Muv-Luv Alternative✖️機動戦士ガンダムOO 地獄に降り立つ狙撃手 作:マインドシーカー
はい。
今回のお話は割と難産でした。
いつものごとくまとめきれず、うまく着地点が見つからず、だらだらと話が続いてしまいました。
ではでは、どうぞ。
イメージOP「imitation/タイナカサチ」
唐突だが、現代において戦場の支配者が航空戦力へと移行したのがいつからだったかご存知だろうか?
戦闘機、爆撃機、攻撃機、強襲機など、航空兵器の種類は多岐に渡る。
ではこの兵器が、「艦船に対して有効な打撃を与える」という事を証明した出来事は?
これが最初に証明されたのは、一説には真珠湾攻撃以前に米陸軍のある将校が提唱した、ある種の「実験」からだったと言われている。
それまでの航空戦力は、上陸作戦や地上戦において、制空権を握る目的で地上目標を攻撃するのを主な任務とした兵器であった。
当時の国家の力であり、軍事力の象徴であった最強の海上兵器である戦艦を含めた海上戦力に対しては、有効打は打てず、補助的戦力としての側面が強いという扱いだ。
そんな中で米陸軍において行われたこの実験は、一定の成果はあげたものの、戦闘時は海上を縦横無尽に駆け回り、激しい対空砲火を上げる艦船相手に有効な打撃は与えられないとされ、歴史の闇に半ば葬り去られる形となる。
その背景には、やはり「大艦巨砲主義」という思想が当時まだ根強くあったのが大きかった。
しかし、1941年5月におけるドイツのライン演習に端を発した戦艦「ビスマルク」追撃戦や、前述した同年の12月における真珠湾攻撃、そしてマレー沖海戦。
立て続けに起こったいくつかの「事件」によって、これまで最強とされた戦艦は「無用の長物」とされた。
「大艦巨砲主義」は過去のものとなり、戦争におけるイニシアチブを握るもっとも重要な要素は制空権と制海権を確保する「航空機と、それを運搬する航空母艦、そして地上基地においては大型の滑走路を持つ飛行場」が最も重要な拠点となっていった。
戦争、そして戦場における主役は航空機へとシフトしていったのだ。
現代史において、ロックオンが生きた時代ではその後も航空機は発展していき、やがてその主役は人型機動兵器であるMSへとシフトしていったが、その時代においてもやはり航空機は重要な役割を持っており、軍事・民間問わず様々な方面で運用され続けていた。
―――――だが、このBETAが存在する世界では違う。
BETA大戦初期、確かに航空戦力は絶対的な戦場の覇者であった。
しかし、喀什噶爾に降りたBETA着陸ユニットの破壊およびBETAの侵攻を押し留めるために中国軍が行なった戦闘において確認された新種BETA―――――つまりは、光線属種の出現によって、人類は発展途上にあった最大の戦力である航空戦力を無力化されてしまう。
そんな状況に陥っている中で、人類はこの状況を打破するためにある兵器を開発する、
月での地獄のような戦闘から得られたデータを元に、航空機から発展させて開発された、人を模した形状の戦闘機。
戦術歩行戦闘機だ。
そして、全ての戦術歩行戦闘機の始祖としてこの世に産み落とされた兵器がいた。
F-4「ファントム」。
世界初の、戦術歩行戦闘機だ。
所謂「第1世代戦術機」と呼ばれるこの機種は、傑作機と呼ばれる程に優秀で堅実な設計だった。
しかし、初期に生み出された戦術機であるが故にその設計は堅実かつ、防御力を重視している上に、アメリカ合衆国でしか生産が行われていなかったため、アメリカ合衆国自身は自国以外の国家を防波堤として国防を行うことを前提としていたため、諸外国への売り出しに必要な生産数が、需要に追いつかない事情から数が揃えられない状況に陥っていた。
そんな状況を打破するために、主な「防波堤」として期待されていたヨーロッパにおいて、F-4の配備がまだ追いついていない時代に諸外国向けに開発された機体。
F-5「フリーダムファイター」。
