転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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42.ルベルクラクとルージュフィシュー

 吸血鬼の消滅を確認したジョージとマリオは、しかし安心した様子は見せず思案顔を見せた。

 

「おいおい、聞いたか? さっきのやつ、『()()()()()』と言ったぜ」

「ああ、そう聞こえた。今際の際ですがるように絞り出した様子だったが……」

 

 凶悪な吸血鬼が、死ぬ直前にすがった相手。それがどのような存在かはまるで見えてこないが、それでも推測することはできる。

 

「つまり……この一件にはまだ裏があると見たほうがよさそうだな、ジョニィ?」

「同感だ。そしてその裏で糸を引いているのが、そのアルフィーとやらということだろうか……」

 

 うーむ、と唸りながら、ジョージは顎に手を当てる。

 

 だが、

 

「ピューイ!! キュアアアーイ!!」

「うわっ、なんだなんだ!?」

「ど、どうしたんだ?」

 

 考えようとした瞬間、横合いからポラリスが飛びかかってきた。せわしなく羽ばたきながら空中にとどまり、当たるかどうかのギリギリのところに何度もくちばしを向けてくる。

 今までわりと大人しかっただけに、その態度は急変と言って差し支えなかった。

 

「待てポラリス、君は一体何を怒っているんだ?」

 

 なんとか落ち着かせようとジョージが腕を差し出す。

 

 ポラリスはそこに留まると、壁に顔を向ける。同時にスタンドが現れ、壁に向けて爪を振るい始めた。

 怒涛の勢いで刻まれていく文字は、今までと違い明らかに乱れている。だがそれは不慣れというものではなく、感情が昂ぶっているからということは明白だ。

 

 具体的に言えば、それは怒りであった。

 

『アルフィー()があんな吸血鬼を使うなんてあり得ません! あの方は石仮面自体に否定的()()()し、ご自身の意思で使うこともありません()()()!』

「……何だ? 何がどうなっているんだ?」

「これは、……ポラリス、君は何を知っている?」

『アルフィー様が自ら石仮面を使ったのは、ただ一度きり! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! その家族ですら吸血鬼の宿業に屈したときは、引導を下したくらいです! あんな外道、アルフィー様の名前を勝手に使う不届きものです!』

 

 そこまで文字を刻んだポラリスは、深い呼吸に身体を震わせながら、キッとジョージを睨んだ。

 

 それから、我に返ったように瞬きをしたあと、もう一度……今度は丁寧に文字を書き始めた。

 

『アルフィー様はお優しい方です。人間の作るものを愛し、少しでも暮らしが良くなるようにと知恵を与えられた。家族に石仮面を使ったことも、後悔されていた。そのような方が、ああいう輩の勝手をお許しになるはずがありません』

「……まさか、ウェールズ神話のアルフィー神のことを言っているのか? だが、だとしたらそれはカーズたちの……」

()()()()()()()()()()()()よな。ローマにはいなかったが……既に目覚めているのか?」

『さあ、その辺りはなんとも。あたしも()()()()()()()()()()()()()()()ので』

 

 ぴしり、とジョージたちが固まった。

 そんな彼らから、ポラリスはふわりと飛んで距離を置く。堂々とした態度で地面に降りると、なおもスタンドを駆使して文字を背後の壁に刻み込んで行く。

 

 その立ち姿は、後ろ暗いものは何も感じさせなかった。ただひたすらに、真摯な献身があった。

 

『あたしが()()覚えているのは、アルフィー様のことだけ。アルフィー様がどんなお方で、かつてのあたしをどれだけ慈しんでくれたのか、それだけしか。もちろんただの鳥の妄想と思ってくれても構わないけど……それでも()()記憶はあたしの根源。アルフィー様のこと、どうか悪く言わないでほしい。それと……さっきは熱くなってごめんなさい』

 

 それはさながら、敬虔な信者のごとく。

 

 彼女の姿と言葉に、ジョージとマリオはしばらく互いの視線を合わせるしかできなかった。

 だが、やがて意を決して頷きあうと、二人は視線の高さをポラリスに合わせて声をかけた。

 

「……わかった、君がそこまで言うなら、父上とも一度情報をすり合わせて精査しよう」

「疑うことは許しておくれよな。神話では、アルフィー神は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もしかして、ということもあるだろう?」

