色々ありましたが、何はともあれユーラシア大陸にやってきました。
いやー、大陸が変わると景色もだいぶ変わってきますね! 動植物の生態系もかなり差があるから、スケッチとかしててとっても楽しい!
もちろん浮かれてるだけじゃなくって、やることはやってるよ。むしろ浮かれてたのは最初だけでしたね。だってまずやったことって、吸血鬼による情報収集のための準備だもん。
しかもアメリカ大陸と違って足掛かりがない分、かなり短期間でかなりの数の人を犠牲にすることになりまして。
ふふ、さすが文明のるつぼユーラシア大陸、広さも人口もアメリカ大陸の比じゃない。おかげで精神的負担の最大瞬間風速がわたし史上最高を記録しましたよ。
ただ、血なまぐさいスタートを切ったユーラシア大陸での活動も、すぐにとん挫することになった。
「何だと?」
「あの、ですので……この辺りに配置してた吸血鬼が、全員死んでました」
そう、吸血鬼すぐ死ぬ。あちこちに配置したのにわりと短時間で全滅しちゃってて、ちっとも網が広がらないのだ。
大量の犠牲者を出したのにその甲斐もない展開に胃が痛いよ(比喩。残念ながらこの頑丈すぎる身体でそれは起きない)。いや、彼らが長く生きててもそれはそれで犠牲者がたくさん出るんだけど……うう。
わたしの心についてはこの際考えないようにするとして、さすがにこれはちょっとおかしい。
なんたって吸血鬼は、他者の生命エネルギーを吸い取って生き続ける生き物。元は人間だし、生物学的には人間なんだけど、はっきり言ってその枠を超えたバケモノだ。殺されてもほとんど死なないわけだし。
「うーむ……まさかとは思うが、こちらの大陸には吸血鬼の天敵か何かいるのかもしれんな」
「あ……そ、そうですね。考えたことなかったですけど、元は人間ですしね」
天敵と言われて、そういえばと思う。うん、これたぶん波紋案件だ。
原作で波紋の修行場として整備されてる描写があったのはチベットとイタリア。距離はあってもどちらもユーラシア大陸だ。いつからあったかははっきりしてないけど、確か波紋の歴史は四千年くらいって言及があったはずだから、わたしの計算が間違ってなければもうあるはずだ。
「ああ、これは早急に調べなければなるまい。あちらでは吸血鬼を使った人海戦術は比較的うまく行っていたが、それがこちらで通じぬとなれば計画の見直しも必要だ」
「はい、お供します」
うーん、いよいよ波紋戦士との戦いが始まるのか……。遂に波紋をこの目で見れるっていう、ファンとしての心理はあるけどやっぱりこの身体がなぁ……。
日光に耐性があるわたしだから、そこまで致命傷にはならないんじゃあないかって予想はあるんだけど、実際どうかは神のみぞ知る。うう、怖いなぁ。
とはいえそれを知っておかないとあとあと困るのも間違いないだろうから、知識としてはちゃんと覚えておきたいところではあるよね。
というわけでカーズ様と一緒に調査だけど……彼が何をしたかと言えば、ずばりシンプルな囮作戦。少し大きめの街で、わりと強めかつ派手に暴れそうな悪漢を吸血鬼にして解き放ったのだ。そして舞台の外から観察する、っていう。
相変わらず、人を人と思わないやり方はさすがカーズ様。わたしにはとても思いつかない。まあ、止めてない時点でわたしも同罪ですけどね。
そして数週間が経って、今わたしたちは小高い丘からその下を眺めている。
視線の先にあるのは、戦闘の様子だ。一対一の、決闘とかそういう類のじゃあない。大勢の人間が、束になって一人に立ち向かっている……普通なら蹂躙と呼ばれる類のだ。
けど蹂躙されてるのは大勢いるほう。当たり前だ、だって襲われてる側は吸血鬼なんだから。
それなのに吸血鬼を襲っている人間たちはどれだけやられようとひるむことなく、吸血鬼を襲い続けている。一人がやられても後ろに続く人間が、それでもダメならその後ろの人間が、さらに、さらに、さらに……という具合で、人海戦術で吸血鬼を圧倒しているのだ。
雷雨という悪天候の中とはいえ、昼は昼だ。あそこまで命を投げ捨てられる人間がこんなにたくさんいるなんて思わなかった。
何より目を引くのは、彼らは明らかに波紋と思われる技を使っていること。太陽と同じエネルギーを持った、吸血鬼を滅する黄金の技。
あれを食らってしまえば、たとえ吸血鬼だろうと死に至る。彼らは数で力の差を補い、誰か一人でもいいから吸血鬼に波紋をたたき込もうとしているのだ。
