ベルンハルトはそのまま淡々と語り始めた。
「……我々が総統閣下から受けた命令は、この国
「……マジにマジなんだな。頭どーかしてるぜッ」
「否定はできんが、連中を放っておいたらどうなるかは、君たちのほうが詳しいだろう? 我々は人類のために動いているのだッ、ということはわかっていただきたい」
それを言われると、ジョセフも口をつぐむしかなかった。まさにその通りだったからだ。長年連中を研究している祖父ジョナサンは、
だが黙らされるのは、なんだか負けた気がしたジョセフ。彼は一瞬考えて、少し別件で切り返してみることにした。
「
「その通りだ。我々は既に、ローマの地下で三体の柱の男を発見している。サンタナも合わせて
「おじいちゃんのォ?」
「そうだ。世間には未発表だった彼の論文には、吸血鬼や石仮面について色々と書いてあったのだよ。だから以前
「てめーふざけんなよ!?」
太々しいベルンハルトの発言に、ジョセフの手が出た。野太い腕が素早く動き、ベルンハルトの胸元をつかんで手繰り寄せる。
「あれはてめーらがおじいちゃんを拉致監禁したんじゃあねーかッ! 盗人猛々しいとはこのことだぜーッ!!」
「ぐ……っ、く、き、気持ちはわかるがね……この件に、関しては……私からはそう言うしかないのだよ……」
顔をしかめながら、ベルンハルトはジョセフの腕を何度も叩く。
あまりにも弱弱しい反応に、ジョセフは弱い者いじめをしているような気分になって、ふてくされながらもベルンハルトを開放した。突き飛ばすようにではあったが。
ソファに背中から倒れ込む形になったベルンハルトは、少しの間せき込んで呼吸を整えていた。が、すぐに気を取り直すと、再びジョセフに正面から向き合った。
「ともかくそういうわけで……我々はジョナサン氏の論文からで柱の男たちの素性や吸血鬼の性質を、わずかだが理解した。その手の負えなさもだ。だから慎重にやっていたのだが……ちょうどこちらの陛下がたが、その気になっているということだったのでね。手を貸すと持ち掛けたわけだ」
「……フン、それで殺しに来たってか」
「その通り。我々としてはまずサンタナを解析し、他の柱の男との戦いに活かそうという魂胆だ。三体同時よりは一体相手のほうができることも多いだろう、というわけだよ。もちろん、不老不死を諦めたわけではないがね。今のところ、メインは解析のほうさ」
だが、とそこでベルンハルトは言葉を切った。そのまましばし黙り込む。
やけに沈黙するな、とジョセフは思ったが、ちらと目を向けた先のベルンハルトは、思い出したくないものを脳裏に思い浮かべているのか、顔色が悪い。
それでも彼に遠慮するジョセフではないので、「さっさと話せよこのタコが」と無慈悲に切って捨てたが。
「……目的が一致したのだ、サンタナ王国とは。もちろん、最終的に目指すところは少々違うが」
「結局のところ私欲だろーに、なーに言ってんだか……」
「見解の相違だな。ともかく話を続けるぞ。
今この国の主流は、復活を間近に控えたサンタナを殺して人の世を築き上げるという現国王派だ。彼は本気でサンタナを殺すつもりでいるぞ。殺し、その首を民衆の前で掲げて見せることで、時代は変わったと思わせたいようだ……不老不死を解析し、その成果までひっさげていけば民衆は諸手を上げて喜ぶかもな……」
「俺が言うのもなんだけどよー……その王サマとんでもなく不敬なヤローだよな。よくクーデター起こされねーな?」
「さて、そこらの詳細は知らない。だがともかく、この国はそういう潮目になっている。だからこそ
まあ、情報の対価として派遣されている部隊のほうは場合によっては殺されることも任務に含んでいるのだが……おっと、これは言ってはいけない情報だったな」
悪い顔色のまま、薄ら笑いを浮かべたベルンハルトにジョセフは今まで以上に顔をしかめる。
聡い彼は、ベルンハルトの意図が理解できたのだ。できてしまった。
