転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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41.JORGE JOESTAR 8

 生かしては帰さない。そう言ったわりに、吸血鬼の攻撃は比較的大人しかった。

 いや、周辺の調度品などは容赦なく破壊しているのだが、それでも家そのものを破壊するような立ち回りはしてこない。

 

 だがこれは無理からぬことだ。何せこの屋内は真っ暗だが、今はまだ太陽が照っている時間なのだ。うっかり外壁に穴を開けてしまったら、その分吸血鬼にとっては不利になる。それだけは避けねばならないのだった。

 

 とはいえ、だからといって消極的に動いているわけでもない。目からの遠距離攻撃、空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)は、常に狂いなくジョージたちの頭か喉、あるいは肺ばかりを狙っている。それらは特に窓を開けようとした場合に顕著で、二人はそちらについては一旦諦め攻めることに専念していた。

 

 しかし、光を呼び込むことを断念して最初の駆け引きで、ジョージが作った隙をついて殴りかかったマリオが利き手を氷漬けにされてしまった。

 

「ぐっ!? こ、こいつは……ぐはっ!?」

「マリオ!? これは……()()()()()! こいつ、ディオ級の吸血鬼なのか!」

 

 一瞬の隙を見せたマリオを蹴り飛ばしながら、吸血鬼が嗤う。

 しかし慢心はしない。それでロンドンでは手痛い目にあったのだ。失った手は、背格好の近しい男のそれを移植して見た目の上では五体満足だが、まだ完全には馴染んでいない。ちょっとしたダメージをそこに受ければ、すぐに落ちてしまうだろう。

 

「厄介な……しかしそれがどういうものか、どうすべきかはわかっている」

 

 波紋は基本的に、身体から直接流し込むものだ。そして遠距離攻撃をほぼ持ち得ない。

 だが中距離程度であれば、工夫次第でどうにでもなる。

 

 ジョージが選んだのは、先程屍生人(ゾンビ)相手に武器として使った波紋紐での攻撃。これなら、直接触れることなく戦える。

 ただ、これだけでは気化冷凍法を完全には破ることはできない。紐だけなら気化冷凍法を受けないが、気化熱を用いる気化冷凍法は波紋を効率よく流すための油を媒介に冷気を伝達してしまうのだ。いかに油が凍る温度が水より低いとはいえ、超速の瞬間冷却が可能な気化冷凍法の前では誤差でしかない。

 

「ぐ……じ、ジョニィッ、これを!」

「ああ!」

 

 だからそれを補うため、マリオは痛みを押して、受け取ったままになっていたライターを投げた。それを見ることなく手に取ったジョージは、紐に火を放つ。

 

「……やはり伝わっているか。どうやら、ローマ式波紋道にジョナサン・ジョースターが関与しているという噂は本当のようだな」

 

 吸血鬼が眉をひそめる。

 

 気化冷凍法は高温に弱い。それはおよそ五十年前にジョナサンが、そしてつい最近にもジョセフが証明している。

 

「……貴様、何を知っている?」

 

 だがそれよりジョージは、敵の口から父親の名前が出てきたことに目を細めた。

 

「お前の知ったことではない」

 

 だが吸血鬼は語らず、返答らしい返答は空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)だけであった。

 それを合図に、戦いが再開される。マリオは蹴り飛ばされたことによる負傷と、いまだ溶けない利き手の凍結により満足に動けない。このためジョージ一人が前に出て殴り合う形となった。

 

 ただ傍目には素手と鞭で殴り合っているようにしか見えないが、両者ともに互いの攻撃の性質を理解しているためか、攻撃はどちらも紙一重でいなされ、痛打すら与えるに至っていない。

 互いに小さな傷が積み重なっていく。だからそんな二人が倒れるよりも、この古い家屋が倒れるほうが早いかもしれない。

 

 また、ここまで無言のポラリスもスタンドを用いて援護に回っていたが、彼女のスタンドは決定打になっていなかった。

 不可視の鋭い攻撃は人間相手ならば間違いなく致命傷を量産できるのだが、吸血鬼の驚異的な治癒力の前では分が悪いのだ。切れすぎるがゆえに、傷口がすぐにくっついて塞がってしまう。これがいっそノコギリなどのように切れ味の鈍い斬撃なら、もう少し治療にかかる時間を稼げたのだろうが。

 

