。

 直後、懇願と混ざり合った張り裂けるような悲鳴が、扉のすぐ向こう側から響いてくる。

 

「ひっ、いっ、嫌だーーっ!! 死にたくない、死にたくないっ!! 誰か、誰かぁ!!」

 

 その声を聞いた瞬間、ジョナサンは自らの全身がかっと熱くなったのを感じた。

 すぐさま今の己にできること、すべきこと、諸々を刹那のうちに検討して、一瞬のうちに決断する。

 

 したからこそ。

 

「ぬ……おおおぉぉぉーーっ!!」

 

 彼は全身に波紋と力を巡らせて、拘束具を力づくで吹き飛ばした。鎖はどれもこれも引きちぎれ、覆っていた布は甲高い音とともに破れて落ちる。

 さらには彼が縛り付けられていた太い柱が大きく揺れ、派手に後ろへ倒れ伏した。

 

 そしてその一連の様子を確認するより早く、ジョナサンは前へ飛び出した。本来の開ける方向とは逆に扉を蹴破り、吹き飛んでいく扉と共に部屋から脱出。

 と同時に、今まさに青年を喰おうとしていた屍生人(ゾンビ)の顔面に、黄金に輝く拳を叩き込んだ。

 

「ぎゅぷん!?」

 

 屍生人(ゾンビ)はただちに消滅した。

 

 その痕跡である軍服を避けて床を踏みしめたジョナサンは、おおよそ顔から出るすべての液体にまみれた顔の青年をかばう形で前に出る。

 

HAVE NO FEAR(恐れることはないぞ)! I AM HERE(僕がここにいる)!」

「じ、じ……ジョースター卿……!?」

 

 信じられない、とばかりに硬直する青年は――ジョナサンを助けようとしてくれていた、あの兵士だった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「父さ……ジョースター卿、ここですか!? ……え?」

「うわ、急に立ち止まってどうしたジョニィ、……は?」

 

 ジョージとマリオが()()にたどり着いたとき、既にすべては終わっていた。

 部屋の中には、大量の軍服が(ごく一部に白衣なども)あてどなく転がっている。それだけの人数がここで一斉に脱いでどこかへ行ったというはずがなく、それらはすべて屍生人(ゾンビ)たちの残骸だ。

 

 そしてその部屋の中央で残心を続けていたのは、捕らわれ助けを待っていたはずのジョナサン。

 

「あ! 二人とも、来てくれたんだね!」

 

 彼は数人の男たちを背に身構えていたが、ジョージたちを見ると表情を和らげて気さくに手を上げて声をかけてきた。それ以外、部屋は静かなものであった。あまりと言えばあまりの光景に、ジョージたちはぽかんとするしかない。

 

 そんな二人に、ジョナサンは説明する。抜け出そうと思えばいつでも抜け出せる拘束であったと。しかし気楽にできるわけではなく、何よりそんなことをしたらドイツ軍を刺激する。それは危険なだけだから、自重していたと。

 

 言われたジョージとマリオは、同時に同じことを思った。そんなバカな、と。

 だが、ジョナサンはその気になれば鋼鉄の首輪すら腕力で引きちぎれる男だ。スタンドを使わず生身で、である。実績があるのだ。

 何より、修行中にも実際にその瞬間を見たことがある(そのときは鉄格子であったが)二人は、よくよく考えてみればなるほどと納得するしかなかった。

 

 その後は会話もそこそこに、研究所から脱出する。生き残ったものたちを連れてのことゆえに行きよりも速度は出せないが、屍生人(ゾンビ)の数はもうだいぶ減っているようで、足を止める必要はほとんどなかった。

 

 とはいえ、あくまでほとんど、だ。まったく遭遇しないわけではなく、そのたびに三人は拳を振るうことになった。まあ、この三人がいて苦戦するような屍生人(ゾンビ)はいないので、目に見えて移動が遅れることはなかったが。

 

