黒ずみ始めた赤の上を、
「ぬおおぉぉ……ッ!?」
下半身からの激痛に、サンタナが苦悶の声を上げる。効いている。間違いない。
事実、結果としてサンタナの動きは止まり、波紋傷特有の煙が下半身からもくもくと上がり、がくりと膝をついた。下半身が溶け始めていた。
……が、そこまでであった。そこまででとまってしまった。
そもそも、
だがジョセフもそこは考えている。サンタナに射殺された大勢の兵士から流れた大量の血の上まで、サンタナを誘導して見せた。そうしてこの血を媒介にすることで、床と血の波紋伝導率の差を利用して指向性を持たせてサンタナへの一撃としたのである。
おまけに、普通よりも気合と量を込めた。これで間違いなく、行けるはずだと踏んだのだが……問題は床のコンクリートである。これが想定よりも波紋伝導率が高かった。
これにより、波紋は直接の媒介とした血液だけを通らず、床にも拡散してしまったのである。その結果が今の光景だ。サンタナは大ダメージを負いはしたが打倒には至らず、下半身も溶けかけたところでとまってしまった。
「ハァハァ……っ、くそ、なんでここのコンクリ、こんなに
対して、ほとんど一瞬のうちに膨大な波紋エネルギーを一気に使ったジョセフは、久方ぶりに呼吸を乱し始めていた。ティーンになってからは滅多になかった感覚に、思わず顔をしかめる。
あそこは下手に波紋を流し続けるのではなく、一度切り上げて別の技を仕掛けるべきだった。そう思うが、覆水は戻らない。
「ま……まだだ……! 俺は……俺は! まだ動けるぞ、ジョセフ・ジョースタァァーー!!」
おまけにサンタナは、まだ試練を終わらせるつもりがないらしい。歯を食いしばりながらも立ち上がり、なおも攻撃を仕掛けてきた。大きく振りかぶった腕が、たわんで遠心力を伴ってハンマーのように振り下ろされる。
「くっそ、このままじゃあジリ貧だぜ……!」
横に跳んでこれをかわすが、叩きつけられたサンタナの拳は容赦なく床を破壊し、破片を巻き上げた。
もはやサンタナの攻撃に先ほどまでの威力も速度もなかったが、それでも並みの吸血鬼程度には強力なので、冗談にもならない。
巻き上がった破片すら、今のジョセフには危険だ。サンタナから受けたダメージや波紋の消耗からして、正面から殴り合うにはもはや難しい状況なのだ。
だがいつも使っている武器は、ここにはない。銃や刃物が効かないことは証明されている。
そしてこの場にはもう、他に使えそうなものはない。
そう判断したジョセフは……
「やってられっかチクショー!!」
幸いジョセフの立ち位置は、先ほどの回避で出入り口の近くに移っていた。扉も開け放たれたままになっていたので、一直線で部屋から離脱できた。
その背中を、サンタナの槍のような貫手がかすめて壁に突き刺さる。
「ぬう、待て! 貴様、この期に及んで逃げるつもりか!」
ある意味で潔い行動に、サンタナは追いかける。壁に突き刺さった腕はそのままに、身体をそちらに向けて戻す形で高速移動する。
そう、追いかけてしまった。
(かかった! そのまま追いかけてこい!)
計画通りと、背を向けたままでジョセフがニヤリと笑う。
(ヘッ、
だから彼は、地下から地上に向かう長い階段を猛スピードで駆け上がっていく。
呼吸は乱れ気味だが、完全に疲弊しているわけでもない。常人なら不可能な走りだ。
サンタナも同様に息を切らすことなく駆け抜けるが、こちらの場合最も重傷なのが下半身である。そのため通常なら確実に距離を詰められるはずだが、今回ばかりは両者の距離は縮まらない。
ただ、使えるものならなんでも使うというのは、何もジョセフの専売特許ではない。追いかけながら、サンタナは壁を這う配管を無造作に引きちぎって投げてきた。
「ぬぅん!!」
「うおーッあっぶねーッ!?」
人外の膂力で放られたそれは、風切り音を響かせながらジョセフの背中に襲いかかる。
彼はこれをかろうじて回避するが、それは運によるところが大きい。その後も同じことが続けられるとかなり危ういだろう。
だが、その心配はもう必要なさそうだった。
階段を登りきった彼は、その先にある外へ繋がる階段を無視して、その階層の奥へと足を向けたのだ。再び投擲された配管を、再びすんでのところで回避して走るスピードを上げる。
外へ出るための階段は他にないため、一見すると袋小路に自ら飛び込んだように見えるが……もちろん、そんなつもりは微塵もない。むしろ袋小路に入ったのはサンタナのほうだと、ジョセフは断言できた。
そうしてジョセフは、居並ぶ部屋の一つへと飛び込む。
「
と同時に飛んできた油瓶とロープを受け取りながら、扉に閂をかけ、さらに周りにあったものをとにかく扉の前に重ねて重しとする。
一通りの作業を終えたあと、一息ついて汗を手でぬぐう。そのまま扉のほうを向いたまま壁際へ後退する……が、すぐに追いついてきたサンタナが扉を叩く音が聞こえてきた。
「来たな……!」
そうしてジョセフが、自身とは反対の壁際に視線を送るのと、壁が閂や重しごと吹き飛んだのは同時であった。
「ここまでだな、ジョセフ・ジョースター!」
瓦礫と共にサンタナが入ってくる。とても重傷とは思えない威圧感に、しかしジョセフは鼻で笑って見せた。
「そうだな、ここまでだ……あんたがなァーーッ!」
彼が手を挙げた。
その瞬間であった。
「喰らえェェェェい!」
突然サンタナの背後から……つまりジョセフが先ほど視線を送った方向から、男の声が放たれた。
併せて光が灯され、白熱灯とはまた異なる光彩がサンタナめがけて放たれる。
「ぬう!? こ、これは……!」
「これぞ! これぞこれぞこれぞォッ! 我がドイツ軍が誇る秘密兵器ッ!! 我らゲルマン民族が作り上げた、人類の叡智の結晶ッ!! その名も……紫外線照射装置ィィィィッ!!」
声の主は、シュトロハイムであった!