 仕方ないので、彼女は完全に援護だけに専念して立ち回っている。その辺りの切り替えの判断、切り替えたからにはそれに徹する潔さは、人間の戦士にも劣らないものであった。

 

 吸血鬼側もこれを無視できないと判断し、時折梁の上にいるポラリスめがけて空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)を放つのだが、そのすべてが外されている。

 

 外しているのではない。外されているのだ。

 

 空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)がポラリスに向けられた瞬間、彼女はスタンドの能力を開放する。刹那の時間の中、その視界に複数の七色に輝く軌跡が現れる。

 さながらかぎ爪につけられた傷跡のようなそれを、空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)が迫る中スタンドのかぎ爪がなぞった瞬間。空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)の軌道は突然逸れるのだ。

 

 それが三度も重なれば、吸血鬼側も尋常ではない力が働いていることは察することができた。

 

(スタンド……だろうな。畜生の分際で生意気な)

 

 吸血鬼は舌打ちを漏らしつつ、少しずつ後退していく。このまま家屋が倒れて日光を浴びる可能性を危惧したのだろう、戦いの場を移すことを選択したのだ。強力すぎる吸血鬼としての力があだとなった形である。

 

 もちろんただでは退がらない。彼が入ったのは廊下だ。長くはないが、直線の廊下である。射線を確保するにはちょうどいい場所と言えよう。

 先頭に立って踏み込んだジョージも、すぐにそれを察した。同時に飛んでくる液体の弾丸を、身を翻してかわす。

 

 すぐさま改めて廊下を伺ったが、吸血鬼はそこからさらに後退したのか姿が見えない。今度はジョージが舌打ちする番だった。

 

「マリオ、行けるか?」

「ああ、なんとかな……」

「……無理はするなよ」

「しないで勝てるならしないさ」

 

 マリオの傷は、波紋の呼吸を治療に専念したことで早くもほとんど塞がっていた。だが利き手はいまだ凍ったままで、凍傷になることを覚悟で自身の肌で温めているところだった。

 

 それでも進まないという選択肢はない。二人と一羽は奇襲を警戒しながら廊下を進み、奥まったところの部屋まで辿り着く。

 そこには、金や赤い宝石で彩られた品々が小さな山となって置かれていた。山には石仮面も()()、乗っている。

 

 また、目を引くものがもう一つあった。床にぽっかりと空いている穴だ。径は人が一人くぐれるほど。

 

 その中に、

 

「ふん……来るか、波紋使いども」

 

 吸血鬼はふわりと跳躍し、足から落下していった。

 穴の先は地下だろう。あからさまに罠である。悠長にそこから降りれば、下で待ち構えている吸血鬼が攻撃を仕掛けてくることは想像に難くなかった。

 

 なればこそ、

 

「ピューイ!」

 

 ポラリスが鳴き、床に文字が刻まれた。

 

『あたしが行く』

 

 速さを重視したためか、その筆跡は乱れていたが。それでもポラリスは怯むことなく、スタンドと共に穴へと飛び込んでいった。

 その様はまさに、空中から地上の獲物目がけて急降下する猛禽類だ。人の反射神経で対応するのは難しいだろう。

 

 だが吸血鬼には見てから反応できる程度でしかない。当たり前のように、空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)が飛んでくる。

 

 しかしそれはポラリスも承知していた。だからこそのスタンドである。

 

 スタンドが爪を走らせる。ポラリスの視界で輝く、超常の傷跡目がけて。瞬間、ドイツ語の文字が浮かび上がる。

 

 ――Perfekt.

 

 完璧を意味するその単語が文字通り、完璧な仕事を保証した。

 空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)の軌道が、またも急にずれたのだ。まるで弾丸のほうがポラリスを避けたかのように。

 

 だが彼女は、後方へ去っていく攻撃を振り返らない。猛スピードで地下に辿り着くと同時に、スタンドを前に出して吸血鬼を強襲した。

 

「くっ、厄介なやつめ!」

 

 苛立ちを隠そうともせず、吸血鬼が猛烈な勢いで手刀を振るう。

 人外の膂力で放たれたそれは、衝撃波とまではいかずとも瞬間的な突風を起こすには十分だった。

 鳥であるポラリスは種族柄、身体が軽い。墜落まではしなかったが、大きく体勢を崩しながら吹き飛ばされた。

 

 しかしその直後に、ジョージとマリオが降ってきた。彼らはすぐさま身構え、吸血鬼がポラリスを追うことは不可能になる。思わず、と言いたげな舌打ちがやけに大きく響いた。

 

