物語の流れにはそこまで影響はしない・・・とは思いますが、一応念のため警告しておきます。
シーザーにとって、ストレイツォという人物は近しい人物ではない。けれども、では遠いかと問われれば彼はノーと答えるだろう。
何せストレイツォという人物は、ジョナサンの戦友だ。ディオとの戦いのあともジョナサンとストレイツォの縁は切れておらず、時折連絡を取り合っていた。
その縁が巡り巡って、リサリサ……エリザベス・ジョースターの波紋の師匠というところまで続くのだから、世の中何が起こるかわからないものだ。
そしてシーザーは、そんなリサリサの弟子の一人。あまり過去のことは語らない彼女だが、師匠であるストレイツォのことはたまに口に上げたものである。
だからこそ、シーザーにとってストレイツォは決して遠い人物ではない。直接会ったことはないけれども、イタリアとは別の地域に根差すもう一つの波紋流派の指導者だ。何より、シーザーの祖父ウィル・A・ツェペリの弟弟子でもある。一定の敬意を持っていた。
だというのに、そのストレイツォが吸血鬼となって今、シーザーの前にいる。彼が受けた衝撃は、並大抵のものではなかった。
「ば、バカな……!
「ふむ?
含むように笑いながら、ストレイツォは応じた。視線を固唾を呑んで様子を見守っていたドイツ兵士たちに向けながら。
「四年前のことだ。私はナチスドイツに拉致された」
「な!?」
だがストレイツォの口から出てきたのは、シーザーにとって信じられないものだった。
「不老不死を望むのは人の常というもの。彼らは波紋を利用しようと目論んだのだ。それから私はベルリンの研究所に幽閉され、波紋の研究に付き合わされていたのだよ……つい先日、倫理観のない研究者が実験と称して石仮面を使うまでな」
「な……なッ、バカな!?」
「真実だ。徹頭徹尾な」
「……ま、マルクッ!?」
余裕ある態度を崩さず、揺れることもなく佇むストレイツォの態度に、シーザーはこらえきれず親友のほうへ顔を向けた。
だがそんな彼に返って来たのは、彼と似たような愕然とした表情でひたすらに首を振るマルクの姿。周囲にいるマルクの同僚も似たようなものだ。
「……どうやら末端には知らされていないようだな」
「く……! だが、仮にそれが真実なら……! 波紋の指導者であるあなたが、俺を攻撃するのはなぜです!? その必要はないでしょう!」
「なぜ? これは異なことを」
シーザーの問いに、ストレイツォは鼻で笑った。そして妖しく瞳をぎらつかせる。
「私は言ったはずだぞ。
「
「私とて人間だったということだ。若い頃は思わなかったが……歳を重ねて老いていけばいくほど、かつて見たディオの圧倒的なパワーに惹かれていった……若返りたいと思うようになった! だからこそ……だ、シーザー。だからこそ、シーザー・ツェペリ――」
ごくりと生唾を呑んだシーザーに、ストレイツォははっきりと断言する。
「――石仮面を使われたことは!
