テノチティトランから東へ十数キロ。周囲に人家のない荒野の真ん中に建つ、やたら堅牢な建物こそサンタナ王国の機密施設である。この地下に、テノチティトラン地下遺跡で眠っていたサンタナは移送されていた。
もちろん何重にも閉ざされた鉄壁で囲まれており、万が一にも脱走することは不可能になっている。
そんな隔離空間を観察できる部屋にこの日、王国の要人が集まっていた。現国王を筆頭に、ドイツからやってきたベルンハルト、彼の麾下にて部隊を率いるシュトロハイム、そして目下最終兵器と目されているジョセフだ。
「陛下たちからお教えいただいた情報によれば……吸血鬼の跳躍力は五メートルから八メートル! 発揮できる破壊力は厚さ四センチの鋼鉄板ですら耐えられるかどうか! しかしィィィ……!」
そんなそうそうたるメンバーを前に、シュトロハイムがオーバーリアクションで手を振っている。
「ここの隔壁はッ! 十センチの鋼鉄板が五枚重ねられた、計五十センチッ! 高さも二十五メートルを確保しましたッ! 百パーセント安全だと確信しておりますッ!」
「よし……準備は万端だな」
彼の説明に、ベルンハルトが頷いた。
王もまた頷き、しかしジロリとジョセフに目を向ける。
「さて……いよいよそなたの出番というわけだなジョースター。一昨日はとんだ期待外れだったが……」
「何度も言ったがよォ〜〜……波紋は対生物用の技術で、石化したヤツになんて効くわけがねーんだよ! 何回言ったら理解するんだてめーわ? もしかして
「相変わらず口の減らんやつだ……その調子づいた態度がいつまで続くか見ものだな」
「そのセリフ、リボンつけてそっくりそのままお返しするぜ! ケッ!」
「そこまでにしておけよ、ジョースター……陛下の邪魔は遠慮願おうじゃあないか」
険悪なムード全開の両者の間に、シュトロハイムが割り込んだ。だが口調に反して、その目は「頼むからこれ以上ややこしくしないでくれ」と雄弁に語っていた。
ジョセフもバカではない。ジョセフに対しては強権的で、やたら圧の強い言動を繰り返すシュトロハイムだが、ここに着任してから今に至るまでこのスカポンタンな王サマを相手にして相当疲れているんだろう、と推測するのはあまりにも容易だった。なので、あまり彼に対しては大きく出る気になれないジョセフである。
「差し出がましいことを申しました!」
「よい。そなたはよくできた軍人だ、大目に見ることも王の器というもの」
そしてシュトロハイムは王に頭を下げ、王はあくまで上から目線で満足げだ。
対するジョセフは、二人のやり取りを白けた目で眺めている。彼はここ数日で、「親父には悪いが軍人には死んでもならねー」と決意するに至っていた。仮に自分がシュトロハイムの立場だったら、何回上役をぶん殴っているかわからないから。
「では少佐、準備を開始したまえ」
「ハッ! ……やれッ!」
だがそんな茶番もここまでだ。王が指示を出し、シュトロハイムが応じれば、室内が緊張で満たされた。
さらにシュトロハイムから指示を受けた兵士たちが、壁際に設置された装置を操作する。すると、隔壁内へ血液が注入され始めた。
血液は張り巡らされた細い配管を通り、眠ったままのサンタナへと注がれる。だが周囲が血で満たされることはなく、そのすべてはサンタナが吸収していた。
そうして血を与え続けること、十数分。サンタナがくっついていた柱にヒビが入った。同時にそこから、血が噴き出し始める。
「血が! 血が噴き出しました!」
「飽和したようです! 恐らくこれで目覚めが始まるかと!」
「そんなことは見ればわかる! ええい、このままでは血で室内が見えなくなる! シャワーで洗い流せ!」
「は、はい!」
シュトロハイムに報告を上げたドイツ兵たちに、上下関係を無視して言いつける王。シュトロハイムはこれを複雑な顔で追認する。