「チッ……仕切り直しか。あの鳥のせいでここまで下がった意味が薄くなってしまったではないか……」

「下水道だな……()()()?」

「だが外道の死に場所としては相応わしい」

 

 吸血鬼から完全には意識を逸らさず、周囲を確認する二人。

 

 そこは下水道だった。そう、例の研究所に侵入するため、吸血鬼たちが使った場所である。汚水が緩やかに流れる水路を、明らかに当初の設計ではないであろう小さな明かりが寂しく照らしている。

 汚水の流れは深くはないが、浅くもない。身長二メートルに迫る巨躯を持つジョージであればそこまでではないだろうが、平均的な男性でも膝上くらいまでは確実に浸かるだろう。

 

「ピューイ……?」

 

 そこを見渡しながら、戻ってきたポラリスが首を傾げている。まるで()()()()()()()()()()()()()()、と言いたげに。

 彼女の様子をジョージたちはいぶかしんだものの、

 

「まあいい……ここなら日の光も入るまい。全力で行くぞ!」

 

 大きく跳躍した吸血鬼が吠え、下水目がけて落ちながら拳を叩きつけたことで、否応にもそちらへ意識を向けざるを得なかった。

 

 宣言通り、吸血鬼に出せる全力だったのだろう。大砲もかくや、というほどの轟音が至近で鳴り響いたせいで、思わずジョージたちは耳を塞いでしまう。人間より聴力に優れるポラリスに至っては、悲鳴を上げて地面に落ちてしまった。

 さらに、巻き上がった下水が彼らを襲う。気化冷凍法を絡めたのか、それは恐ろしく冷えていた。当然、下水特有の臭気もセットだ。常人ならばこれだけでやる気を失ってもおかしくない。

 

「これで終わりだ! 死ねェい!」

 

 だが攻撃は続く。暗幕のように降り注ぐそれらの影から、空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)が襲ってきた。しかも丁寧に、声のしたところとは違う方向からだ。

 

 しかし矢面に立つジョージは、音という防ぎようのない先制攻撃に気を取られ、今から回避行動を取ることはもはや不可能であった。しかも狙いは相変わらず適切で、まっすぐ彼の肺に向かってきている。

 

「……ッ!!」

 

 だから彼は、あえて空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)に向かって踏み込んだ。

 脳裏をよぎるのは、父から聞いていた祖父の格言。自身と同じ名を持つ祖父が、幼き日の父に言ったという言葉がこのとき、まさにジョージの生死を分けた。

 

 ――()()()()()()()

 

 前後の文脈は今このときは関係ない。必要なのはその一点。発想を転換すること。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おおおおぉぉぉーーッ!!」

 

 ジョージが今、咄嗟にできる最大の波紋を練り上げる。その波紋は、くっつく負の波紋を徹底的に除いた、弾ける正の波紋のみで構成されたもの。前に向けて鋭角になるように組んだ両手にそれを集中し、前へ踏み込んだ。

 

 直後、彼の手に空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)が直撃する。だが、空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)はそこを始点にして、左右に逸れて行った。

 膨大な量の正の波紋が、衝突点に対して鋭角に突き付けた手のひらが、 空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)が液体であるという事実が、そして前に出た際の運動エネルギーが、奇跡的なかみ合わせで避弾経始(装甲を傾斜させて弾丸の運動エネルギーを分散させ、逸らして弾くこと)を実現させたのである。覚悟を決めたジョージの、決して折れない不屈の闘志がつかんだ結果と言えよう。

 

「……バカな!」

 

 それを目の当たりにした吸血鬼は、吃驚するしかない。

 スタンドはおろか道具すら用いず、その身一つで必殺の攻撃を受け切られたのだ。悪人ながらその心境は察して余りある。

 

 ジョセフがいたなら、「相手が勝ち誇ったとき、そいつは既に敗北している」とで言っただろうか。驚愕と、それに伴って動くことを一瞬でも忘れてしまったことが、吸血鬼の命運をはっきりと分けた。

 

 もちろん、ジョージとは正反対の方向に。

 

「次はこちらの番だ……!」

 

 ジョージは、拳を握り締めて前に出る。彼の両手は血にまみれていたが、それだけだ。貫通もしていなければ、惨たらしく肉がえぐられているわけでもない。

 いや、無論一般人にしてみれば重傷なのだが、波紋戦士である彼にとってはこれくらい、退く理由にはならないのだ。

 

