転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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40.JORGE JOESTAR 7

 ジョナサンがジグムントに迎えられ、イギリス大使館へ向かっているさなか。ジョージとマリオは仕事を成し遂げた充足感を胸に、ホテルへの帰路に着いていた。

 道中はまだ朝の出勤時間帯で、混み合っている。研究所の周辺とは違った騒がしさが満ちていた。

 

 そう、まだ朝なのである。一連の騒動はジョージたちにとっては濃密な時間だったが、実際には一時間も経過していないのだ。

 

 とはいえ二人は出勤とは無縁だ。立場上もそうだが、どちらかと言えば彼らは退勤という感覚だからだ。

 二人は足早に過ぎていくサラリーマンや、騒がしく通り過ぎていく車両を尻目に、のんびりしたものである。

 

 だが、そんな彼らを再び戦いの場へ引き戻す存在が空からやってきた。ハーケンクロイツの小さな帯を首に巻いたオオタカが、ジョージの頭上から舞い降りてきたのである。

 

「うおっびっくりした!?」

「何かと思えば君は先日の。一体どうしたというんだ?」

 

 二人は驚いたが、タカのほうは気にした風もない。マイペースにジョージの肩に乗って、彼の服をくちばしで引っ張ってくる。

 

 ジョージはそんなタカを両手で抱き上げて、目を合わせてみた。漆黒の瞳が彼の視線と重なる。

 

「ピューイ!」

 

 対してタカは、ジョージの手から羽ばたいて離れ、地面に降りる。そのまま数歩進むと振り返り、さらに進んで、また振り返り……を繰り返した。

 

「……なんだこいつ。もしかして、付いて来いって言いたいのか?」

「そのようだな……確かにこの後の予定はないが……」

 

 うーん、と顔を見合わせて渋る二人に、タカは急き立てるように一声強く鳴いた。そうして二人の視線をもう一度集めると、その身体から白い猛禽類型の(ヴィジョン)が浮かび上がる。

 

 スタンド。生命エネルギーが作り上げる、力ある魂の具象体。人ですら稀なそれを、このタカは完全に制御下に置いて使いこなしていた。

 

 だが、ジョージたちがそれに対して反応することはなかった。なぜなら、彼らにはそれが見えていないから。

 

 タカはそれを少しだけ不服そうに瞼を半分下ろして見せたが、すぐに気を取り直してスタンドを動かし始める。自身よりよほど精密に動けるそれに、舗装されていない地面へ文字を書かせようというのだ。

 

 スタンドがオレンジ色の花の像を足下に咲かせながら不格好に、しかし素早く精密な動きで足の爪を振るう。するとそれに応じて、地面に文字が刻まれていく。

 

 その様子を、最初はただ怪奇現象を見るような顔で見ていた二人。だが刻まれていくものがアルファベットだと気づくや否や、顔色を変えた。

 彼らの主観では、何もないところにいきなり文字が書き連ねられていくのだから、驚くしかない。ましてや、出てきたものがドイツ語で「吸血鬼」を意味する単語だったのだから、なおさらだ。

 

「……おいおいおいおいおいおい、()()()。いやそんな、()()()()()()!?」

「実に奇妙だッ! 信じられないが確かに、()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

「これは()()()()()()()()()()()!? 一体どーやってッ!?」

 

 だが返答はない。さらにタカは記し続ける。

 そして、実に三行もの文書を書き上げてピリオドを打った彼女が、胸を張って振り返ったとき、既にジョージとマリオは表情を引き締めていた。

 

『吸血鬼が石仮面を持って隠れています』

『研究所にゾンビを放った吸血鬼です』

『波紋が必要なんです!』

 

 そして、タカはまた一声鳴き声を上げた。

 

「……どこにいるのか知っているんだな?」

「俺たちに対処してほしいと、そういうことか?」

「ピューイ!」

 

 対する二人の問いに、タカは鳴き声と共に大きく頷いた。

 と同時にさらに彼女のスタンドが動く。直前までの文字を白い翼で払って消すと、新たに別の文章が記されていく。

 

『そこまで案内しますので、協力していただけないでしょうか?』

 

 クエスチョンマークを書き終え、タカが視線をぐいと上げた。漆黒の瞳には、最初とは異なり期待と懇願が同居しているように二人には見えた。

 

「……細かいことはよくわからんが。なあ、ジョニィ?」

「ああ。もしこれが本当なら、見過ごすわけにはいかない」

 

 二人は短く言葉と視線を交わすと、タカに向き直る。

 

「案内、頼めるか?」

 

 そして代表してジョージが問えば、タカはまた一声、今度はどこか嬉しそうに鳴いた。

 

 さらにスタンドが機敏に動く。それまでとは異なる明らかに書き慣れた様子の達筆で、文章が追加された。

 

