黄昏妃   作:空を目指す竜神様

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いっぱい書けて大満足なりー( ´ ▽ ` )
今回はちょっと現実的な話が入ります。知性があり、生態管理を担う主人公こそ悩む話です。


006:孤島|竜の御子(みこ)

大陸から遠く離れた孤島には、竜人族とは違う独自の成長を遂げた “海の民” という少数民族が形成した『モガの村』という集落があり、近年孤島と共に発見された新たな『狩猟区域』であることがギルドを通じて大陸に知れ渡った。

 

今まで大陸の者に発見されなかった理由としては、周囲には途切れることのない海流と渦潮が孤島を守るように発生しており船が難破する可能性があった為、上陸が困難だった理由が挙げられる。

更には大陸から孤島の周囲には強靭なモンスターが不特定多数生息し、更に更にお代わりとばかりに()()()()()()()()()()()()の姿も確認され、安全を考慮して気球での調査が断念されたという訳もあった。

 

発見当初は世界から隔絶された島故、モガの村民達は余所者を良く思わず、勝手に上陸した上に孤島を引っ掻き回すギルドの者を嫌っていたという。

ある時、孤島の資源を調査しに来たギルドの者に、業を煮やしたモガの長老が毅然と彼等に言い放った。

 

「この島は金竜様のお膝元だ。全ては金竜様の物であり、我々も金竜様の所有物なのだ。石も、水も、そこら辺に生えている草木でさえ、金竜様の供物となりうる代物だ。大陸の者よ、この地を世界の一つに加えるのは良い、島に余所者を招くも良い。だがこの島を荒らすことはしないでくれ。我々は “ウミノタミ” の末裔として、金竜様から賜ったこの地を――守らなければならない」

 

ギルドの調査隊はその村長の忠告(御伽噺)を話半分に聞いていた。しかし彼等はその狡猾な思考の中で、村長の話から気になる言葉を見つけ出したのだ。

 

――「金竜様」とは、如何なるものか。

 

観測隊の報告によれば、以前孤島上空で巨大な飛竜の姿を見たという。金竜――その名の通り、金色に包まれた体を持つ竜ならば捕獲ないし狩猟すれば、多くの資源を生むのだろうと調査隊は仮定した。更に言えばこの孤島の生態系を知る鍵にもなるやもしれないと判断を下したのだ。

 

血や肉、そしてそれらを守る黄金の鎧は多くの人々の心を掴むと推測した調査隊は、長老の警告を無視して『伝説のお膝元』へと足を運んだ。

 

「欠片でもいい、証拠として何か持ち帰らなければ」

「人々の心を掴む金のなる木(最高資源)を手に入れろ」

 

この時、調査隊の心は悪くも一つに纏まっていた。

 

――後にこの調査隊は、ギルドの規則の一つである『環境保全』を破った犯罪者として、ギルドから存在を抹消される事となる。……同時にこの世からも肉体すら残らず消される羽目となった。

 

調査隊が孤島の奥地に足を運んだその日、孤島を揺るがす程の大咆哮が轟いた。それは離れた離島のモガの村にすら余波という形で届き、村民の心を恐怖に誘った。

 

「き、金竜の御声じゃ……!」

「おい!あの外から来た奴等は何処だ!?」

「資源調査にと、孤島へ……!」

 

慌てふためく村民を一喝し、家屋へ避難するよう促した長老は苦虫を噛み潰したような表情で奥歯を噛み締めた。

 

「まさか、聞いた傍から行動に移すとはっ……!」

 

やがて交互に訪れる伝説の猛威。

咆哮。熱風。毒風。地響き。津波。音波。そしてまた咆哮と、それは繰り返される。咆哮など聞き慣れたモガの村民だが、この時ばかりはまるで自分が標的になったかのような錯覚を覚えたと言う。昼間だと言うのに孤島の空は緋色に染まり、まるで黄昏を見ているようだと長老は思った。その光景はとても美しく、同時に破滅の瞬間だと思い知らされた。

 

翌日、孤島の『黄昏』がモガの村へと訪れる。頭を垂れる “ウミノタミ” の末裔を前に、深い怒りと悲しみを宿した黄昏は咥えていたある物を村民の前に放り投げる。耳障りな音と共に眼前に投げられた物を見て、村民は息を呑んだ。

 

「――っ」

「金竜様、これは……」

 

それは、昨日までここに滞在していた調査達の装備品――だったもの。灼熱によって溶かされ、最早鉄屑と言っても過言ではない程に歪んだそれは武具としての役目を完全に終わらせていた。

 

何があったか。調査隊はどうなったか。村民達はすぐに察する事が出来た。

どうあれ、調査隊は自分達が信ずる『神』を愚弄した事には間違いなかった。

 

そして時が流れ、ギルドの統制が当時より固まりつつある頃。一人の男性ハンターが疾風怒濤の勢いでハンター界の頂点に躍り出た。

飛竜の素材で作られた装備を身に纏い、飛竜の力を宿す大剣を背に提げたハンターは、その数多の依頼を達成した絶対的信頼から得た権力を持ってギルドに進言する。

 

その後、モガの村と孤島に伸びる悪しき手はギルドと英雄の尽力により最小減に抑えられ、モガの村民及び島に住まう者達はようやく安寧の日々を取り戻したと涙を流したのだった。

 

ハンター界の頂点に君臨するハンター。

実は彼こそが、孤島の黄昏に育てられた『竜の御子(みこ)』である事は、彼が生まれ育った “ウミノタミ” の末裔の集落の者と孤島に住まう者しか知り得ない。

 

これから話す話は――その『竜の御子(みこ)』が黄昏妃と出会い、人の身に生まれながら竜として育てられた()()()()()に当たるものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわーん、眠い。

どうもユイです、孤島生まれのリオレイア希少種です。今日も今日とて元気に無人島生活を送っております。相変わらずアプ肉はうまうまです。

 

竜として生まれて、この世界に転生して、それなりの月日が経過した。もしかしたら何世紀か跨いでいるかもしれない。好きな時に起きて、好きな時に食べて、好きな時に動いて、好きな時に寝るという本能に従った生活を送っていたから時間の感覚が曖昧だ。

