観察するような目だ、とジョセフは思った。近距離で面と向かい合ったことで、そうだと確信できるほど様子がよくわかった。
しかし探るような色合いだが、決して出方を伺うような……言うなれば戦うことを主眼とした色ではない。あれはどちらかと言えば、絵を写生するときのような、列をなすアリの群れを眺めるような、そんな……。
「……そちらのお前たちは、俺の民ではないな。その肌の色……顔つき……
そのサンタナが、改めて口を開いた。先頭に立つジョセフと目を合わせ、やはり観察するような視線を隠すことなく問うてきた。
この問いに、一切返すことなく殴りかかるのもアリなのでは、とジョセフは一瞬考えたが……予想以上に話ができそうな雰囲気に、ひとまず応じることにした。
応じながら背中の後ろで手を動かして、逃げろと後ろの面々に伝える。もしこのまま戦いになったら、間違いなく巻き添えが出る。それだけは避けたかった。
あの王様も助かることになるだろうが、いくらアホとはいえ目の前で死ぬのは気が引ける。それに、この際恩でもなんでも売っておけという打算もないわけではなかった。
「……正確にはノーだぜ、神サマ。俺たちはローマの末裔さ。ローマはとっくの昔に滅んじまってる。大雑把に言って1500年くれー前にな」
幸い、歴史の話は得意だ。祖父が本職の考古学者だし、祖母もその影響か歴史をよく語ってくれたからだ。
だが、答えながらもジョセフには一つ気になることがあった。
それは、サンタナの発言。
「滅んだ? そうか……人類史に冠たる金字塔、歴史の定礎と断言できる大帝国だと
答えはわりとすぐに出た。
そして紀元前の時代にそんなことが可能な存在など、ジョセフには一つしか思いつかない。サンタナの同族……すなわち柱の男だ。知れば知るほど化け物だなと、彼は驚きながらも内心に渋面を押し込めた。
「相変わらず、人間とは儚い生き物だな。二千年経ってもなお、俺が導いてやらねばならんか……」
「……どうかな。案外その必要はねーかもしれんぜ?」
「……ほう?」
ぴくりと動いたサンタナの眉を見て、ジョセフはここが仕掛けどころだと腹をくくる。やけに敵意のないこいつなら、あるいはと思いながら。
そう、サンタナには少なくとも人間への明確な興味がある。彼の視線や態度はそういうものだと感じた己の審美眼を信じて、ジョセフは両手を広げて周りの機械を大げさに示して見せた。
「見ての通り、俺たちはあんたが眠りこけてる間に随分発展したんだ。平均寿命だって延びてきてる……案外次に寝るまでの間に、そこら辺が解決する……かも、しれねーぜ?」
「ふむ……確かにその兆候はありそうだ。この眩しい光は、火でも日でもないな……人工的なものか? 一定の光度を保ったまま、長時間照らし続ける技術は二千年前はどこにもなかった……初めてお目にかかるな……。仕組みが気になる……分解したい、が……してしまったら人間の目では見えない暗さになりそうだな」
(よし、釣れた!)
好奇心を煽るような言い方をしたジョセフに、サンタナは目を細めながら、周囲を見渡してそう返してきた。
これでさらに時間が稼げる、とジョセフは内心で拳を握る。なんなら和解だってできるのではと、今までにない期待も湧いてきた。
そんなジョセフの前で、サンタナは視線を足元に落とした。ライフル銃がいくつも転がっている。先ほど絶命した近衛兵たちが持っていたものだ。彼はそれを、無造作に拾い上げた。
「これも……眠りに就く前はなかった武器だ。見たこともない……不思議だ」
そしてそのライフル銃を、しばらくあちらこちらから、ためつすがめつ眺めていた。
が――ほどなくして。
「……これほど多くあるのなら、一つくらい分解してしまっても構わんだろう。どれ……」
彼は銃身をなでたかと思うと、迷うことなく、いとも容易く、そして実に滑らかかつ正確な動きで、完全に分解してしまった。
「な……!?」
「あ、あんなにスムーズに分解を……!」
「あれを覚えるのに数時間かの訓練が必要だというのに……!」
その光景に、一同は戦慄する。
やはりサンタナは、非常に高い知能の持ち主なのだ。それは言語の習得に一時間もかからなかったこともそうだが……手先の器用さも、異次元だった。
「……なるほど、大体わかった。衝撃によって何かを瞬間的に爆発させ、その勢いで金属片を発射する仕組みか……。この筒で軌道を絞ると同時に、動きを安定させているようだな……む? 筒の中にあるこの束のような線は……そうか、ジャイロ効果を企図したものか。うむ……実に合理的だ……」
しかも完全に銃を理解している。してしまった。この一瞬で! 人類がここまで到達するのに、数百年を要したというのにだ!