兵士たちは顔色を悪くしながらも命令に従い、それまでとは別の操作を行おうとした。
だがそれが完了するよりも早く、隔壁内の変化は進んでいく。柱のヒビがサンタナにまで達し、遂に彼の身体が柱から分離したのである。
と同時に、その身体の色が変わり始めた。完全に石そのものだった外観が、床に近づくにつれて肌色へ……コーカソイドとよく似た白い色へ。同じく石でしかなかった頭髪も金色へ変わっていく。
そして着地したとき、彼は完全に元の姿を取り戻していた。遂にサンタナが覚醒したのだ。
その身体は、ややほっそりとしたフォルムでありながら、しっかりと筋肉がついている。それでいて、間違いなく均整が取れている。
金髪からのぞく角は黒い。それが短くも二本、確かに存在を主張して天を衝くかの如く。
ギラリと鋭い眼光もまた、余人では持ちえぬものだ。そこに多分に含まれた剣呑な雰囲気は、間違いなく吸血鬼との関係を思わせる。
かくして目覚めた彼の姿は。遅ればせながら注がれ始めたシャワーの中で立つ彼の姿は、さながら美を追求した彫像のようであった。
「い……石のような肌だったのが、つやつやと光沢と血色がついています!」
「生き物です! 人間と変わりない生き物です!」
ドイツ兵が二人、交互に声を上げる。
だがそんな当たり前な内容の報告に応じるものは、もはやこの場にいなかった。誰もがサンタナの姿に注視していた。あるものは観察するように、あるものは単なる好奇心から。またあるものは警戒を強め、ごくりと生唾を嚥下していた。
一方、人間たちの心境などどこ吹く風で、サンタナはゆっくりと立ち上がった。もったいぶるような緩慢な動作だ。
彼はそのまま立ち尽くすかのように、ぼんやりと天井を仰ぐ。そこから、やはりゆっくりと周囲に目を向けていく。同時に首を傾げつつ、鼻を鳴らしていて……まるでその姿は、犬が見知らぬ場所に放り込まれたときのような警戒っぷりであった。
「ク……ッ、くくく……」
その様子を見て、王が笑いを漏らした。
「なんだ? これが我々が崇めていた神だと言うのか? 信じられん! クンクンにおいをかぐところなど、まるで原始人ではないか!」
彼はやがて我慢できんとばかりに笑い出し、彼の配下たちも追随して(引きつった顔で)笑って見せたが、ベルンハルト、シュトロハイム、そしてジョセフ以下、ヨーロッパ大陸組は全員が揃って「こいつ正気か?」と白い目を向けていた。
確かに今のサンタナに、神や究極の生物などと思われるような要素はない。それらしい服を纏っておらず、ほぼ全裸であることも拍車をかけているだろう。目を引くような行動をしたわけでもない。
それどころか、ほどなくしてサンタナは身じろぎ一つしなくなってしまった。まるで蝋人形のように固まってしまい、動かなくなったのである。恐ろしい力の持ち主だと聞いていたのに、やけに大人しいのだから確かに勘違いしてもおかしくはない……かもしれない。
ジョセフなどは逆に気味の悪さを感じていたのだが、人間そこまで警戒し続けることは難しい。彼以外の人間から少しずつ緊張感が抜けていき、次第に楽観的な空気が漂い始めた。
そしてサンタナが動かなくなって、少し。遂にこらえきれなくなったのか、王が退屈そうに声を上げた。
「おいおいなんだと言うんだ? あまりにも理解が及ばなくて固まってしまったのか? 思考が追い付いてこないのか? ……フン! どうやら主神サンタナというのも御大層な肩書でしかないようだな! どう見ても大した知能があるようには見えん!」
王は周りに構うことなく、あざ笑った。
彼の言葉に対してドイツ人とイギリス人は「絶対違うと思う」と心を一つにしていたが、口にしない言葉が伝わることはない。