ただ、あの大海龍とまた二回程顔を合わせているから少なくとも百年以上は経過しているのは確かである。我ながら酷い生活ぶりだ。

 

だがしかし、例え自堕落な生活を送っていたとしても、この弱肉強食が顕著な世界で生きている以上、最強――には程遠いがそれなりの成長は遂げるのである。

元がリオレイア希少種だから原種よりも肉体は堅いし、何より育つ環境が整い過ぎていた。これだけは運がいいと言える。私より格上の存在と出会った経験がないのが怖いが、慢心せずに慎重に生きていけば何とかなるだろう。

 

私の成長は()()()達のような急激な進化を遂げるタイプではなく、時間をかけてゆっくり成長していく大器晩成型である。即座に対応が出来ないのが難点だが、いきなりの肉体の進化に心が追いつかずに暴走するということがないのが強みだ。

 

身体的な変化としてまず挙げられるのは、生まれた頃の比べて鱗や甲殻一つ一つに厚みが増して体つきも並大抵の刃では傷つけられない程に丈夫かつ頑丈になったこと。これで少なくとも金目当ての駆け出しハンターに襲われることはなくなった。まだハンター見てないけど。

鱗と甲殻(自慢の鎧)が更に強化された一方で重量もうんと増えたが、そこはアプトノス産の肉と怪力の種等の長期的な多量摂取で筋力増加でカバーしていたので体感的には重くなったという感じはしない。

むしろ筋力増加したお陰で行動の柔軟性が増したし、何より飛行力も大幅にアップした。まだ御本人の姿を確認してないけど、空の王者並みに空を飛び回れるのではないかと思っている。いつか孤島に空の王者が来たら勝負して(一緒に飛んで)みたいものである。あ、でも私原種じゃないから気味悪がられてお近付きなる前に逃げられそう。凹む。

 

火球もただのファイアボールから爆炎を伴う超火力に進化を遂げた。怒り状態の拡散ブレスが通常で打てるイメージが妥当だ。規模がもう隕石だよ。なんか今日は良い球撃てそうだなーと打ち出した火球がアプトノスを瞬時に焼却して地面まるごと抉った時は驚いたし、ご飯が消えて悲しかった記憶が新しい。

 

咆哮もそのままの意味で、孤島を揺らすくらいのものを出せるようになった。鳴き声もレイア種の「ぐぎゃあ」から「うおあー」という伸び伸びした威厳ある声に変化した。

“海の民” 以外の孤島の生命体は小さな鳥竜種や穏やかな草食種なので、大型モンスターに気にすることなく発生練習が出来た。一日二回、日の出と日の入りにそれぞれ咆哮を上げていたことで、アイルーや “海の民” から密かに時報扱いされていたことを通りすがりのアイルー伝いに最近知った。

 

アイルー曰く、孤島の生物は日の出と日の入りの私の咆哮で一日を確認しているんだとか。日の出の咆哮で目覚め、日の入りの咆哮に活動していた全生物は活動を止めるらしい。

知らなかった、だから皆夕方になると気配を消していくのか。ヤケに転生当初と比べて夜が静かだなと思ったよ。

 

嗚呼、そうそう。進化――と言っていいのかは不明だが、変わったのは私だけでなく孤島もだ。

挙げるとすれば、外界から海を渡って大陸の人間が来たことだ。いつだったか、大海原に黒い点々とした何かが浮かんでいて飛んで傍まで見に行ったら漁船より遥かに頑丈な、鉄や何か金属を纏った明らかな高度な技術で作られた鉄船だった。甲板には多くの人が忙しなく動き、木箱やら鉄製の道具のようなものを運んでいたのを遠目からでも見えた。

いつかのように上空を飛ぶ私を発見した時は、ハンター出て来るかなと身構えたのだが、白衣の男女や恰好良い帽子を被った軽装の人間がいるだけで拍子抜けしてしまった。……どうやら交易船だったらしい。

 

ただ、今回は孤島周りの特殊な海流やら渦潮の前で右往左往するだけで、孤島や “海の民” の集落には上陸しなかった。

今は遠目から双眼鏡でこちらを確認する程度だが、いつかこの土地にも “海の民” 以外の人間が上陸するのだろう。……そしてハンターも。嫌だな、殺されるのは。好戦的なリオレイア(原種)モンスター(同胞)からは臆病だと笑われそうだけど、やはり私は自分の命が惜しい。……擬人化して人里に溶け込むか?未だ自分の意志での擬人化は出来ないんだよなぁ。

 

交易船に乗った彼等は簡素ながらも小綺麗な装いをしており、文明の力がこちらよりも高いことが自ずと分かった。

やはり大陸ではあの装いと文明力が当たり前なのだろうか。

 

《……むう》

 

――なんてことを昨日のうちに考えていたのがいけなかったらしい。

私は神様にでも嫌われているのだろうか、だろうな。すぐに厄介事をもってくる辺り、実際に神は存在して私のことを何処かから見ているのかもしれない。

 

「うあー、あぅ……」

 

現在私の頭を悩ませる原因は、眼前の孤島の浜辺に無様に転がって()()()()呻き声を上げていた。

 

《……どうするよ》

 

照り付ける太陽の下、目の前に転がる小さな命を見て私は溜息を吐いた。

孤島の中でも比較的傾斜が緩やかな浜辺に打ち上げられた数々の物品。それは木箱だったり樽だったりがほとんどで、いずれも海水を浴びてびっしょりと濡れている。

海流の関係で大陸から物が流れ着くのはよくあることだ。こういった漂着物が流れ着くのは年に何度かあり、“海の民” やアイルー達が発見次第、貴重な生活用品ということで有効活用されている。特に樽が重宝されているらしい。荷物を入れれば運べるし、爆薬詰め込めば爆弾となるからだ。自家製タル爆とは恐れ入りました。

 

そう、よくあることなのだ。

――浜辺一帯に船の残骸らしきものが流れ着き、波打ち際に打ち上げられた女性の死体と、その隣に転がり現在も声を上げている赤子を除けば。

 