その宣言に、シーザーは頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。
だがそれでも揺れる心を懸命に抑えながら、彼は重ねて問う。答えを半ば確信しながら。
「ならば……ならば……なぜあなたはここにいる……!?」
「知れたこと。現代で石仮面のことを知るものは多くない……その一部である波紋使いは、私のために死んでもらわねば困るのだよ。お前たちを抹殺し、私の命を脅かすものはすべて排除せねばな!」
果たして、返答はシーザーの予想した通りのものであった。邪悪な笑みを浮かべての答えに戦慄する。
だが何より、無差別の殺戮を自ら肯定するような物言いに、シーザーは怒りを覚えた。
確かに、望んで吸血鬼化したわけではないのかもしれない。それまでの過程も、同情する。しかし、だとしても。いや、だからこそ。
「だとしたら……」
「……?」
「だとしたら! かつてあなたがいかに偉大な波紋使いだったとしても……俺はそれをとめねばなるまいッ! 他ならぬ我が祖父、ウィル・A・ツェペリに代わってッ!」
そして啖呵を切ったシーザーは、強大な力を持つ吸血鬼目がけて臆せず攻めかかった。
一見すると愚策に見える動き。だが対するストレイツォは、シーザーの行動に嬉しそうに哄笑した。
「ふふふふははははは! いいぞ、それでこそツェペリの男だ! ……だがこのストレイツォ、容赦せん!」
しかし一転、ギラリと凶相を浮かべると、ためらうことなく破壊の力を解き放った。
「ぬおおぉぉっ!?」
ストレイツォの両目から高速で発射された体液が、閃光さながら二筋の軌跡を描く。それはいずれも一直線にシーザーの急所を狙っており、彼は急遽身体をねじって回避行動に移った。
そうしてぎりぎりのところで回避に成功したシーザーだったが、完全にはかわしきれず、首の横と肩を切り裂かれてしまう。ついでとばかりにワインボトルも破壊され、彼は武器も失った。
「く……っ、それが顔回りだけ銃撃が入っていなかった理由か! ジョナサン師範の兄君を殺害した技と見たッ!」
「いかにも……高圧で体液を発射する、名づけて
「何を……」
「ぎゃあああーーっ!!」
「!?」
にじり寄ってくるストレイツォから目を離さず、そろそろと体勢を整えようとしていたシーザーは、問答の途中で後ろから聞こえてきた悲鳴に思わずそちらに目を向けてしまった。
そこには顔に風穴の空いたドイツ兵が二人、血を噴出させながら倒れており、マルクをはじめとした兵士たちが青い顔で支え起こそうとしているところだった。
「……
「違うな。お前も、あれらも、両方狙った。
「く……っ、なんということを!」
「だから甘いと言っているのだ、シーザー・ツェペリ。言っただろう? このストレイツォ、容赦せんとな!」
(なんということだ……! 既に彼の中に人としての心は残っていないのか!? いや……恐るべきは、こうも簡単に人の心を塗り替えてしまう石仮面か……!)
あざ笑うように、上からものを言うストレイツォに歯噛みするシーザー。
やはり彼らがここに来てしまったことは間違いだったのだろう、と後悔が募る。巻き込むわけにはいかないと決意したにもかかわらず、出てしまった犠牲に彼はもっと強くとめていればと。
だが彼は同時に、なぜ父マリオが家族を捨てる形を取ったのかを、頭ではなく魂で理解した。確かにこんな連中を相手にするとなれば、家族の存在は泣き所になりかねない。
まあ、だからと言って当時の父の選択が正しかったとは思えないのは、シーザーに人生の伴侶がいないからだろうか。あるいはそれこそ若さと人は言うのかもしれない。
「……マルクッ、みんな! 急いでここから離れるんだ! ここは俺がなんとかする、必ず仇は取るッ!」
その若さに任せて、シーザーは声を張り上げた。これ以上ここに波紋を使えない人間がいては、いたずらに被害が増えるばかりだ。
また、自身の力量では、彼らを守りながら一切の犠牲を出さずに終わらせる自信はなかった。負けるとは思わないが、巻き添えになる人間は出るだろうと考えられる程度には、まだシーザーは冷静だったのだ。
「ごめんよシーザー、任せた!」
だから彼は、去っていくマルクたちドイツ兵を守る形で立ちふさがる。そうして見せた構えは、ローマ式波紋道伝統の攻めの型だ。
その意図を察したストレイツォが、再び笑う。
「準備はいいようだな。では死ねい!」
「断るッ!」
かくして始まった二度目の激突は、ストレイツォの
この場合の急所とは、頭、喉、もしくは肺となる。いずれも言うまでもない急所だが、呼吸によって力を得る波紋使いにとって、喉と肺は特に致命的な急所だ。
しかし
最悪の急所は、いずれも頭から縦に並んでいる。横に跳べば、一気にそれらから外れるという判断だ。
だがその動き、ストレイツォにはお見通しだった。彼は攻撃と同時に動き始めており、シーザーの逃げる先を完全にふさいでいた。
(やはりこの程度は読まれている!)