「ピュルルル……ゥーィ」

 

 二人の言葉に、ポラリスは少しだけ不服そうに唸った。しかし理解はできたのだろう。最終的には頷き、了承を返してきた。

 そして既に隔意がないことを示すためか、再びジョージの腕に飛び乗った。次いでマリオの肩にも飛び移り、そこで軽く毛繕いをして見せる。

 

 しかしそれもすぐに打ち切られ、早くここから撤収しろと言いたげに翼で上を示された。

 

「……そうだった、ここも気にはなるがあの部屋には石仮面があったぞ」

「ああ。誰かに見つかる前にあれだけは破壊しておかねば」

 

 そこでようやく石仮面のことを思い出した二人は、さっさと飛んで上へ戻っていくポラリスを追いかける形で、地下から脱出したのだった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 同時刻。ジョージとマリオが石仮面の破壊に着手したちょうどその頃、ベルリンから脱出する一台の車があった。

 まるで何かから逃げるようなスピードで走るその車のトランクには、貴金属や赤系統の宝石で飾られた宝飾品が詰め込まれている。

 さらに助手席には、十に迫る数の石仮面が束ねられていた。

 

 ハンドルを握るゲルマン系の青年は、ルージュフィシューの末裔である。上役であるはずの吸血鬼ではなく、彼が脱出する側となったのは、ひとえに今が昼間だからに他ならない。現状では、吸血鬼はろくに外を出歩けない。だからこそ、彼は囮となったのだ。

 無論彼は死ぬつもりなどなかったが、こればかりは相手が悪かったとしか言いようがないだろう。

 

 結果として、ルージュフィシューは再び敗者となった。だが、車を走らせる青年に諦めるという選択肢はなかった。

 青年はサチとは異なり、()()()()()()ルージュフィシューだ。吸血鬼に育てられ、アルフィーを始めとした柱の一族への信仰を持つべしと定められて生きてきた。それはもはや洗脳のごとく、彼の人生観を固めてしまっていた。

 

 だが、現実はどこまで行っても慈悲がない。淡々と事実のみを積み上げる。

 この世界に、不思議の勝ちはあっても不思議の負けはない。それがある種の真理なのだ。

 

 ――銃声が響いた。と同時に、青年の運転する車が一気にスピンする。

 タイヤが撃ち抜かれたのだ。彼は必死に車を制御しようとハンドルを動かすが、もはやどうにもならず、車は道から外れて木へ激突した。

 

「う……っ、ぐ、く、な、何が……!」

 

 ほうほうの体で運転席から出てきた青年。そんな彼の行く手を遮るようにして、複数の人間が現れた。

 彼らはぐるりと青年を取り囲むと、冷徹な視線を一斉に注ぎ込む。

 

「やあ、やあ、何百年かぶりの邂逅じゃな、ルージュフィシュー」

 

 その中で、先頭の老爺が声をかけてきた。

 傍目には齢を推し量れぬほどのしわが刻まれた顔は、もはや余分な肉がない。それは全身も同様だ。肌にも張りはまるでなく、車椅子に腰掛けた姿は今にも天に召してしまいそう。

 実際、そのときは近いのだろう。言葉を紡ぎながらも彼は常に眠そうで、瞳にも力が……何より光がなかった。

 

 それでも、今はまだ生きている。今こそが命の使いどころだと理解している。

 

「ま、イケル、ル、ベル……クラク……!? 生きて……いたのか……!」

「ほっほ、ワシのことを知っておるのか。三代も前のルベルクラクだというのに、若いのに感心なことじゃな。いやはや、光栄じゃ」

 

 ゆっくりと答えながら笑う老爺……マイケル・ルベルクラク。彼こそは十八世紀の後半にルベルクラクを率いていた元当主である。そう、彼はまだ生きていた。

 

 いや、むしろ彼以降の歴代当主も、まだ全員が存命である。ただ表向きには死んでいるだけで。

 だがそれはおかしなことではない。なぜなら、ルベルクラク家は半吸血鬼の家系。常人の三倍の寿命を持つ彼らは、百年程度は余裕で生きるのである。

 

 しかしだからといって一人の人間が百年以上あり続けることは、人間社会では健全ではない。だから彼らはほどほどのところで、表舞台から引退するのだ。

 