『あたしの名前はポラリス! よろしくね!』

 

 どこか快活な、()()()()()()()()を思わせる筆跡。

 

 それを見た二人は、どちらからともなくふっと小さく笑みを浮かべた。

 

「ああ、よろしく頼む。俺はジョニィ」

「私はマリオだ」

「ピューイ!」

 

 タカ――ポラリスがふわりと浮かび上がる。スタンドは、既に消えていた。無論、それはこの場の誰にもわからないことだったが。

 

 しかしポラリスは気にすることなく羽ばたくと、ジョージたちを先導し始めた。

 一行はそのまま、さほど時間をかけずにベルリン郊外まで辿り着く。少し前まで、ポラリスが自身の能力で監視していた古い家だ。

 

 だが一見しただけでは、人が住んでいるようには見えない。扉はもちろん窓はすべて閉じられ、内側から板が打ちつけられている。郵便受けなど、いつのものかもわからぬ雨水がたまっているほどだ。静まり返っていて、人気もない。

 

「完全に閉まっているな。この扉、ビクともしないぞ」

「本当にここに?」

 

 もはや疑うことなく鳥と意思疎通をはかるジョージに、ポラリスが頷く。

 と同時に、その身体からスタンドがせり上がる。ばさりと一つ羽ばたいて、それは家屋の中へと入り込んで行った。

 

 スタンドは、スタンドでしか触ることができない。それはすなわち、ただのモノなどすり抜けてしまえるということでもある。よほど分厚いものであればその限りではないが、厚いとはいえ木でできた扉をすり抜けるくらいはわけもない。

 そうして中に入り込んだスタンドは、扉を閉ざしている閂を外した。次いで足でつかんで引っ張り、こじ開ける。

 

 ジョージたちはもちろん、目を見開いて驚いた。彼らの目には、固く閉ざされていたはずの扉がひとりでに開いたように映ったのだから、無理からぬことではあるが。

 

 だがそれもすぐに収まった。なぜなら、扉が開く軋んだ音に続いて、屋内から慌てた様子の声や音が聞こえてきたのだから。

 

()()()()()、ジョニィ?」

「ああ。どうやら何者かがいることは間違いないらしい」

 

 彼らを尻目に、ポラリスが先陣を切って中に入っていく。二人は短く交わしたのちに彼女を追って屋内へ踏み込んだ。

 

 屋内はほぼ暗黒に包まれていた。光らしい光は入り口から差し込む明かりだけで、ほとんど一寸先も見通せない闇である。

 

 だが、踏み込んだ二人と一羽の感覚は、ロウソクが燃えていたようなほのかな匂いを感じ取った。

 その中に混じって、腐敗臭も漂っている。屍生人(ゾンビ)が発するものだ。仮にこの根源が屍生人(ゾンビ)でないにしても、なんらかの問題があったとは推測できる。

 

 と、ジョージが油断なく身構えて懐からライターを取り出した。

 カチン、と石が鳴って火が灯る。オレンジ色の光が頼りなさげに揺れながら、室内を弱々しく照らし出した。

 

 そのまま彼らは、腐敗臭が漂ってくるほうへと足を向ける。警戒しながら慎重に。

 先行するのはポラリスのスタンドだ。使い手以外には認識されない強みを活かして、状況を次々と明らかにしていく。

 

 そして遂に、スタンドが屍生人(ゾンビ)の痕跡を発見する。

 その情報はすぐさま本体であるポラリスと共有される。彼女もまた、即座にジョージたちに情報を引き渡す。

 

 翼の先で示した場所。床下の収納と思しき蓋が、かすかにズレて隙間ができていた。そしてそこから、他よりも強い腐敗臭が這い出てきている。

 

 それを認識したジョージはライターをマリオに手渡し、懐から小さな瓶を取り出した。

 ガラスでできたその中には、油が満たされている。その中に、さらに取り出した紐をひたした彼は、波紋の呼吸を整える。すると波紋の力で、紐はしなりながらびしりと固まった。

 さながら馬上鞭のようになったそれを、ジョージはためらうことなく足下の隙間に差し込んだ。それこそ刺すくらいの勢いでだ。

 

「おぼっぱああァァァァ!?」

 

 すると次の瞬間、文字通りの断末魔の悲鳴とともに、波紋が通ったとき特有の音を響かせて一体の屍生人(ゾンビ)が大慌てで飛び出してきた。

 波紋を帯びた紐はそいつの喉を貫いて刺さっており、控えめに言って重傷である。

 

 だがそれでも、そいつはジョージを道連れにしようとしたのだろう。ダメージを負いながらも、飛び出す勢いそのままに頭突きを繰り出してきた。

 しかし、そいつにできたのはそこまでであった。ジョージは焦ることなく空いていたほうの手をかざし、難なく頭突きを受け止めてみせた。どころか、そのまま波紋を頭に流し込んでもみせた。

 当然、完全なるトドメである。屍生人(ゾンビ)はもはや悲鳴を上げることすらできず、どろどろに溶けて終わりを迎えた。

 

 そしてその瞬間だった。

 

「死ィィねェェェェーーッッ!!」

「ケエェェーイ!!」

 

 様々なものを壊したり吹き飛ばしりしながら、四方八方から屍生人(ゾンビ)たちが襲いかかってきたのだ!