しかし、お見通しだったのはシーザーも同様。だから彼はただの横ではなく、前に出ながら横に……すなわち斜め前に跳んでいた。彼は
これでストレイツォまでおよそ十メートル。吸血鬼なら一瞬で詰められる距離だが、波紋戦士とは言え人間のシーザーには簡単にはいかない(できないとは言わない)。
(だからこそ、正念場はここだ! 次の
回避した先の足でさらに地面を蹴り、前に出るシーザー。そこに、
「やるな!」
どこか楽しげに、三度目の
すなわち、二つの射線がやや斜めにズレている。このまま何もしなければ、シーザーは眉間と左の肺を撃ち抜かれるだろう。
もちろん、黙ってそんな未来を受け入れる彼ではない。
「秘技……!」
刹那の間に、パシン、と両の手のひらが合わされる。そして手が離れると、そこには透明な膜が展開された!
「ぬう!?」
「シャボンバリアー!」
シーザーの手から現れた膜は、まさにシャボン液の膜であった。だが、こんな土壇場でただのシャボン液を展開するはずがない。
シャボン液は、既にたっぷりと波紋で満たされていた。ゆえに引き伸ばされ膜となったシャボン液は高エネルギーを湛えた攻防一体の障壁となり、ストレイツォの前に立ちはだかったのである。
また、波紋で満たされたシャボンの壁……バリアーは、シャボンとしての元々の性質を失っていない。
そのため
正確な狙いにはならなかったが、必殺の一撃と自認していた技を返されたストレイツォは目を丸くし、けれども慌てることなくゆらりと動いて回避する。
「……驚いたぞ。そのグローブ、シャボン液を仕込んでいるのか? 粋な男よ!」
「まだだ!」
回避を終えたストレイツォがニヤリと笑う。
だがシーザーはそれを意に介することなく、追撃に打って出た。再度手のひらを合わせると、すぐさま前に向ける。すると、そこから大量のシャボン玉が勢いよく斉射された!
「必殺! シャボンランチャー!!」
大小様々に放たれた無数のシャボン玉は、そのすべてが多量の波紋を宿した特別製だ。もちろん簡単に割れるような代物ではなく、さらに言えば当たれば人間でも吹き飛ぶだけの威力も秘めている。常人であれば気絶の一つもするだろう。
これほどの至近距離から放たれたシャボンランチャーを回避するなど、いかな吸血鬼と言えど不可能だ。
――そのはずだった。
ストレイツォは動じることなく、かすかに煌きながら殺到するシャボン玉を一瞥すると、広げたマフラーで前方をなぎ払った。
「な!? バカな!」
すると波紋入りのシャボン玉は、あっさりと割れてしまった。今度はシーザーが、必殺の一撃を破られた驚愕で愕然とする番だった。
「フフフ、シャボン玉すら武器にするのはいかにもローマ式と言った趣だが、ともかく使いどころは多そうだな。良い技だ……しかし相手が悪い」
そう言ってマフラーを整え直すストレイツォを見て、シーザーは絡繰を理解する。
一瞬だが、確かに見えたのだ。マフラーに触れた波紋がかき消えた様が。
そしてその現象を、シーザーは見たことがある。
「そのマフラー……! リサリサ先生のマフラーと同じ! サティポロジァビートルの!」
「いかにもその通り。私は四千年の歴史を持つチベット式波紋道の後継者、ストレイツォだ。波紋のことは長短いずれも熟知している……知り尽くした上での戦いだ。ディオとは違う」
「く……!」
波紋が通らないとなると、吸血鬼相手に打てる手段は激減する。それは膂力で劣るシーザーにとって、あまりにも不利だ。
どうすべきか。苦々しく顔を歪めながら、しかしシーザーに「逃げる」という選択肢はなかった。
彼は状況を打開すべく、考えることをやめてはいなかった。
掟破りのスト様VSシーザー。
ボクは間違いなく戦闘潮流が好きなのですが、しかしジョセフ以外のキャラが一度も勝利していないというのはさすがにどうかなと思うのも事実なのでこうなりました。
主要キャラはすげ変わってるけど、流れ自体はさほど変わってないので「おおむね原作沿い」ってことで・・・。