Muv-Luv Alternative✖️機動戦士ガンダムOO 地獄に降り立つ狙撃手   作:マインドシーカー

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この小説は、ご覧の作者の提供でお送りいたします。

今回もゆるーくだるーく。

イメージOPはドラマ「クライシス 公安機動捜査隊 特捜班」より「I Need Your Love」。

後半は正直蛇足。


story05「逃げる勇気」

あれから更に数日が経過していた。

その間に、半ば強引に発足された「特殊技術研究部」―――――通称「特技研」によって、様々な新技術の評価試験が行われる事になる。

すぐに着手したのは、既存のOSの改良だ。

 

機体挙動の問題。

 

ロックオンはまず、そこに着目した。

ガンダムデュナメスに積まれているOSならいざ知らず、ロックオンのいた世界における各国陣営のMSのOSは、その全てが2足歩行をする兵器を用いるものとしては非常に完成度が高いものであり、それによって人間的な動作もまた可能であった。

無論、戦術機とてそれは可能であったが、その挙動にはあまりにも差がありすぎたのだ。

 

それは、実際の戦闘にも現れていた。

五分にも満たない短い戦闘であったが、あの最初に滑走路で行われた戦闘においてそれが一部なりとも証明されていたのだ。

 

「そこでまずは、既存のOSの改良を最優先に行うと?」

 

今現在は白陵基地の訓練校の教官をやらされている神宮寺まりも軍曹は、特技研への派遣という形で呼び出され、話を聞かされるとそう返した。

 

「そうよ。貴方には、ここにいる彼と一緒にその評価試験に付き合ってもらうわ。」

 

目の前に立つ、この基地のもう一人の支配者たる女性―――――かつては学び舎を共にし、友人同士であったが、道が違えば立場も変わってしまった香月夕呼にそう言われる。

 

「命令とあれば、従います。しかし、それでは訓練に支障が・・・」

 

当然といえば当然。

現状、この基地の訓練校における教官はまりも一人と言っても過言ではない。

故に、ここで「こんな事」に付き合わされては、彼女の教え子達へ割く時間が少なくなってしまう懸念があった。

 

「ああ、それは大丈夫よ。評価試験と言っても、実際のところはメインはこちらで進める。貴女には、訓練が終わった後にある時間でできるようにスケジュールを調整しておいてあげるから。」

 

「・・・それは、構いませんが。」

 

腑に落ちない様子のまりも。

それは、当たり前の反応だ。

なにせ、戦術歩行戦闘機を動けるようにしたOSというのは、一朝一夕で作れるような代物ではないのだ。

長い時間をかけて、徐々に洗練されてきたシステムだ。

故に、そう簡単に「改良する」なんて言える代物ではない。

 

「大丈夫よ。数日中に、結論を出してあげる。」

 

まるで悪戯を思いついたような顔で、夕呼は断言した。

 

そしてまりもは、数日後に夕呼が言った事の意味を理解する事になる。

 

 

 

 

 

『これは・・・!』

 

基地の一角。そこは、戦術機の操縦を学ぶべく用いられるシミュレータが鎮座する区画であった。

そこで、シミュレータ内での「新OSの仮想空間における評価試験をやる」と呼び出されたまりもは、目の前の状況に対して舌を巻くばかりであった。

 

『私が・・・捉えられない・・・!?』

 

管制室でシミュレータにおける仮想空間での戦闘状況をモニターしている夕呼は、焦るまりもの声に悪趣味な笑みを浮かべていた。

 

神宮寺まりもという女性は、帝国軍の過酷な訓練で生き残り、晴れて衛士になった人間の一人だった。

初陣は、九六作戦時の大陸での戦い。

初陣では部隊全滅の憂き目に遭い、訓練生時代の友人を喪ってしまう。

以降は、死に場所を求めるように戦い続け、死地での戦いは皮肉にも彼女の操縦センスを開花させ、最終的には富士教導隊の一員になるというところまでいった。

 

富士教導隊の衛士たちは、一人一人が一騎当千の強者達だ。

その一人が、20代前半のうら若き乙女だったのだから、周囲からは尊敬の眼差しと畏怖の念を同時に向けられていた。

 