航空機パイロットの戦術機への機種転換訓練に使われていた練習機であるT-38「タロン」をベース機に、戦闘に耐えうるように再設計され、実証試験もそこそこに数合わせとして多くがヨーロッパ方面へと輸出された軽量戦術機だ。
この2つの機種が、戦術機開発史における始祖と言っても言い程に、後の各国の戦術機開発に大きく貢献している。
そのため、バリエーション機も多く存在するこの2機種は、世界で最も多く運用された戦術歩行戦闘機と言えよう。
これら全てを作り出し、世界にその芽を放ったのは、言うまでもなく当時のアメリカ合衆国。
アメリカは、F-4とF-5が一定の成果をあげると、次世代戦術機開発に踏み切る。
それは、所謂第二世代にあたる戦術機の開発だ。
急務とされたそれに応えたのが、マクダエル・ドグラム社が開発したある戦術機だ。
F-15「イーグル」。
米軍においては、F-4に次ぐ配備数を誇る戦術機であり、1番数が多く存在するのが、一般的に「イーグル」と呼ばれる機種であるF-15Cだ。
日本帝国においては、当初国防における最重要課題であった戦術機の導入に先駆けて、F-4の日本向け仕様機である77式戦術歩行戦闘機「撃震」を帝国陸軍に導入。
そして、そこで得たノウハウを活かして開発されたのは、帝国斯衛軍専用の戦術機、82式「瑞鶴」であった。(日本帝国軍が運用する戦術機は全て制式採用された年で型式が決まっており、F-4Jである77式「撃震」は1977年、その改修機である82式「瑞鶴」は1982年という具合になっている)
そして、帝国軍技術省は77式と82式で得たノウハウを活かし、満を持して次期主力機の開発に着手するも、国産機開発計画は遅延に次ぐ遅延を招き、帝国国防省はこの状況を打開するためにF-15C「イーグル」日本向け仕様によるの試験導入を決定。
これにより、第二世代の傑作と言われた同機をライセンス生産する事で国産第3世代機開発完了までの時間稼ぎを行うことになった。
これが、後の、
そして、これまでの経緯で得たノウハウを活かして開発された初の国産戦術機であり、第3世代に位置するのが94式戦術機「不知火」である。
吹雪はこの不知火の直系であり、前述の通りこの2機種の始祖は89式であり、F-15Cであった。
まだまだ新型の域を出ない不知火は、帝国軍内でも配備数が限られていた。(主な配備先は、国防のメインを担う本土防衛軍や、富士教導隊などのアグレッサー部隊)。
そんな状況の中で、初の国産戦術機である不知火の性能向上を図り、無茶な要求性能を実現するのを目標としてロールアウトした「不知火・壱型丙」は、無茶な改修要項を実現しようとしたがためにピーキーな機体になってしまったため、生産数は僅か100機足らずであり、未だ、帝国軍に配備されている戦術機の大半は、撃震と陽炎だ。
そのため、特技研における次期戦術機改修計画において白羽の矢が立ったのが、第2世代における傑作機であり、帝国軍の戦術機開発の始祖である89式「陽炎」だった。
新たな鷲の系譜は、遥か遠くユーコンの地で実証試験が行われている
横浜基地外苑部、第13試験場。
市街地を模したその場所で、1機の戦術機が実機を用いたテストを行なっていた。
「この・・・!」
F-15J改1号機。
仮称「89式改」の名称で呼ばれるそれは、陽炎をベースに雪風やヘルダイバーで得られたデータを参考に改修された戦術機だ。
頭部デザインを始め、再設計に近い形で改修されているため、最早別物と言ってもいい仕上がりになっている。
山城上総は今、じゃじゃ馬に近い状態のそれを操縦するために躍起になっていた。
『機体挙動に振り回されないで下さい、中尉。』
「・・・っ・・・わかっています!」
その89式改の
『自身で無理矢理に抑えつけようとするのではなく、波の動きに逆らわずに海を流れに乗りながら沖から岸へと戻るように、身を任せる。そう、教えた筈ですが?』
冷ややかでいて、熱の籠った智恵子の声。
互いの機体が、銃火を交える。
銃撃、銃撃、銃撃。
機体の挙動に振り回され気味の上総の乗る89式改の射撃を全て回避し、同じように3回の銃撃を返す雪風。