浜辺に倒れたずぶ濡れの一人の女性は、俯せのまま顔を上げる様子はなかった。細い肩は上下に揺れることなく、代わりに微かな腐乱臭を放っている。……彼女は既に死んでいた。

 

意外なことに、私は人間の死体を見ても驚かなかった。腐乱臭を放ちがら徐々に各所が腐り始め、そんな柔らかくなった所を狙って蟹や海鳥達が啄ばむ光景を見ても、私は何とも思わなかった。

 

嗚呼、死んでるなぁ――と。

ただそんなことを、薄ぼんやりと考えていただだけだった。モンスターになってから生死の価値観が変わったのかもしれない。改めて私は生まれ変わったんだと理解した。

 

代わりに私の意識は、その隣に転がる赤子に向けられていた。まだ生後二、三ヶ月といったところの赤子は湿り気のある布に巻かれて浜辺に打ち上げられていた。傍らの女性の腕が赤子に伸びていることから、二人は親子なのだと思う。

 

どうして人間の親子が船の残骸と共に孤島に打ち上げられていたのか。

 

答えは単純――昨日は一日、嵐だったから。

 

一昨日のここに来た時は浜辺には何も無かった。だが昨日は朝から晩まで台風レベルの嵐が孤島を襲い、私はもちろん孤島全ての生物の活動は控えられていた。そして次の朝――つまり今日、私を第一発見者として浜辺の惨状が確認された。

 

私の頭の中に「嵐、難破、沈没」というワードが浮かんだ。私の勝手な解釈だが女性の乗っていた船は一昨日もしくは昨日のうちに出向し、運悪く嵐と接触。風に煽られ、高波に襲われ、前後不覚になっていたところを孤島の海流や渦潮の被害にあったのだろう。よって民間船であろう船は難破、そして大破して船の一部は浜辺に漂着、残りは海の底――といったところだろうか。打ち上げられた船の残骸を掻き集めても、船の再現には至る程の量は見受けられなかったからそうだろう。

 

母親に庇われたのか、それとも運良く助かったのか。何にせよ、赤子が不憫である。

 

《むむむっ……》

 

足元に転がる赤子に私は頭を悩ます。前にもこんなことがあったような……嗚呼、“海の民” の子供がロアルドロスに襲われていたのを助けた時か。母性を持つ女性のサガか、孤島の王者としての庇護意識の為か、幼い生き物に対して強い庇護欲をを抱いてしまうのだ。

 

……冷静になれ、私。

「保護して “海の民” に渡す」ならともかく「持ち帰って育てる」なんて考えてはいけない。この赤子は人間だ、リオレイア(モンスター)ではない。よく考えろ、正体不明の病原菌やジャギィ達に襲われるよりかは、ある程度設備の整った “海の民” の集落に預けた方が赤子の身の安全も確保されるだろう。生まれて数ヶ月のまだ抗体も出来ていない赤子を巣に持ち帰り、自力で育てるなんて――――

 

「う?――あっ、あーっ!」

 

赤子が私の存在に気付いたのか、砂まみれの顔を上げて私と視線を合わせる。

そして、体に巻かれていた布から抜け出し――

 

「あうー、きゃあっ」

 

私の鉤爪に柔らかな手が触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっちゃったよ……」

 

すやすやと眠る赤子を()()()()()、私は溜息を吐いた。寝息を立てる赤子は、私の苦悩など知らんとばかりに爆睡して時折笑顔を浮かべている。

 

現在、私はドキドキノコを摂取して擬人化をしている。原型のままでは一挙一動が赤子を瞬殺しかねないからだ。細心の注意を払って赤子を咥え、道中でいくつかのドキドキノコを採取して戻ってから巣へと帰宅し私は、早速キノコを食べて擬人化を行なった。

 

お持ち帰りしました。えぇ、しましたとも。

母性と庇護欲には勝てなかったよ……。うわーんやってしまった、これは私の中での史上最強のやらかしだと自負出来る。いや自負するな。

 

しかし、でも、

 

「やるしかないかぁ……」

 

あの赤子の笑顔話見てしまった以上、見捨てるなんて選択は出来なかった。食べる、捕食するなんてのは以ての外だ。

 

この子の苦痛に歪む顔を見たくなかった。幸せに、ずっと笑顔でいて欲しかった。――故に、私は決意した。

 

「この子を育てよう」

 

私の命、子供の命。どちらかが果てるまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから私の子育てライフか始まった。食事のアプ肉採取と散歩以外は極力擬人化形態を維持し、赤子を腕に抱いて過ごした。赤子は甘えたな時期なのか地面を這うより、私の膝に乗ったり腕に抱かれる方が好きらしかった。食事はアイルー集落で飼育されているアプトノスの乳を水で薄め、キメの細かい布に吸わせて膨らんだ物を赤子に飲ませた。母乳の再現である。

私はまだ番いの相手もいないし、そもそも子供を産んだ経験がない故の処置である。許せ。

 

そうそう、この子の名前が決まった。母親から付けられた名前があるかもしれないが私はそれを知らないし、聞こうにも母親は既に死んでいるから聞くことも出来ない。かと言って名前を付けないでいたら赤子が可哀想である。姓がないのはともかく、無名なのはいけない。

 

ということで決めました。

 

「アステルー?」

「きゃあっ」

 

生後二、三ヶ月の男児――アステル君です。可愛い顔をしているけども男の子でした。

 

元ネタはギリシア語の「アステール」から。なんか「星」とかそういう意味だった気がする。

名前を思いついた経緯だが、彼を拾ったその晩の星空があまりにも綺麗だったからだ。まあ嵐の後なので雲一つ残らないのは当然なのだけども。ただ、生まれ変わって初めて “綺麗な星空だ” と感動したことは鮮明に覚えている。

まるで星々が私達の出会いを祝福しているかのような――なんて、臭いことが言える程の美しさがあったのだ。

 

赤子――アステルは現在、体調を崩すことなく元気に育っている。それはもう、すくすくと。孤島の空気は体に合うかと最初は心配していたが体を崩す傾向もなく、あちこちをハイハイで巡っている。