「まあいい……相手がアホならそれだけやりやすいというものよ。おいジョースター、何をボサッとしている。準備をして配置につけ」
「へーへーわかりましたよっと……ったく」
居丈高に言われて、ジョセフはため息混じりに部屋から出た。これから彼は、あの隔壁内に入ってサンタナと対峙しなくてはならない。しかし王の言い方に、やる気がどうにも出てこないのも事実であった。
だが、事態は王が考えているより遥かに早く進んでいた。
「おいジョースター! 戻れ!」
「はあ!? 行けっつったり戻れっつったり、なんなんだよ!?」
後ろから走り寄ってきた別の兵士に、いきなり戻れと言われて困惑するジョセフ。
だが、部屋に戻ってみれば一応納得はいった。
何せ、あれこれとしている間にサンタナが隔壁内から消えてしまっていたのだから。
「バカな!? 一体どこへ消えたのだ!?」
思わず、と言った態度で極小の監視窓にかじりついている王。彼は戻ってきたジョセフに気がつくと、やはり居丈高に声を張り上げた。
「戻ったかジョースター! いいかそなた、しっかり余を守るのだぞ!」
その言葉にやはりため息混じりに眺めつつ、ジョセフは「ダメだこいつ、早くなんとかしないと」と本気で思った。
同時に、せめて武器になるものを持ち帰るべきだったなと内心で舌打ちする。あそこは兵士たちに逆らってでも、強引に油やロープを回収すべきだったかもしれない。
だがサンタナがどこにいるかわからない現状、下手に兵士たちをお使いにやるわけにはいかないだろう。かといって、ジョセフが取りに行こうというのはこの王が許さないに違いない。今年は厄年かもしれないぞと、ジョセフはわりと本気で思った。
一方ジョセフたちをよそに、中間管理職のシュトロハイムはこの状況でも職務を遂行するため指示を飛ばしている。
「いいか、ハッチは絶対に開けるなよ! どこか我々からは見えないところに潜んでいるに違いない! ……それから酸素の供給をストップしろ! 苦しくなって出てくるのを待つのだ!」
「は、はい!」
「そして貴様!」
「はい!?」
「記録のためにカメラを回していたはずだな! 即座に現像してフィルムを持ってこいッ! 我々が目を離した数秒のうちに、何が起こったのか記録されているはずだ!」
「なるほど!? 了解いたしました少佐殿!」
「急げよ! 大至急だッ!」
「な、なるほど。さすがだ少佐、いい目の付け所だな!」
きびきびとした、しかも切れ目のない指示にジョセフも唸る。なるほど、いけすかないやつだが軍人としては間違いなく優秀なのだ、とはっきりわかるやり取りだった。
だが、それでも足りないとジョセフは思った。きっとこの先一時間にも満たないわずかな間にとんでもないことが起こる、という確信すらあった。それは超生物である柱の男……神とも称されたサンタナへの、ある種の信頼とも言えるだろう。
とはいえ、それをただ座して見ているわけにもいかない。放っておいたらこの施設だけでなく、外にも被害が出るだろう。あの小さいお姫様も、もしかしたら犠牲になってしまうかもしれない。
(それだけは許しちゃおけねーよなァ~~!)
だからこそ、ジョセフはこのあとのことに備える。引き受けざるを得なかったこの依頼だが、それでもやると決めたのは己なのだから。ならばそれを貫かねばなるまい。
ジョセフはそんなことを考えながら、待つことしかできない時間をひたすら波紋の呼吸を整えることに費やすのだった。
原作のシュトロハイムの慢心をすべて引き受けさせるために全力でアホっぽいキャラにしたけど、ここに至って遂にボクのあらゆる作品の中でも最高峰の無能が誕生した感じがある。でも後悔はしていない。
王国の行く末やいかに・・・(一応今後のことはある程度は考えてる