十月下旬。イギリスからアメリカに向かう船の中で、わたしはジョナサンと同じ船室に泊まっていた。
伯爵たちは留守番……というよりは、戦いの舞台になる予定の場所周辺における準備や、秘密兵器の開発を進めてもらっているところだ。
一応単身ではないけれど、わたしの側仕えは三年前と変わることなくサチさんとレナータちゃんで十分だからこれでいい。
そんな二人の給仕を受けながら、ジョナサンと今後の計画について話し合う。
「サンタナが今どういう状態なのかはわからないけど、どっちにしてもまずは王国の人たちの目をくぐり抜けないとね」
「彼らにとっては最高神だからね、警備は厳重だろうなぁ。まあ現国王以下、王家に近しい人たちの多くは
「正直気持ちはわかるんだけど、そこは置いとくとして……とりあえず、サンタナには予定通りわたしが会いに行くから、ジョナサンはスッピーの説得をお願いね」
何を説得するかって、
元々ルベルクラク家は科学技術方面はそこまで得意じゃあないから、仕方ないとは思う。他にも二次大戦や戦後を見据えて、あちこちで少しずつ動いてもらってるしね。それでももしかして間に合うかも、と思う程度には進んでるからダメってわけでもないんだけどさ。
ただテコ入れは必要そうだな、とも思うわけで……ここはSPW財団の科学力と人材、そして何より人間より色んな点で優れた身体スペックを持つ上、そっち方面に理解と才能があるサンタナに協力してもらいたいのだ。
サンタナはわたしが説得すればなんとかなると思うから、SPW財団へはジョナサンから当たってもらうわけだね。スッピーは彼に任せておけば大丈夫なはずだ。
「任せてくれ。……しかし、何度聞いてもそのニックネームは笑ってしまうなぁ」
八十近い老爺に対するニックネームとしては、かわいすぎるとはわたしも思う。
ただこう、なんていうかこれはもう完全に癖というか。一度うっかりジョナサンの前で言っちゃってからは、開き直ってるんだけど、まだスッピー本人には言ったことがない……というか会ったことすらないから、今から気をつけないとなって思う。
……なお、そのジョナサンは四年前からまったく変わってなくて、ナイスミドルで通じる見た目だ。そりゃあある程度歳を取ったら数年なんて大した変化は起きないけど、にしても変わらなさすぎ。波紋ヤバい。
「ちなみに潜入は大丈夫なのかい?」
「うん、そこは大丈夫。最初の頃は変身してくか配管の中を抜けてくかどっちかって思ってたけど、スタンドが成長したからね」
この三年のうちに、わたしのスタンド【コンフィデンス】は全体的に成長した。したというか、させたというか。
うん、色々がんばって修行したんだよ。どれだけできることがあってもカーズ様相手となると安心できなくて、たぶん今までで一番の集中とペースでガッツリ修行したと思う。今回ばかりはクソ長い寿命と、休眠期以外睡眠が必要ない身体に感謝だ。
色々と育ったわたしのスタンドだけど、中でも特に【スターシップ】はそれが顕著だ。なにせ出入りする地点を、スタンド空間の中からある程度動かすことができるようになったんだからね!
これはとてもでかい。つまり疑似的とはいえ通り抜けフープができるんだから!
数メートル動くだけでも疲れるし、下手を打つと*いしのなかにいる*羽目になるからあんまやりたくはないけど……それでも狭く細い配管の中を通るよりはマシだ。
ちなみに何がどう作用したのかはわからないんだけど、出入り地点を動かすための操縦桿とモニターがスタンド空間内にできたのには笑った。もちろん喜ぶべき変化ではある。何せスタンド空間から外の様子が見れるようになったわけだし。
でもそれはそれとして、あまりにも脈絡がなさすぎたしあまりにも不意打ちに出現したものだからさ……。そんなことある? って思わず言っちゃったよね。
ま、これで名実ともに、【スターシップ】になったわけだ……なんてね。
他にも成長したところはあるけど、それはまたの機会に。
「いいなあ、僕はいまだに君の幽波紋が見えない。もっと修行したらたどり着けるだろうか……」
しなくてもあと五十年頑張って生き続ければ勝手に生えてくると思うよ、とは言わないほうがいいんだろうな。
「……サンタナと合流したあとは、予定通りに?」
「うん。そこからわたしは一旦カーズ様に合流するから、しばらく話はできなくなる」
「となると、アメリカからヨーロッパに戻ってくるときが最後の打ち合わせポイントかな。計画に変更が出ないといいんだが」
「こればっかりはね。どんなに完璧に見えても穴は出てくるものだし、臨機応変に行こう」
ただまあ、カーズ様たちが起きるまではそこまで大きな変化はないとも思う。サンタナ王国っていう原作とのド派手な乖離はあるけど、サンタナの行動そのものにはさほど影響を与えないだろうからね。
問題はカーズ様たちだけど……彼らが目覚めるタイミングによってはかなり計画が変わってくる。だけどこれをどうにかする方法はないから、わたしはもはや祈りの境地だ。おおブッダ、迷える衆生をお導きください。
まあ何はともあれ、今はこれ以上考えてもどうにもならない部分も多い。わからないことをわからないままあれこれ考えても不毛なだけだから、次第にわたしたちは雑談へと移っていった。
わたしたちの雑談のメインはなんと言っても歴史だ。わたし自身が好きなのもそうだけど、何よりわたしは紀元前の生き証人なので、本当に盛り上がるんだよね。
いやあ、スケッチとか当時の道具とか残しててよかったなってつくづく思うね!
