十一月の半ば。わたしとジョナサンは無事にアメリカに到着した。
入った港は、もちろんニューヨーク港。接岸少し前に自由の女神像の前を横切ったときは、思わずテンションが上がって写真を撮りまくってしまったよね。キャッスル・クリントン(この時代は名前も用途も違うけど)のときも同じくだよ。
歴史で言えばそこまで古いものじゃあない。アメリカ自体が歴史の浅い国だから、そこは仕方ないところ。
けれど、それが貴賤を決めることにはまったくならない。そんなことには関係なく、アメリカの歴史を眺めてきたものたちが立派な文化遺産であることは疑いの余地がないんだからね。
だからこそ、わたしはテンションを上げるわけだよ! 二十一世紀にも残るこの文化遺産を、この時代で見られるなんて心どころか身体だってぴょんぴょんするに決まってるよ!
……おほん。
そこはともかく、ね。わたしたちは無事にアメリカに着いたわけだよ。入国審査でも特に何の問題もなく、さらりと終わった。
そうして審査を受けた場所から外にでたところで、
「あなた」
「ジョースターさんッ!」
二人の老人がジョナサンを出迎えに来ていた。
方や淑女の一つの完成形を体現するかのようなおばあさん。方やカタギとは思えない顔つきのおじいさん。
つまり、エリナさんとスッピーだ!
「エリナ! それにスピードワゴンも!」
そしてジョナサンは、歩み寄ってきたエリナさんに同じく歩み寄り、優しく抱きしめる。そんな二人を、ニッコニコの笑顔で後ろから見守るスッピーの図……。
うおおおお、尊い……! ジョナサンが生きてて、エリナさんとこうして二十世紀の街で向かい合う構図の、なんと尊いことか……! このまま尊みで死ねる……!
うう、よかったなぁ、本当によかったなぁ……! 語彙力も死ぬ……死んだ……。
いや、ぶっちゃけジョナサンの生存にわたしはまったく関与してないんだけどさ。それはそれだよ。原作で死んでいたはずの人物が生存している世界……きっとわたしはこのために転生したんだなって……!
……ただ、そんな光景を離れた物陰から顔だけ出して、ぐすぐす泣きながら眺めてるわたしの図は不審者以外の何物でもない。しょうがないじゃない、だって尊いんだもん。
あとはあれだよ、エリナさんやスッピーとはなるべく顔を合わせないで行くつもりだったからさ。表向きの立場はあるから問題ないだろうけど、戦闘潮流が一段落するまでは念のため……ね。
だから今出るのはちょっと、予定から外れるわけだよ。だからこの状態は仕方ないんだよ……うん……。
うん、だからサチさんもレナータちゃんも、今のわたしに無理に信仰を見出そうとしなくていいから……素直にドン引きしてくれていいから……。
「……あれ? ところでエリナ、ジョセフはどうしたんだい?」
熱い抱擁を終えたジョナサンが、ふと声を上げた。
……言われてみれば、ジョセフだけ見当たらない。何かあったのかな。
「それなんですが……あの子ったら、スピードワゴンさんが拉致されたという話を聞いて飛び出して行ってしまったんです」
……は?
「え? いや、でもスピードワゴンはここに……」
「そうなんですよジョースターさん。わしはそのとき、ちょうどサンタナ王国に商談があって出張してたんですがね……どうも妙な行き違いがあったみたいなんですよ」
「…………」
「…………」
わたしとジョナサンは、同時にフリーズした。
これは……きな臭くなってきたぞ……!?
急いで打ち合わせ再開しなきゃ……!
***
神聖サンタナ王国の首都、テノチティトラン。そのヨアリ王宮のゲストルームで、一人の青年がくつろいでいた。
彼の名前はジョセフ・ジョースター。ジョナサンの孫であり、ジョースターの血を継ぐ者である。
ただし、彼は連れてこられたと言っても拘束されてはいない。確かにスモーキーを人質に取られたし、スピードワゴンが無理やり拘束されている写真も見せられた。無理やり連行されてきたことは間違いない。
しかしここに着いてからはただ部屋から出られないだけで、多少窮屈ではあっても不自由はなかった。
ジョセフとしては、こんなところに連れてきやがってふざけんなという気持ちだ。おまけにスピードワゴンの写真は、財団が関係している遊園地の視察に赴いた際、職員によって無理やり絶叫マシーンへ乗せられているシーンのものだったので、なおのこと。
とはいえ家族や友人は約束通り無事らしいので、じゃあ気にしても仕方ないかと開き直っている。ゆえにくつろぎながら、厳格な祖父母の目のないところでハメでも外してやる所存であった。ついでにこの国の財政を少しでも傾けてやろう、という魂胆で。
具体的には、高級な飲食や暇つぶしのコミックなどを要求しまくり、さながら物語の中の貴族のような豪遊を楽しんでいた。神が作ったとされる調味料を用いた王国の伝統料理はかなりウマかったし、換骨奪胎されてはいるものの、サンタナ神話のコミック(絵本に近い体裁ではあったが)はなかなかに面白く、飽きが来ない。この男、まるで緊張感がなかった。
要求される側としてはたまったものではないのだが、実のところ彼の表向きの待遇は国賓なので、いかんともしがたかったりする。
と、そんなとき、部屋の扉がノックされた。
「へいへい、開いてますよーっと」
ジョセフはそれに、ソファに寝転がってコミックを読みながら応じた。彼としては、無理やり連れてきたやつに払う礼儀なんてねーよという心境である。
だが、部屋に入ってきた――そしてくつろぎまくっているジョセフを見て思わず固まった――男を見て、ジョセフは「おや」と眉を上げた。
なぜなら、入ってきた男はコーカソイドだったからだ。サンタナ王国はモンゴロイドの国だ。もちろん、要人はすべてモンゴロイドが占めている。ならばこの男は一体?