そんな彼女をヘッドハンティングして、自分の計画に巻き込んだのが香月夕呼だった。

だからこそ、夕呼は彼女がどれほどの腕前の衛士であるかを知っているし、故に彼女を選んだのだ。

新たなOSの実験台に。

まずは、踏み台になってもらうために。

そうして、戦闘はやがて最終局面へと突入していく。

 

 

 

「くっ・・・!」

 

右への咄嗟の噴射跳躍。

 

「挙動で勝る不知火を相手に、撃震でここまでやるだと・・・!?この私をここまで追い詰めるなんて・・・!」

 

神宮寺まりもは、焦っていた。

呼び出され、促されるままにシミュレータへと押し込まれ、始まった「新OSの評価試験」。

自分の乗る機体は94式「不知火」に対して、相手側の機体は77式「撃震」。

性能差は歴然であったが、過去には世代で劣る戦術機で当時最新鋭だったF-15Cを落としたという前例もある。

しかし、今現在の自分の機体と相手の機体の性能差は、世代だけでは覆せない要素が多かった。

こちらは第3世代機であり、新鋭の部類の機体だ。

対して向こうは、すでに実戦投入から10年以上経つ第1世代機のしかも最初の機体だ。

だからこそ、少し油断していたというのもあった。

 

しかし、目の前の撃震は不知火に対して、互角の戦闘をやってのけたのだ。

 

まず、相手が選択したのは射撃戦であった。

無論、射撃戦に関してはお互いの技量が影響するということもあり、評価試験としてはあまり意義が強くない部類に入る。

しかし、焦れたこちらがわざと格闘戦を挑んだことによって、それが失敗であった事を悟った。

 

セオリー通りの格闘戦。

しかし、この状況においてそれは失敗だった。

 

挙動で上回る筈の不知火。

鈍重な撃震。

ましてや、彼女の技量は高い部類に入る。

故に、彼女は油断した。

 

後ろから追い縋り、噴射跳躍を多発させ、着地の一瞬の隙を狙っての斬撃。

しかしそれは、彼女の思惑を大きく外れて、避けるどころか反撃に使われてしまった。

 

本来のOSにおいては、まず最初の挙動が噴射跳躍からの着地、そこからの次の行動を行う場合に、コマンドを入力してしまうとその動きが優先されてしまう。

さらに、そこで強引に違う動作をしようとすれば、多少なりともタイムラグが発生してしまうという欠点を持っていた。

ベテランの衛士であれば、長い蓄積データによってある程度その挙動のデメリットを埋めることは可能だが、初陣の衛士でそれをするのは不可能だ。

だからこそ、彼女はあえて対人戦であるがゆえにその隙を狙った。

 

しかし、彼女の目の前で起こった光景は、

 

撃震が着地寸前に機体の姿勢を変え、

 

ワザとバランスを崩すと、

 

その勢いを利用して逆噴射をかけ、

 

こちらの斬撃に合わせて、既に抜いていた長刀で反撃してきたのだ。

 

無論、虚をつかれたまりもの不知火は、思わぬ撃震の反撃によって肩部ユニットを損傷してしまう。

明らかに目の前のが撃震の挙動は、機動性で勝る不知火を超えていた。

 

以降、次々と今まで自分が知り尽くしていた戦術機での格闘戦のセオリーを完全に逸脱した柔軟性の高い動きに、性能で勝る不知火に乗りながらまりもは追い詰められる形になる。

 

「撃震が、ここまで動くなんて・・・!相手は一体・・・!それに、あれは既存の戦術機でやれるような動きじゃないわ・・・!」

 

行動のキャンセルと、コンボの概念。

それは、例えば「歩く」「走る」「跳ぶ」といった動作を、一つずつの動作として処理するのか、それとも行動のキャンセルを行うことで起こるタイムラグを無くし、より早い動きで次の行動に移すといったものだ。

これが、新OSにおける根本だった。

処理速度を上げることによって、この挙動を可能とする。

それにはまず、高性能なCPUが必要であった。

そしてそれを用意するために、使ったのだ。

 

ロックオンのいた世界の情報処理技術を。

 

これによって、従来のCPUよりも遥かに高性能な試作型のCPUの開発をすることができた。

ご都合主義ではあるが、偶然にもそれの実現は、従来のCPUを「多少いじれば」どうにかなる代物だったのだ。

正直言えば、そこにかかった時間は3日完徹くらいはやってのけないとできない話ではあったが。

次に行われたのは、当初の目的のOSのアップデート。

デュナメスのOSのデータの他、何故かハロのデータベースに存在した情報処理技術を元にして、新OSを作成。それを戦術機用に落とし込んで、用意された専用シミュレータにダウンロードし、今まさにその実験台にまりもがされていたのだ。