89式改は激しい動きでこれを回避し、跳ぶように上へと上昇。兵装担架ユニットに射撃兵装をマウントすると、空いた手で脚部の脹脛部分に仕込まれているナイフシースから、近接格闘戦兵装を引き抜く。
「はぁぁ!」
雪風も腰部ユニットからブレードトンファー―――――仮称「横浜製00式中刀」を抜き、互いの刃が交錯した。
F-15J改、仮称「89式改」は、第2世代戦術機を第3世代相当にまで性能を引き上げるフェニックス構想の一環で行われている改修案の1つだが、実際は構想に便乗した形で、特技研において行われている先進技術の立証かつ実用化を目的としているため、雪風やヘルダイバー同様、この世界に於いては未知の技術が多数盛り込まれている。
無論、この機体の改修を行うにあたって口実作りのために米国に本社を置くボーニング社における戦術機開発部門にはある程度の根回しを済ませており、実質別の計画でありながら前述のような扱いになっていた。
この機体の、元の機体からの主な変更点は、
1.頭部ユニットの改修及び換装
2.通信能力その他の向上
3.機体の主機出力の上昇
4.新型の跳躍ユニットへの換装
5.ハイヴ内戦闘を想定した密集地帯における格闘戦装備
6.ヘルダイバー等で試験導入した特殊武装の標準装備化
である。
大きな変更点は、頭部ユニットの改修だ。
従来のデザインを一新し、鳥を思わせる外見は踏襲しながらもその中身は全く別物と言ってもいい仕上がりになっていた。
通信能力その他の向上については、高濃度重金属雲下にあっても、ある程度の長距離通信を可能とする目的があり、また、過去に行われた明星作戦や、それ以前からも作戦中に問題視された「通信能力の脆弱さ」を改善する目的があった。
前述には無かったが、これは並行して戦術機が標準装備しているCPUの能力向上も含まれており、これによって高い電子戦能力を獲得するに至ったという経緯もある。
また、継戦能力を上げると共に、以前ヘルダイバー用に開発されたリニア・スナイパー・ライフルを参考に小型・軽量化され、より接近戦用に取り回しがし易いように改修された新型兵器「リニアライフル」だ。
名前の通りだが、これはハロのデータベース内に残っていたユニオンのMS「フラッグ」が標準装備としていた口径120mmの携帯型射撃兵装だ。
これをアレンジを加えて改修し実用化されたのがLNRであり、実際のところは元の仕様に戻したというのが正しい。
主機の出力上昇によって安定した電力供給が可能となり、これによって実用化されたのがもう1つの兵装だが、これ以上話せば話が脱線していくので詳しい話は後ほどしよう。
現在の陽炎・改1号機は、それらの改修点を踏まえながら、どの程度の機動性、そして戦闘能力なのか、耐久度はどのくらいなのかなどの試験が行われている最中であった。
1号機で蓄積したデータも踏まえて、2号機及び3号機がロールアウトしてくるので、まさに今行われている試験はとても重要な意味を持っている。
山城上総は今、この1号機の主任開発衛士として今回の試験に臨み、仮想敵であり、次席の開発衛士の智恵子の乗る雪風を相手に、89式改は試験場内で激しい格闘戦を繰り広げていた。
「くぅ・・・!」
逆手に構えられた中刀の刃に接近戦兵装の刃が弾かれ、89式改が姿勢を崩す。
その隙を見逃さず、すかさず追撃を行う雪風。
「まだ・・・ですわッ!」
出力が上がった新型跳躍ユニットの噴射による強引な機動。
89式改は横へスライドするように跳躍ユニットによる横噴射をかけ、上段から刃の切っ先を突き立てようとした雪風の攻撃をすんでのところで回避。
そこから姿勢を持ち直して、89式改が片方の手に持っていた武装―――――リニアライフルを構え、彼女がトリガーを引くと、1号機が手に持ったリニアライフルから銃弾が発射される。
『良い動きです。ですが―――――狙いが甘いです』
しかし、銃弾が雪風に命中する事は、無かった。
試験場の外に、2機の戦術機が待機していた。