「あ、あー、そのままで構わんよ。そのままで」
一度咳払いをして口を開いた男。その言葉は、ドイツ訛りの英語だった。
「……へえ? ナチスのお偉いさんがこんなところでなーにしてんのかなァ?」
それに少々興味をそそられたジョセフは、コミックから目を外して男に顔を向けた。ただし、ニヤニヤと小馬鹿にした笑みを浮かべてだ。
男は苦い顔をしたが、それでもジョセフに言い募ることはなく、マナーのお手本通りにジョセフの対面に腰掛けた。
「まずは自己紹介しておこう。私はベルンハルト・レーデラー。ヒトラー総統の命を受け、こちらに派遣された特務大使だ」
「ほーう?」
隠さないんだな、と内心でつぶやくジョセフ。
しかしそれだけで他にリアクションはしない。名乗りに応じる義理は感じていないのだ。敬愛する祖父母の教えとて、従えないときはある。
「現在、我々ドイツ軍はとある任務を帯びている」
「ハン、どーせ軍事同盟だろ? ドイツが戦争したがってるって話はちらほら聞こえてくるしなァ」
「それも間違いではない。しかし最大の目的は……これだ」
だが結構呑気していたジョセフも、ベルンハルトが胸元から石仮面を取り出したのを見るとさすがにぎょっとして身体を起こした。
「てめー、それ……!」
「石仮面。すなわち永遠の命だ。総統閣下の悲願はその先にある」
「ふざけんじゃあねー! お前、それがどんなモンか知ってて言ってんだろーな!?」
「わかっているとも。これは恐ろしい道具だ……」
「……!?」
そして彼は、ベルンハルトから無抵抗に石仮面を取り上げることができたことに、さらにぎょっとする。
「二週間ほど前のことだ……ベルリンで石仮面と波紋について研究していた施設が壊滅した。所属していた人員がほとんど皆殺しにされたのだ。彼らが試しに作った吸血鬼によってな」
「てめー……!」
「いや、いい、言わんでくれ。わかっている。あれは完全に、先走った研究者の暴走だった。総統閣下はもちろん、主だったものはみなまだ早いと言っていたのだがな……。案の定、代償は大きかったそうだ……それほどのものなのだ、吸血鬼は」
「その吸血鬼はどーしたんだ、え?」
「偶然……吸血鬼と行き合った波紋戦士が倒してくれた。ジョセフ・ジョースター、お前も知っている男だよ」
「俺も……? まさか……シーザーの野郎じゃあねーだろうな?」
「……それはともかく、我々は知識の上でなく、本当の意味であれを正しく知ったのだ。あれは制御できるものではない。少なくとも私はそう思った」
そこでベルンハルトは、深いため息をついてうなだれた。
彼の様子に、さすがのジョセフも少し同情気味に顔を背ける。
「わかりゃあいーんだよ、わかりゃあ! こんなのはよーッ、ろくなもんじゃあねーんだ! ケッ」
「その通りだ……ましてや、それを作った神などどうにかなるはずもない……」
「……は?」
ジョセフはぽかんとした。絶句こそしなかったが、顔は完全に呆けていた。そうするしかなかった。
この男は今、なんと言った? 神? 石仮面を作っただと? それを、なんだって?
「君の祖父から聞いていないか? 石仮面を作った存在。太古の昔から生き続ける超生命のことを」
知っている。聞かされていた。アメリカに引っ越す直前に、一人前になったからと教えられたのだ。
だからこそ、
「……オイオイオイオイオイ、オイオイオイオイオイ! ウソだろッ!? マジかッ!? てめーらマジなのか!?」
ジョセフは信じられないとばかりに声を張り上げ、勢いよくテーブルに両の手のひらを叩きつけた。バシンと大きな音が鳴る。
「てめーらッ!
恫喝も同然のジョセフに、しかし対するベルンハルトはうなだれたまま、
「ハハ……それどころか、なんとかした上で、その超寿命と知識の秘密を手に入れる気満々なのだからある意味では大人物だよ、この国の国王陛下はね……」
そう返してきたものだから、ジョセフは今度こそ絶句するのだった……。
作者「ステイッステイッまだだッ」
アルフィー「…………」