 

だからこそ、まりもが相対する撃震は、従来の撃震では考えられないような動きをしていた。

同時に、シミュレータ上だからこそできる限界機動を行なっていたわけだが。

 

「しまっ・・・!」

 

仮想空間における戦闘エリアは、廃墟となった市街地だった。

高い機動性を活かして縦横無尽に動き回る不知火に、逆に追いすがる撃震。

本来は逆の立場であって然るべきなのにも関わらず、その戦闘はありえない挙動をする撃震によって撃震側有利に動いていた。

そして、一瞬の隙を不知火が見せる。

 

「この距離では・・・!」

 

さっきの撃震の咄嗟の動き。

今現在は、撃震の立場が自分の不知火であった。

 

一瞬の隙が生じて、そこに突撃砲と長刀を持った撃震が不知火の眼前に現れる。

 

「(やられる・・・!)」

 

しかし、撃震からの攻撃が不知火に襲いかかることはなかった。

 

『機体強度の限界を迎えたことを確認。撃震、行動不能。』

 

仮想空間上で映る目の前の撃震は、機体フレームが限界を迎えたのか、脚部が破損し、蹲る形で行動不能になっていた。

 

 

 

 

 

「・・・なんですか副司令。その笑みは」

 

シミュレータから出てきたまりもを出迎えたのは、悪趣味な笑みを浮かべた夕呼だった。

 

「うちの秘密兵器の感想はどうかしら?」

 

皮肉混じりの問いに、まりもは溜息混じりに答える。

 

「相手の腕前も確かに高かったわ。でも、それ以上にあの撃震の動きは何?」

 

今までのセオリーの全てを覆す動き。

それを実現したものは何かと。

 

「答え合わせは、あんたが相手した衛士から聞くことね?」

 

「お呼びかい?」

 

夕呼の後ろ。

つまりは、自分の相手をしていた人間が乗り込んでいたシミュレータ。

そこから出てきたであろう人間の声がした。

 

「・・・貴方は」

 

二人の方に歩いてきた人物は、飄々とした態度でまりもへと話しかける。

 

「俺が今、あんたの相手をしたパイロットだよ。前に一度、自己紹介をした時にいたメンバーの一人だったよな?」

 

そこに立っていたのは、黒い国連軍制式仕様の衛士強化装備に身を包んだロックオン・ストラトスであった。

 

 

 

 

 

 

先程まりもが相手をした撃震を操縦していたのは、OSの改良と並行してこちらの世界の機動兵器である戦術機の操縦訓練もやっていたロックオンだった。

 

「神宮寺まりも軍曹であります、大尉殿。」

 

敬礼し、ロックオンに返礼するまりも。

 

「ああ、そうだったな。神宮寺って呼んだ方がいいかな?それとも、まりもって呼んだ方がフレンドリーかね?」

 

飄々とした態度で言う彼に、まりもはやはり「軽薄な男」という印象を深めてしまう。

 

「・・・神宮寺とお呼びください。」

 

「オーライ。了解したよ、神宮寺。」

 

向き合う二人に、夕呼が促す。

 

「はいはい、改めての自己紹介は終わりよ。本題は違うところにあるでしょう?」

 

「ああ、そうだったな。」

 

ロックオンは一度、夕呼の方へ向くと再びまりもへと向き直る。

 

「・・・先程も申し上げた通り、私の知る限りではあの「撃震」が既存のOSでやれるような動きではありません。単刀直入に聞きます、大尉。どんな魔法を使われたのですか?」

 

 

まりもは先程、夕呼に言った問いをロックオンへと聞く。

それの問いにロックオンはこう答えた。

「魔法なんてそんな大それたものを使っていない」、と。

 

「強いて言うなら、ちょっとした裏技だよ、裏技。俺が提供した新概念のOS構想。それを現実にできるよう落とし込んで、使えるようにしたのがアレさ。流石に、突貫工事にぶっつけ本番ときたせいで、さっきみたいな事になることも予想できたからこそ、実機ではなくシミュレータを使ったんだがな。」

 