まだ「あー」だの「うー」しか言えないが、いずれちゃんとした言語を話すようになるだろう。しかし自分が『アステル』だということは理解しているようで、私が名を呼べば彼は振り返ってくれる聡い子だ。

 

「アステル」

「あいっ!」

 

やはり子供は可愛いものである。純粋無垢だし、ふっくらしているし、何より小さな体で精一杯世界を見ようとする姿が、一生懸命に生きようとしている姿が素晴らしい。

 

「あう、あーあっ!きゃあっ」

「なぁに?」

 

つい無邪気な言葉に、こちらの言語もつられて幼く間延びした口調になってしまうのはご愛嬌だ。

 

《うにゃー!キラキラさんが子供作ったにゃー!》

《誰の子にゃ!離れ島の男かにゃ!》

「違うから。拾っただけだから」

《それもそれで、どうかと思いますにゃあ》

 

ちなみに即刻アイルー達にバレました。そりゃあ用もないのに一日ずっと擬人化してるんだもの、不思議には思われるよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――おかしゃんっ!」

 

三年の時が流れて、アステル君三歳になりました。

未だ舌ったらずですが、それでも懸命に口を動かして意思を伝えようとする姿に私は毎日のように悶えています。

 

「おかしゃんっ!アイルーしゃんからお菓子もらった!」

「良かったわねー、だけどもうすぐご飯だから食べるのは後で……ね?」

「はーいっ!」

 

私の言葉に大きく頷いた息子は、皮袋に詰まった焼き菓子を懐にしまった。夕日に照らされた茶色の髪が炎のように輝いた。

 

「今日は海の民からお野菜貰ったの。だからお鍋食べましょうね」

「おなべ!」

 

ハイハイから掴まり立ちへ成長し、やがて走り回るやんちゃ坊主に進化した息子のアステルは、三歳という幼い身だと言うのに孤島全域に足を延ばすほどのスタミナを持ち合わせているようで日中は孤島を駆け巡り、夕暮れまで私の前に姿を見せないことが当たり前になった。

現在は、子供を拾ったことを聞いた孤島のアイルー民族一同から、流石に吹き曝しの巣で人間の子供を育てるのも如何なものか――という声で私の巣の近くの林に建てられた、小さいながらも設備の整った家に二人で住んでいる。流石はアイルー文化、嵐が一つ二つ襲ってもビクともしない設計だ。

 

「そうだ。アステル、明日は外に行くのは駄目ね」

「なんでー?」

 

こてん、と首を傾げる息子に笑った私は曇り始めた夜空を見上げた。ガラスではない、木版を持ち上げる形の小窓からは潮風とは違う湿った風が流れてきた。

 

「空気が湿ってきたわ。今夜――早くて夜中から雨が降り始めるだろうし、多分明日いっぱいは降り続けると思うから」

「そっかぁ……でもアイルーしゃんと遊ぶ約束しちゃった……」

「あらら……でも彼等も分かってくれるわよ。さあ手洗いとうがいをしてきて、夕飯にしましょう」

「はぁーい」

 

洗面所へと消えてったアステルを横目で確認し、私は吹き出しそうになっている鍋をお玉で掻き混ぜた。

自然豊かな孤島の中で育った息子は、贔屓目なしに良い子に育ったと言えよう。人当たりが良く、感受性も豊かで他人の苦しみに同調でき、それでいて哀れむことはせずに背中を支えようと努力する。これを良い子と言わずに何と言うか。

そんな人柄のお陰かアイルーにも、そして “海の民” にも好かれている。息子が “海の民” と接触したのは割と早い段階である。私が連れて行ったのだけども。確か掴まり立ちを覚えた頃には “海の民” に会わせていたなぁ。

 

――き、金竜様!?

 

――えっ、こ、子供……?

 

――金竜様の、御子?……御子様とな!?

 

初対面こそ驚かれたが、今では偶に集落に降り“海の民” との交流を図っているんだそうな。我が息子ながらコミュ力高すぎないですかね。

私も息子を育て始めた頃から、ちょくちょく村にも顔を出すようになった。彼らを “海の民” と名付けて、そして成長・発展促してかなりの年月が経ったが、高齢者を筆頭に語り継がれているのか、私の姿を見ても怯える様子を見せることはなかった。むしろ私を手厚く出迎えるのだ。

 

快く出迎えてくれるのはいいけれど、訪れる度に果物やら雑貨を山のように渡してくるのはやめてほしいです。買いたい物が買えないです。

 

お金?……私の金鱗は一枚あたり時価数十万の価値があり、この土地では一生遊んで暮らせる代物ですが何か?

 

集落に降りる理由のとしては、息子に人間らしい生活を送らせる為の生活用品集めが主である。アイルー達に小屋を建ててもらったものの、内装は実に簡素なものだった。単に資源が足りてなかったのかもしれない。キッチンはあるけれど、フライパンや鍋は無かった。

 

自然溢れる孤島に文明の利器は無い。アイルー(獣人)文化という例外はあるけども、彼等の体躯に合わせた小振りの生活用品は私達には使えない。

ということで思い付いたのが同じ人型が住んでいる “海の民” の元へ向かい、そこで生活用品を整えることだった。

 

長い年月が経ち、“海の民” はあれから更なる進化を遂げて超絶便利な機巧文明の中で機械に頼り切った生活を――なんてことはなく、何故か異国の田舎漁村という古代文化を今に至るまで維持している。この孤島の異常海域に負けない強固な漁船を作り上げる技術があるなら精密機械の一つや二つくらい作り上げるのは容易いのではと思ったのだが、彼等は文明の利器を発展させず、自然と共に生きる道を選んだ。

 

彼等と出会った当初と比べたら多少の土地の変化はあるが、上空から見た集落の景色はもう『モガの村』だ。離島を中心に築かれた海上集落も、私が初めて鉄打ちした精錬所も、潮風家並みに負けない住居も、看板娘が可愛らしい商店も、モガのそれと酷似していた。

 