 その握り締めた拳には、既に次の波紋が練り上げられて集まっていた。

 

 波紋の呼吸音が、下水道にこだまする。

 

「震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒートッ! 刻むぞ血液のビートッ!!」

「は……ッ、しまっ――」

()()()()()()()! 青緑波紋疾走(ターコイズブルーオーバードライブ)ッ!!」

 

 今度はジョージが水面に拳を叩きつける番だった。そして接触の瞬間、彼の拳から膨大な量の波紋が放たれ、先ほどとはまた毛色の違う轟音が鳴り響く。

 

 音の正体は、水中を進むことに最適化された青い波紋。それは汚水であってもほとんど遅滞なく、あっという間に水中を疾って吸血鬼の脚を飲み込んだ。

 

「ぐあああアアアァァァーーッ!!」

「先の音響攻撃は見事だったが……水の中に跳び込んだのは悪手だったな!」

 

 下半身が灼かれて悲鳴を上げる吸血鬼に、なおもジョージは手を緩めない。

 波紋疾走(オーバードライブ)を水中に叩き込んだその手で水をつかむと、呼吸と共に引っ張り上げる。すると水は波紋によって固められ、棒状になって彼の掌中に収まった。

 

 そして彼はこの水の棒を――振りかぶって投げた!

 

「ぬううゥゥーッ! カアアァァーーッ!!」

 

 水中から抜け出そうともがきながら、吸血鬼が空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)で迎撃する。

 

 だが、

 

「ピュァァァーイ!」

 

 それより早く、地面に伏したままのポラリスが一声高く鳴いた。彼女の視界に浮かんだ七色に輝く傷跡を、スタンドが高速のかぎ爪で切り裂いていく。

 

 瞬間、弾道がずれる。誰かが触れたわけでもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「が……ッ!」

 

 そして液体の弾丸が何の目的も果たせないまま水面に着弾するのと同時に、吸血鬼の心臓を波紋で固められた水の棒が貫いた。

 

「ば……バカな……そんなバカな……! あ、あり得ない……こ、こんな、こんなところで……ッ!」

 

 波紋傷特有の、焼けるような音が響き始める。吸血鬼の身体が、溶け始めていた。

 彼は震える手を、自由の利かない手を、まるで空をつかむかのように天井へ伸ばす。

 

「し、死ぬ、わけには……いかない……! 我輩は、まだ……ッ!」

 

 その手が、吸血鬼の首を切断した。いまだ波紋がほとんど至っていない頭部は無傷。身体から離れたことで、波紋がこれ以上流れることもない。

 もちろんこのままではいずれ彼の命も尽きるが、それでも数日は余裕で生き抜くことができるのが吸血鬼という生き物だ。

 

 ゆえに彼は、逃げの一手を選んだ。首の切断面から血管を大量に伸ばし、さながら軟体動物のようにうねらせて下水道の奥へと消えようとする。

 

 だが、それすらも――。

 

「かッ!?」

 

 ――遅かった。

 

 マリオの放った波紋カッターが。下水を手のひらで丸め、作り上げた一枚の波紋カッターが飛来し、吸血鬼の頭を左右に両断した。

 

「だから言ったろ……『()()()?』ってな」

 

 大きなため息をつきながらも、彼はニヤリと笑った。

 

「「あ……ああ……ああああああアアアアァァァッ! アル……フィー……さま……! わ、我ら、に、も……モット……力……ヲ……」」

 

 返事は……最後まで告げられることなく、昏い下水道の奥へと消えて行った。

 




【朗報】プロット、生存【かろうじて】

いやその、決して巻きで話を書いたわけじゃあないんですよ。最初からこれくらいスムーズに終わらせるつもりだったんです。ほんとだよ。
だから彼らが行き来に使ったのは下水道って最初から描写してたし。
下水なら当然水=波紋の媒体がたくさんあるし。
それがわかってても吸血鬼の男が逃げる先って昼間は地下しかないし。
彼らにとって襲撃は想定外だったから準備もできてないし。
さらに言えば、ポラリスを放り込んだのもこれくらいさらっと終わらせるための措置だったりする(他にも理由はあってメインはそっちだけど)ので、こう。うん。

すまんな。名前も出してやれずに。
一部二部の世界観にスタンドを放り込んだらそりゃこうなるよね。
うん、ホントすまんな・・・。

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