ロックオンの、まるで「飯をうまくするには隠し味を」なんていう感覚の返答に、片眉を吊り上げて不満げな表情を浮かべるまりも。

 

「おいおい。そう怖い顔をしなさんな。折角の美人が台無しだぜ?」

 

息をするように口説き文句を言うロックオンであったが、今のまりもには通用しない。

 

「・・・わかったわかった。たださっき言ったことは嘘ではねえよ。種明かしをするなら、裏技ってのを使って戦術機に積まれているCPUの改良をして処理速度を上げ、それによってOSの限界性能を上げたんだよ。」

 

そこから、彼が新概念のOSについての説明を始める。

その説明に関しては先ほどの戦闘描写の際に述べたため、割愛する。

 

「これによって、従来のOSでは不可能だったスポーツ選手並みの俊敏性と柔軟性を手に入れたんだ。」

 

「・・・なるほど。」

 

「だからこそ、さっきのType77(撃震)Type94(不知火)と同等以上にやれた。だが、さっきも言った通りまだ突貫で作ったせいでまだ試作品の域を出れていなくてね?」

 

彼の言う通り、新OSはまだまだ発展途上のものだ。取り敢えずは、使用に耐えうるだけのシステムを構築できたからこそこうして実際に使ってみているだけであって、製品としての完成度は、精々が「体験版」の域をまだ出れない代物であった。

 

「そういうわけだから、私が貴女を抜擢したのよ。この基地の中でもズバ抜けて腕がいい、貴女をね?」

 

「・・・だからこその、評価試験というわけですね。」

 

予想はついていたが、いいように自分が実験台にされた事を改めて認識すると、どこか言い知れぬ感情が胸中を渦巻く。

 

「とりあえずはこれで第一段階を終了。次は、バグの洗い出しと、量産するためには何が必要か、或いは何が不必要かも見ていかないとね。」

 

「ふふ。色々と課題が見つかったわ。ありがとうね、まりも」と言いながら、夕呼はその場を立ち去ってしまった。

 

「・・・行っちまったな?」

 

取り残された二人。

沈黙を嫌ったロックオンが、そう言った。

 

 

 

 

 

基地施設の外。

「外の風に当たりたいんだが、いいところはないか?」と聞かれたまりもは、普段は夜間にあまり外には出ないが、上官から言われた、ということもあり、訓練校の校庭に似たトラックの方へと案内した。

 

「ふぅ。久々に外の空気を吸ったよ。」

 

国連軍のBDUを着ているロックオンが、背伸びをする。

 

「先程の話だと、長時間に渡って缶詰にでもなっておられたのですか?」

 

堅い物言いで返すまりもに視線を向けると、砕けた態度でロックオンはまりもに言う。

 

「勤務時間外だろう?だったら、上下関係的なのは、緩く行こうぜ?ミス・神宮寺。」

 

笑顔でそう言うロックオンに、まりもは「やれやれ」といった様子で、こう返した。

 

「そうね。それで、残業手当は出るのかしら?」

 

その返しにロックオンは、返答に窮した結果「ミス・香月に相談しておくよ」と返した。

すると、まりもが珍しく笑う。

少しだけ、二人の距離が縮まった気がした。

 

 

 

 

 

 

基地司令部は、再び慌ただしくなっていた。

各地の戦況を表す戦域マップと、様々な戦場の状況を逐一確認するために備え付けられたモニター群。

 

8月下旬現在、この白陵基地を取り巻く状況は、「最悪」と言っても差し支えのない状況だった。

 

中旬後半に起きた京都の陥落。

 

そこから更に続いた度重なる消耗戦によって、帝国軍はジリ貧状態に陥っていた。

国内情勢は混迷の一途を辿り、未だその犠牲者の数は増え続け、帰らぬ家族の安否も分からぬままに逃げ惑う民間人たち。

 

そんな絶望的な状況の中でも、帝国軍は諦めず、奮戦を続けた。

その結果、中越と関東地方に攻め入ってきたBETAの動きを、奇跡的にとはいえ、一時的に停滞させることに成功。

 

これは、日本帝国にとってみれば「好機」だった。

 

首都機能を陥落した京都から東京へと移動させる計画も、既にBETAは神奈川の目と鼻の先であり、第二候補地である仙台へ移すかどうかを検討中だったのだ。

 