だがしかし、まだギルドの受付嬢はいなかった。それどころは集落の名は『モガ』と名付けられていなかった。モガという名を彼等に聞いても首を傾げるだけ。

ここは、モガに似て非なる地なのだろうか。

 

「おかしゃん、ごはん!」

「出来てるわ。アステル、スプーンとフォークを取ってくれる?」

「はーいっ!」

 

無邪気な笑顔で手洗いから帰還した息子は、碧玉の瞳を輝かせて食器棚からスプーン一式を取り出した。

 

「おいしそう!」

「さあ、手を合わせて」

 

三歳と言えば、やんちゃで嫌々な時期だが息子はイジけたりしない。それどころか、相手を気遣う優しさをこの歳で持っている。この歳で空気を読むことに慣れるとか、息子ってば優秀過ぎない?あまり気後れしないよう、こちらも気を付けないとだけど。

 

「いただきます」

「いただきまーすっ!」

 

作物を作りたいと言う要望で、孤島の一部の開拓を許可した土地で “海の民” によって育てられた野菜は、とても熟れていて口に運べばスルリと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――母さん」

「ん?」

 

一日分の薪を割り終え、小屋の横に備え付けられている木箱に薪を押し込んでいると背後から声がかかった。

振り返ると、先ほど仮に出ると出て行って消えた息子が両脇に一体ずつケルビを抱えて立っている。

 

「あら、おかえり。それが今日の戦果?」

「うん。足りるかな?」

「そうねぇ……」

 

ちらりと抱えられたケルビの屍を見ると、どちらもよく肥えていて肉付きがよく、若体らしい瑞々しさがあった。生まれて五、六年と言ったところだろうか。

 

要する食べ頃である。

 

「うん、合格。ちょうど食べ頃」

「良かった。じゃあ中で下ごしらえしておくね」

「お願いね。あ、肉切り包丁は食器棚の引き出しにしまっているから」

「分かったよ」

 

そういうと息子はケルビを抱え直して小屋の中へ入っていった。

 

「ふう、薪割り終わり!」

 

最後の薪一束を木箱に投げ入れ、肩を回す。凝り固まった肩と腕の筋肉が徐々にほぐれていくのが感じられた。

 

「さーて、今日の当番はアステルか。ふふ、何を作ってくれるのか楽しみねぇ」

 

七歳になった息子は運動と称し、積極的に狩りに出るようになった。積極的と言っても孤島のモンスターを何処ぞのハンターみたいに狩り尽くしている訳ではなく、私の代わりにご飯調達をするが為に家から出る回数が必然的に増えているのだ。

アステルが小さい時は当然だが、ご飯や生活用品の調達は私が外に出ていた。いくら金レイアに育てられたとしても、アステルは肉体は柔らかいただの幼い人間なのでしっかりとした体つきになるまでは行動範囲は散歩程度に抑えていた。

 

五歳になると善悪の判断や物事の区切り、自制がある程度出来るようになったので孤島の各エリアという狭い範囲内での狩猟なら許可を下した。

武器の扱いや狩人としての心得を狩猟前に教えるつもりだったが、息子は既にそれらを心得ていたようで大層驚いたのは記憶に新しい。

何処で知ったかと問えば、アイルーや “海の民” から教えてもらったそうだ。そして理解した――と。流石は我が息子である。もう何処に出しても恥ずかしくないのではないかと、最近割とガチで思っている。お母さんはあなたのような息子を持って幸せです。

 

え?むしろ賢すぎて怖くないか、って?

いや全く。普通に誇らしいですわ。だってこんなに世間知らずで本能丸出し、そんでもって堕落大好き嫁ぎ遅れな私に、こんな世の女を虜にする聖人君子が三次元化したような子供が息子として出来たんだよ?怖いを通り越して感動するわ。泣くわ。いや密かに泣いたんだった。

 

現在、七歳となった息子は行動範囲を孤島全域に広げ、ある時は陸地を駆け巡り、またある時は海中へ素潜りして食料採取を行っている。日頃育ててくれる私への数少ない恩返しだそうだ。

 

……ふむ。

 

「アステル!大好きよーっ!」

「うわっ……危ないよ母さん!包丁持っている時は後ろから抱きつかないでって何度も言ったでしょ!というか母さんが言ってたよね!?」

 

流石は我が息子である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あら」

 

ふと、手に取った鉄製のフライパンがやけに軽かった。持ち手を握ってクルクルと手首を捻るが家で使用していたものより負担が少なく、拳で叩いてもそれなりの強度があることが分かった。

 

「このフライパン、質が変わったわね。素材が新しくなったの?」

「あっ!気付いちゃいましたか!」

 

そうなんです!と上機嫌に頷いた商店の看板娘は、続いて誇らしげに語った。

 

「最近、大陸から交易船がやってきたんですよ」

「交易船?」

「はい!」

 

はて、この孤島近海はあの渦潮やら海流やらで外部からの侵入は難しいのではなかったか?――と首を傾げたが、最初に交易船を見た日から十年以上もの月日が経っていだことを思い出し、それだけ経過しているのなら造船技術も進化しているのも当然かとすぐに納得した。

 

そうか、もう息子を拾って十年は経過しているのか。時間の流れは早いものである。

 

「ちなみにいつからなの?」

「あ、そうでした。金竜様は普段は孤島に籠りきりでしたね。えーっと、一ヶ月くらい前からだったかと」

 

サラッと看板娘から引き籠り認定されつつ、商品棚に並べられたそれ等を眺める。確かに店に並ぶ商品の種類が増えていた。見慣れなものや、見慣れてはいるものの質が違う商品が所狭しと並んで簡素な作りの商品棚が今にも落ちそうだ。

 

作物を飾った棚を物色し、ふと目に入った作物を私は指差した。

 

「これはカブかしら?」

「はい、それは最近交易で手に入れた “ドテッカブ” という品種のカブです。拳大の丸々とした大きさが特徴で、甘味と苦味が絶妙とのことで酒のつまみにピッタリですよ!金竜様はお酒は……?」