吸血鬼側も波紋の危険性は既に理解しているようで、必死に近づけさせないように立ち回ってるけど時間の問題だろう。何せ片腕がない。既に一発腕に食らってしまい、自切した結果だ。
原作を知ってると気化冷凍法とか
「まるで一つのエサに群がる蟻だな」
「差し出がましいことを申すようですがカーズ様、虫の蛮勇もそうバカにできたものではないかと」
「……彼らはすごいですよ、わたしにはあんな風に勇気をもって立ち向かうなんてできないです……」
「すんげぇなぁ。ああまでして吸血鬼を倒してぇってのかよ?」
「それだけ吸血鬼が脅威なんだと思います。彼らにしてみれば、生き物としての存続を賭けた戦いなんじゃあないかと」
「……そういうもんかねぇ」
「まあ、わたしたちは天敵って呼べる生き物がいないですからね……」
実感なさそうに首を傾げてるエシディシだけど、気持ちはわからなくはない。
でもわたしとしては、元人間としては、やっぱりああして戦える人々に深い共感を覚える。わたしがそれを実行できるかはさておいて、だけど。
それでも、いやだからこそ。
ああやって立ち向かう勇気は。闇雲じゃない、一人一人が工夫と思考をその一瞬一瞬で続々と繰り出す人々の姿は、まさしく恐怖を克服して、わがものとした人間だからこその勇気の賛歌を高らかに歌い上げてるようにも見える。
……そうだね、ツェペリさん。きっと、あれが人間賛歌なんだよね……。一万年以上生きてもなお、わたしにはたどり着けない境地だ……。
「……各地の吸血鬼も、ああしてやられたということか」
「人間は一応知恵があるからなぁ。何かしらの形で弱点が伝わって、そこから崩されたってとこか」
「そしてあの技術ですな。吸血鬼を滅ぼす見たことのない技術……身のこなしもなかなかのものだ。ぜひ戦ってみたいものです」
マイペースな締めをするワムウは相変わらずだなぁ。
とはいえ、カーズ様たちも理解しただろう。あの技……波紋こそが自分たちの前に立ちふさがる壁だってことを。
「……作戦を練り直す必要があるな。我々にも効果を及ぼしかねないあれへの対策を、まずは考えねばなるまい。しかしエイジャの赤石のための情報収集も疎かにはできん……これは吸血鬼どもに潜んで調べるように指示すればよいとして……ううむ」
さすがにカーズ様の表情が渋い。
今までうまくいってたやり方ができないってなると、誰だってそうなるよね。思わぬ天敵も出たこともあって、かなり機嫌も悪そうだ。あとで慰めてあげよう。
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それから数百年。わたしも一万三千歳くらいになりましたが。
前世で謎とされていた中東近辺の「前千二百年のカタストロフ」の原因の一つが柱の男だったなんて思わなくて、またしてもゴリゴリ精神を削られもしましたがなんとか生きて紀元前十一世紀くらいを迎えました。
わたしが今どうしてるかと言うと、情報収集のため各地に潜む吸血鬼との連絡役みたいなポジションに落ち着いて、あちこちを巡ってる。
カーズ様たちとも一緒に行動はもちろんしてるんだけど、最近は直接殺しに関わる頻度はかなり減ってたりする。
というのもどうもカーズ様、最近は虐殺シーンをなるべくわたしに見せないようにしてくれてる節があるんだよね。優しいんだか厳しいんだかわからない。
でもそれは素直にありがたいので、わたしは今連絡係として各地の吸血鬼とカーズ様の間で情報のやり取りを取り持つお仕事をメインに活動してるってわけ。
なんでそんな仕事があるのかといえば、もはやユーラシア大陸はあちこちで文明が根付きつつあるわけで。特にいわゆる四大文明の地域はそれが顕著で、そろそろ派手に動きづらくなってきてるんだよね。
だから昼間でもある程度活動できるわたしが、伝令役としてうってつけだったのです。
そしてこれまた最近のカーズ様の妙に優しいとこなんだけど、最低限仕事をこなしたらあとはわりと好きにしていいと言われてるんですよ。
なのでわたしはこれ幸いと、あちこちでこの時代の人々の暮らしを詳細にスケッチしたり、記録に書き起こしたりして過ごしてる。おかげでここ百年くらいはようやく素直にフィールドワークを楽しめる余裕が戻ってきた。
うんうん、歴史を学んだ人間が一度は夢見るタイムスリップ(厳密には違うけど)をしたんなら、これはやっとかないとね!
