転生したら柱の女だった件   作:ひさなぽぴー

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Part.3 戦闘潮流
1.かくして叛逆の旗が翻る


 1938年、10月1日。わたしはイタリア、ローマの地下にいた。

 柱に埋まる形で今なお眠っているカーズ様たちを見上げて、いよいよ始まる戦闘潮流に想いを馳せている。

 

 彼らの目覚めは近い。もう間もなくだろう、ということが感覚的にわかる。こればっかりは人間にはわからないだろうけれど。

 

 だけど、どちらにしても「この日!」と目覚めるタイミングが正確にわかるわけじゃあない。あくまでそろそろ、としかわからない以上、これから起こるだろう一連の事件……あるいは冒険が、わたしの知る通りに流れていく保証は一切ない。

 

 むしろ、同じように推移するなんてもう思わないほうがいい。何せジョースター家はジョナサン以下全員が健在だし、ツェペリ家にしたって似たようなもの。波紋戦士の数も層も原作より充実しているうえに、わたしやその仲間たちだっている。

 

 それでもなお安心できないのが、柱の一族という生物だ。何が起きてもおかしくないし、何をしてきてもおかしくない。

 けれどわたしはもう、それに怯えて唯々諾々とカーズ様に従ってはいられない。わたしの良心は、人間だったこの魂が、彼に従うことを良しとしないのだから。

 

 だから――わたしは戦う。今回ばかりは逃げたりしない。

 大丈夫、そのためにこの二千年間、いろいろと準備をしてきたんだ。スタンドだって、また少し成長した。大丈夫、なんとかなる。絶対大丈夫だよ。

 

 ……でも、まあ、それはそれとして。

 

「まだもうちょっとだけ眠っててほしいな……」

 

 具体的には、原作同様に1939年の1月30日までは寝ててもらいたい。いや本当、冗談抜きで。

 

 いやだって、まだ完全には準備できてないんだもの。

 何せサンタナがまだ起きてないんだ。最低でもあの子を起こして戦力としてこちらについてもらうまでは、なんとしてでも眠っててもらいたいところだ。

 

「……よし。行くか」

 

 わたしはくるりと踵を返す。行き先はアメリカ大陸だ。

 途中、イギリスに寄ってジョナサンと合流してから向かう予定になっている。ジョセフとエリナさんは先にアメリカに渡ってるみたいだけどね、ジョナサンは手続きとか色々あったみたい。

 

 何はともあれ、彼との移動はさぞ楽しいに違いない。推しと二人で船旅と考えると、心が躍る。食うか食われるかの冒険が間もなく始まるんだから、これくらいの役得は許容してほしいな。

 

 ……待っててねサンタナ。お姉ちゃんが迎えに行くからね!

 

 

***

 

 

 神聖サンタナ王国は、偉大なる神サンタナが創り上げた千年王国の末裔である。その首都であるテノチティトランはローマに並ぶほどの歴史を持つ由緒正しい古都だが、しかしその風景はローマほど歴史情緒に包まれてはいない。

 居並ぶビルはいずれもただのコンクリート製で、歴史的建造物などは一見すると見当たらない。ニューヨークには及ばないまでも、摩天楼をいくつも抱える姿は古都という単語とは結びつくとは思えないだろう。

 

 だが、それは無理からぬことだ。何せサンタナが眠りに着いて以降、この地域では長く戦乱の時期が続いた。歴史で言うところの中米戦国時代は何百年も続き、結果としてかつての繁栄を今に伝える遺構は多くが残らなかったのである。どこかの女神扱いされる人物は、それを知って心底嘆いたという。

 

 しかし、である。

 それでもすべての遺産が、遺跡が、この土地に残らなかったのかと言えば否だ。テノチティトランの中心部、ヨアリ王宮が鎮座する区画の地下には、今もなお神がいた時代のものが多く残っている。

 

 そして神もまた、そこにいる。

 

 半ば柱に同化し、二千年の時を眠り続ける神。彼を祀り、彼に祈る半吸血鬼たちが聖地とするこの遺跡に今、初めてヨーロッパの人間が足を踏み入れた。

 