「それであの威力というわけだな。うむ……人間も進歩するのだな。だが人間同士で使うには過剰な気も……ああいや、そうか。なるほど……こんなものをこれほど量産できるのであれば、俺に対する反感を抱いてもおかしくない、か……」
理解を終えた彼はそのまま、やけに物分かりのいいことを言いながら王に……いや、王の背中に目を向けた。
王は、今まさに部屋から出ようと扉を開いたところだった。ジョセフのジェスチャーはしっかり伝わっていた。王に続いて、生き残った要人たち、さらには近衛兵たちも逃走し始めている。
しかしそれは遅かった。いや……あるいは最初から無駄だったのかもしれない。
「だが――お前は駄目だ」
なぜなら次の瞬間、今まで前評判に反してやけに穏やかだったサンタナの雰囲気が、剣呑なものに変わったからだ。しかしぎらりとした鋭い視線は、王にのみ注がれている。
刹那、銃声が響いた。音源は、なんとサンタナの右手の中。そこから硝煙がうっすらと上がっていた。彼はいつの間にやら手にしていた未使用の弾丸を、手の中で起動したのだ。弾丸の背を指で、人間には不可能な動きと勢いで叩いて。
ジョセフは発射の直前に察知したが、もう間に合わない。音速の弾丸はジョセフを無視して、あっけなく王の膝を撃ち砕いた。
「ぐああぁぁーーっ!?」
「陛下ァーー!!」
王の悲鳴が上がり、どさりと倒れこむ。ほとんど一瞬の出来事だった。
「ライフル弾!? そんな、一体どこから!」
「先ほど分解したときだ……! やつめ、弾倉から抜き取っていたのだ……!」
「弾丸を手で発射するとか……! やっぱ化け物だぞこいつ!!」
シュトロハイムの解説に、兵士たちが恐慌状態に陥りかける。
しかし、サンタナはそちらには目もくれず、王だけを睨んでいた。
「お前たち人間のことはよく知っている。その心理も、完全ではないがそれなりに理解している……だからこそ、俺の民が俺に叛逆したことはこれ以上問うまい。赦そう。殺しにかかったことも……特に赦す。たとえ殺意があったとて、殺すに足るものではなかったしな。見過ごしてやろう。二千年の不在に加えて、そう思って仕方ないだけの進歩があったようだしな……だが」
サンタナが前へ出る。ゆっくりとだが、確かな足取りで。
「
そうして手をかざしつつ、サンタナは断言する。
彼の直球な物言いに、王との付き合いがそれなりに長かったドイツ人の心は一つになった。そりゃそうですよね、と。
おまけにサンタナの言葉は、確かに人間の理屈だった。それは周りの人間に、サンタナがハッタリで「理解している」と言ったわけではないことを理解させるには十分だった。
だが、それでもとジョセフは思う。思ったから、彼は両者の間に改めて割り込んだ。せっかく穏便に話を進めてきたのに、無駄にするのかと自問自答しながらも、彼はそれをやめる気にはなぜかなれなかった。
「どけ、ローマの末裔よ。これはお前には関係のないことだ。俺と、俺の民の問題だ」
「そーね、ま~~……~~ッたくないね。正直、その王サマなんざいなくなってくれてもいいと思っとる……」
「それを理解していながら、なぜ俺の前に立つ?」
「まったくだぜ……実のところ俺もよーわからん。だけどサンタナ神さんよ……いきなり殺すこたあねーと、そうも思うワケよ」
「…………」
「悪いことしたら罰する! これ当たり前ね。そのとーり。でも罰にもちょうどいいやつ悪いやつがあると思わねーか? この王サマがやったことは、いきなり死なすほどの大罪なワケ?」
「…………」
「あ~~つまりなんだ……要するに、俺が言いたいのはだ……」
オーバーリアクションで、ジョセフは話し続ける。後ろでシュトロハイムとベルンハルトが、バカと勇者の間で反復横跳びするような向こう岸の存在を見るような目でそれを見ているが、ジョセフだってそれは覚悟の上だ。
何せ、ここまでなんとか戦わずに会話が成立しているが、そもそも相手は柱の男なのだ。