これは「反抗」のための好機ではなく、「守る」時間を稼ぐという「好機」だった。

 

戦線を立て直しつつあるとはいえ、現状の帝国軍の戦力では、未だ圧倒的な物量を誇るBETAを対処することは不可能に等しい。精々が、時間稼ぎのための遅滞戦闘が関の山。

 

故に、国連軍もまた、横浜白陵基地に在るAL4の拠点の移転を検討していた。

 

 

 

 

 

 

「既に山梨方面に展開中の部隊は後退を開始しました。じきにこの、横浜の地にもBETAの魔の手は伸びてくることでしょう。」

 

AL4占有区画。

その一角にある香月夕呼のいる執務室で、現状を伝えに来たある人物が彼女と会話をしていた。

 

「潮時、という事ね?」

 

ある人物。

それは、帝国の情報局に籍を置く人物だ。

名を、鎧衣左近。

 

「帝都の魔人」と恐れられる彼は、かつて拘束されたロックオンの情報を彼女に教えた人物でもある。

 

「日本政府は既に、東京へと移転予定だった政府機能は、次の標的となるであろう横浜(ここ)が目と鼻の先ということもあり、仙台へ変更するのが決定している状況です。将軍を含めた斯衛の本隊も、共に仙台へと移転を開始しております。残るは、この基地にある貴女の部署のみです。」

 

AL4(オルタネイティブ第四計画)の本拠地として国連へと租借されている形となっている帝国軍白陵基地。

 

しかし、BETAの魔の手が目と鼻の先に迫った今、計画を潰えさせぬように緊迫する戦況を鑑みて、国連上層部のAL4推進派はこの基地からの拠点機能の移転を帝国へ要請していたのだ。

 

「新たな拠点として候補地として有力・・・と、言うよりかは、既に決定されおります。第二帝都・仙台における帝国軍仙台基地のようですね。」

 

「今は、尻尾を巻いて逃げるしかできないのね。」

 

「仕方のない事です。現状の帝国軍では、この基地を死守する事は難しいでしょう。それに今は、これが最善なのですから。」

 

その会話を、部屋の隅の壁に寄りかかりながら黙って聞いていた第三者が口を挟む。

 

「つまりは、ここを捨て石に逃げるってわけだ。」

 

口を挟んだ第三者-----それは、夕呼のボディガードも兼ねてその場にいたロックオン・ストラトスだった。

 

「状況が状況なの。それが分からないほど、貴方はバカではないでしょう?」

 

彼女はそう返す。

 

「それに、あの機体と、技術提供によって飛躍的に進んだとはいえ、まだ製造すらまともにできない「太陽炉」の研究・開発も、こんないつ前線になるかもしれない場所では満足にできないでしょう?」

 

「・・・そうだな。たとえ今の状況で俺がデュナメスに乗って戦場に出ても、結果は変わらないだろうさ。」

 

戦況は益々悪化し、帝国軍の奮戦虚しく、山梨や中越地方の都市は軒並み陥落していた。

 

「だが、俺がデュナメスで出て、戦線を押し戻して一時的にせよ、強固な防衛線を張ることができれば、ここを放棄しなくとも良い可能性だって、あるんじゃないのかい?」

 

珍しく、ロックオンは彼女に食い下がるように反論した。

 

「却下よ。こんな状況で隠し球(デュナメス)を出したりしたらーーーーー」

 

「彼の国が黙ってはいないでしょうな。」

 

彼の国。鎧衣が指したのは、太平洋を挟んで向こう側にある大国の事だ。

 

「もしも、緊急事態とはいえ隙など見せれば、第5の者達の格好の材料にされかねません。最悪、それを材料にこの計画の妨害を・・・或いは、ご破算にする可能性も、十分に考えられるでしょう。」

 

鎧衣の言うことは正論だった。

ここで迂闊に動けば、後に控えているにも関わらず、同時進行で行われている「第5」と呼ばれた者達に付け入る隙を与える可能性があったからだ。

 

「それに、この状況であんたが戦況を好転させるにしろ、それがそう何度もうまくいくとは考えられえない。いくら貴方の機体が高性能でも、物量で攻めてくるBETA相手に戦えば、2回目、3回目とやってるうちに自分自身をすり減らす羽目になるわよ。」

 