……薄々これもカーズ様の策なんじゃないかって思ったりもするんだけど、藪蛇になるのも嫌だしなるべく考えないようにしてる。
まあそれはともかくですね。実はわたし、最近になって遂に自分の
「……今回はこんな感じでいいかな?」
水面に映り込んだ自分の顔を確かめながら、一人頷く。
その顔は、いつものわたしの顔とは違ってる。ツノは完全に頭の中に納まってるし、顔は幼さ全開じゃなくって大人の女性感あふれる美しさになっている。
さらに言えば身体も五十センチくらい伸びてるし、スリーサイズもボンキュッボンなダイナマイトボディ(死語)だ。わたしの身体がもしも順当に成長してたら、こうなってたんじゃないかって感じの姿だね。誰がなんと言おうと、わたしはきっとこんな感じになってたはずなのだ。そうったらそうなのだ!
……で、これは一体何事か、って言えばずばりわたしの
……いやいや
いや戦いで使えないわけじゃあないんだよ。究極生命体になったカーズ様のような凶悪さや万能さはないけど、それでもかなり幅広い変身が可能だ。
いい例としては、翼を生やして空中戦ができる。そこから【コンフィデンス】を使えば、一方的に攻撃ができるわけで。やったらやったで吐きそうになるけど……っていうかなったけど。身体が頑丈すぎてそんな気分になっただけで済んじゃったけど。
そんなわけだから、今は完全に変装用だ。何せ素の姿で人間社会をうろついてると、色々不都合があるんだもん。良い人は親はどうしたとか言ってくるし、悪い人はさらって売り飛ばそうとするし。ろくな目に遭わない。
その点この
なんなら他の動物にだって変身できるから、本当に便利で便利で仕方ない。中身はそのままだから長時間は無理だし、ある程度ダメージ受けたりすると元に戻っちゃうけどね。
「……やー、賑やかだなぁ。やっぱり中国はすごいところだ。さすが、四千年の歴史だねぇ」
そうやって大人モードになったわたしが今いるのは、ちょうど易姓革命が起った直後の中国。その覇者たる周王朝の都、
いやーまさかわたしが歴史に興味を持ったきっかけのマンガにも出てきたあの街を、実際に歩けるとは思ってなかったからね! 憂鬱な気分も吹き飛ぶってものですよ! 生きてればいいことあるってホントだね!
え? いやいや、さすがにフィールドワークは仕事が終わってからにするよ!
そんなファンのうんちくはともかく、実際はそんな簡単に王朝が切り替わるなんてことはない。内政をしっかり充実させる必要があるのはもちろん、軍事的にもやらなきゃいけないことがたくさんあって、この街どころか各地が賑やか……っていうよりは騒がしい。
カーズ様にしてみればそうやって荒れてる時代のほうが暗躍しやすいんだけど、内乱の時代はろくにエイジャの赤石を探せないから一長一短って言ってた。
ただ、どっちにしても吸血鬼が表通りを堂々と歩けるわけもないから、大体はスラム街に落ち着くことになる。
……というわけでばっちり変身と変装を決めたわたしは、今日も鎬京の街並みを歩き回ってその奥のほう、スラムにやってきた。
「えーっと……あ、ここだここだ。すいませーん」
その中にある家の一つで、わたしは声を上げる。
……んー? 返事がないなぁ。
「すいませーん? 留守ですかー?」
もう一度呼び掛けてみたけど、やっぱり返事がない。
おかしいなぁ、どうしたんだろう。二十一世紀なら、ここから推理もののドラマが始まるんだろうけどここ紀元前十一世紀ですよ? そんな事態、そうそう……いやあり得るのか。スラムだもんなぁ。
ここら辺の住人に吸血鬼が負けるとは思えないけど、一応確認するか……と思って中に入ってみたところ。
「……これは」
そこには、不自然な形で落ちた服があった。まるで、着ていた人間だけが忽然と消滅したときのような、そんな。
「どなたかのう?」
思わずそれに近寄ったわたしに、聞き覚えのない声が飛んできた。ここに置いてた吸血鬼の声じゃない。
侵入者……かどうかはわからないけど、それは正直問題じゃあない。そんなことよりも、もっと大事なことがある。
なぜなら、警戒して見せたわたしの目の前に現れたおじいさんは。
コオオォォォ……という、特徴的な呼吸をしていたのだから。その拳に、見覚えのある黄金の輝きを宿して。
最初からそのつもりとはいえ、どんどん便利屋になっていく主人公がいるらしい。
タグに最強じゃない系のタグつけておいたほうがいいかな・・・。