今回の「89式戦術機の改修計画」において、これを担当するウルズ隊へと配備された予備機の「陽炎」と、もう1機の量産仕様の「雪風」だ。
この2機は、今現在模擬戦を行なっている方の「雪風」と、89式改の随伴機と戦闘データの収集のためにこの場所のいた。
「ヒュー。相変わらず、いい動きするねぇあのお姫様は。」
口笛を吹きながらそう言ったのは、最近ウルズ隊へ編入されたジャン=ポール・ル・エスプラ少尉だ。
ヨーロッパにおいて壊滅した国の1つ、フランスの出身の純フランス人であり、過去にはフランス軍に所属、そこから国連軍へ移籍後、この部隊に“転属”させられた衛士だった。
ウルズ08のコールサインを与えられている彼は今、膝をついてしゃがんでいる「陽炎」の、開放された管制ユニット部から双眼鏡で模擬戦の様子を眺めていた。
『少尉。あまり長く私語をしていると、また大尉に後で小言を言われますよ?』
通信をオンにしたまま喋っていたので、そう釘を刺されるジャン。
「へいへい。了解であります、中尉殿。」
ジャンに忠告してきたのは、彼と同じ時期にこの部隊へ“転属”させられた、衛士だった。
「雪風」に乗る、ウルズ09のコールサインを持つドイツ人の青年、マキシミリアン・フォン・トイテンベルク中尉。
マックスの愛称で呼ばれる彼は、年齢に反して外見はジャンとそう変わらない青年だったため、基地ではもう1人の女性衛士と合わせて3人で行動していた。
「でも中尉。実際、俺たち2人は外から眺めてるだけですよ?記録しているのは中尉の方の機体でですし、実質留守番状態の俺は暇というか・・・」
『そんなに暇なのなら、帰って来た時にはたっぷりと報告書を書いて頂きましょう。』
そんなマックスの忠告を流すようにして言葉を続けたジャンに、別の通信が入る。
聞こえて来たのは女性の声。
少し棘のある声でそう言った彼女は、2人の上司であり、2人が所属するウルズ隊の副隊長であるホークアイ大尉だ。
「・・・あー。謹んで辞退させていただきます、大尉殿。」
視線を泳がせながらそう言った彼に、「ならば、しっかりと黙って、任務に励む事ですね。」と返して、通信が一方的に切られる。
『・・・だから言ったでしょう?』
まったく、と言った様子で、マックスが言う。
「お堅いんだよ…ったく。」
口を尖らせて、実年齢よりも遥か下の少年の小言を言うジャンだったが、それが悪かった。
『少尉。聞こえていますよ?』
切れた筈の通信から、再びホークアイの声が聞こえて来たのだ。
「げっ・・・」
『エスプラ少尉。帰投後、私の所へ来るように』
今度こそ、一方的に通信が切られる。
「
ジャンの虚しい叫びが、横浜の地に少しだけ響いた。
格納庫。
特技研所属の試験部隊「ウルズ」に割り当てられた第4格納庫。
雪風の開発時代と同じ場所に設置された専用格納庫の中には、量産仕様への改修が完了した吹雪改1、3、4号機の「雪風」が3機に、「初風」と、「ヘルダイバー」、そして吹雪から雪風へと仕様変更がなされた最初から量産仕様である所謂「量産型雪風」とも言える「雪風」が2機、3機の「陽炎」と1機の89式改が置かれていた。
3機の陽炎のうち、2機は改修作業中であり、これが後々89式改2号機、3号機となる予定だ。
今現在は、模擬戦から帰って来た4機が順次自分の収納ブロックに機体を収容させている最中であった。
いち早く収納ブロック部への機体の固定が終わった89式改の管制ユニットが開放されると、中から疲れた様子の山城上総が出てきた。
「お疲れ様、カズサ。」
『オツカレ!オツカレ!』
彼女が管制ユニットから出てタラップに移ると、先にそこにいた人物から声をかけられる。
「チトゥイリスカ中尉・・・」
フワッとした笑みで彼女を迎えたのは、この部隊においては古参の1人であり、先任であると同時に先輩にもあたる。
そんな関係性の2人であるが、年齢が近いこともあってジーナの方が上総によく絡んでいた。
「ジーナって呼んでって言ったでしょう?それで、どうだった?この子は。」