その中のいくつかは、ジョナサンやルベルクラク家を通して大英博物館に寄贈したりもしてる。スタンド空間のスペースも有限だから、ちょっとした断捨離ってところかな。
ん? あくまで理解のある人に譲っただけだよ。ただ捨てることを断捨離と言うなんて、あまりにも短絡的じゃあないか。
そんなこんなで、船旅は続く。少ししたらまたとんぼ返りするわけだけど、趣味の合う人、しかも前世の推しとの会話だ。今この瞬間を精一杯楽しもう。
***
ドイツの首都、ベルリンの郊外にある秘密研究所。かつてゾンビによる事件が起きたところとはまた別の施設で、かの事件と似たような事態が起きていた。
深夜の闇の中、人工の光で照らされた研究所の中に兵士や研究者たちの悲鳴や怒号が響いている。彼らの大半は何かから必死に逃げていて、立ち向かうものはほとんどいない。
その数少ない例外も、立ち込める粉塵に撃ち込んだ弾丸が意味を成していないことに気づくや否や、顔色を変えて逃走の列に加わることになる。
「なんとかしろ!」
「無茶言うな! あんな化け物相手にどうしろっていうんだ!」
叫びながら走る兵士たち。屈強な男たちが半泣きでわめいている姿は哀れみを誘うが、人知を超えた化け物相手では致し方ないことだろう。
やがて動く人間がいなくなり、静かになった研究所の廊下を人影が一つ、粉塵を押しのける形で現れた。
腰近くまである黒い髪をたたえた、若い美丈夫。しかし肉体は見事に鍛え上げられていて、彼を顔だけの男だとみなすものは一人とていないだろう。
そんな彼の手には、干からびた死体が突き刺さっていた。比喩ではない。右手の五指が的確に死体の首に刺さっているのだ。
彼はその死体を無造作に、しかし勢いよく扉の一つに叩きつける。轟音と共に、頑丈そうな扉がひしゃげて奥へ倒れた。
「やっと見つけたぞ……ここにあったか」
開放された部屋に踏み込んで、男は薄く笑う。
そこは物置だった。雑多なものが無秩序に並べられた様は、物置と言うよりも掃き溜めに近いかもしれないが、それでも。
彼はその中にあった、かつて身につけていた衣服を手に取ると、手早く身につけていく。既に四年近く着ていないものだったが、同じものを
そうして身支度を整えた男は、やはり壁を破壊してその場を後にする。歩く挙動に合わせて、長いマフラーがなびいてふわりと舞った。
彼はそのまま悠々と研究所を後にしようとしたが、さすがに素通りとはいかなかった。ドイツ軍の、彼が
「おのれ化け物め! ここから外には行かせんぞ!」
先頭の兵士が吠える。彼は……いや、彼以外の全員から、コオオォォ……という独特の呼吸音を漏らしながら。
しかし吸血鬼と化した男は、それを鼻で笑う。
「ふん、軍事的な好奇心と野心から私をその化け物に変えたのはどこの誰だ? 自分たちのしたことを棚に上げてよくも言えたものよ」
「黙れ! 大人しくしていればいいものを……どのみち貴様から搾り取れるものはもはやない、ここで処分してくれるわ!」
対する兵士たちも鼻で笑った。
「行くぞ、やつを始末しろ!」
そして号令がかかり、兵士たちが一斉に男へと襲いかかる。
彼らの動きは常人離れしていた。並外れた瞬発力と豪腕、そして何より呼吸によって生み出されて黄金の輝きが男に殺到する。
だが男はそれを避ける仕草を見せなかった。ただ鋭くなった犬歯をのぞかせて、笑うだけで。
そうこうしているうちに、いくつもの拳が男の身体に叩き込まれる――が。
「な!?」
「ば、バカな!? 吸血鬼は波紋で死滅するはずでは!?」
特に何も起こらなかった。呆然とする兵士たち。