彼の横には、ずらりと並んだ大きな装置。それらにはみな一様に光球がいくつも備えられており、またそれらすべてが尋常ではない光を……紫外線をことさら多く含んだ光を照射している!
「フゥゥハハハハァーーッ! 最大出力が五基だッ! 逃げきれると思うなよォォォォ!!」
「ぐううぅぅぅぅ!! ば、バカな! こ、こんなことが……!」
放たれた紫外線は、レーザーさながらにサンタナを貫いている。
物理的な威力はない。だが光が当たっている場所から、彼の身体が少しずつ石化し始めているではないか。
サンタナは慌ててこの場から離れようとするが、
「おーっと、ここは一方通行! もう出られねーぜサンタナさんよぉ~~!」
いつの間にか入り口を封鎖するように仁王立ちしたジョセフが、それを許さない。
手には一瞬のスキをついて用意されたロープ。油と波紋でコーティングされたそれは、もはや強靭な鞭だ。もちろん、打ち据えられたサンタナはたまったものではない。
「グアアア! ぐ、くくっ、おのれ……! た、ただの人間に……人間の道具に、俺が……この俺が……!」
せめてとばかりに、紫外線照射装置へ拳を伸ばそうとするサンタナだが、既に負傷していた彼の拳は五つあるそれらを破壊しきれない。
既に大ダメージを受けていた下半身が砕けて、サンタナの攻撃は半ばで終わる。紫外線照射装置を一つだけ破壊したところで、彼の上半身がばたりと床に倒れ伏した。
先に装置を破壊しにかかっていれば、あるいは間に合ったかもしれない。しかしサンタナは、まずこの場を脱することを考えてしまった。恐らくワムウならば、逆に考えて状況の打破を企図したはずだ。こういう咄嗟の判断力の差こそが、カーズやエシディシがサンタナを見下す最大の原因だったりする。
「おおおおぉぉぉぉ……! オオォォ……こ、この……結末は……予、想、して、いなかっ……た……が……み、み……ご……、…………」
やがて打つ手を失ったサンタナは、天井を仰ぐようにして手を伸ばし――その状態で完全に石となった。
「……フウゥゥーー……や、やっと終わったか……力を見せるどころか、倒しちまったが……」
だがともあれ終わったと、ジョセフは今度こそほっと息をついた。
それはシュトロハイムも同様で、やれやれとばかりに胸をなでおろしている。だがすぐに姿勢を正し、高慢にジョセフを見る。
「ご苦労だったなジョースター! 俺の
「ケッ、やかましィーわドイツ野郎め! 美味しいところだけ持っていきやがってコノヤロー!」
「フン、礼の一つも言えんのかなァァーーイギリス人はぁぁ~~!? 貴様の武器を持ってきたのも! 奴にとどめを刺したのも! 全ぇ~~ン部、我々ドイツ軍のおかげではないのか……なァァーーッ!?」
「ニャニをーーッ言わせておけばこのキャベツ野郎ッ!」
そうして安堵したところで、言い合いを始める二人。
「……てゆーかシュトロハイム! てめー俺がドイツ語わかったからよかったものの、読めなかったらどーするつもりだったんだよ、アァン?」
「フン、考えが足らんなぁ〜〜! 忘れたか? サンタナは既に英語を理解していたではないか! せっかく秘密兵器のあるここまで誘導させるのに、英語で書いてはやつにも伝わってしまうかもしれんだろう!」
「話してただけだろーが! 文字と言葉は別モンなんだから、行けたに決まってらァ! 俺はヒヤリングはできるが、リーディングはまだ不完全なんだよ!」
……そう、ジョセフがここまで来たのは、シュトロハイムの申し出があったからだ。彼は逃げる直前、持ち込んでいた紫外線照射装置を思い出し、そこへ来るよう血文字を床に残していたのである。
いわく、「必殺の秘密兵器がある」と。そして、「没収されていた武器も取り戻しておくから来い」とも。そうして言葉通り、ジョセフがサンタナと戦っている間に準備を整え、装置を起動して待ち構えていたというわけだ。
もちろんこの秘密研究所の内装をジョセフが知るはずもないので、ヒントも残してきた。階段の壁に少しずつ記していたのである。万が一伝わらないよう、こちらもドイツ語で。ジョセフが登りながらちらちらしていたのは、これを読んでいたからだ。