「嗜む程度なら」

「ならオススメですよ!漬物として食べると酒もご飯が進むと長老から好評でした!」

「へぇ、あの頑固親父が……なら信用してもいいわね。一つ……いえ、二つ頂こうかしら。あとこのトマトもね」

「はい、“シモフリトマト” ですね。こちらはトマト種の中でも市場で出回る中でも高級品として扱われていて、甘い果汁が特徴です。調理するのも良し、そのまま齧るのも良しですよ!これとか、そうこれとか!どうぞ金竜様!」

「エッ、あ、いや、そんなにいらな、あ、あぁー……」

 

ドカドカと買い物カゴに野菜を突っ込まれ、妙に気迫のある看板娘に推された結果、カブ三つとトマト五つを買い上げてしまった。お陰でケルビの皮で作り上げたお手製のトートバッグがはち切れそうである。

 

適当な所で買い物を切り上げ、看板娘と別れた私はそのまま集落の最も大きな邸宅へと足を運んだ。買い出しは終わったが、私の用事は終わっていない。行く先々で “海の民” から歓迎の挨拶を受け流し、子供達の頭を撫でて目的地へ向かう。

邸宅の入口には屈強な強面の “海の民” がいたが、一声かければ破顔して快く出迎えてくれた。邸宅の扉を叩けば数秒した後に若い女性が顔を出した。

 

「あ、金竜様じゃないですか。お久しぶりです!」

「突然ごめんなさい。長老はいるかしら?」

「はい、義父なら奥に。今お呼びしますね、奥へどうぞ」

「ありがとう」

 

若い女性――長老の義娘さんに案内され、中へと入れば香を焚いているのか独特の匂いが立ち込めていた。一瞬、ツンと嗅覚を刺激するが煩わしさを感じる程でもなかった。

 

「お義父さん、金竜様がお見えになりました」

 

玄関入ってすぐの応接間に案内され、村長の娘は奥にいる父親を呼びに行く。その間私は、使用人から出された茶と菓子を嗜んでいた。

 

「珍しいですね、金竜様がこちらに顔を出すのは」

「ちょっと用事があってね」

「アステル君は元気ですか?」

「えぇ、今頃ジャギィと取っ組み合いしてると思うわ」

「相変わらず逞しいですねー」

 

使用人達と他愛もない会話を交わしていると奥の扉が開き、目的の人物が現れた。

 

「これはこれは金竜様、よくいらっしゃいました」

「急な来訪ごめんなさいね」

「いえいえ、神というものは得てして気まぐれ。それは我々もよくを理解しております」

「何度も言っているけど、私はそんな大層なものじゃないわ」

 

奥の扉から出てきたのは白髪の老年男性。太陽に焼かれた体に羽織を羽織っただけと言う大胆な格好だが、羽織の隙間から見える肉体は老体とは思えない程に屈強で瑞々しく、惜しげも無く空気に晒されていた。

 

「少しは老けたかしら」

「そりゃあ、あなた様と出会って半世紀以上も経っておりますから。肉体の一つや二つは衰えますよ」

「でもまだ漁には出てるんでしょう?」

「ははっ、まだ若者には任せられませぬ」

「聞いてくださいよ金竜様、お義父さんったらまた無茶をしたんですよ」

「そろそろ息子に座を譲ったら?」

 

快活に笑う長老を嗜めるように頬を膨らませる女性。血の繋がりはないのだが、そこには確かな親子の絆があった。

それから少しの間与太話をして、話が終わった頃合いを見て私は一つ息を吐いた。場の区切りをつけるつもりで吐いたそれは二人や使用人にも伝わったらしく、長老は娘と使用人に目配せをした。彼等は心得たとばかりに応接間から一人、また一人と席を外していく。

 

五分後、広い応接間に私と長老だけが残った。

 

「――さて、与太話もここまでにしておきましょう。長老。私が聞きたいことは勿論、分かるわよね?」

 

足を組み、その上に手を乗っければ長老はスッと前屈みになっていた姿勢を正した。

 

「はい、勿論ですとも」

「私の生活圏は基本孤島よ。お互い過度な干渉をしないことは、とうの昔にあなた達の先祖が決まりとして定めていることも承知よね?」

「はい」

「でも、今回は『特例』よ。手出しされる前に聞いておくわ。私はこの一帯の管理人だし、あなた達もそれを望んでいる。だからこそ聞くわ。――()()()()()()()?」

 

しっかりと長老を見据えた上で私は問う。少しだけ息を呑んだ長老に、私の瞳孔は広がりきっているんだろうなと頭の片隅で思った。

長老は逡巡し、瞑目する。けれどそれは数秒のことで次に線を合わせた時には、その瞳にはしっかりと光が灯っていた。

 

「まだ、()()()()です。孤島への立ち入りは現地の我々以外は固く禁じております」

「……そう」

「ですが、彼等はこれから幾度となく我々と交流を果たし、いつかあなた様の生活圏にも興味を持つでしょう。その時は、ウチの若者を同行させ見張りに当たらせます」

 

うーん、やっぱり()()()()は免れないか……。内心で溜息を深く吐きつつ、徐に視線を落とす。落とした視線の先には、小刻みに震えた手が組んだ足の上に置かれていた。爪を立てても痛みは生じれど、震えが止まることはなかった。

 

孤島が大陸の者の目に止まる。それはつまり、私達の存在が世間一般に知れ渡るということ。その知られる対象は人も、モンスターも、生態も、何もかもだ。孤島の実態を見せると言っても過言ではない。

 

……私の心中は荒れていた。

長老の話を聞く限り、ここはまだ交易者の間では “独自の進化と文化を成し得た漁村” という印象だそうだ。ということは、彼等は『孤島』の存在を知らない。

 

私が懸念することはただ一つ。ここを世間の目に止まらせることで、()()()()()()()()()()()()()に尽きた。

 

かつて私が人間だった頃、私が通っていた大学に『観光学科』というジャンルの科目があった。

『観光学科』とは、文字通り旅行先で必ずと言っていい程行う “観光” をより深く、より細密に知ることを目的とした分野で、よく旅行業界の添乗員になる為にまず必要とされる学習内容だ。

 