 そうしてなんとか門周辺まで戻ってきた一行は、無事に脱出していたドイツ軍の将校や、ジグムントらルベルクラクのものたちに迎えられることになる。

 

 しかしジョージとマリオは、あれやこれやと声をかけられる前にこっそりとその場を後にした。何せ二人の身分……特にジョージのそれは偽ったものであるからして、うっかり国の公的機関に引き止められたくなかったのだ。

 

 正確に言えば、ルベルクラク率いるRPSAの傭兵たちは立ち去るジョージたちに気づいてはいた。ただ、この場におけるルベルクラクの顔とも言うべきジグムントが、二人を見逃すよう事前に言っていたため、誰も声をかけることはなかった。ジグムントは、ジョージの置かれている立場をほぼ正確に理解していたわけである。

 

 かくして、研究所で起きた屍生人(ゾンビ)事件は一応終結した。後世の記録では、死者数は実に二百名を優に超えるとされる。

 ただし、ナチスはオリンピックを控えていることもあって、この件を全力で隠蔽するべく奔走することとなる。この死者はすべて別の要因による行方不明者として、記録されたのである。

 

 まあ戦後にこの件が一部明るみになったときは、詳細を語ってもオカルトにしか思われなかったのだが。しかしだからこそ、ますますナチスの平和に対する罪が重くなる羽目になり、不必要に罪状が増えた将校もいたが……それはまた別の話だ。

 

 だが、まだ事件は完全には終わっていない。なぜなら――

 

「――やれやれ、なんとか逃げ切れたようだな」

「ええ。しかしマスター、回収してきた遺物をどう持ち出しましょうか? 街の様子を見る限り、しばらくは仮宿から動けそうにありませんが」

「うむ……仕方あるまい、ほとぼりが冷めるまでは動かぬほうがよかろう」

 

 ベルリン郊外の、格安ゆえにオンボロな一軒家で、二人の男が相対していた。

 彼らの背後には十体ほどの屍生人(ゾンビ)が控えている。いずれも理性を残した個体で、屍生人(ゾンビ)らしからぬ理知的な表情で微動だにしない。

 さらには隣の部屋には、ルビーやエイジャの赤石を中心とした宝飾品が小さいなりに山となって置かれている。その頂上には、石仮面が六枚。

 

 その宝の山をちらりと一瞥して、スラブ系の男がニヤリと悪辣な笑みを浮かべた。

 彼の手には赤い宝石が握られている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――ピューイ。

 

 と。

 

 どこからか、タカの鳴き声が聞こえてきた。

 だが、二人の男の視界にそれらしいものは見えない。どこか遠くのタカが鳴いたのだろう。二人はそう決めつけた。

 

 実際、タカはこの家の近くにはいない。それでも、タカがその身に宿す半身は早い段階でこの家を見つけ、定期的に監視を続けていたのである。

 

 そうして研究所から逃げた二人の男がしばらくは動かないことを理解したタカは、ばさりと羽ばたき空へと舞い上がる。向かう先は、とある二人の男の下だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ともかく、()()()()()()()()()()()()()。彼らが使った波紋の正体と、根源。それを修めた人間が背負う宿命を。

 

 だから彼らを呼び寄せることが正しいと……ひいてはそれが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、そう信じて。

 

 タカは風を切って、まっすぐに大空を飛ぶ。

 

 彼女の頭上に輝く太陽は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、燦々と輝いていた。

 




吸血鬼のゾンビ化に関しては独自解釈です。実際のところどうなのかは先生のみぞ知る。

・・・今回書いてて、何回もジョナサンが派手に暴れ出して鎮めるのに苦労した。待て待てサブタイはジョージやぞ、もうちょっと自重してくれパッパ・・・とか思いながら書いてた。
いやなんか、ジョナサンは戦闘方面についてはわりと何をやらせても説得力があるので書いてて楽しいんですよね・・・初代の貫禄・・・。

それはそうと、本編とは関係ないんですが、実はここ二か月ほどヒロアカにハマってます。
ええ、本編とは特に関係ないんですが。ええ。

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