今回は主任開発衛士ではないジーナではあったが、過去には「雪風」、そして、「ヘルダイバー」の衛士を務めた彼女は、この改修プロジェクトのオブザーバーの1人として関わっており(メインではないが)、よく上総と一緒にいようとしている事もあって、実機テストやシミュレーターによるテスト時には、常に彼女とこうして機体についての話をしていた。
ジーナに抱えられるようにして一緒に来ていたハロは目を時々点滅させながら、話を聞いている。
このパターンが、習慣化されつつあった。
「やはり、大幅な改修で機体特性は元の「陽炎」に比べると随分違う点。これには、中々慣れないものですわね。」
前述した通り、この89式改は既存の戦術機とは一線を画する機体だ。
挙動も、戦術機動も、武装も違えばそれによって戦闘パターンも異なる。
また、この機体は最初からG-OSを使う前提で設計されており、出力の上がった主機とそれに伴って換装された新型跳躍ユニットが、扱い辛さに拍車をかけていた。
これでは、帝国向けに改修パッケージとして売り込むにはまだまだ改善点が多くある。
「前よりも、扱い易くはなってはいます。ですがやはり、出力を上げれば良いというものではありませんわね。」
この89式改の改修コンセプトの1つは、将来的には陽炎や撃震から不知火へと配備される機体がシフトされていく中で、まだ配備数が足りない第3世代機の穴埋めを兼ねて、陽炎を第3世代相当まで性能を引き上げるというものだ。
つまるところが、この改修パッケージの実用化は89式改の量産化に等しい。
ワンオフであれば、それは確かにピーキーな機体になる可能性は十分にあるが、今回は量産を目指してであり、そのため一番重要な点は「高性能」でありながら、「扱い易さ」を両立したものに仕上げなければなかった。
そのため、出力の向上が得られたからと言って、単に跳躍ユニットの出力を大幅に引き上げればいいというわけではない。
これを扱うのは人であって機械の補助があるにせよ機械ではないのだ。
故に、ある程度出力を絞ってあえて出力が低いもので安定を得なければならない。
丁度良い、という言葉は、おもった以上に現実にするのは非常に難しいのだ。
故に、帝国軍の戦術機に乗る回数が多い上総だからこそわかる点も多く、次席に智恵子が控えているのはそういう事に関して得られたフィードバックをすぐに反映しやすいように、という意味合いが強い。
「ヘルダイバー、あの子も最初はかなり扱い辛い機体だったわ。主な火器管制はロックオンが引き受けてくれていたから、複座の利点が活かせたわけだけれど、それでも色々なところが違うからうまく扱えるようにするには大変な苦労があったの。」
ジーナ自身、「雪風」と違ってほぼ別物への改修が行われた「ヘルダイバー」に乗り換えた当初はかなり振り回されていた経験があったからこそ、上総の気持ちがよくわかった。
「経験者は語る、という事ですわね。ですが、この状態では一般の衛士に扱える代物ではなくなってしまいますわ。」
だが、機体に振り回されるというのは、何も機体自身だけの所為ではないのもまた事実だ。
どんなに優秀な機体を作っても、扱う人間が下手糞であればそれはただの鉄屑と変わらないのだから。
この点に関しては、斯衛の中でも衛士としてはそれなりに優秀な部類に入り、かつ、実戦に身を置くようになってからは激しい戦闘ばかりを経験しているのに加えて、彼女の性分である「負けず嫌い」から、衛士になってたかだか2年足らずと周囲には思わせない、彼女が重ねた血の滲むような努力から、彼女自身の操縦センスは同い年の斯衛の衛士の中では上位の部類に位置していたことから、クリアはしている。
しかし、それでも未熟な部分は多く、また、じゃじゃ馬を強引に扱おうとする騎手のようになってしまっているが故に機体に振り回されているというのもまた事実であった。
単刀直入に言えば、新概念で作られた戦術機という特性に彼女が慣れていないのだ。
「・・・でも、この機体を扱い切れないのは私が未熟だからこそ。それに関しては、89式改ばかりのせいにしてはいられませんわ。」
「わかっておられるようで、安心しました。」