だからこそジョセフは、ベルンハルトに嫌悪感を募らせる。もちろん、石仮面などの情報の対価として人の命を簡単に差し出せるヒトラーのほうが度合いは上だが……それでも、機密情報を
つまりベルンハルトは理解しているのだ。基本的に軽薄で、ノリの軽いお調子者のジョセフの心根にあるものを。理解した上で、ジョセフを引きずり込もうとしている。
だからこそ、ジョセフはここから話される内容に、されるだろう依頼に、否と言えないと理解してしまった。なぜならジョセフが否と言えば、恐らくこのベルンハルト以外のドイツ軍兵士たちは全滅するだろうから。
軍事的定義上の全滅ではない。文字通りの全滅だ。何も知らないまま、祖国のため人類のためと思って働く善良な人たちが、サンタナか吸血鬼かはわからないが、ともかくそうした化外の連中の餌食となる。それはいくらなんでも許せない。
事実かどうかはわからない。ただのハッタリかもしれない。だが事実であればこの推測は確実に現実のものとなるし、そもそも事実を確認できない時点でジョセフには一つしか選ぶ道がなかった。
そんなジョセフの気づきを見抜いて、ベルンハルトは言葉を続ける。してやったりという表情を、思い出す恐怖へのそれに溶け込ませながら。
「……サンタナは、いまだ眠りに就いている。だが、それでも我々はあれを殺せていない。王国はもちろん、我がドイツも多くの兵器を投入したが、できなかったのだ……」
ベルンハルトは、きっとその光景を生涯忘れないだろう。
ダイナマイトを設置しようと、石像化していたサンタナに触れた工兵たちが文字通り吸収された様子を。吸収されながら、恐怖に歪めた顔を隠そうともせず悲鳴と嗚咽を漏らす彼らの姿を。
無数の弾丸を撃ち込まれたにも関わらず、弾丸のほうが負けて弾かれた様子を。至近距離の爆発を受けてもなお、破壊されなかった様子を。
そして、その際に出たかすかな破片たちですら、無差別に周囲の人間の血肉をむさぼろうとした様子を。用が済んだあと、それらの破片が本体に吸い寄せられるかのように戻っていき、何事もなかったかのように本体が修復された様子を……。
「……眠っているサンタナに手を出しただけで、我々は十七名の兵士を失った。ならばあれが目覚めたとき、どれほどの被害が出るか想像もつかない……」
「…………」
その語りは、さすがのジョセフも絶句するしかなかった。
シーザーの父、マリオがローマの柱の男に取り込まれて死にかけた顛末は聞いている。それでも、ただ石像化して眠っているだけの古代人など、やりようはいくらでもあると思っていたのだが……柱の男というのはもっととんでもない存在だということは正確には理解できていなかった。
(なるほど、
ジョセフが知る限り、この世界で最強の生き物は間違いなく祖父ジョナサンである。機関車どころか、戦車にたとえてもなお過言にはならない祖父だと思っているし、その山のような雄々しい立ち姿に、背中に、密かに憧れ尊敬している。
そんなジョナサンが、柱の男に対しては過剰なほどに警戒を見せるのだ。
いわく、彼らは吸血鬼と同じく太陽光に弱いが、浴びても死なず石化するだけで生き延びる。
いわく、彼らは全身で生き物を捕食する。石化していても捕食する。波紋が使えないものは、触れるだけで死ぬ。
いわく、彼らはそれぞれに固有の能力を持っている。波紋を持っていても、それに触れることなく即死の反撃が可能な技がある。
いわく、彼らの身体は見た目通りに稼働しない。手首を百八十度以上回転させられるなど、関節はあってないようなもの。
いわく、彼らの身体能力は吸血鬼を凌駕する。パンチの数発で家を破壊できるのが吸血鬼なら、彼らはパンチ一発で家を破壊できる。
いわく……。
ジョセフはそうした警告を、祖父が
「今の人類なら柱の男も殺せると踏んでいた国王陛下も、これには尻込みしたようだよ。だがもはや後には引けぬ。慌てて別のアプローチを探し始めた」
