「あ~~~~、ちくしょォォーー! ふざけやがってあんニャロー!!」
ベルンハルトが退室し、再び一人となったジョセフはソファの上に座り、膝を抱えるような姿勢で頭を抱えていた。
「そりゃあ俺は免許皆伝もらってるがよォォ~~! だからって俺一人で柱の男をブッ倒せなんて、無茶振りってもんだぜーッ! せめてシーザーがいるならまだしもよーッ!」
そして愚痴を吐き続けていた。
元よりジョセフは、努力や頑張るということが好きではない。本来の世界線のように一番嫌いとまでは言わないが、一番でないだけで嫌いなものは嫌いなのである。
ついでに言えば、面倒ごとを背負いこんでそのうえで頑張るなど、なおのこと遠慮願いたいというのが本音だった。
しかし彼があえて騒ぐような真似をするのは、下手に考え込んでも暗くなるだけだという考えがあってのことでもある。
ふさぎ込むことはいつでも、誰でもできることだから。ならば自分は、そんなときでもなるべく面白おかしく、賑やかに。
彼の中では、お調子者であることと真摯であることは両立することなのだ。
「わかってるぜ……ここで俺がふんばらねーと、あいつらどころかこの国の人たちまで危ねーってことはわかってる……だから俺がやらねーといけねーってことはよー……!」
実際、すぐに方向転換ができる。突然の理不尽を目の前にしても、それに立ち向かう気概はちゃんと持ち合わせているのだ。
やりたくないと言いつつ、ガラじゃないなどと言いつつ、それでもやるときはやる。彼以降のジョースター家がなんだかんだで代々受け継ぐそんな気質は、間違いなく彼の中で熱い炎となって燃え滾っていた。
「あん……?」
だがそのとき、突然部屋の扉が開いた。何の脈絡もなく。
思わずジョセフがそちらに目を向けると、誰もいなかった。すわ心霊現象か、と思ったものの、視線を下げたところに小さな頭が見えた。
「……なんだァ? おい嬢ちゃん、ここは立ち入り禁止……って、オイオイマジか」
そこには、幼い女児がいた。明らかにティーンには遠い見た目。目算だが、八歳に届いていればいいところだろう。
だが、その幼女がまとっている服装は明らかに普通ではない。デザインが、というわけではなくその品質が、である。いや、そのデザインもアメリカやイギリスでは見ないものなのだが。
一応は貴族であるジョセフは、その手の審美眼には多少の自信がある。目の前の幼女がまとう服装はサンタナ王国の伝統的なデザインで、ヨーロッパ人には多少エキセントリックに見えるが、それでも最高級のもので作られたものだろう。
よくよく見れば、頭髪もよく手入れされている。肩甲骨くらいまで伸ばされた豊かな髪は美しい緑の黒髪で、気品を損なうことなく直線を描いている。
肌も、コーカソイドのジョセフ視点では白いとはあまり思えないが、モンゴロイドとして見れば異例なほどに白い。誰がどう見ても箱入りのお嬢さんだ。
そんな子供がただの一般人なはずはない。そしてここは宮殿の中にあるゲストルーム。であれば、推測は容易い。この幼女はきっと王族だ。
そう当たりをつけたジョセフは、それまでの態度を改めて幼女の前で膝をついて見せた。
「……どうなさいましたか、レディ」
「おにーちゃん、だあれ?」
だが、そうした紳士然とした完璧な態度も、幼女にはさほど通用しなかった。ジョセフ自身は己の容姿にかなり自信があるのだが。
ガキには俺の魅力はまだ早いってこったなー、などと軽く自己弁護しつつ、それでもジョセフは態度を崩さず応じて見せる。
「ジョセフ・ジョースターと申します。ゆえあって、こちらにお招きいただきました」
本当なら、無理やり連れてこられて迷惑こいてるとでも言いたいところだが、それは堪える。こんな子供にそんなことを言っても仕方ないし、そもそもこんな幼児が関与しているなどさすがにありえないだろうから。
「ふーん……」
まあそれすらも幼女には理解しづらいことだったのか、興味なさげだ。しかし部屋の中には興味があるのか、周りをきょときょと見渡している。
一方で、無視されたことにジョセフはちょっぴりカチンと来た。
(ニャロッ、このクソガキ! この俺を無視するたぁいい度胸じゃあねーか!)