カツ、カツ、と、小さな金属が鳴り、その音が近づいてくると、止まる。
聞こえてきた声は、
「お姉さ・・・志波少尉。」
先程、仮想敵役をしていた「雪風」に乗っていた志波智恵子であった。
「お疲れ様です、中尉。」
彼女は89式改の次席開発衛士であり、現状は機体に振り回されてしまっている上総の教官役を兼任している。
現在、改修作業による機体組み立て中の2号機の衛士になる予定である智恵子は、それまでの間、機体開発における問題のブラッシュアップを上総との模擬戦やシミュレーターテストを通して行なっていた。
「“人馬一体”の精神。これは、どのような局面においても重要な心構えです。一方向からではなく、様々な方向の意見に耳を傾け、時には否定し、時には受け入れ、そうして人と馬は心を一つに、巧みな連携を生み出す。」
「分かっていますわ・・・私はこの89式改を乗りこなせるようにならなければならない。でなければ・・・ここにきた意味も、見失ってしまいそうだから。」
下唇を噛みしめ、悔しそうに言う上総に、智恵子は優しい声で言う。
「だからこそ、私がいます。チトゥイリスカ少尉もいます。みんながいます。」
ジーナと智恵子は笑みを向け合い、そうして智恵子は落ち込んでいるような上総の頭を撫でる。
「大丈夫です、少尉。次も頑張りましょう。」
「・・・・・っ・・・」
同期の斯衛の黄色である篁唯依のように、彼女また別の意味で自分責めて反省する悪い癖があった。
それを見抜いている智恵子に頭を撫でられた事で、その意味を理解した上総は顔を赤くして弱々しく手を払おうとする。
智恵子も彼女の性格を知ってか、大人しく手をどかす。
「さて・・・ではそろそろ、報告書をまとめるために、着替えて汗を流したら戻りましょう、少尉。」
優しく微笑む彼女。
上総は歩き出すと、声を裏返しながらこう返した。
「わ、分かっています!」
ずんずん、と立ち去る彼女とそれを追う智恵子の背中を、ジーナは笑みを浮かべながら手をひらひらとさせて見送った。
「89式改の今回の模擬戦で得られたデータですが、やはり機体挙動に様々な問題が生じているのは、新しく開発された新型の跳躍ユニットの出力が高すぎるのが原因のようです。」
特技研、次世代戦術機開発部。
そこに割り当てられた部屋には、設置されたいくつかのモニターと、そこにあるデスクには今までのテストでは報告書が山積みになっている。
今現在、模擬戦で得られたデータを下に、これからの改善点について、開発に関わるメンバーで集まって話し合いが行われていた。
ここに集まっているのは、ウルズ隊の面々に加えて新たな装備の開発に関わる技術者も多くいる。
「新たに改修した跳躍ユニットを調達するか、或いはこの新型跳躍ユニットの出力を絞るためのリミッターを新たに設けるか、という話になってきます。」
「或いは、不知火のように機体各所に設置するブレードアンテナや補助翼によって機体バランスを整える・・・などでしょうか?」
技術者の間で意見交換が交わされる中で、リーバーやリヒティ、一足先に戻っていたジャン達はその話を部屋の端で聞いていた。
「技術者連中はいつでも楽しそうで」
「それが仕事だから仕方ありませんよ。」
「その楽しみを奪ったりしたら、多分あの人たち、死んじゃうわよ?」
様子を眺めながら喋っているのは、ジャン、そしてマックスにエイミー・J・ヴァイオレットだ。
「山城中尉、戻りました。」
「志波、戻りました。」
少しして、簡単な報告書をまとめた上総と智恵子が戻ってきた。
「おお、二人のお姫様のご帰還だ。」
ジャンが2人を見ると茶化すように言う。
「からかうな、ジャン。」
「わかってるよ、リッパー先輩?」
軽口を叩き合う2人。
「おかえりなさい、中尉、少尉。」
技術者の1人が2人に気づくとそう言った。
「こちらが今回のテストの簡単な報告書になります。詳しい報告書については、今回のデブリーフィング後に」
「わかりました。それでは、主役も揃いましたからデブリーフィングを始めましょう。」