どれほど機体の性能がよかろうと、乗っているのは生身の人間だ。

だからこそ、夕呼はロックオンの意見を真っ向から却下した。

 

ロックオン自身も、物量作戦というのがどれだけ消耗を強いるのかを身をもって知っていた。

 

「だから、より安全な場所に退避する。そうすれば、より精度が高く、相手を噛み砕くことができる牙が研げるわ。」

 

彼女直轄の部隊ーーーーーA-01連隊。

発足されてから間も無い事もあり、未だ空きが多く存在する部隊だ。

AL4には、何もかもが足りていない状況であった。

 

「・・・・・そこに力があっても、行使するには相応の代償が必要、か。ままならないな。」

 

もしも、刹那や他の仲間たちがいれば。

四機のガンダムが揃っていれば。

そんな「もしも」の事を、ロックオンは考えてしまう。

 

だが、現実にガンダムは一機しかいない。

それのマイスターである人間もまた、ロックオン・ストラトス唯1人だけだ。

 

現有の人類側の戦力は、デュナメスを除けば彼が知る主力兵器たるMSには遠く及ばない性能の兵器-----戦術歩行戦闘機だけだ。

 

「今は耐えるしかないの」

 

夕呼はそう言うと、会話は終わりとばかりに止めていた手を再び動かし始めた。

ロックオンは、無言でその場を立ち去る。

 

-----無力。

 

執務室を出て、暗い廊下を1人で歩くロックオンの脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。

次いで、思い出されるのは忌々しい事件の記憶。

 

故郷のアイルランドで起こった、軌道エレベーター建設に反対するゲリラ勢力が引き起こした自爆テロ。

 

爆発した建物は未だ黒煙が所々から上がっていて、消防士たちは必死の消火作業を行なっている。

端に置かれた遺体安置所には、沢山の袋が置いてあった。

その中には、テロによって命を落とした人間の亡骸が入っている。

その中に、自分の家族もいた。

父と、母と、歳の離れた妹。

 

その出来事を繰り返さぬようにと、もう二度と自分のような人間が生まれないようにと、そうして"力"を手にして、世界を相手に戦った。

 

だが今は、死んだ筈なのに生きていて、違う世界に飛ばされて何もできずにいる。

 

世界はいつだって、残酷だった。

 

「また俺は、助けられないのか・・・」

 

通路の壁に背をつけて、天井を見上げながら吐いた言葉は彼なりの独白か。

すると、彼の視界に何か黒い物体が映る。

視線を下げると、兎の耳のようなカチューシャを頭につけた銀髪の少女が、彼を見上げていた。

ロックオンがそれに気づいて彼女を見ると、ハッとしたような表情とともに、兎の耳のような形状のカチューシャが本当に動いたような気がした。

 

「・・・君は確か、普段はミス・コウヅキの補佐をしてる嬢ちゃんだったな。」

 

俺は、少女へそう話しかけた。

少女は無言でこちらを見ている。

 

「おいおい、お嬢さん?返事してくれないと、流石の俺も困って-----」

 

「霞。」

 

俺が言おうとした言葉を遮って聞こえた声。

それは、目の前の少女が発した声だった。

 

「社霞、です。私の、名前。」

 

か細い声で自分の名前を言う。

 

「カスミか。やっとお嬢ちゃんの名前は聞けたよ。すると、俺の名前は知ってるかい?」

 

彼がそう言うと、「ニー・・・」と言おうとしてすぐにやめる霞。

 

「ロックオン・ストラトス・・・さん。」

 

「・・・?ああ、そうそう。そういや、カスミはミス・コウヅキといつも一緒にいるよな。」

 

霞が言いかけたことに何か引っかかるものを感じたロックオンだったが、すぐにその考えは彼方へと置き去りにされる。

 

「・・・はい。」

 

こくり、と小さく頷く霞。

 

「ってことは、俺の名前はミス・コウヅキから聞いたって事になるな。」

 

ロックオンがそう言うと、彼女は数秒してから「はい。」だけ答えた。

まるで、機械に話しかけているような印象を受けたロックオンだったが、何か事情があるのだろうと何かしら別の話を振ろうとした時、

 

「無力じゃありません。」

 

唐突に、彼女はそう言った。

そして、一瞬だけ顔を俯かせてもう一度俺を見る。

 

「貴方は、無力なんかじゃありません。」

 

「あ、ああ・・・?」

 