そして涼しい表情のまま、しかし目元口元を怒りでひくつかせた彼は、報復を決意する。
(いいぜ……そっちがそのつもりなら、こっちにも考えがあるッ!)
そして彼は、懐からロープを取り出した。
「……?」
突然の、しかも黙ってなされた行為に、幼女はこてりと首傾げながらもジョセフをガン見した。正確には、ジョセフの顔の手前にあるロープをだ。
視線を独り占めしたことを確認したジョセフは、手にしたロープを何度も彼女の前で翻して見せる。真意はたった一つ。種も仕掛けもございません、だ。
そうして幼女の意識を完全に引き寄せると、続いて懐からはさみを取り出……そうとして、その手のものは没収されていたことを思い出して内心で舌打ちする。
だが、はさみがないなら他の物を使えばいい。代用できるものならいくらでもある。そう、この身一つあれば、たかがロープごとき楽勝だ。
というわけで、ジョセフはロープを二つ折りにしたあと、右手から人差し指と中指だけを立てて指刀とする。そのまま指刀をロープの曲げた部分に差し込むと……コオォォ、と波紋を練り上げて勢いよく振り抜いた。
波紋によって強化された指は、ほとんど抵抗なくロープを切断する。ジョセフとしては、火を見るより明らかな結果である。
だが、指二本ごときでロープを切るというのは、普通はそう簡単にできることではない。ましてや幼女の身体なら当然で、彼女はいきなりのことへの驚愕もあって目を見開いた。
しかしジョセフはそちらに介することなく、さっさと次に移る。真ん中から切れて二本になったロープを、結び合わせてもう一度一本のロープにする。
そしてその結び目部分を、大きな手で覆う。
開く。当然、そこには結び目がある。
覆う。開く。結果は同じ。
三度、覆った。だが次は、結び目を覆ったままの手を、ロープに沿ってスライドさせていく。
この時点で、実は既に尋常ではないことが起こっている。結び目の位置が移動するなど、普通ならばあり得ない。
だが幼女がそれに気づくことはなかった。まだそこまで世間を知らないのだろう。
しかしさすがの彼女も、ジョセフが覆った手をロープから抜き、そこから結び目が消えていたことには……ロープが元通り、一本の正常な姿に戻っていたことには気がついた。
「えっ!? えっ、えっ、なんで!? どーして!?」
そしてそのあり得ない現象に、目を白黒させながらもロープとジョセフの顔を交互に見つめる。
狙い通りのリアクションを得たジョセフはにんまりと笑う。これこれ、こーいうの、と思いながら。
だがこんなものではない。彼はまだまだ、と言わんばかりににやっと笑うと、ロープをもう一度幼女に見せる。見せてから、自分の手首に巻き付けきつく縛り上げる。
幼女の視線がそこに向けられる。今度は何が起こるのか。そんな期待が透けて見える目だった。
そんな彼女の目の前で、ジョセフは縛っていないほうの手で指を三本立てる。
「スリー、トゥー、ワン……」
そのまま、数字を上げていく。同時に立てた指を順に折っていきながら。
「……ゼロ!」
そして最後の数字を言うと同時に、手首を縛っていたロープを思い切り引っ張る。手首とは垂直の方向にだ。
すると、
「えー!? なんでぇ!? どうしてー!?」
そのロープは、縛っていたときのままジョセフの手首から抜けていた。つまりロープは彼の手首を貫通したことになる!