観光と言っても、ただ行き先の国の祭りや観光スポットを知るのではない。観光学科に通っていた友人曰く、現地の環境や生態、人種や文化なども身に付けるのだと言う。

その土地を理解し、現地の文化を受け入れることがまず旅行業界に入る為の第一歩だと友人は言っていた。

 

もうお察しの人の人もいるだろう。

つまり、これからこの土地(孤島)は人々の目に触れられることで興味を示した大陸の者が大量に訪れに来る――と言うことだ。

対外法を取ることで、大陸(あちら)孤島(こちら)の文化の往来のせいで孤島の環境が破壊されないかが心配なのだ。

 

かつての世界のもので例えるなら “ガラパゴス諸島” が最適だろう。大陸からそれなりに離れた位置に浮かぶガラパゴス諸島は、日本やその他の島国とは違い、大陸から分断されたものではなく生まれた時点で海の上に作られた珍しい島である。

生物の往来も少ないガラパゴスは当然独自の生態系を持ち、人に見つかるまで何世紀もの間、その状態を維持していたそうだ。

当時その地に辿り着いたのは精々空を飛ぶ鳥や魚、後は海に流れた植物の種子に両生類くらいだろう。人間の手が一切届かない――だからこそガラパゴスの環境は伸び伸びと自由に成長出来たのだ。

 

しかしその地に人間が来たことで、独自の生態系が一瞬にして崩壊した。

食糧や金銭目当ての乱獲、故郷から連れてきた家畜の放牧で動物達は島の隅に追いやられ、植物は食い尽くされた。

更に観光地として世間の目が止まった時には、他国の漁船が無断で海域に侵入し、魚類までも乱獲したと言う。

遂にはガラパゴスは、世界遺産の中でも存在が危ういとされる “危険遺産” 扱いされたのだとか。

 

もし、もし、孤島が世間に知れ渡ったら――きっとガラパゴスのようになる……のかもしれない。そう考えると震えが止まらないのだ。

 

生態を壊す人間が怖いのだ。彼等の勝手なエゴによって外来の家畜が放逐されるようになれば、いつか在来種の私達は滅ぼされる――。

 

――居場所が消えてしまう。

それがどれだけ恐ろしくて、怖くて、苦しくて、悲しいことか。

孤島の生態環境を管理する(護る)立場として、それは――それだけは、回避したい。

 

「――本当は、招きたくはないのだけどね」

 

だが現実は上手くいかない。

彼等の集落が目に付いてしまった以上、私達の孤島(居場所)手が加えられるのは時間の問題だろう。

 

――それを防ぐ為には、駒とコネとツテが必要だ。

 

「ねえ、長老。お願いがあるのだけど――」

 

私の言葉に長老は大層驚いた様子だったが、しっかりと頷いてくれた。どうやら彼も、孤島が荒らされるのはよく思わないみたいだ。

 

それもその筈、彼等 “海の民” にとって『孤島』とは、()の住まう土地であり、自分達の先祖が新たな歩みを始めた “聖地” でもあるのだから。

 

「――ただいま、アステル」

 

おやつの時間までに戻る筈が結局は集落で長居してしまい、孤島の自宅に帰る頃にはすっかり夜になっていた。

息子と暮らす小屋の傍まで来ると、小谷野頭に取り付けられた煙突から食事の匂いがついた煙が立ち昇っている。どうやら先に夕飯を作ってくれたようだった。

 

「戻られたか、母上よ」

 

うん、やっぱりその口調やめようか息子よ。

見た目と口調のバランスがあってないから、そういう言葉遣いは歴戦のハードボイルドな強者ジジイみたいな人が相応しいから。齢十四の少年が言うのとちゃうから。でも体だけはそれなりにゴツいんだよなぁ……モンスター蔓延る孤島で育ったんだから仕方ないか。

 

「ただいま。ごめんね、ちょっと長老と話をしていたら遅くなっちゃって」

「だが気を付けよ母上。いくら孤島を統べる主とて、今は一端の女子(おなご)の御姿、何処で塵芥に襲われるかも分からん」

 

せめて “モブ” って言ってやってください。塵芥とか、何処でそんな言葉を知ったのか。

 

「んー……外部の人ならまだしも、この孤島に住んでる子達は私を襲うなんてことないと思うなぁ」

「だとしてもだ。母上、あなたはもう少し危機感というものを覚えた方が――」

 

ウチの息子がオカンな件について。どうしてこうなった。あなた、去年まで普通に私のこと「母さん」って言ってたよね?なんで口調変わってるの?なんで古風な武士の口調しているの?厨二病?厨二病なの?表情の変化も少なくなったから貫禄増してるんだけど。そんでもって若いのに貫禄あるせいで、その口調が様になってるんだけど。

 

前言撤回、なんか息子がハードボイルドな歴戦の強面なジジイみたいになりつつある。まだ二十にもなっていないのにジジイとはこれ如何に。

 

何かあったのかと聞いても、

 

――大したことではない。世の理を理解しただけのこと。母上が気にかけることはない。

 

とか言うだけだし。世の理って何だ、大したことじゃん。誰から教わったんだ。

 

――深淵の海より出ずる海の化身より。

 

ナバルのクソジジイ、お前かぁ!確かにあの大海龍は世界創世期から生きてる長寿の塊みたいな(ヒト)だし、当然ジジ臭い話し言葉だけどさぁ!アイツいつか焼き魚にしてやる。ていうか目覚めてたんだ、もう五十年経ったのか。いや経ってなくね?気まぐれで起きたとか?……もはや自分が何歳かも分からない。だけど百歳は余裕で超えてる筈だ。百歳で番い無しのリオレイアて……嫁ぎ遅れにしてもヤバすぎる。ちなみに処女です。

 

「――して、母上よ」

「なぁに?」

 

用意してくれた夕食をいただいていたら、珍しく息子から話題を振ってきた。いつもは私から話を始めるのに、なんか新鮮な気分である。

 

「……」

「……」

 

……、……。……?