 先頭に立つのは、大柄ではあるがやせぎすのゲルマン人。彼の隣には、この地域伝統の衣装に身を包んだ王が並んでいる。

 そして彼らの後ろに、最新の装備で身を固めた兵士たちが続く。王の後ろ、兵士たちを率いる位置には金髪を特徴的な髪型に整えた偉丈夫がいる。彼に従う兵士たちの四分の三ほどは武器を持っておらず、いわゆる工兵だ。

 

「さあ皆のもの、ここが我々の聖地だ」

「おお……ここが……」

 

 王直々に案内されてやってきた男……王への対応のため、ヒトラー直々に派遣された文官の男は、二千年前の遺跡にしてはいささか洗練されすぎている広間に立ち、思わず感嘆の声を漏らした。

 

 無理もない。二千年前、今のドイツと呼ばれる地域は辺境も辺境のド田舎であり、文明的な遺跡はほとんど存在しない。

 だというのに、ここはどうだ? ローマの地下遺跡どころではない。それよりももっと洗練された、現代でも通用しそうな完成度を誇っていたのだ。

 

 一切歪み、傾きのない壁や床。それらには繋ぎ目がない。いや、あるにはあるが、肉眼ではよくわからないほど丁寧に隠されている。

 居並ぶ柱は人工物だろうか。それにしてはあまりにも健在であり、欠けたところもひび割れたところもほとんど見受けられない。

 周辺にはどこからか引かれた導水管によって、ささやかではあるが美しい池がたたえられている。そこに繁茂する植物は生憎と素人にはわからないものだが、それでも目で見て楽しめるほどには美しいものばかりだ。

 

「ここは……まだ生きているのですな」

 

 だから男は、そう言った。放棄されていないのだと。いまだにここを修繕して、実際に使っているのだと。

 

 しかし返答は、彼の予想と異なった。

 

「それは是であり否でもあるな。確かに、我ら王家は代々この遺跡を聖地として維持してきたが……それは最低限だ。大半のものは、かつてサンタナ神が手ずから造り上げた当時からほとんど手が加えられていない」

 

 それはゲルマン人こそ世界最優の種族であり、世界に冠たるべきであるとするナチスドイツの人間にとっては面白い話ではなかった。

 しかし、彼はそれを口にせずただ飲み込む度量もあった。

 

 何より、これからの世界情勢においては、サンタナ王国との同盟に悪影響が出るようなことはできなかった。そこはさすがに、外交目的で派遣された文官である。

 だから男は、ぐっと我慢して王へと身体ごと向き直った。

 

「……素晴らしい。さすがは新大陸で長き歴史を脈々と受け継いできたサンタナ王国! ……しかしなればこそ改めてお聞きしたいのだが……本当によろしいのですかな?」

「無論だとも」

 

 彼のその問いに対しての答えは、即であった。

 王はニヤリと笑い、半吸血鬼特有の白い肌の顎をさすりながら、広間の最奥、玉座のように設えられた柱で眠る神に横目をくれる。

 

 男は彼の視線に、その態度に、神に対する敬意などかけらも見出せなかった。

 

「我々は我々として、生きていける。我々の行きたい方向を示さぬ神など、もはや不要!」

 

 続けられた言葉に、男は内心鼻で笑う。その神が残した予言に従っていたからこそ、現代まで生き延びることができた一族が何を言うのかと。

 

 しかしもちろん、そんなことは口にしない。繰り返すが、彼はそうした自制のできる男だ。

 

「素晴らしいお言葉だ! 我らが総統閣下もまったく同じ意見であらせられる……やはりサンタナ王国は、我らドイツにとっては良き友であると改めて確信いたしましたぞ!」

 

 そして彼は、外交的なパフォーマンスをできる限り維持しながら、改めて問うた。

 

「……では陛下、よろしいですな?」

「もちろんだとも。それは我々の総意でもある」

 

 再度の即答を得て、男は鷹揚に頷いた。

 それから控えていた部下たちに目を向け、号令を下す。

 