 

 だがジョージたちにしてみればこの襲撃は予測できたものであり、奇襲としての体をなしていなかった。

 

 一切慌てることなくマリオが身を翻しながら、痛烈な裏拳をお見舞いする。背後から迫っていた先頭の屍生人(ゾンビ)が顔面に直撃を受け、吹き飛びながら溶け始めた。

 と同時に身体をひねり、第二波さながら仲間の死体を乗り越えて攻撃してきた屍生人(ゾンビ)をさらりといなす。

 

 その先に待ち構えているのはジョージだ。彼はそちらを振り向くことなく後ろ回し蹴りでこれを蹴散らすと、一瞬の間に手元に戻していた紐を振るって前方の屍生人(ゾンビ)どもを打ち据える。

 紐は油をたっぷり吸っている。そして油は波紋伝導率が極めて高い。あとは言うまでもないだろう。

 

 そして中には天井を突き破って急降下攻撃を仕掛けた屍生人(ゾンビ)もいたが、こちらはポラリスのスタンドによって迎撃されていた。

 

 彼女のスタンドは、近距離戦を得意とするパワータイプではない。しかしそのかぎ爪は侮れない切れ味を誇る。

 

 つまりどうなったかと言えば、華麗に縦回転したスタンドのかぎ爪が、空中ゆえに回避ができない屍生人(ゾンビ)の身体を開きにしたのである。

 真っ二つにはなっていないが、攻撃のために前に出してきていた手は既に離れ離れだ。そいつはそのまま、情けない悲鳴を上げながら床にべしゃりと墜落した。

 

「当たりだな」

「ああ、間違いない。だがこいつらは所詮屍生人(ゾンビ)だ。吸血鬼はどこだ?」

 

 警戒を続けながらも、ひとまず一息ついた二人。だがそれはほとんど一瞬のことだった。

 彼らはどちらからともなく、弾けるようにして左右に跳んだ。ポラリスも同様に、上へと飛び上がる。

 

 直後、彼らをほぼ一直線に貫く軌跡を描いて、何かが高速で通り過ぎていった。狙いを外したそれは、容赦なく壁を破壊する。

 

()()()!」

空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)!」

 

 着地、もしくは回転して態勢を整えなおした二人が声を上げる。

 そんな二人の視線は、一箇所に集中していた。遅れてポラリスもそちらに目を向ける。

 

 そこには、黒いローブをまとった男が立っていた。顔立ちはスラブ系。機嫌悪く目を怒らせている。

 だがそんなことよりもなによりも、噛み締めた口元からのぞく牙が、男を人外だと証明していた。

 

「……ローマ式波紋道の者どもか。なぜここがわかった?」

 

 男……吸血鬼がぎろりと二人を睨みつける。

 だが当然、そんなことで怯むジョージたちではない。

 

「なに、素敵なお嬢さんが教えてくれたのさ」

 

 肩をすくめながらマリオが軽く答え、

 

「先に研究所に屍生人(ゾンビ)を放ったのは貴様か?」

 

 ジョージが毅然と言い放つ。

 

「質問を質問で返すな、若造ども。フン……まあいい、最初から答えなぞ期待しておらん。そんなことより……見られたからには生かしては帰さんぞ」

 

 だが吸血鬼もまた、動じない。ローブを翻して身構えた。

 ジョージたちも同様に。

 

「それはこちらのセリフだ」

「だな。二人がかりになるが、卑怯だとは言ってくれるなよ?」

 

 そうして戦いが始まったのを、梁の上からポラリスが冷静に眺めていた。

 




お願い、死なないでプロット!
あんたが今ここで倒れたら、戦闘潮流編やなろうでやってるオリジナル作品の進捗はどうなっちゃうの?
ストーリーラインはまだ予定から逸脱してない。ここを耐えればこの章は終わるんだから!

次回、「プロット 死す」
デュエルスタンバイ!


・・・おかしいな・・・終わらないぞ・・・。
予定ではもうとっくに終わって、どころかパート2すら終わってるはずなんだが・・・おかしい・・・まさかスタンド攻撃を受けているのか・・・?

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