唐突に言われた言葉に、彼は眉をひそめる。

まさか、さっき考えていた事は口に出ていたか、と。

 

「何か、心配させるような事を言っちまったかな。ちょっと情けないところを見せちまった。ごめんな、カスミ。俺みたいなのがそんな事言ってちゃ、心配にもなるよな?」

 

ロックオンはそう言ってしゃがみ、彼女の頭にそっと手をのせる。

すると、彼は頭を撫で始める。

元いた世界にいた時にフェルト・グレイスにやってあげたように。

 

「・・・貴方は、悪くありません。悲しい事は沢山だけれど、悲しい事が沢山あったけれど、それに押し潰されないで。」

 

泣きそうな表情で、霞はロックオンへと言う。

 

「だから、貴方は無力なんかじゃありません。」

 

そう言うと、カスミは手を払うようにして「失礼します」と言い、その場から立ち去ってしまう。

 

「・・・・・」

 

彼女の物言いは、まるで自分のことを知っているかのような口ぶりだった。

 

『無力なんかじゃない』

 

その言葉の真意はわからないまま、彼は自分に割り当てられた部屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

社霞は、1人で自室に駆け込むと、立ち尽くしていた。

彼女は、「人工ESP発現者」と呼ばれる、人工的に人の思考を読むことができる能力を身につけた、いわば「エスパー」であった。

その彼女は、10日前にこの基地へとやってきた青年-----ロックオン・ストラトスをずっと観察してきた。

そこからわかった事は、ロックオン・ストラトスという男は、とても誠実であり、同時にとても冷酷にもなれる人間だということだった。

 

彼が言った組織の名前と、別の世界から来たという発言に嘘偽りなく、特殊な訓練を受けているということも、少しだけ嘘をついていることも、全て彼女には分かっていた事だった。

 

霞は包み隠さず夕呼にリーディングによって読んだ感情を伝えた。

 

夕呼が出した結論は、彼女にしては珍しく「彼を信用する」というものだった。

 

そうして、彼という新たな仲間を加えてこの横浜で過ごした日々。

自分でも、彼に興味を持った。

だから先ほど、彼女は自分自身の意思で彼の前に来て、言ったのだ。

 

-----貴方は無力なんかじゃない、と。

 

それを聞いたロックオンは、少しだけ寂しげな笑みを浮かべながら、そっと自分の頭を撫でた。

まるで、不安がる子供を宥める親のように。

その手が触れた瞬間に悟ってしまった。

 

彼の過去には、沢山の悲しい出来事があって、彼はずっと自分の無力を嘆きながら生きてきたのだということを。

 

知ってしまったからこそ、目を背けることができなくなってしまった。

 

「・・・・・っ・・・」

 

だから今は、彼を思って涙を流すことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『-----ある報告書より抜粋。』

 

『1998年8月25日、国連は横浜・白陵基地に置かれていたAL4の拠点の移転を開始。同、8月30日付で移転を完了。』

 

『その際、基地施設より、兼ねてから目撃例のあった新型戦術機の輸送が行われた記録はないが、独自の調査で運び出された事を確認。』

 

『翌、9月3日。BETAによる神奈川への本格侵攻が開始。帝国軍白陵基地、横浜は壊滅。』

 

『同時期、日本海側よりBETA侵攻。佐渡島がBETAの手に落ちる。程なくして、H22ハイヴ-----通称「横浜ハイヴ」の建設が開始。』

 

 

 

『帝国政府はこれを見越して、政府機能を仙台へと移転。』

 

『合衆国政府は正式に、日米安全保障条約の破棄を決定。在日米軍の撤退を開始。』

 

『最大の戦力だった米軍という要素を欠きながらも、帝国軍はBETAの侵攻を押し留めることに成功。』

 

『確保された猶予を使って戦力の補填を図り、翌年には本州に打ち込まれた楔である横浜ハイヴを攻略し、横浜を取り戻すべく作戦計画を立案する。』

 

『仮ではあるが、その作戦名は-----』

 

-----明星作戦(オペレーション・ルシファー)、と呼称されていた。




やらなければ殺られる。
恐怖にかられながら、その恐怖すら武器にして。
人類は戦い続ける。
未来という名の明日を掴むために。

次回「戦う理由(わけ)」

誰もが、戦う理由を持っている。

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