ちなみになぜ紫外線照射装置がここにあるのかと言えば、原作と異なり吸血鬼や柱の一族に関する情報が早めにドイツに流れていたためである。原作でもシュトロハイム隊の壊滅からさほど間を置かず完成しているので、早まったことでサンタナ戦に間に合ったというわけだ。
「……とゆーかだなァ、おめーこんな隠し球があったならなんで最初っから使わなかったんだよ?」
「あの王様が半分も許可しなかったからに決まっとろーが! 『そんな危険極まりない兵器を我々の前に出すな、殺す気か』だとッ! 許可されていたなら俺とて最初から持ち込んでおったわーッ!」
「あ、うん、そうだな……そうだよな。すまねーな、なんか。大変だったろ、あれの相手……」
「……何も言うな、ジョースター。それ以上はナシだ。イギリス人の貴様からの同情なぞいらん……!」
何かを堪えるように上を向いたシュトロハイムに、ジョセフは色々と察した。あまりにも苦労が偲ばれる立ち姿に、釣られて目頭が熱くなる。
「あの……少佐? お話中申し訳ありませんが、コレ、どーします?」
「……どうしような」
そこに割り込んだ兵士に、シュトロハイムは復活しつつも頭をがしがしとかいた。
「いや、こいつ俺らのことはまったく殺す気なかったみてーだし、戻してやってくれよォ。さっきの戦いも、よーするに神様が人間を見る試練だったしよーッ」
「正気かジョースターッ!?」
擁護してはみたが、案の定受け入れてはもらえなかった。そりゃあそうだ。サンタナとの戦闘の意味を理解しているのは、最後まで会話できたジョセフだけだ。
しかしシュトロハイムたちの気持ちは理解できるので、異なる心境ながらも特に抵抗はせず、頭をかきながらサンタナに目を向けるジョセフ。
石化している。当たり前だが。
それでも、この状態で捕食が可能なことはこの場の全員が知っている。既存の携行できる兵器では、破壊ができないこともだ。
さらに、石になっている以上波紋も通らない。通るようにするには紫外線の照射をやめなければならないが、そうすると当然サンタナは復活するだろう。
ジョセフはそうしたいのだが、それは今しがたドイツ軍に拒否されたばかりだ。
波紋があれば運ぶことは可能だが……、
「重ッ!? いや重いって言うか、持ちづらッ!」
不安定な形状で石化しているサンタナは、持ち運びにあまり適していなかった。
「ジョースター! 今世界の平和は貴様の手にかかっているぞッ! 早いところこいつを運び出すのだッ!」
「うるせー! この国の片棒担いだてめーらにンなこと言われる筋合いはねーぞコラァ!?」
かくして、波紋使いが一人しかいない現状では手詰まりに陥りかけたのだが……そこに穏やかな声が響いた。
「ここは僕に任せてもらえないだろうか?」
と。
その声に、この場の全員が入り口に目を向ける。
いつの間に現れたのか、そこには筋骨隆々な偉丈夫が立っていた。しかしその表情、瞳は柔らかく、春の日の陽だまりのよう。
そんな彼を、ジョセフは知っている。
「……おじいちゃん!?」
そう、ジョナサン・ジョースターその人であった。
【速報】シュトロハイム、無事
書き始めるまではタイマンで試練を終わらせて、和やかに次に進むつもりだったんですけどね・・・書いててサンタナが諦めてくれなかったので、シュトロハイムに〆てもらうことに。
まあこれはこれで、サンタナの戦下手の描写にはなったかなとも思いますし、結果オーライかなと。
なお藍色の波紋疾走の威力云々の話は、完全に独自解釈です。
コンクリートの伝導率も同様。「なんでここのコンクリ~」のくだりは、事前に調べていたイギリスやヴェネツィアのそれと比べての発言ですね。
コンクリートはセメントと水とその他の比率によって強度など色々と変わってくるので、国によって差が出たという感じです。
あ、それと、次回から久しぶりにアルフィーの一人称に戻ります。
今章、こいつ下手したら半分以上不在かもしれない・・・。