「では……()()()()()()()()()、行動を開始しろ。手筈通りに頼むぞ」

「お任せください、閣下! ……やるぞお前たち!」

『ハッ!!』

 

 シュトロハイムと呼ばれた偉丈夫が声を張り上げると、すぐさま兵士たちは動き出した。各々道具を手にした工兵が、いまだ眠りのうちにある神を柱ごと引き剝がさんと殺到する。

 

 そんな兵士たちに取り決め通りに指示を出すシュトロハイムはしかし、なぜか言い知れぬ不安を拭い去れないでいた。

 だがそれは、眠っているサンタナが今にも目を覚まし、襲ってくるのではないかという直近の不安ではない。もっと根源的な不安……サンタナのさらに先にあるものへの不安だ。

 

 何か恐ろしいことが始まろうとしている……恐るべき歴史の流れが、潮流が、猛然と自分たちを飲み込もうとしているのではないか。そんな風に思われてならなかったのだ。

 

(……ええい、あれこれ考えても仕方なかろうが! 我がドイツの科学力は世界一ィィ! どのような化け物であれ、御せぬはずがなァい!)

 

 それでも彼は不安を飲み込んで、仕事に従事する。その姿は、理想とされるゲルマン人の手本のようであったという。

 

 しかし彼の不安は、正しい。今まさに、世界の歴史は時代の転換点に差し掛かったのだ。

 決して歴史の表舞台には語られることのない、奇妙な冒険譚……その幕が、遂に上がった。

 

 

***

 

 

 ()()、同時刻。アメリカの商都、ニューヨークの裏路地にて。

 一人の若者が、トラブルに巻き込まれた一人の若者を助け出していた。

 

 助けられた若者は、この時代のアメリカで強い差別にさらされていたネグロイドだ。居丈高で性根の悪いコーカソイドの警官に絡まれ――若者自身スリであったので、声かけ自体は間違っていないのだが――所持金を巻き上げられていたところだった。

 

 手を差し伸べたのは、砕けたクイーンズイングリッシュを使う筋骨隆々の大きな若者。彼は買ったばかりのコーラに黄金の輝きをまとわせて暴発させ、弾き飛ばした王冠で警官の指をへし折るという離れ業を披露した。

 

 誰がどう見ても過剰防衛である。彼もそれは自覚できたのか、ハッとなったあとは大慌てで、助けた若者を半ば引きずるようにして現場を後にした。

 

 そのやり方、態度はお世辞にも紳士的とは言えず、とてもイギリス人とは思えないものであった。しかし助けられた若者にとっては、スリの自分を後先考えず助けてくれた若者に悪感情など抱きようがなかった。相手の事情はまるでわからなかったが、それでもその気安い態度には親近感も覚えた。

 

 だから、

 

「あんたは盗人で黒人のおれに対して『その財布はくれてやったものですよ』と言ってくれた。あんたに借りを作っちまったな……」

 

 追手を完全にまいただろうところで、彼は改めて助けてくれた相手に……大きな身体を持ったイギリス出身の青年に、素直に礼を言うことができた。

 

「おれの名前はスモーキー・ブラウン。名前を聞かせてくれよ」

 

 そしてそう続けた彼……スモーキーに対して、若者は不敵に微笑みながらも、はっきりとした声で名乗りを上げた。

 

「ジョースター。ジョセフ・ジョースター。JOJOって呼んでくれ」

 




皆さま長らくお待たせしました、本編時系列ことPart3戦闘潮流編のスタートです。
ストックは10万文字までたまらなかったんですけど、とりあえずサンタナ編までのめどがついたので投稿開始します。ストックが切れるまでは毎日投稿していきたい(願望

なお色々考えましたが、原作キャラの一人称を書くだけの技量がなかったので、アルフィーがいないシーンは基本三人称になりました。
というか、ジョジョっぽい言い回しで一人称を徹底するの、めちゃめちゃ難しい・・・あれを完全トレースできる皆さん、控えめに言って化け物では・・・?

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