 代わりに彼らは暗部となる。ルベルクラクの諜報網を率いる、裏の顔となるのだ。表向きには死んだ存在となり、表舞台からは知ることの難しい情報の収集や、時には後ろ暗い手段を使うこともある。

 それこそルージュフィシューのものとは規模が違うし、何よりルベルクラクは人間の力を軽視しない。そうやって彼らは生きてきたのだ。

 

「そんな前途ある若者には申し訳ないがな……それ以上はならん、ならんぞ。アルフィー様は石仮面をお認めにはならん。研究所でやった殺戮なぞ、お耳に入れたら嘆き悲しまれることじゃろうて……」

 

 おいたわしや、と続けたマイケルに、青年はぎりりと歯を噛みしめる。

 だが、ただの人でしかない彼の身体は、事故によって既にろくに動かなくなっていた。今からできる抵抗などありはしない。

 

 いや、石仮面を使えばあるいは抵抗できるかもしれないが……悲しいかな今は昼である。状況は完全に詰んでいた。

 

 そんな彼に、囲んでいた人間の一人が近づいて懐をあさる。

 

「……ご隠居、()()()()()。レッドクロスです」

 

 そしてすぐに、赤い宝石を取り出してかざして見せた。十字架が浮き彫りに刻まれた、エイジャの赤石が陽光を反射して美しく輝く。

 間違いなく、アルフィーが求める鍵の一つであった。

 

「うむ、重畳。()()の導きはさすがよな。ひいてはそれを百年も早く予見しておられた、アルフィー様の慧眼たるや」

 

 重々しく頷いたマイケルはその宝石を一度触れて確認すると、すぐに後ろで車椅子を押している男に手渡した。

 

「ぐ……か、返せ……それは、それは我々の……!」

「違うな。これはアルフィー様のものよ。そこを勘違いしてはならんぞ、お若いの」

 

 マイケルに……いや、赤石に手を伸ばす青年に、マイケルはたしなめる。だが、そこにあったのは慈愛の色。負の感情はいささかも見当たらなかった。

 

「お前さんはまだ若い……()()()()()()()()()()()()()。おい、連れて行け。治療してあげなさい。丁重にな」

 

 彼はそう言うと、青年を助けろと命令を下した。

 これは最初から予定通りだったのだろう。その場の全員が遅滞なく動き、青年はあっという間に運び出されていく。

 

「や、やめろ……私に触るな……ッ、殺せ……殺せ……ッ!」

「そうはいかんのう。ルベルクラクもルージュフィシューも、元を正せば同じルブルム商会。すなわち、アルフィー様のしもべじゃ。アルフィー様の許可なく死ぬなぞ許されん」

 

 神曰く。

 

 ――いのちだいじに。

 

 ()()()それがルベルクラクの家訓だ。

 

 そう告げられた青年は、がくりと力をなくしてうなだれた。彼はそのまま運ばれていき、この場にはルベルクラクだけが残される。

 

「石仮面をすべて回収せよ。アルフィー様が戻られたら、その他の宝飾品ともども献上する」

「はっ!」

 

 かくして、およそ六百年ぶりの両者の邂逅は、短時間のうちに終わったのであった。

 




スタンド:スカーズ・オブ・ファウナ 本体:ポラリス
破壊力:C スピード:C 射程距離:B 持続力:C 精密動作性:D 成長性:B
全身が白く、ところどころに()()()()()()()()()()()()()()()()()()猛禽類型のスタンド。遠距離操作型。()()()()()()()()()()()()()
鳥のように羽ばたいて移動し、移動した軌跡に()()()()()()()()()()。この花もスタンド像であり、一般人には視認できない。

スタンドとしての能力は、本体に運命の傷を認識させることと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というもの。
改変する難易度が高ければ高いほど、なぞらなければいけないポイントや範囲は増えていく。
改変の要となる傷が直接浮かんでいるものには強い作用を与えることができるが、それは滅多にない。また、一度の発動で広範囲に及ぶような強大な使い方はできない。
改変に成功すると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


ちなみに、ポラリスは正確に言うとサンタナのことも覚えてる。けどこの場で言っても混乱を広げるだけだからあえて言ってません。

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