ここに来た以上、既にサンタナと戦うことは最初から織り込み済み。たまたまサンタナが穏当に接してきたから当初の予定通りになっていないだけで、戦うことになったならそれは予定通りというだけだ。
もちろん、決して余裕があるわけではない。それらしいことを述べているのは、自分の考えをまとめるためでもあるからという意味が強い。
だが、彼は自分の行動が無駄だとは欠片ほども思っていない。なぜなら、そうして話している間にしっかり考えがまとまったからだ。
「……そーだな、あれだよ。やっぱ、どんな裁判でも弁護士って必要だと思うんだよなァ俺。有罪確実だとしても、死刑間違いナシだとしてもだよ、そこは守ってやらにゃならんだろーってな……ま、こいつの弁護なんてやりたくなかったが、そんでも償う余地は与えてやってほしーなと、そう思ったわけだな、ウン」
ジョセフは、やはり思うのだ。どんなに愚かな人間だろうと、償う余地は残すべきだと。
さすがに神殺しが成功していたらジョセフも弁護できないが、現実としてサンタナは無傷だ。彼自身も人間の殺意など歯牙にもかけていないし、殺そうとしたこと自体もはや不問と述べている。
ならば未遂として、多少の減刑は与えてもいいのではないか。それが彼の主張だった。
「ふむ……なるほど、一理ある」
そしてその主張は、大方の予想を裏切り好感触を得た。誰もが嘘だろと言いたげな顔で、サンタナに目を向けた。王もである。
王のリアクションにジョセフ、やっぱ弁護しなくてもよかったかなと思わなくもなかったが……まあ、あそこでただ黙って殺されるのを見過ごすのは俺じゃあねーよなとも思うのであった。
「……よかろう。
そしてそのときは訪れる。人間が柱の男に対して、弁舌で譲歩を得た。それはサンタナが目覚めるまで、誰もが考えていなかった結末であった。
「……俺が言うのもなんだがよー、マジでいいのかサンタナ神さんよ?」
「当たり前だろう。俺は傲慢かつ狭量なギリシャの神とは違う。人間のすべてが無知蒙昧ではないことなど承知しているし、俺
堂々とした答えであった。そのありよう、立ち居振る舞いは、ジョセフですらなるほどこれは神様だと唸る。
千年もの間人々を保護し、導いてきたという神話に偽りはなさそうだと。そう感じるには十分だった。
……だからなのか。それまでとは異なり、場には穏やかな雰囲気が漂い始めていた。
それが油断だったのだろうか。
「海を隔てた彼方より来りし、ローマの末裔よ。この俺を恐れることなく諌めたお前の名が知りたい」
「ん? おお……そーいや名乗ってなかったっけねェーッ」
そうしてジョセフは、大きく腕を動かし、己の顔を親指で示して大見得を切って見せたのだが……、
「俺ァジョセフ・ジョースター! 大西洋の海の向こう、イギリスからあんたに会いに来た男だぜーッ!」
それを聞いた瞬間、サンタナの気配が再び変わった。今までとは明らかに異なる戦意が昇り竜のごとく吹き上がり、全員が「えっこの流れで!?」と泣きそうになりながら再び逃げ始める。
「ジョースター……
そんな神様を見て、どうにかしようと思うものなどいようはずもなく。ここに至って、遂に室内はジョセフとサンタナだけになった。
「その名前……よもやこんな寝起きに聞くことになろうとは! だがッ!
「なんでェーーッ!?」
パーフェクトコミュニケーションだったじゃんよ! とわめきながらも、ジョセフは身構えた。サンタナの言葉が理解できず、顔を歪めながらではあるが。
「ジョセフとやら! お前の力を見せてみろ! この俺に勝てんようでは、他の誰にも勝てんぞ! いわんやカーズをや!」
「……ッ、はーん、そーゆーこと……大体わかった、わかっちゃったぜ……。そーゆーことなら、言われなくとも! あんたで色々と試させてもらおうじゃあないの!」
だが、直後の言葉でその謎も解けた。
ゆえに。
今、遂に神による人への試練が幕を開けた。
かみさま が あらわれた!
→たたかう
さくせん
にげる
なお逃げられる模様(すぐ追いつかれるけど