しかしジョセフはさらに、その縛った形のロープを、結ばれている部分を中心にして手の中に握り込んだ。ぎゅっぎゅと、さながらおにぎりを握るときのようにもみ込んでいく。
そうして手を開くと、そこには……。
「あれぇ!? きえちゃった!?」
そう、何もなかった。あるはずのロープはどこにもない。幼女は行方を捜すようにジョセフの手を両手でつかんでぐいと開いた状態で固定すると、その手のひらをじーっと見つめる。
だがそれでロープが出てくるはずもなく、何も起こらない。
「……すごい! おにーちゃん、まほうつかいなの!?」
それを遅まきながら理解した幼女は、ぱっと顔を上げてジョセフを見た。
「フッフッフ、実はそうなのですよ」
キラキラとしたルビー色の瞳を真正面から受けて、ジョセフはにんまりと笑う。
どうだ、とばかりに胸を張る。子供の相手は割かし得意なのだった。
「すっごーい!! ねえねえ、もっとまほうみせてー!」
だが、子供特有の押しの強さは苦手だ。何せ理屈が通らないから。
しかしジョセフが顔をしかめるより早く、部屋の扉が再び開いた。そうして、何やら中年の男が入り込んでくる。
「見つけましたぞ姫様!」
「げーっ、じい!」
その男を見るや否や、幼女は思いっきり顔をゆがめてジョセフの後ろに逃げ込んだ。
「姫様! お客様の部屋に押し入るだけでなく、ご迷惑をおかけするとは! なりませんぞ!」
「べーっ!」
男は腰に手を当てて声を張り上げるが、幼女も負けていない。ジョセフの影からひょっこり顔だけを出すと、思いっきり舌を出して見せた。
「このおにーちゃんはまほうつかいなんだもん! じいなんてけちょんけちょんだもんね!」
「ああもう……本当、本当にもう、申し訳ありませんお客人……うちの姫様がご迷惑を……」
「あー、いや、それは別に構わねーが……」
巻き込まれる形になったジョセフは、苦笑する。
どうやらこの幼女はこの国のお姫様らしい。するとこの男は、じいと呼ばれていたし守役か何かなのだろうが、この手の人物が苦労するのは洋の東西を問わないらしい。
何せジョセフも、幼少期は似たようなことをしてジョナサンたちを困らせていたのだから。まあ、ジョセフは当時から波紋が使えて、それをいたずらに悪用しまくっていたので、このお姫様のようにかわいげはなかったかもしれないが。
「ほら、やっちゃっておにーちゃん! まほうで! バシーって!」
ただ、ふてぶてしさは当時のジョセフとどっこいのようだ。お姫様は悪びれることなく、堂々と男に人差し指を向けた。さながら名将軍のようだ。
そして生来ノリのいいジョセフは、ノせられるままに拳を掲げて見せた。
波紋の輝きが宿るそれを見て、男がうっとひるむ。お姫様のほうは、突然起こった太陽の輝きにご機嫌だ。
だが彼も引けないのだろう。すぐに気を取り直すと、ぱんぱんと手を鳴らして見せた。
すると、どやどやと兵士たちが部屋の中に入ってくる。全員が銃で武装していて、動きは機敏。スキもない。明らかに訓練された精鋭だ。
おまけに多勢に無勢となれば、ジョセフもさすがに簡単には手が出せない。思わず両手を上げて、ホールドアップだ。
「あーっ、じい、ひきょう!」
「なんとでも仰ってくださいませ。姫様をご立派に育て上げるという使命がありますので。太后様もそれをお望みでございます!」
「うやー! おばーさまのバカ―!」
そうしてお姫様は、ドナドナと連行されていった。
「おにーちゃん! また来るね!」
去り際にキスをよこしてきたお姫様に手を振って、ジョセフは彼女たちと別れたのであった。
やれやれとソファに腰を落とした彼は、そのまま身体を背もたれに預けて天井を仰ぐ。少し前まで多少なりとも彼を縛っていた後ろ向きな気持ちは、きれいさっぱり消えていた。
「……仕方ねーなァ……。あんな小っこい姫様がいるとあっちゃあ、頑張るしかねーじゃあねーか」
そしてつぶやく。
ここまで見越していたとしたら、あのベルンハルトという男は大層な策士だと思いながら。
……サンタナが目覚めるまで、あと少し。
箸休め回でした。しばらくむさくるしいから幼女が出したかったとも言う。
次回、いよいよサンタナが登場!