あれ、どうした息子よ。話振ってきたのはそっちだぞ、なんで黙るんだ。

我が家は食事中に会話することは禁止していない。ただ口に物を入れている最中の会話は行儀が悪い為禁止して、会話をする際は食事の手を止めて相手の話に耳を傾けるよう教育している。

――なのに息子は、食事の手を止めて暫く固まったままだ。何か話しづらい内容なのだろうか、デリケートな……男特有の話だろうか。相手は母親だし、ハードル高いとか?反抗期で嫌われてるって訳ではないと思うのだけど……。

 

「あなたに話がある」

「あ、うん……」

 

息子の言葉を待って五分。ようやく口を開いたかと思えば妙に改まった態度で、彼は口を開いた。

 

そして次の言葉に、私は呼吸を止めた。

 

「母上、私は――大陸に渡ろうと思う」

 

ヒュッと喉から変な音が出て、それ以来呼吸が出来なくなる。息を吸おうとしても、まるで呼吸の方法を忘れてしまったかのような状態になり、胸が苦しくなった。

 

否、胸が苦しいのは呼吸が出来ないからだけではない。

 

「何故か、聞いて、も……?」

 

息苦しい中で出た言葉は、私が思っている以上に掠れていた。そんな私の様子を知ってか知らずか、息子は凝り固まった姿勢を少しだけ緩めた。

 

「世界を、知りたいのだ。……そして、」

 

――母上を支えたい。

 

「母上が孤島(この地)を大切にしていることは知っている。そして、外界からの来訪者の手が伸びてきていることも」

 

嗚呼、うん。だと思った。息子は遺伝なのか、私以外の誰かに似たのか物事を把握する能力に長けている。きっと、生活を営む中で、彼は何となく理解して(察して)いたのだろう。

 

孤島(故郷)が穢されること。

私がそれに危機感を抱いていること。

 

――私達の居場所が、失くなってしまうこと。

 

「私の世界は狭い。故に、まだ私は世界を知らない。だから知らねばならない」

 

世界を見る。世界を知る。それは、孤島を守る為。――それは、それに嘆く私を支える為。息子は説き伏せるようにゆっくりと言った。

 

「無知であることは無垢であり、純粋であり、また恥だ。私のような一人の子供が不特定多数の敵と戦っても、数に潰されることは目に見えている」

 

だから――と息子は続けた。

 

「まずは現状を把握し、彼らと正面から向き合う為の “力” が必要なのだ。それを得るにはこの孤島から出なければならない。……母上。どうか、あなたを一人に、ここに置いていくことを、許してほしい」

 

――これは、今まで私を育ててくれたあなたへの恩返しでもあるのだ。

 

ゆっくりと深く頭を下げた息子に、私はただ呆然とするばかりだ。そして――つい、笑ってしまった。いつしか呼吸が再開し、喉の奥に留めたはずの声はいつの間にか口から零れていたが、私は笑い続けた。

 

「は、母上……?」

「ふふ、あはははっ」

 

なんて、なんて、優しいのだろう。ウチの息子は。もう親馬鹿だの馬鹿親だの言われてもいい。彼は、アステルは私の自慢の子だ。

もう、真面目な話なのに馬鹿馬鹿しくなってきたではないか。そもそも、()()()は覆されぬ決定事項なのだ。飛竜一匹()人間一人(息子)が考えた所で()()()()()()ことではない。

 

もはや運命とも言える()()に、息子を巻き込む必要はないのだ。

 

「あの、母上……?」

「ふくっ……くふふふっ……!ン"――んんっ、あー笑った笑った!」

 

笑いの波が通り過ぎ、呼吸を整えていると息子から心配気な声を掛けられる。

 

「母上、どうかなされた?」

「アステル」

「?」

 

沈んだり、悲しんだり、笑ったり、安心したりする私に、息子は首を傾げるが構わず私は微笑んだ。

 

「――私に構わず行っといで。世界の成り立ちや秩序、文化を存分に学んで “自分の答え” を見つけてきないな」

 

孤島(私達)なんかに、あなたが囚われる必要はない。だから――存分に暴れてきなさい!

そう言って息子の背後に回り込んだ私は、勢い良く背中を叩いた。息子は快く承諾した私に驚いて呆然としていたが、暫くして正気を取り戻して状況を理解したらしく、おっかな吃驚に――それでいて安心したように息を吐いた。

 

「アステル」

「母上?」

「いってらっしゃい」

「……いってきます」

 

髪型を変えるくらい頭を撫で回した私は、先程の暗い空気を切り捨てて笑顔で食事に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一月後、乗務員に承諾をもらって交易船に乗り込んだ息子は、私や “海の民” の盛大なお見送りの下、大陸へと渡っていった。

 

 

 




金火竜:
本作主人公。二次創作でよくある『急激なご都合成長』ではなく、時間を掛けに掛けた『生物らしい成長』を遂げた。全長三十メートルの巨大黄金飛竜。人間の子供(♂)を拾って育てた。馬鹿親で親馬鹿。齢三百歳くらい。嫁ぎ遅れにも程がある。

アステル:
主人公に拾われた人間の子供(♂)。民間船に母親と乗船していたが
嵐で難破。加えて孤島の周囲にある複雑な海流やら渦潮で船や乗客・乗務員のほとんどが海に沈んだが、運良く母親と漂流。しかし孤島に辿り着いた先で母親が斃れ、一人浜辺をあうあう言っていた所を主人公に拾われた。後の英雄ハンターであり、新大陸に渡って活躍する。
最初はただの礼儀正しい子だったが、大海龍と運命的な出会いをしてから武士みたいな感じになる。わたしのかんがえたさいきょーの、そーどますたー。

母親:
よく頑張った。後は主人公に任せろ。

海の民:
大陸の文明人と交易を開始する。でも孤島に目が付けられているのは交流の間で何となく察し、主人公と策を練る。前回に登場した “少年” は百年程前に死んでる。今の長老はモガ村長の父親、次回以降の長老はモガ村長御本人。

大陸人:
遂に上陸、うわ何か変な肌の人間だ!絶対野蛮やろ!とりあえず交易くらいはしたろw ……ん?金竜様?え、黄金なの?モンスター崇めてるとかマジ異種族w ……よし、その金竜様とやらの正体を暴いてやろう!何、所詮はただのモンス――チーン…。

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