「……大丈夫かよ、その王サマは。サンタナがいなくっても普通に滅びそうじゃあねーか、この国?」
「ハハ……それは言わないお約束だよ。……まあともあれそういうわけで、君に白羽の矢が立ったわけだ。ジョセフ・ジョースター。ストレイツォから聞いて知っている……君は現代に生き残った波紋使いの中でも、突出して優秀な戦士だと。だから、君の力を借りたかったのだ。……アメリカでは、強引なことをしてすまなかったとは思っている。だが、どうしても君の力が必要なのだ」
その前で、ベルンハルトは躊躇なく頭を下げてきた。
誠意は感じる態度……だが、それでもジョセフはその程度にしか彼を思えなかった。
「てめー、やっぱり頭がパープリンだな? ふざけんじゃあねーッ、なんで俺なんだ? ストレイツォさんから話を聞いたってんなら、知ってるはずだぜ! 最強の波紋戦士は俺じゃあないッ、てことをな!」
だから、再度ベルンハルトの胸倉をつかんで引き寄せた。今の己にできる最大の威圧を視線に込めて、至近距離で睨みつけてやる。
それでも、ベルンハルトが怯えることはなかった。彼が彼なりに、国に命を捧げる覚悟のできた政府高官だから、というのもあるだろうが……恐らく、ジョセフがすごむ様よりももっと恐ろしいものを知ってしまったから、というほうが大きいのだろう。
彼は笑った。口元だけで、にやりと。
「もちろん……かの御仁を御せる自信がまったくなかったからだ……。だがまだ十代の君なら……と、思った……の、だが……」
そして出てきた言葉に、今度こそジョセフは
歴戦の勇者であるジョナサンを御せる自信がない、など当たり前だ。そんなことができる人間など、この世にはいない!(とジョセフは信じて疑わない)
だが、それとこれとは話が別だ。
祖父が無理なら、代わりに。経験豊富な戦士が無理なら、代わりに。十代の青二才なら、御せる。そう思っている傲慢。何より、その程度の人間だと思われている、ということ自体が。
ジョセフの堪忍袋の緒を、予備まで含めてすべてまとめて引きちぎった。
「
次の瞬間、黄金の輝きを宿した強烈な拳のラッシュが、ベルンハルトの全身に叩き込まれた。
ただでさえ体格のいいジョセフのパンチに、
ずるり、と床に落ちた彼の下にのしのしと歩み寄ったジョセフは、鋭い視線はそのままにしゃがみ込み、もう一度その胸倉をつかんで顔を引き寄せた。
「それはこれからてめーがする話を受ける代金の前金ってやつだぜーッ、おっさん!」
あまりにも物騒な物言いに、しかし死にかけているベルンハルトはろくに返すことができない。血反吐を吐き、弱弱しく頷くことしか。
だが、どうだろう。そうこうしているうちに、彼の身体はどんどん治癒していくではないか!
「今の
なおこの技、学校で陰湿ないじめをしていたやつにキレて制裁してやったら投獄される羽目になったジョセフが、証拠を残さないで制裁を加えるためにはどうするか悩んだ結果生まれた技だったりする。それだけがんばることになった理由が、やらかした際に毎回行われるジョナサンのシゴキを受けたくなかったから、というのも併せて秘密だ。
この技があったため、実はこの世界線のジョセフは四回
それはともかく。
ジョセフがすごんでいるうちにもベルンハルトは元通りになっていき、半ば呆けながらも普通に立ち上がれるまでに回復する。
そんな彼に改めて睨みながら、ジョセフは最後のつもりで問いかける。
「で。結局てめーはどうしたいんだよ、おっさん」
「……波紋の力を借りたい。サンタナを、君の力で打倒してほしい。これはドイツと王国、双方からの依頼だ」
完全に予想通りの答えにジョセフは鼻を鳴らして、けれど渋々首を縦に振った。
「やれるだけやってみるけどよォ~~……あのおじいちゃんが最大限警戒する相手だ、どうなっても知らねーからなッ! クソがッ!」
なお王様は一級フラグ建築士であるものとする。