上総に話しかけた技術者がそう言うと、今回のテストのデブリーフィングを開始した。
東京。
その場所は、第2首都としての機能を持ち、現在はBETAの支配下に落ちた京都ともう1つ、首都機能が集中している場所であった。
首相官邸を含めて、国会議事堂などすべてがその場所にあり、首都機能の殆どはこの場所に集約されていた。
その場所に、帝国軍技術廠はある。
そこでは、日夜様々な機体開発や兵器開発が行われていた。
その場所に、足を運んでいた人物がいた。
「・・・・・ヒュー。」
ロックオン・ストラトス。
彼は今、ある物を手にある人物とコンタクトをとるためにこの地に赴いていたのだ。
「戦争状態にある国とは思えない栄えようだね、ミスターヨロイ?」
「日本帝国未だ健在ということでしょう。」
軽口を言い合う2人は、やがて帝国軍技術廠のある建物へと到着する。
正門前には、1人の帝国軍士官が立っていた。
「お待ちしておりました。」
彼はそう言うと、2人を声門の中へと招きいれ、建物の中へと案内する。
階段を上がり、長い廊下を歩いていくと、1つの部屋の入口に到着する。
2人を案内した士官が戸を叩くと、中から「入ってくれ」という声が聞こえてきた。
彼はその声を聞くと、「失礼します」と言って戸を開け、2人を部屋へと招き入れる。
「ようこそ。帝国軍技術廠第壱開発部副部長の巌谷榮二中佐と申します。鎧衣課長は、相変わらず元気なようで何よりです。」
中にいたのは、顔に大きな傷痕がある厳しい印象を受ける男性だった。
巌谷榮二中佐。
帝国軍においては、斯衛問わず伝説になっている現役の衛士であり、今現在は帝国製戦術機の未来のために働いている。
「そこの彼が、”横浜”からの使者でしょうか?」
「ええ。」
鎧衣に促され、ロックオンは1歩踏み出すと彼の前に立って手を差し出して自己紹介を始める。
「国連軍太平洋方面第11軍所属、横浜・特別技術研究部試験部隊「ウルズ」隊長、ロックオン・ストラトスだ。階級は少佐であります、中佐殿」
フレンドリーな笑みを向けながら、彼はそう自己紹介を締めくくる。
「巌谷榮二だ。・・・ほう?君があの、明星作戦で我が軍の部隊の撤退を助けてくれた謎の部隊の隊長か。」
差し出された手を握り、握手をしながら巌谷はそう言う。
「謎の部隊・・・なるほど。確かに言い得て妙ですな。」
はっはっは、と笑いながら言う鎧衣。
「まあいいさ。うん、君は堅苦しいのは苦手と見える。その妙な敬語はやめて、腹を割って話そうじゃないか?」
細かいことは無しにしようといった様子の巌谷に、ロックオンは待ってましたといった様子で返す。
「助かるよ、ミスターイワヤ。さて、長話もなんだ。本題といこうか?」
「ああ。まあ、立ち話もなんだ。2人とも、そこに座ってくれるかな?」
巌谷はそう言うと、部屋に置かれたソファを指さした。
そうして3人はソファに座る。
配置は、ロックオンと鎧衣は隣同士で、巌谷はそれに向かい合うように座っていた。
「さて、改めてだが・・・まずはこれを見て欲しい。」
彼はそう言うと、持ってきていたカバンの中から1つの書類を取り出した。
それを、中央のテーブルに置き、巌谷の方へとスライドさせる。
「これは、あんたを通しての帝国軍への提案だ。」
そこにあったのは、あるものに関する書類と、現在横浜で進められているある計画に関する書類だ。
「俺たちは今、アメリカで進められている「ある戦術機の改修計画」に乗っかる形であるプロジェクトを進行させている。」
「・・・」
書類に目を通している巌谷を見ながら、ロックオンは続ける。
「あんた達が進めているある計画。俺たちのプロジェクトとそいつは、同じ会社と関りを持ってるのは、あんたも承知の通りだよな?」
彼が言っているのは、現在技術廠内で進められているある計画―――――不知火の改修計画である、「XFJ計画」と呼ばれる日米の戦術機共同開発計画のことであった。
ロックオンがこれを知っているのには、様々な複雑な経緯が絡んでおり、これは山城上総という少女がウルズ隊へと配属された理由にもなっていた。