彼らは気づかない。何も修行をしていなくとも、波紋の性質への理解とそれなりの観察眼さえあれば、十代の若者でも気づくはずの現象に気づかない。男の衣服が、アースのように波紋を散らしていることに。
だから男は、そんな間抜けに対して躊躇しない。その中の手近な二人に手を伸ばす。
「クックック……馬鹿者どもめ。たかだか数年の、片手間の修行で波紋を身につけたと思い上がりおって。片腹痛い!」
「あぐっ!?」
「ぎっ!?」
遅滞なく、遠慮もなく、男の爪が、指が、二人の兵士の首に突き刺さる。
そして次の瞬間、凄まじい勢いで二人の身体が干からび始めた。彼らの体内から、水分が……より正確に言えば血液が、猛烈な速度で吸い上げられているのだ。
「き、貴様……!」
「波紋の歴史は四千年! お前たちごときが極められるものではないと知るがいい!」
そして男は声を張り上げる。と同時に、もはや抜け殻の兵士二人を他の兵士たちに叩きつけた。
もちろんそれだけで終わるはずがない。男は投げると同時に動き、投擲に巻き込まれない位置にいた兵士たちを蹴りで一斉になぎ倒す。
残る兵士たちもかなり早く意識を戻して身構えたが……もはやどうにもならなかった。彼らは攻撃されることに気づくよりも先に、意識を失っていった。
「ば……バカな……わ、我らナチス精鋭波紋部隊が……い、一分も保たずに……ぜん、めつめつめつ……!?」
「
「ぐぺっ!!」
そして最後に残った一人も、頭を蹴り砕かれ死亡した。
男……ストレイツォはそれでも油断なく気を配りながら、再び静かになった研究所から脱出する。
生まれ変わった己の身体の具合を確かめるように、拳を握り、開きを繰り返しながら。
「……これが吸血鬼の力。素晴らしい。何より、衰えぬ肉体の素晴らしさよ」
視線を前に戻した彼は、妖しく微笑みながらひとりごちる。
「フフ……ナチスどもにされたのだから、誰も文句は言えまい。私の意思ではないのだからな」
だが、と彼はそこで一度言葉を切った。しかし足はとめることなく、夜空を仰ぎ見る。
今宵は曇天のようだ。けれども、雲間からかすかにのぞく一等星の輝きは、隠しきれていなかった。
その星の輝きは、かつて肩を並べて戦った男の顔をストレイツォに想起させた。
「……ジョナサン。あなたは私をとめるのだろうな。彼の係累も……ジョセフのことは詳しくないが、ジョージ……それにエリザベスも、か。敵は多いな」
白い光にわずかに照らされた彼の顔は、いつの間にか穏やかな……どことなく死を迎え入れるような、悟りを開いた色を帯びていた。
だがそれも一瞬。
「……フン、それもまた一興か。既にこの身は悪に堕ちた……老いさらばえて死ぬよりも、一瞬とて若返った喜びを抱いて死ぬなら本望」
悪魔のようにニヤリと笑い、彼は地面を蹴った。吸血鬼の膂力は、その身体を容易く屋根の上へ連れて行く。そうして彼の姿は、夜の闇の中へと溶けていった。
この日、ドイツは初めて石仮面とそこから生まれる吸血鬼の本領を、本当の意味で知った。しかしその代償は大きく、石仮面の研究を行っていた施設は半壊。人員も大半が干からびて死ぬことになった。
もちろん軍、および政府の関係者は戦慄した。
邪悪な石仮面と吸血鬼に対してではない。それらを作り、餌にする柱の男たちに対してである。
そしてその情報を小出しにしてきた提携相手に、ほのかな敵愾心を抱いたが……今はそれを外交に影響させるべきではない。
何せドイツは、
ちなみに、返信にも頭も時間を使ってしまうタイプなので普段は滅多にリアクションしませんが、感想はいつも読んでます。
遅ればせながら、皆さんいつもありがとうございます。励みにしております。
コンゴトモヨロシク・・・。