「俺が持ってきたのは、その計画に少しでも助けになればと思ってな。」
「・・・・・これと引き換えに、君が・・・、”彼女”は、何を我々に望んでいるのかね?」
それを聞いて、ロックオンは笑みを浮かべてこう言った。
「その計画に、俺たちも1枚噛ませろ。単刀直入に言えば、そういうことだよ。うちのボスは、自分にとって利益になることに関しては、手間を惜しまないタイプみたいでね」
「しかし、君がこうして持ってきたこの書類。ここにある内容を見れば、別に我々を介さずとも、いい話だろう?」
巌谷の言う事は最もである。
国連軍であり、オルタネイティブ計画に属するロックオンが率いる特技研による次世代戦術機開発、および既存の戦術機改修については、別段技術廠に協力を申し出なくとも、できないことではないのだ。
「君たちの、「プロミネンス計画」への参画は。」
プロミネンス計画とは、今現在アラスカ・ユーコン基地において行われている先進戦術機開発計画の通称だ。
「いいや。」
しかし、ロックオンは首を横に振る。
「あの計画は、計画に関わる人間が俺たちが進める極秘計画に反発して行っている計画だ。だからこそ、俺たちにとっては違う畑で動くことになっちまう。だが―――――」
だからこそ、ロックオンは言う。
「俺たちの持つ技術は、アメリカを含めてもどの国の追随をも許さない。それは1度、あの作戦で示したが・・・残念ながら、忌々しい爆弾のせいであまり表舞台には、出回っていない」
その技術を世界で共有するには、プロミネンス計画に参加する以外にない。
あそこで行われている計画の目的の1つに、先進的な戦術機を開発するうえで、様々な国の技術を意見交換することで共有するというものがある。
それは、国家の垣根を超え、BETAとの戦いを1日でも長く戦えるようにする日々研鑽を重ねている人間たちが集まっていることに他ならない。
「嫌われ者が仲間はずれから仲間に入るにはどうすればいいと思う?」
ロックオンの質問に、巌谷はこう答える。
「八方美人を通して、仲間に入れてもらうというわけか。」
「その通り。」
指を銃の形にして、そう返すロックオン。
「で、そうした上で君たちになんのメリットがあるのかね?」
今度は、巌谷がそう聞き返した。
「俺たちは、ただ人類の存続のために日々戦ってる。それはあんたたちも同じだろう?」
ロックオンは続ける。
「勿論、俺たちにとってのメリットは薄いさ。計画においてのメインどころではないからな、俺たちが進める計画自体が。」
だが、と更に続けていく。
「強いて言うなら・・・そうだな。俺たちの計画に多少なりとも理解を示してもらえればいいし、俺たちの技術が人類が戦い続ける終わりのない消耗戦の寿命が1日でも伸びれば、夢想が理想に、そこから現実にシフトできる。だから、そこに近づくための小さな1歩に、これが必要なんだよ。」
巌谷は、ロックオンの目を見ていた。
彼は思った。
少なくとも、彼の前にいる青年は、嘘を言っていないと。
「こちらからも根回しをしておこう。勿論、ボーニングの方にもだ。」
だから彼は、そう答えた。
「交渉、成立ですかな?」
それを聞いて、鎧衣が言う。
ロックオンが、巌谷を見つめる。
笑みを浮かべた巌谷は、立ち上がると、今度は彼の方から手を差し出した。
「ああ。これからもよろしくお願いするよ、少佐。」
「こちらこそ、イワヤ中佐。」
ロックオンも立ち上がると彼の手を握り、2人は再び握手を交わした。
この日、密会によって交わされた契約によって、アジャイルイーグル・プロジェクトはXFJ計画とともにプロミネンス計画へ参画することが決定した。
この巡りあわせが、後にどのような結果を生みだすのかは、まだ誰も知る由もない。
―――――あんたの名前は?
―――――楽しいレクリエーションの開始だ。
―――――あたしのアクティブと、あんたのアジャイル。どっちが強いか、白黒つけようぜ。
―――――ここが、アラスカ・ユーコン基地。
―――――私はここで、何をなせばいいの?
次回「アルゴス対ウルズ」